View of the World - Masuhiko Hirobuchi

July 30, 2005

5. サメの運命を一変させたイスラム指導者の「聖断」 -世界のツボ

サメという魚は英語ではほぼ「シャーク」一語で表現されるが、日本では少なくとも二つの名前で呼ばれている。サメとフカである。昔は関東では「サメ」が、関西では「フカ」が主流だとされていた。
 面白いのは「フカスープ」とはいうが「サメ鰭スープ」とはいわないことだ。反対に「サメ肌」とはいうが、「フカ肌」は聞いたことがない。日本人は食卓に乗るものと泳ぐものを巧みに区別しているようだ。
 だが物事に厳格なイスラム圏ではサメの属性をめぐって異なる解釈が混在してきた。そして最近このサメ君たちの身の上に一大異変が起こっているらしいのである。
 場所はペルシャ湾だ。この海域の住民は、ほとんどがイスラム教徒である。昔からイスラム教徒やユダヤ教徒は豚肉を食べない。これはもう有名な話だが、ユダヤ教徒とイスラム教シーア派の人々も、ともに「ウロコのない魚」を食べないということは、日本ではあまり知られていない。我々の大好きなウナギなどは、ウロコのない魚とされている。
 サメもまた彼らの分類ではウロコのない魚だった。ペルシャ湾のサメたちは、太平洋などのサメよりも安全な生活が送れた。少なくとも人間に食われる危険性は少なかったのである。彼らはいわば『コーラン』によって保護されてきた魚だった。(『コーラン』にそこまで書いてあるかどうかは確認していない。厳密には「『コーラン』が代表する精神によって保護されてきた」というべきだろう)。
 ところが現代の科学は「サメにもウロコがある」と言い出した。そこで中国人や日本人が大好きなこの魚を、それまで横目で見ていたイラン国民は、最高指導者であるハメネイ師に「サメを食べてもよろしいでしょうか?」とおうかがいをたてた。するとこの聖職者は「よろしい」という裁断を下したのだ。1995年のことである。
 『コーラン』というのは本来柔軟で幅広い解釈が可能となる聖典であり、それを読み解く神学者によってさまざまな解釈がなされてきた。しかしサウジアラビアなどで盛んなスンニ派にくらべ、イランのシーア派は厳格で妥協を許さないと見られてきた。その最高指導者がサメについてこのような柔軟さを示した意味は大きかった。
 お墨付きをえたイスラム教徒たちは、おそるおそるサメ(いやフカというべきか)を食べてみた。食べてみるとたしかにうまいし、肉は高く売れる。そこからフカたちの悲劇が始まった。今、ペルシャ湾のフカの数は激減しているという。去年(2000年)の秋には彼らのその後の運命を報じる記事が日本の新聞にも載った。

意外に寛容、柔軟なイスラム教だが・・・

これは世界の非イスラム教徒に安心感を与える情報だった。欧米では、イスラム教徒を、過激で文化を破壊し、信仰のためには死をいとわない者たちというイメージで見る者が多い。心ある人々が「真のイスラム教徒は過激でも好戦的でもない」といくら説いても一般の民衆は信じないのだ。
 しかし「フカを食うイスラム教徒」というイメージは彼らが柔軟に現代に対応していることを物語るものだった。
 こうした安心感を一挙にぶち壊したのは、アフガニスタンを支配するイスラム原理主義者タリバンが行ったバーミヤンの巨大石仏の破壊だった。他国のイスラム教徒たちが、いくら世界と協調して生きてゆく姿勢を示しても「やっぱり彼らは恐ろしい」というイメージを復活させてしまった。「コーラン」の解釈をめぐり、彼らがハメネイ師のような柔軟さを持っていたらと悔やまれてならない。
(「SAPIO」2001年4月。この記事のあとで起こった「9・11テロ」の結果、アフガニスタンのタリバン政権は崩壊した。私のこの記事は、「先見の明があった」と一部の人々からお褒めをいただいた。その後過激なイスラム教徒たちは各地でテロを繰り返している。彼らにフカを食べる柔軟さがあれば、事態はべつの展開を迎えているのかも知れないのだがーー)。

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