View of the World - Masuhiko Hirobuchi

July 31, 2005

6. ボランティアの原義は「祖国の自由」を守る義勇兵 -世界のツボ

名探偵シャーロック・ホームズで有名なロンドンのべーカー街221番地から徒歩で1分ほど北に行った所に「ボランティア」という名のパブがある。人気の高いパブで、かつては昔の義勇兵たちの銃や軍服が飾られていた。
 いまから200年前、フランスの英雄ナポレオンは、軍事的天才ぶりを発揮して全ヨーロッパ大陸をほぼ制圧した。だがイギリスは彼の野望の前に立ちはだかった。
 1801年から1804年にかけて、イギリス全土にはフランス艦隊の奇襲攻撃に備える緊張感が漲(みなぎ)っていた。大きな河の河口には艦隊の侵入を阻止する鎖が張られた。
 偉大な政治家として声望が高かったウィリアム・ピット(小ピット)は、この時は野に下っていたが、仏軍に対抗するためには義勇軍が必要だと唱えた。いつ攻めてくるか分からぬ敵に備えるのに、正規軍を全土に張りつけておくわけにはいかない。国家予算からいっても士気の点からも、ここは義勇軍に頼るべきだと彼は説いたのだ。
 この呼び掛けに応じた義勇兵の数は、全国で37万9000人に達した。首都ロンドンで彼らが集合したのが、現在パブになっているべーカー街247番地の宿舎だった。彼らは銃も弾薬も軍服もすべて「自費で」調達した。現在の邦貨換算で1人あたり100万円近くかかったはずである。
「ボランティア」というパブの名前は「義勇兵」という意味なのである。
 誰に強制されたのでもない。名誉や勲章を求めるためでもない。他国に支配されることに耐えられなかったために彼らは集結したのだ。

「奉仕」は平和的活動だけに限らない

いまの日本で「ボランティア」といえば、孤独な老人のために本を読むとか、公園の掃除を手伝うというような、平和的で社会奉仕的な響きが強い。だが英語の原義としては「ボランティア」は「義勇兵」の苛烈なイメージをも含むものなのである。
 国際社会で下手に英語を使ったために、誤解や摩擦を引き起こしている例は数知れない。「ボランティア」という言葉ひとつにしても、ここまでの意味を含むものだということは、たえず念頭においておくべきだろう。
 戦後の日本では、国の防衛といえばかならずイデオロギーがからんできた。「常識」と「現実」に基づいて議論する空気はきわめて薄かった。
 外国の軍隊が攻めてきたら抵抗せずに降伏すべきだというようなことを、大真面目で唱える人々がいた。だが他国に占領されたあとも、以前と同じように、言論の自由をはじめ、自らの運命を決める自由を保障された国は歴史始まって以来どこにもないのだ。
 べーカー街の宿舎に集まった人々は、そのことを知っていた。彼らは狂信的な愛国主義者でもなければ戦うことが大好きな集団でもなかった。ナポレオンの支配下では「いまの生活」は営めなくなるという「現実」を、的確に見極めていただけである。
 パブの中に大切に陳列されている往時のボランティアたちの連隊旗や制服、銃などを私が見たのは、20年以上も前のことだが「これが強制を伴わない近代国家なのだ」という思いを強くしたのを昨日のことのように覚えている。
1804年5月8日、ピットは首相に就任した。奇しくも同じ日、ナポレオンは皇帝となった。フランスとスペインの艦隊が、トラファルガー沖の海戦でネルソン提督の率いる英国艦隊に致命的な敗北を喫したのは、この日から1年5か月後のことであった。
(「SAPIO」2001年6月)

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