View of the World - Masuhiko Hirobuchi

July 24, 2005

プロフィール -Welcome to the world of Masuhiko Hirobuchi.

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国際ジャーナリスト

日常を世界と結び 世界を日常の中にそっと運び込んでくる

どんな難しい問題もヴィジュアルに(目に見えるように)語る

みじかく するどく あたたかく

はじめて聞く話ばかり 目からウロコがたっぷりと落ち 感動が心を満たす

独特のユーモアに包み、いま最も重要な問題をさり気なく語ってゆく
無邪気に笑っているうちに目からウロコが落ち、
あなたは洗練された紳士淑女になっている。

テレビ朝日のニューヨーク・ロンドン両支局長、ニュースキャスター、報道制作部長、国際局国際セミナー専任局長等を歴任。この間レーガン元アメリカ大統領、リビアのカダフィ国家元首、元ビートルズのポール・マッカートニー、フランス一の料理人ポール・ボキューズ、ミカエラ・フォン・ハプスブルグ(オーストリア・ハンガリー帝国最後の皇帝の孫娘)らと単独会見。ポール・ケネディ(エール大学教授、『大国の興亡』の著者)、アンソニー・サンプソン(英ジャーナリスト、『セブン・シスターズ』等の著者)らと親交を結ぶ。
「テレビ朝日国際セミナー」を企画し、講師の招聘・出演交渉を担当、自ら司会を務める。この間にJ.K.ガルブレイス教授、ズビグネフ・ブレジンスキー元大統領補佐官、マリコ・テラサキ・ミラー(柳田邦男のノンフクション『マリコ』のヒロイン)、ロシアの反体制派詩人イフゲニー・エフトシェンコらの各氏を招く。
主著『スヌーピーたちのアメリカ』(新潮社、1993)がマスコミの話題を呼び、ベストセラーに。93年から執筆・教職活動に入る。
2つの大学で教授を務め、「国際教養論」「アメリカ文化論」「スヌーピーたちの英語」「マスコミュニケーション論」などを担当。この間にスヌーピーたちの作者チャールズ・シュルツ氏と会見。
日本外国特派員協会(通称外国人記者クラブ)、日本記者クラブ会員。
1957年東京大学文学部卒業。


Photography


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ロナルド・レーガン氏と会見(Tokyo,1978)

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リビア国家元首カダフィ大佐と会見(Tripoli,1981)

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世界的ベストセラー『大国の興亡』の著者ポール・ケネディ教授(エール大)を迎えてのシンポジウム(1989)

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スヌーピー、チャーリー・ブラウンの生みの親チャールズ・シュルツ氏と(Santa Rosa,1998)

主な著作

『首はヨコにふってもイエス』(サイマル出版会) 
『スヌーピーたちのアメリカ』(新潮社)
『スヌーピーと仲間たちの心と時代』(講談社、のちに『スヌーピーたちの心と時代』と改題)
『スヌーピーたちの言葉は泉のように』(講談社)

主な翻訳

『最新・英国の解剖』(アンソニー・サンプソン著、同文書院)
『アチーブメント・ゾーンーー未来を切り開く心理学ーー』(シェーン・マーフィー著、文藝春秋)

主なエッセイ・ルポ

1.「エビータと鉄の女」(文藝春秋、1982年7月)
2.「二人のケネディの間」(文藝春秋、1989年4月)
3.「ハンガリーに王冠が返ってきた日」(中央公論、1990年2月)
4.「アメリカの心語る犬」(日本経済新聞、1993年12月)
5.「タフガイは水玉のタイを締めず」(朝日新聞、1994年12月)
6.「ベニスの商人についての大誤解」(文藝春秋、1995年2月)
7.「アメリカのもう一つの顔ーースヌーピー、チャーリー・ブラウンの作者逝くーー」(朝日新聞、2000年2月)
8.「ディマジオがくれたもの」(文藝春秋、2000年5月)
9.「大使閣下と寅さん」(文藝春秋、2001年12月)
10.「ニューヨーカーは何を食べてる?」(FoodBiz、2003年11月)
11.「禁酒の国の赤ワイン」(FoodBiz、2004年3月)


 (注)上記のうち6.9.10.11.が日本エッセイスト・クラブによりそれぞれの年の「ベスト・エッセイ」の一つに選ばれる。

新聞・雑誌へのコラム連載

1.「広淵升彦のワールドコラム」(Sonet,1997年。計13回)
2.「心の車線をもう一本」(SAPIO、1997年。計50回)
3.「言いたい放談」(東京新聞、1999ー2001年。計50回)
4.「スヌーピーたちのいる風景」(産経新聞、1999ー2002年。計126回)
5.「世界のツボ」(SAPIO、2001年。計10回)
6.「頭にちょっと風穴をーー元気が出る国際情報ーー」(FoodBiz, 2003年ー継続中)

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