View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 04, 2005

第五回 肉だんごとチキンしかないランチ -頭にちょっと風穴を

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もしあなたが、来る日も来る日もただ二種類の昼食しか食べられない運命(?)に置かれたら、どういうことになるだろうか?
 どうなるかといったって答えは簡単である。「これも人生だ」と割り切って食べるか、あるいは敢然として昼食を抜くしかない。しかし「敢然として」というとカッコイイけれど、これが二、三日も続くと人間、かならず悲鳴をあげるようになる。ここはカッコ悪くとも、出されたものを黙って食べつづけるしかないのである。
 想像力の乏しい人には、思いもつかぬだろうけれど、冷戦時代のソ連を盟主とする東ヨーロッパの国々のホテルやレストランでは、これがほぼ常態だった。
 昼食なんか抜いたってなんてことはない。おやつに菓子パンと牛乳の軽食でも取ればいいやと考えている人は、考えが甘すぎる。そんなことができるくらいなら、そもそも二種類の昼食といった事態は起こりようがないのである。
 
赤い国のミティティ

一九七〇年代、チャウシェスク大統領の独裁下にあったルーマニアでの経験である。国連の「世界人口会議」の取材のために、ロンドンからこの国の首都ブカレストを訪れた私は、「ミティティ」と呼ばれるルーマニア名物の肉だんごにめぐり合った。けっこうおいしいものだった。会議が行なわれている国際会議場のレストランでは、A、B、C、D四種類のランチがメニューに印刷されていた。ミティティはそのうちのたしかAだった。
 取材も二日目になって、私はミティティ以外のランチを注文した。ウェイターは「それは売り切れました」といった。「では」というので、べつのを注文すると、「それも売り切れました」という。他になにができるのかと聞くと、「チキン料理ならできます」ときた。それを頼んだ。お世辞にも旨いとはいえぬものだった。
 西ヨーロッパ諸国の記者たちは、こういうことには慣れている。「メニューはただ恰好を付けているだけで、もともと二種類しかないんだよ」と教えてくれた。
 不幸にして彼らの分析が正しいことが証明された。三日目以降、ランチは二種類しかないことがはっきりとわかったのだ。いくら聞いてみても第三と第四のランチははじめから用意されていないことが判明したのである。問い詰められたウェイターは、べつに悪びれるふうもなく、あっさりと事実(?)を認めた。なんといわれてもないものはないのだ。
ではなぜそんなありもしないものを麗々しくメニューに載せておくのだ、ということになる。記者たちの間では、これは西側に対するデモンストレーションであり、わが国にもこれだけの選択の自由はあるのだという、一種の見栄だろうという意見が大勢を占めた。
以後、会議が行なわれている数日間、私たちの昼食はミティティかチキンだけであった。「たまには目先を変えたい」というささやかな望みは、無残に打ち砕かれた。これも運命とあきらめて、ひたすら隠忍自重して(?)耐えてゆくしかなかった。
 こういう日々の中で、ルーマニア駐在日本大使は、我々日本人記者を昼食に招いてくれた。大使館で出された食事は、まさに光り輝いているようにさえ見えた。
時代は冷戦のさなかである。この国の政治経済情勢をいろいろと聞き出そうとする記者たちに向かって、大使は「庭に出ましょう」と誘った。私たちはきれいに刈り込んだ芝生の上の椅子に坐って懇談した。「どうせ会話はぜんぶ盗まれていますからね」と大使はいった。「盗聴されている」というのを「盗まれている」というところが優雅だった。たしかに室内ではどんな会話も「盗まれている」に違いなかった。だが庭での会話までは、いかに精強を誇るソ連KGBの指導下にあるルーマニア情報機関といえども、「盗む」技術は持っていないだろうというのが、大使の認識だった。

料理の数と思想の自由の関係

さて二種類しかないランチメニューを毎日眺めているうちに、私はある重大なことに気付いた。それほど誇れる大発見というわけではないけれど、ランチの選択の自由の少なさは、そのまま思想信条や職業選択の余地のなさを象徴しているのではないか? ということである。
こんな観察に学問的な正確さを求めたり、客観的な文献の裏付けを探るなどは愚の骨頂である。そんなことはどこにも書いてあるわけがない。   
とにかく東側陣営では共産党以外の政党はいっさい認められない。文字どおり「一党独裁」である。そしてマルクス・レーニン主義以外の思想はすべて「危険思想」なのだ。この体制を維持するために、盗聴も密告も信書の開封も平然と行なわれていた。マスコミが党や政府のやり方を批判するなどということはありえなかった。一国の最高指導者が、政治風刺の対象になり、かれらを戯画化したーーつまりおちょくったーーマンガが新聞に載る国々があって、自分がからかわれている新聞を見て大らかに笑っている大統領や首相がこの世に存在するなんてことを、彼らは想像もできなかった。
会議場の演説に表れた対外認識もすべて型にはまっていた。アメリカは常に帝国主義のかたまりであり、西ヨーロッパ諸国は西洋植民地主義(ウェスターンコロニアリズム)の権化だった。資本家にいたっては、大きな腹を突き出し、葉巻をくわえ、口ひげをはやしたドブネズミとして教えられていた。百年以上も前のイギリスの雑誌に登場した、悪役の資本家のイメージそのものだった。いまの資本主義はそんなものじゃない。ピープルズキャピタリズム(大衆参加の資本主義)という言葉もあるくらいで、サラリーマンやOLが株式を持ち、会社の業績に目を光らせている。株で一財産築く例も珍しくないのだと、いくら説明してもこうした国の知識人たちはぜったいに理解しなかった。
そういう社会では、あんまり豊富な選択肢をーーたとえランチといえどもーー民衆に提示することは危険である。思想信条でも食べ物でも、選択の幅はできるだけ少なくしておいたほうがよいのだ。幼いころからそういう環境に慣らされていれば、人民大衆は「そういうものか」と思ってしまうだろう。
 「いやいや、そこまで考えるのは考えすぎだよ。核ミサイルは配備できても、民衆に提供できる食事の種類はかぎられてくる。これがこういう体制下での経済の実力というものだよ」というもう一つの声が、たえず私の耳元でささやいていた。あるいはこの見方のほうが正しいのかもしれないな、という気もしたけれど、最初の考えも捨てがたかった。
当局の意図によるものなのか、経済の実力なのか、それともこちらはこういう「文化」なのか? 原因はともかくとして、結果としては同じような体制下のブルガリアでもチェコ=スロヴァキアなどでも、食事の種類はきわめてかぎられていたのだ。そういえば絵画でも文学でも、「社会主義リアリズム」一点張りであり、超現実主義(シュールレアリスム)や抽象絵画は、資本主義に汚染された精神の所産として、徹底的に弾圧されていた。
いくらなんでもランチひとつからちょっと邪推(?)のしすぎかなという気はする。だがそれをいえば、シャーロック・ホームズだって邪推を積み重ねながら犯人を探し当ててきたのだ。
このころ東側諸国の政府が発表するスローガンや、一見見事に構成された論文に洗脳されて、社会主義体制を理想化する日本人はけっこういた。だが彼らはこうした国々が語っていることと、現実の食事の貧しさの矛盾に気が付かなかったのだろうか? 不思議でしようがないが、強力な催眠術にかかってしまった魂は、子供でも簡単に見破れるような真実を見破れないのだろう。彼らはいまだにひとりよがりの昔の幻想の中に浸っている。
 
選択肢が多すぎて判断に迷う若者たち

一九八九年、ベルリンの壁は崩れ、チャウシェスクは蜂起した民衆の手で処刑された。それから十四年たったいま、日本にはありあまる自由があり、外食産業は花盛りである。何日も同じ食事を強いられている人はまずいないだろう。この選択の余地の大きさは、かつての東ヨーロッパを知る者にとっては、まるで夢のようだ。
問題はこういう時代に育った日本の若者である。彼らは食事にかぎらず、職業選択についても大幅な自由を持っている。だが人間それで幸せになれるとはかぎらない。私の目には、自由がある分だけ迷いも大きく、どういう人生を歩んでいいのか分からなくなっている感じがする。選択肢が少なすぎることはまぎれもなく不幸だけれど、大いなる自由の時代には、それなりの悩みもある。
日本の若者の不幸は、自分たちの悩みを広く世界との比較においてとらえることができないことだ。人間の過去の悲惨や愚行についての知識の乏しさも、こうした比較を妨げている。我々は選択の自由なんかまったくなかった時代と人々のことを、もっと繰り返し語ってゆく義務があるのではないか。年配者にとってはありふれた当たり前の知識でも、若者にとってはきわめて新鮮に響き、時には感動さえ伴うこともあるのだ。
「昔はよかった」と言い出せば年を取った証拠だけれど、他国について「昔はもっと悪かったのだ」という大人が必要である。  
いまルーマニアには、かつてとは比較にならない自由があり、ランチのメニューも相当に多彩になっているはずだ。選択の幅が広がった分だけ、この国の若者も職業選択などで悩んでいるにちがいない。だが彼らは、党や政府が自分たちの未来を決めていた当時を振り返って、「昔はよかった」などとはけっして思っていない。どんなに悩みが大きくても、自由は何物にもかえがたい価値なのである。
ふたたびブカレストを訪れる機会があったら、私は迷わずミティティを食べるだろう。それはこの国の人々が手にした自由と民族の誇りへの連帯のためであり、さらには独裁者の圧政下で人々が流した涙への共感のためである。
ただし、三日連続ということになると、やっぱりちょっと遠慮しておきたい。いくら過去の涙への連帯を込めてといっても、物事には限度というものがある。「なにかべつのものを」注文することになるのはまずまちがいない。だが、自由な国となったルーマニアのウェイターたちは、もはや「それは売り切れました」とはいわないはずである。

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COMMENTS

1 : tiakujyo : August 8, 2005 09:40 AM

「選択肢が多すぎて判断に迷う若者たち」

ほんとに、そういうことなのでしょうね。
私は今さらと思いつつ、孫たちには、いろんな世界があることを、
もっともっと知って欲しいと常々思ってます。そうするには、本を
読んだり、いいものを鑑賞したりして、積極的に広い世界を求めて
いくことなのでしょうか?幼児のころから、そうしたきっかけを
つくってあげるのが、ささやかなババのできることかも、、。

Hirobuchi World フォルダをつくり、気に入った節をコピペし、気に入り冊子が保存されていきます。楽しみです。

[from Hirobuchi]

tiakujyo様

monkey さんからのお奨めで私のHPをご覧いただき有難うございました。少し長い文章を根気強く(?)お読みいただきコメントまで頂戴し、感謝にたえません。6−8日の3日間秋田と青森の祭を観に行っておりまして昨夜おそく帰宅しましたため、お返事がおそくなりました。SDなどを楽しみにしておられお孫さんにはべったりでないというところが若さの秘訣だと思います。ときどきブログにお邪魔します。今後ともよろしくお願いいたします。