View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 05, 2005

第六回 ニューヨーカーは何を食べてる? -頭にちょっと風穴を

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犬のスピードと街の活気の関係

愉快な先輩がいた。ロンドン、ニューヨーク、カイロ、サイゴン(現ホーチミン)、北京、リヤド、ソウルなど世界を股にかけて取材した新聞記者で、パリの高級レストランでも、アジアの裏町の屋台でも、まったく変わらぬ態度で酒を飲み、料理を味わっていた。店の格式や名声にはいっさいこだわらなかった。人間に対しても同じで、出身校や親の職業などには興味がなく、能力と人柄だけで人物を判断した。この人がかつて語ったことがある。
「街がどのくらい活気があるかは、交差点を渡るイヌのスピードで分かる」というのだ。
交通がはげしく、人がいそがしげに歩く街路では、犬もうかうかしているとひき殺されかねない。当然左右に抜け目なく目を配り、さっさと信号を渡ってしまう。逆に車も人ものんびりと動いている街では、犬も悠然と信号を横切ってゆくという。人間について予断や偏見を抱かない人だから、犬についての認識も正確なのだろうと思った。
「で、イヌがいちばんいそがしく歩く町はどこですか?」と私は聞いた。
「やっぱり東京の銀座あたりやろなあ」と彼は言った。
「その次は?」
「ニューヨークの五番街あたりかなあ?」
日本の経済が隆々として栄え、それこそアメリカを呑み込みかねない勢いを示していたころのことである。じつに新鮮で面白い話だった。まさかこの人がストップウォッチで犬の歩行スピードを測っていたとは思えないし、この説にどのくらいの統計的裏づけがあるかは知らない。しかしなんとなくうなづける話である。
ま、細かいことはどうでもよい。人間はかなりアバウトに生きている。こういう話というのは、聞くほうが「うーん、そうかも知れないなあ」と思えばそれでいいのだ。私のように、他人の意見に左右されやすい人間は、たちまちこういう新説(?)に影響されてしまう。そこで停まればいいのだが、これをまた人に語って聞かせようというのだからタチ(?)がわるい。

「ビジネスへの意志」が息づく町

さて、この基準で町の活気をはかった場合、東京の犬はもはや世界の最高速度で歩いてはいない気がする。「いや、歩いている」という人がいるかも知れない。しかし、こうした話というのは感覚の領域であり、科学(?)の領域ではないのだ。ここ十余年つづく大不況の中で、日本の犬たちのスピードは明らかに落ちているように思う。
ではどこの犬がいちばん速く歩いているのか? 暇と金のある人にはぜひ調査してもらいたいものだが、やはりここはニューヨークだろう。なんといっても世界の富、情報、野心、可能性、希望がこれほど密集している都市はない。もちろん文化の層も厚い。いくら近ごろの上海の勢いがすごいといっても、都市としての厚みが違い、ビジネスセンターとしての歴史も信用の度合いも比べ物にならない。そういうことを犬は動物的勘(?)で察知するはずである。
私がはじめてニューヨークを訪れたのは、もうずいぶん昔のことで、テレビ局の特派員としてこの町に住むためだった。摩天楼の写真は事前にふんだんに見ていたし、映画でもニュースでも見ていた。しかし実際に街を歩いてみるのと映像で見るのでは大違いだった。
ロックフェラーセンターを中心に、ミッドタウンを徹底的に歩いた。
「よくもまあこんなに高層ビルばかり建てられたものだ」とあきれ感心した。日本にはまだ霞ヶ関ビルさえ出来ていない時代である。
五十階以上のしゃれたビル群が整然と並んでいる様は壮観だった。まさにニューヨークは石の町だった。これを私は「意志の町」と置き換えて楽しんでいた。これだけのビルがひしめくということは、オフィスの借り手があるということだ。ということは、この町でビジネスをしようという人間がそれだけいるということである。いったいそれが何万人いるのか見当もつかなかった。あの圧倒的な量感の中にいると、ここで仕事をしようという人間の熱気というか、強靭な意志というものを、いやでも感じずにはいられなかった。
二00一年九月十一日のテロから半年も経たない昨年の二月に、私は久しぶりにニューヨークを訪れた。自分が担当している「マスコミュニケーション論」の内容を最新のものにするためである。ベトナム戦争をはじめとするいくつかの挫折を味わった人々は、以前よりも心に翳(かげ)を持つようになり、傷つきやすくなっていた。強気一点張りの直線的な人々の数は減り、繊細さの度合いがふえている感じだった。放送局の幹部たちが語る内容も、世界を見据え、ずいぶん洗練されてきたように思えた。しかし全体をとおして、ビジネスへの意志と未来への確信の度合いは、いささかもゆらいではいなかった。
日本が元気をなくしているいま、ニューヨークの元気の秘密を探らない手はないと思う。

「英雄」(ヒーロー)を食べる人々

ニューヨーカーたちはなぜそんなに元気なのか? もっと端的に言って、彼らは何を食べて生きているのか? 
だれの目にも入るのは、プレッツェルというねじれた固いパン、ユダヤ系の人々が好むベーグル、ハンバーガー、グランドセントラル駅のオイスター料理、ニューイングランド風クラムチャウダー、それに有名なニューヨークカットのステーキといったところだろう。
これらの食べ物には、それぞれ長い歴史があり、人々の郷愁も人生の哀歓もこもごも溶け込んでいる。それを辿るだけでも、アメリカ人の精神的エネルギーのかなりの部分が分かるはずだ。それらについてもいずれ書きたいと思う。だが今回はちょっとなじみの薄い食べ物のことを語りたい。それは「ヒーロー」という食べ物である。
世界の人種の見本市みたいな町ニューヨークには、ギリシャ系市民もけっこう多く住んでいる。この人々が作っているのがヒーローなのだ。フランスパンよりも短く太いパンの腹を割いて、そこに肉や野菜をはさみ込んだもので、これがけっこう安くて旨いのである。店で食べるよりもテイクアウト用の軽食としての人気が高い。なぜヒーロー(英雄)という名前がついているのか。以下は私の聞きかじった話である。
一般のアメリカ人は、ギリシャといえば神話や叙事詩に登場する英雄たちを連想するらしい。怪力無双のヘラクレス、半人半牛の怪物ミノタウルを退治したテーセウス、美女アンドロメダを救出するペルセウス、トロイ戦争でくるぶしに矢を射られて戦死するアキレウス、同じ戦争で木馬の計を考え出したオデッセウスなど、子供のころから親しんだヒーローは数知れない。そこでギリシャ人移民たちは、最も庶民的なこの食べ物をヒーローと名付けた。本場のギリシャでは、これは「ギーロー」と呼ばれている。ギーローでは通りが悪くなじみも薄いということから、似た音を用いて英雄たちとの連想を重ね合わせ「ヒーロー」という食べ物が誕生したそうだ。
ギリシャ人もイタリア人もユダヤ人も中国人も、アングロサクソンやゲルマン系の人々よりもずいぶんおくれてアメリカにやってきた。これら少数民族は、まず外食産業に進出した。これが競争のはげしい新世界で生き延びる最も確実な道であった。あのシンプルなサンドイッチには、ギリシャ移民の苦闘の歴史、汗と涙が刻み込まれているのである。
いくつもの民族がアメリカに持ち込み、やがて確固とした国民文化として育ったものは数多い。アングロサクソンが持ち込んだフェアプレイの精神、ユーモアのセンス、自由、独立心、勤労を尊ぶ気風といった価値もそうであった。

バランス装置としてのギリシャ的なるもの

そうした価値ある精神の巨大な水脈の一つは、いうまでもなく古代ギリシャ文明だった。ギリシャ文明はユダヤ・キリスト教文明と肩を並べ、時にはそれを上回るくらいの影響力を持っている。アメリカ人の心の底に流れる、ギリシャへの憧れと関心はただものではない。裁判所や市庁舎、銀行などの建築には古代ギリシャそのものの様式が用いられている。
さらに影響がいちじるしいのは地名である。ニューヨーク市からだいぶ北にはホメロスの叙事詩『イリアッド』で名高い「トロイ」がある。ギリシャ移民たちが偉大な祖先への誇りを込めて付けた名前だという。さらにオンタリオ湖の近くには「イサカ」(Ithaca)もある。はじめて車でここを通りかかって、イサカという標識を目にしたときの驚きと感動を、私は忘れることはできない。これこそはかのトロイを木馬の計で滅ぼしたオデッセウスの王国の名前「イタカ」そのものではないか! 彼はトロイの陥落後、海神ポセイドンの怒りにあって地中海の各地を十年も彷徨した。その間故国のイタカでは、妻のペネロペに求婚する男たちがひしめいていた。そうしたホメロスの世界が、二千数百年の時を超えて、現代のアメリカにそのまま生きているのである。
もしアメリカがヘブライ的一神教文明だけの国だったら、内に対しても外に対してももっと危なっかしい存在なのではないか。第一ここまで発展はしなかったろう。多数の神々が人間と交わり、人々が徹底して合理的に物を考えた古代ギリシャ・ローマ文明の要素が加わることで、この国はよりバランスを保っていられるように私には見える。
ヒーローがギリシャ的なるもののシンボルだとまでは言わないが、ニューヨーカーたちはさらに「希望」という名の食べ物を食べて生きている気がすると申し上げたい。未来への希望があれば、犬はともかく、人は元気になるにきまっている。
とにかくここでは希望と夢の質とスケールが違うのだ。早い話がアメリカでビジネスに成功すれば、いつの日にかヤンキースのオーナーになれる可能性がある。しかし日本ではこんなことは不可能である。球団を買収するような大金持ちは、いまの税制下では生まれそうもない。もっと有意義な夢のために大金を稼ぎそれを使った例としては、トロイの都を発掘したドイツ人ハインリッヒ・シュリーマンがいる。彼は『イリアッド』のトロイ戦争の描写があまりにも真に迫っているのに感銘を受け、これがフィクションであるわけがないと信じた。そしてこの伝説の都の発掘に生涯をかけた。発掘を可能にした資金の多くが、ゴールドラッシュに沸き返るアメリカで得たものだった。
ま、こんなややこしい話はともかく、どなたかヒーローを売り出す人はいないだろうか。日本でも意外なヒット商品になりそうな気がするのだが。
(FoodBiz、2003年11月。このコラムは、日本エッセイスト・クラブにより「ベスト・エッセイ」の一つに選ばれた。)

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