View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 20, 2005

第十三回 ナマコをはじめて食べた人 -頭にちょっと風穴を

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恐ろしきものを食べる勇気 

ナマコの生きている姿を見た人はあまり多くないだろう。もしあなたがはじめて生きたナマコを見たとして、はたしてこれを食べてみたいという気になるだろうか? 十人気は十色というし、こういうことは人さまざまだから、一概にはいえまいが、まず普通の人々は「遠慮しておくよ」ということになるのではないか。
中には変わり者というか誇り高きマイノリティもいて、「人が食わないなら俺は断固として食う」というかも知れない。まあしかしこういう人は例外だろう。あの生き物の容貌(?)を見れば、普通の善良な人々は怖気づき、敬して遠ざかるであろう。だいいちナマコを食って生きていけるかどうなのか。毒がないという保証はどこにもないのである。
でも人類史上だれかが最初に食べなければ、容貌に似合わず美味なナマコは永遠に人類の口には入らなかった。では最初にナマコを食ったのはだれなのか。ナマコにかぎらず一見おどろおどろしきものを食した勇者というのはだれなのか。 
その前にナマコを好んで食べる民族というのはどういう人々なのか?
イギリス人でないことだけは確かだ。彼らは未知の食材に対して積極的ではない。日本人があれほど好きな海苔だって、気持悪がって食べないイギリス人を私は何度も見た。目の前で食べて見せてもなお尻込みしてしまうのだった。彼らは少しぐらい美味なるものを食べる機会を逃しても、無難に生きていたほうがよいと考える。かつて七つの海にユニオンジャックをはためかせ、進取の気性に富んだ海洋民族も、こと食に関するかぎりきわめてコンサーバティブである。
では、この見るからに気持の悪い得体のしれない生き物を好んで食べるのは何人か? 衆目の見るところナマコ食い(?)の本家本元はやはり中国人だろう。彼らはじつにナマコが好きである。欧米のチャイナタウンには、かならず干したナマコを売っているし、どんな料理店にもナマコ料理がある。ナマコは英語では「シーキューカンバー」という。「海のキュウリ」というわけだ。なるほどいわれて見ればナマコはキュウリにそっくりである。
海のキュウリなら食欲も湧くけれど、これを漢字で書けば「海鼠」となる。中国人たちは、ナマコを見て海のネズミと感じたらしいのだ。いくら美食家でも、日本人ならまず「ネズミ」を食べる気にはならないと思う。しかし海鼠という字を見て怖気づくようでは、神経は細すぎる。そんな小さなことは気にしないで、ネズミだろうとモグラだろうとうまいものは堂々と食うのだという哲学(?)が、この字には表れているのだろう。
そういえば漢字ではイルカは海豚であり、フグは河豚と書く。イルカやフグが豚に似ているのかどうか、これも議論の分かれるところだろうけれど、そういわれてみればなんだか似ていなくもない。言葉の響きが美しかろうとグロテスクだろうと、中国人たちの物の見方はリアリズムに徹している気がする。

独裁政権と美食の関係

だいぶ前置きが長くなった。
中国人がナマコを大好きとして、ではなぜこの素性の知れぬものを最初に食べたのか? 中国人はテーブル以外の四本足のものはなんでも食べるといわれているくらいだから、たかがナマコぐらいは物怖じしないで食べたのかもしれないが、それでもこういう恐ろしい仕事(?)をするには勇気あるパイオニア(先駆者)がいたはずだ。
いわゆる「巷の常識」として伝え聞くところでは、こういうものを最初に食べたのは囚人たちだったそうだ。それも最高に重い刑を言い渡されている者たちである。絶対的な権力を抱き、しかも食に貪欲な専制君主がいるところでなければ、いわゆる「いか物」食いは生まれなかったという。たとえば秦の始皇帝のような独裁者である。彼はまず「食べてみたいが、だいじょうぶかな?」と思う生き物を死刑囚たちに食べさせた。そして無事生き延びたと証明された上で家来たちに食させ、美味だとわかってから口にしたという。
変わったものを食べる地域は、食文化が高度に発達した地域ともいえるけれど、もっと具体的にいえば、専制君主がいたところだった。
そういう専制君主というのは西洋にはいなかったそうだ。これは東洋の「特産品」だと西洋人たちは思っている。古代世界においては、そうした絶対権力を持つのはペルシャ(現在のイラン)の帝王たちだった。ギリシャの諸王が持っていた政治権力も軍事力も、ペルシャ帝国のダリウスやクセルクセスといった大王たちにくらべれば、驚くほど小さかった。
そのペルシャよりさらにはるか東にあったのが、広大な大陸を支配する秦であり漢であり唐であった。彼らは珍しい動物や植物に出会ったとき、これを試食させてみる囚人に事欠かなかった。一見しておいしそうなキノコなどは、美味なのか死に至る毒性を備えているのか、食べてみるまではだれにも分からない。こんな恐ろしいものは、試食してくれる者がいなければ食べられたものではないのだ。
こういう連載で政治犯のことを語るなどというのはあまり粋ではないし、お読みになる方々にとっても楽しい話ではない。一つの食べ物の背後に政治犯たちの恨みと涙がこもっていると思えば、どんな珍味もゆっくりと味わう気にもならないだろう。しかし人間は過去に苛酷な現実を作り出してきたのも事実なのだ。我々は過去に目をそむけるわけにはいかない。
世界で最大の人口を擁し、経済的にも軍事的にも日毎に存在感を強め、周辺諸国に圧迫感すら与えている中国人に対して、我々はあまりにも研究不足ではないのか? 彼らと付き合うためには、日本人の繊細な美意識はひとまず脇に置いて、もっと図太い神経が必要だと思う。
中国人は、食材に関するかぎり昔も今もおそらくは世界最高のバラエティを誇っている。他の民族が恐ろしくて手を出せないようなものでも食べている。ハクビシンというタヌキの一種もこの間まで食べていた。しかしこれがSARS(新型肺炎)の感染源だという説が登場するにおよんで、現在は食べるのをやめているという。
ところが食材の超豊かなバラエティとはうらはらに、思想信条のバラエティは極端に乏しい。政党は一九四九年の建国以来、共産党一党であり、政治的イデオロギーも一つしかない。民衆レベルでは政府や党への批判がかなりあると聞くが、地方政府や国営企業への批判はともかく、北京の中央政府への批判がマスメディアに載ることはまずないのである。

六・四酒場の雨

二〇〇四年の夏以降だけを取ってみても、中国では十万人規模の暴動がたびたび起きている。地方役人のあまりの腐敗ぶりと民衆に対する強圧的な態度への怒りが爆発したものだという。だがこうしたニュースが中国のメディアで取り上げられることはない。政府も党も自分たちに不利な報道はけっして許さないのだ。世界の人々は、中国のメディアが政府や共産党によって完全にコントロールされているという現実を忘れている。
事実の報道だけをとってもこのとおりなのだ。
ましてや国を挙げての反日キャンペーンの中では、日本を擁護し支持する言論などは生まれようもない。仮にだれかが「日本にもよい点はある。出身地による差別がない。人はどこへでも自由に移住できる」「大地震の際に略奪暴動などが起きない」「政府首脳をいくら批判してもだれも逮捕などされない」「スポーツで敵のファインプレーに拍手する度量がある」「知的所有権を尊重し有名ブランド品の偽物を作る者なんかいない」などと思っても、そんなことは口にもできない。「日本の大学生は勉強しないし政治家には定見がない。役人は汚職や天下りに熱心だ」くらいの意見ならメディアに載るかもしれない。しかしそのあとに「ただしこうした腐敗もわが国のそれにくらべればスケールはいちだんと小さい。かわいいものだ」などというコメントが付いたら、まずぜったいにボツになるだろう。
食べ物に関してあれほど貪欲な人々が、政治的思想信条に関してよくもまあこんなに単一のメニューで我慢していられるものだと思う。しかし彼らはけっして満足なんかしていないのだ。政治的体制なんてものはいつかはひっくり返る。そんなものにカリカリするだけ時間とエネルギーの無駄だ。人生はもっと楽しく生きてしっかりと「実(じつ)」を取るにかぎるーーと思っている。
だがひとたび「自由」の味を知った人々は違う。香港の住民たちだ。
一九九七年の六月三十日、私は客船で香港に着いた。この都市がイギリスから中国に返還される記念式典を見るためだった。式典までの数時間、一人で島の中を歩き回った。途中から雨が降り始めた。坂道に「六・四酒場」というのがあった。一九八九年の六月四日、北京の天安門広場で政治的自由を求めてデモをした学生たちが、「人民解放軍」によって無残に殺されていったことを悼んで付けられた名前だった。アメリカのCNNテレビが生中継で伝えたこの惨劇の模様は、全世界の人々の心に焼き付いた。中国政府にとっては大きな汚点だった。酒場の名前には、北京への強烈なプロテスト(抗議)が込められていた。自由な香港なればこそ、こういう名前が許されているのだ。白人を含む客たちは一様に押し黙ってグラスを乾していた。
なんだか第二次大戦末期のモロッコの港町カサブランカを思わせる風情があった。ハンフリー・ボガート扮するダンディな酒場の主人が、今にも奥から出てきそうだった(古いですねえ! 詳しくは名画『カサブランカ』をご覧ください)。
香港は中国人にとっては、阿片戦争によりイギリスに奪われた屈辱の過去の象徴のはずである。だがそこで生活する中国系住民たちの多くは、いまなおアングロサクソンが残していった思想信条や言論の自由、人間としての基本的な権利といった価値のほうを、北京の要人たちが掲げる価値よりもいとおしみ、懐かしがっている。自由を求めてのたび重なるデモがそのことを物語っている。ナマコなんか食べられなくともどうということはない。食材が少々乏しくとも人は生きられる。だが自由は人間としてかけがえのない価値なのだ。
あれから七年半が経った。もしあの坂道にいまなお「六・四酒場」が営業をつづけていられるとしたら、中国の民主主義にも一応の希望は持てると見るべきなのだろう。だが現地の記者たちに、この酒場の存否を聞くだけの勇気が、いまの私にはないのである。
(「FoodBiz」(フードビズ)2005年1月)

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COMMENTS

1 : tiakujyo : September 2, 2005 10:45 AM

あれれ! はじめからイラストがありましたかしら?
過去のも開いてて、今始めて気がつきました。 
イラスト入り、かっこいいですよ。
他も、過去を見てみなくては、、。

2 : 湖の騎士 : September 2, 2005 01:58 PM

少しおそくなりましたがこのイラストは連載中の雑誌「FoodBiz」(フードビズ)に載っているものです。描いているのは本田淳さん。非常に記事内容をよく把握している画です。「面白い」と思っていただけたら、ご本人も喜ぶと思います。もう少し待っていただけると、このシリーズのすべての記事にイラストが入ります。いま専門家が作業中です。