View of the World - Masuhiko Hirobuchi

September 14, 2005

第十五回 脱皮するカニ -頭にちょっと風穴を

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初夏をいろどるぜいたくな味

初夏のアメリカでの楽しみの一つは、ソフトシェルクラブを味わえることだ。文字どおり「やわらかい殻をしたカニ」である。東海岸のメーン、マサチュセッツ、コネティカット、ニューヨークなどの諸州で、このカニに出会える。もっと南に行って、メリーランド、ヴァージニア、フロリダといった州でも獲れるが、とにかくうまい。食べたくて食べたくて夢にまで見るというほどでもないが、このカニを口にすると「生きててよかった」とは思う。殻ごと食べられるというのがいい。甲殻類のチャンピオンともいうべきカニを丸ごと食べるという発想は、アメリカに住む前の私にはなかった。ソフトシェルクラブは、カニの概念(?)をくつがえすものだった。
なぜソフトシェルになるのか? いうまでもなく脱皮するからだ。殻を脱いでしまえば、カニでもエビでも当然やわらかくなる。その脱皮の時期が春から夏にかけての短い期間なのである。サイズはといえば、手の平にすっぽりとおさまるほど小さい。人々はこれを軽くゆでたり唐揚げにして丸ごと食べる。レモンをしぼって、ちょっと塩をふっただけで食べるクラブは、初夏が来たなと思わせる極上の食べ物である。
サンフランシスコ郊外に住む友人の日本人女性(かつてのテレビ局の同僚)によると、昔は超高級フレンチ・レストランで出されるだけだったが、間もなく日本料理店でも前菜として食べられるようになった。そのころは「東海岸から空輸」とメニューに明記してあったそうだ。カリフォルニアやオレゴンといった太平洋沿岸ではこのカニは獲れないらしい。いまや彼らは寿司バーでも大人気で、これの唐揚げと貝割れ大根を中心に巻いた「スパイダー・ロール」という巻き物は、寿司バーには欠かせないという。
念のためにインターネットで調べてみたが、ソフトシェルになるのは「ブルークラブ」というカニで、やはり大西洋の特産品だそうだ。漁師は網にかかったカニの中から、まさに脱皮直前のを見つけて、手早く選り分ける。選ばれたものたちは、港へ帰るまでに殻を脱ぐことが多いようだ。網いっぱいにブルークラブを捕獲しても、脱皮するものはごく少ない。当然の話だが値段はカラの硬いものよりはずっと高くなる。
それでもソフトシェルクラブの名声は、もはやだれもが知るところとなった。美食家の多い日本にももちろん輸出されている。こういうものを金持ちの占有物としていたのでは、アメリカ民主主義の名がすたるというものだ。それかあらぬか、いまではごく普通のレストランでも味わえるようになった。食の大衆化、民主化は着実に進んでいる。
このクラブの人気が東から西へと伝わってゆくのを見ていると、アメリカの歴史そのものだなという気がしてくる。いまのアメリカにほとんどそのまま生きている価値観は、遠い十七世紀に、イングランドからの植民者や移民の間で形成された。それから百五十年近くが経って、マサチュセッツやヴァージニアの勇気ある指導者たちが、本国イギリスに逆らう戦いを始めた。「すべての人間は平等に創られている」などという、当時としてはとんでもない考えを抱いた者たちの思想が、徐々に西へ西へと伝わっていったのだ。その思想的なフロンティア(辺境)は、いまや世界の各地に延びている。
「建国の理念とソフトシェルクラブの人気を結びつけるというのは、いくらなんでも無理だよ」といわれれば、もちろんそのとおりである。だがイメージとして、そういうことを考える人間が一人くらいはいてもよいのではないか。

甲殻類と民主主義

話がここまで来れば中途半端で終らせるわけにはいかない。思い切って「ジョージ・ワシントンら建国の父たちは、このクラブを食べていただろうか?」と考えてみたいのだ。これらのカニをつかまえるのにそう高級な技術も要らないだろうから、十八世紀の昔でも、その気になれば彼の本拠地ヴァージニアあたりでは食べられたのではないか。有名な文学作品や歌の中に、このカニのことが扱われていないだろうかと思うのだが、いまのところはまだ見つかっていない。ご存知の方はぜひ教えていただきたい。
なぜこんな疑問を持つのかといえば、アメリカ人たちはまるで脱皮するカニのように、ときどき思い切って昔からの慣習やシステムを変えていると思うからだ。会社はもちろんのこと、連邦や州の行政組織、議会にいたるまで、本質的な部分はともかく衣は変えている。なにしろわずか四十年ほど前の南部では、バスに乗るにも白人とはべつの乗降口を使わされたアフリカ系アメリカ人が、いまでは国務長官にまでなれる国なのである。これは構造改革なんてものではない。まさに革命的な発想の転換が行なわれている証拠である。
人は動物や植物の生態を見てかなりの影響を受けるし、生活上のヒントも得る。いとしい子を真の勇者に鍛えるために谷底に突き落として、這い上がってくるのを待つというライオンの親にまことの父性愛を感じ、それを子育ての原則にしていた時代もあったのである。ま、疑問なのはだれが突き落とす現場を見ていたのかということであり、ライオンがそんなに深い谷の近辺に棲んでいるのかどうかも怪しいけれど、昔の人たちが獅子の生き方に共鳴していたのはたしかなのだ。ソフトシェルクラブだって、建国の父たちになんらかの精神的影響を与えたかもしれないではないか。アメリカは甲羅をぬぐカニのように、何度か「精神的脱皮」を繰り返してここまで来たのではないか。
建国の父たちは、歴史に例を見ない人工国家を作り上げた。苦心惨憺して民主主義というものを誕生させた。これは油断をしているとやがて死滅するくらい脆いものだということを彼らは知っていた。国家という組織も永遠につづくという保証はない。組織はかならず腐敗し、制度疲労を起こすものだ。権力はまた思い上がる。権力を一個所に集中させてはいけない。権力間の相互監視と抑制が必要である。ともすれば行政権が突出しがちな国家が多い中で、立法も司法も、行政と対等の権力を持つように精緻に練り上げられたのがアメリカというシステムである。俗に「チェック・アンド・バランス」と呼ばれるあれ(傍点)である。だが権力がたがいに監視しあい、牽制するだけでは足りない。組織は常に若返っていなければならないのだ。そういうことを考えていた十三州の代表たちの目に、脱皮するカニはどのように映っただろうか? 

エビが大好きな人々

さて脱皮する甲殻類のもう一方の旗頭はなんといってもエビだろう。エビは生涯になんでも七回か八回脱皮するそうだ。脱皮するということは、頭も体も若返るということである。結婚式や正月の料理にエビがかならずついているのは、「いつまでも若く」という不老長寿への願いを象徴したものだと聞いている。若くあるためには、人は自らの古いカラをときどき脱ぎ捨てなければならない。エビもまた偉大なる教師なのだ。
ところで日本全国で、エビをいちばん好きなのはどの町の人々なのか? 統計なんかに頼らなくたって、「大方の常識」というものがある。ここはなんといっても名古屋人だろう。
ずいぶん前に名古屋人の結婚事情を扱ったテレビ・コメディがあった。愛とユーモアと皮肉の味付けがたっぷりだった。植木等、藤岡琢也といった芸達者が主演していた。名古屋では、娘が三人いると身代がつぶれるという。親が嫁入り道具を競うからだ。植木と藤岡の両父親は、見栄を張って豪勢な嫁入り道具を揃え、これを何台かのトラックに積んで隣近所に見せびらかしながらパレード(?)させる。とにかく父親としての、仕事師としての、意地と名誉がかかっているのだ。ここでライバルに負けるわけにはいかない!
ここまではまあなんとか理解できるとしても、笑わせてくれるのは、客に出すエビの数を競うシーンだった。名古屋ではエビが最高のおもてなしとされていて、エビフライ(えびふりゃー)が、なんでも気前のよさと社会的地位のシンボルになっているという話だった。私はテレビを見てただ無邪気に笑っていた。えびふりゃーが見栄のシンボルとはずいぶんわかりやすい話ではないか。
しかし、日本の経済全体が、まだまだ低迷している中で、ひとり中京圏だけが元気だという現実に直面して、「待てよ、この元気さとエビ好きとはなんか関係があるのかも知れないぞ」と考えなおしたのだ。名古屋人(尾張人)は、エビにヒントを受けてけっこう頭の甲殻を何回か脱ぎ捨てているのではないかと。
「それは買い被りすぎだよ。トヨタ自動車という超優良企業が牽引役になっているだけじゃないか」というのが、まともな人々の認識だろう。中京圏の活力とエビ好きを結びつけるのは、いくらなんでも無理だと思う。それなら百歩譲ろうではないか。
名古屋人一般はともかく、トヨタはいままでに何回も大胆に脱皮しているはずである。でなければ、この競争のはげしい世界で生き残れるはずがない。それはなにもトヨタ一社だけにかぎらない。日本を支えている優良企業の多くも、口には出せないほどの苦労をして殻を脱ぎ捨ててきたのだ。成功体験にいつまでも依存し、創業者のカリスマ性の呪縛にしばられて脱皮できなかった大企業は、ほとんど確実に衰退した。
では日本でいちばん脱皮しない集団というのは何だろう。それはいうまでもなく官僚の世界だ。彼らは倒産ということがない企業の中にいる。改革も脱皮もしなくても、組織は永続する。民間にある生存への必死の努力というものがないのだ。たとえばゆとり教育にしても、結果は明らかな失敗である。だがこれを推進した高級官僚は、責任を問われることもなく、ぬくぬくと生き延びている。その他の官庁でも民間ならとっくに倒産しているような路線をかたくなに貫いている。
一方アメリカの高級官僚たちは、政権が変わるたびにそっくり入れ替わる。これで組織は相当に若返るはずである。加えて彼らには「国民の公僕」という意識がある。少数の奇特な例外を除いて、日本の官僚たちの間には久しく失われてしまった意識だ。議会の目も、マスコミのチェックも日本よりはるかに厳しい。そうした視線にさらされている官僚たちが、ワシントンでの初夏を迎えるたびにソフトシェルクラブを食べる。「ああ、カニたちは健気なものだ。我々も脱皮しなければ」と思う。思いは民主主義の原点、建国の父たちの理念へと移ってゆくーー。
まあ、相当に無理をした推論だけれど、一度こうした強引な解説つきで、日本の官僚たちにソフトシェルクラブをふんだんに食べさせてみたいものだ。

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COMMENTS

1 : tiakujyo : September 18, 2005 09:34 PM

酔った勢いで、正直に何でも、格好つけの見栄はなくして、
コメント、しちゃいま~す。
こんなに長いのは、夜遅くの私のブログタイムでは読みきれません。
だから、プリントアウトして、電車内で読みました。

その3ページ目の「エビが大好きな人々」は、最高におもしろかった~。
「えびふりゃーが見栄のシンボルとはずいぶんわかりやすい話では
ないか。」 わかりやすい の横に書かれた私のメモ書きは、
わかりやすい=単純=天然 とあるけど・・・。私のブログのカキコ
は、わかりやすい と言われたことがあって、この言葉が好きなの。

「名古屋人は、エビにヒントを受けてけっこう頭の甲殻を何回か脱ぎ捨てているのではないかと。」は、Yoyoさんに絶対読んでもらいま~す。

日本でいちばん脱皮しない集団は、官僚の世界だ。
ああ、カニたちは健気なものだ。我々も脱皮しなければ、
相当に無理をした推論だけれど、一度こうした強引な解説つきで、日本の官僚たちにソフトシェルクラブをふんだんに食べさせてみたいものだ。

どうか、廣淵先生、これらを実践してみてくださいまし。

2 : ラ・マンチャの男 : September 18, 2005 11:36 PM

tiakujyo様 このカニとエビの話を面白いと感じてくださり、本当に有難うございます。長すぎてプリントアウトまでして電車内でお読みいただき、心から御礼申し上げます。私の友人にも官僚出身者は相当数おりますが、これを読んで怒るようなユーモア感覚欠如者はいないと思います。一度本当に彼らおよびもっと若い官僚の皆さんのソフトシェルクラブを食べさせたいと思っています。

3 : rescue : October 4, 2005 01:09 AM

こんにちは先生。
私はワクワクしながら一気に読ませていただきました。多少目に疲労は残りましたが、勝る心の潤いを手に入れる事が出来ました。
アメリカの話にしても、名古屋人(トヨタ)の話にしても、私には関連があるように思えます。たくましく生きる雑草に例えて、雑草魂なんて言葉がありますね。これが世界共通なのかどうかは存じ上げませんが、なるほどと思わせるには充分な言葉です。そこから飛躍しても、先生のして下さった蟹や海老の話には充分辿り着く事が出来るでしょう。自然に習う生き方・・・素敵です。
先生の好奇心の方にも興味を抱かせられたお話でした。

4 : メガネくん : October 4, 2005 12:09 PM

脱皮するカニやエビは、確かにある意味では人生の師匠かもしれませんね。脱皮するたびに若返る、今の日本の政治家たちにも見習ってもらいたいものですね。このお話を読むと日本の未来に大いなる不安を感じます。少しでも早い意識改革を実行してもらいたいものです。
 日本の未来については置いておいて、「ソフトシェルクラブ」とはどのようなものか1回は食べてみたいものです。人間の進歩をカニやエビの脱皮に置き換えて考えるのは、面白いなと感じました。私も脱皮できるように頑張ります。

5 : ラ・マンチャの男 : October 6, 2005 10:02 AM

Rescue 様 コメントをありがとうございます。この記事をワクワクしながら読んで下さったということは、それだけ理解力が深かった証しです。よい読者をもって幸せです。トヨタやアメリカの建国のころの精神に「雑草魂」を見るかどうかは、ちょっと考えたいところです。トヨタの精神は創業者豊田佐吉と江戸時代から続いたあの地方独特の精神文化の融合でしょう。一方、ジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンらはいずれもヴァージニアの上流階級の出身で、イギリスの「ジェントルマン」的な教養を身につけていました。マサチュセッツにやってきたピューリタンたちとは、ずいぶんちがうメンタリティの持ち主たちでした。そうした教養があってはじめてアメリカ革命という大事業ができたのでしょう。戦後の日本の官僚には、こうした「ジェントルマン」的な要素はほとんどありません。私の好奇心に注目していただいて光栄です。

6 : ラ・マンチャの男 : October 6, 2005 10:13 AM

メガネくん コメントをありがとうございます。まずソフトシェルクラブですが、最近は日本でもけっこうレストランで食べられるそうです。季節としてはいまはおそすぎますが、冷凍したものを出すと思います。好奇心を発揮して情報を集めれば、「どういう店で出しているか」が分かると思います。一度対面(?)してみて下さい。さて脱皮するエビやカニが人生の師匠だという私の分析(?)をあまり大真面目に受け取る必要はないですよ。想像力を自由自在に駆使した結果が、ああいう前例のない解釈に至ったというだけのことで、いままでにこのカニを食べた何十万、あるいは何百万人の日本人はそんなことはまったく考えなかったでしょう。ただエビが長寿のシンボルで「脱皮」が「若返り」のもとだという思想だけはかなり古くからあったようです。今回、衆議院のメンバーはだいぶ若返りましたが、新人議員たちの頭はだいぶ古くて固いようですね。せめて若者だけでも頭を柔軟に! と願っています。