View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 16, 2005

人を生き返らせる言葉ーーまず小さな歯車を回すーー -学生へのメール

人間は相当に落ち込んでいるときでも、ひとつの言葉によって生き返る思いを味わうことがあるものです。哲学や人生訓を集めた本からヒントを得る場合もありますが、小説の中に思わず「これだ!」と感じる表現に出会うことも多々あります。最近読んだ『命の風』(デビット・ゾペティ著)の中に、主人公に「再就職の話が舞い込んできた時、健は小さな歯車がなんの前触れもなく、大きな歯車を動かそうとしているような感じがした」という個所がありました。何気なく読み飛ばす人もいるでしょうが、これは私にとっては衝撃的な言葉でした。私たちは自分の運命がどうにもならない力によって支配されたとき、状況を変えようとして、どうしても大きな歯車を回そうとします。しかし大きな歯車は簡単には回りません。ものすごい巨大な力が必要です。それを自力で動かそうとして、いくら努力しても運命は好転しないので、いやになって諦めてしまう人が多いのです。でもこの作者のくれたヒントで私もまた目が覚めた思いがしました。まず力の及ぶ小さな歯車を回すことだ。そうすればそれと連動している中くらいの歯車が回りだす。その力はもう少し大き目の歯車を回す。そしてやがて巨大な歯車が回り始めるのだーーと。お互いに状況をいっぺんに変えようとしないで、まず小さな歯車から回すことを考えてみようではないですか。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : tiakujyo : October 17, 2005 01:25 AM

mixさんから、『命の風』が届いて、私も読み始めました。
「再就職の話が舞い込んできた時、健は小さな歯車がなんの前触れもなく、大きな歯車を動かそうとしているような感じがした」という個所には、まだ行ってません。でも、ここでこのお話が聞けてよかったです。廣淵先生がおっしゃってた「美しい日本語の数々」って、こうしたことを言うのですね。次々また何を、私なりに感じ取れるか、楽しみです。

2 : tiakujyo : October 17, 2005 01:43 AM

追伸--『命の風』の次に読む本は、『スヌーピーたちのアメリカ』 です。  とっくの昔に、読んでいなければならないのにと、今ごろ 独り言をいってます。 

3 : resque : October 17, 2005 02:31 AM

こんにちは、先生。
動かせるものを動かす、という当たり前すぎて忘れかけていた言葉をどうもありがとうございます。
これから就職する私にとっては、その言葉がどうやら大きな助けになりそうです。何かを変えようと思った時、力任せに事を運ばせようとするのではなく、この言葉に準ずる行動をとってみようと思います。

4 : 廣淵升彦 : October 17, 2005 09:54 AM

tiakujyo様 この「小さな歯車」の表現がお心を打ったようで嬉しく存じます。『命の風』は、作者のみずみずしい感性が随所に表れています。こうした表現に出会って、人生の出発の時期に発奮する若者もいるでしょう。最初にコメントを下さって本当にありがとうございます。この本のあとは拙著『スヌーピーたちのアメリカ』をお読みくださるとか。ありがたいことだと思っています。どうかよろしくお願い申し上げます。なおペンネームは人さまのブログを訪問するときに使うもので、こういうお礼のような書き手の素性(?)が分かっているときは本名でもよいのかなと思い、今回は本名にしました。ブログの世界ではこのあたりどうなっているのか、またご教示ください。

5 : 廣淵升彦 : October 17, 2005 10:00 AM

Rescue様 こういう小さなヒントから大きなものを掴み取ることができるのは、貴方の感性がいいからです。私自身も無理やり大きな歯車を回そうとしていた傾向があるので、この本の作者には本当に感謝しています。少しずつでも歯車が回っていれば、かならずよいことが起こってくると信じて動こうではないですか。ご友人たちにも早くこの記事を読むように奨めてください。

6 : cherry : October 18, 2005 12:58 AM

僕は、まだ小さな歯車を回すのもせいっぱいです。4年間、大学にいてその程度かと怒られるかもしれませんが。それが今の実力だと思っています。
歯車は、力ませではなくちゃんと油をさして回してあげると、少しずつだけどしかりと回ってくれます。僕にとっての大学は、歯車にさす油探しだと考えています。
いつの日にか大きな歯車を回すための。

7 : KKK : October 18, 2005 02:42 AM

高校時代には部活で卓球をしていましたが、最初の半年は基礎練習ばかりで苦痛だったことを覚えています。つまらなくて時には、難しい内容を練習したこともありましたができません。ですが半年たって基礎を身に付けてから試合に臨むと以前よりもかなり上達していたことを確かに実感したのです。このとき基礎を身に付けることはこんなにも重要なのかと思いました。基礎練習とは地味で本当に”小さな”ことだと思いますが、このように小さな練習を積み重ねる(=小さな歯車を回し続ける)ことが、大きな技を身に付けるきっかけ(=大きな歯車を回す原動力)になるのだと思います。

8 : ラ・マンチャの男 : October 18, 2005 09:32 AM

Cherry様 この歯車の比喩はのちのちまで大きな意味を持つと思います。ある状況に直面したとき、「ああ、歯車がこうして回っているのだな!」と思いあたることがきっとあります。会議などで、皆が大きなことばかり言って、目の前の小さなことに頭が回らず、物事が少しも進展しないようなときに、「まずこの事から始めましょうよ」といった提案もできます。大学の4年間が「油探し」というのはちょっと淋しいです。せめて「小さな歯車」ぐらいは作り上げたのだという実感をもって卒業してください。

9 : 湖の騎士 : October 18, 2005 09:38 AM

KKK様 誠実なコメントをありがとうございます。貴方の内部の「小さな歯車」と「大きな歯車」が卓球の基礎練習と実際の試合だったのですね。これはこれで尊重します。私がイメージの中に思い浮かべるのは、小さな歯車、中くらいの歯車、大きな歯車がそれぞれに噛みあいながら回っている風景です。比喩(ひゆ)というのは、いろいろなイメージをふくらませてくれます。「歯車」というものから、個人、組織、国家、時代、世界といったいろいろな事についての想像力を養ってください。

10 : 量産型織田ゆうじ : October 18, 2005 02:53 PM

先生こんにちは。最近歯車がどうも回らないな、と思っていたのですが、なぜ回らないかこのメールを読んで気がつきました。どうやらわたしは大きい歯車をいきなり回そうとしていたみたいです。先のことばかり考えずにまずは今やるべきこと、小さい歯車を回すことからはじめたいと思います。

11 : ラ・マンチャの男 : October 18, 2005 11:16 PM

量産型織田ゆうじ様 この記事がけっこうあざやかな映像となって目に浮かんできて、「ああそうか、自分はいきなり大きな歯車を回そうとしていたんだ!」と気がつけば、これは生きていく上での大きなヒントになります。私自身もこの短い表現の中から大いなる力を与えられました。ましてや若い皆さんが得るものは非常に大きいと思います。貴方の感性に合ったようで嬉しいです。

12 : ゴエモン : October 19, 2005 12:54 AM

 私は、来年の四月から社会人一年生になります。社会に出れば自分は小さな歯車の一つにしか過ぎないな。などど、考えることもありましたが、このお話を読んで「なるほど、小さな歯車が無ければ大きな歯車は動くことすら出来ないんだな。」と思いました。
 自分は、小さな歯車だなどと嘆くのではなく、小さな歯車だからこそ出来ることを探すべきだと感じました。つまるところ、大事なのは「心」のあり方であり、「心」のあり方一つで世界は変わってくるものだと言う事ですね。

13 : ラ・マンチャの男 : October 19, 2005 10:02 AM

ゴエモン様 これだけの記述から、来年社会に出る自分が小さな歯車であることを自覚し、それでも小さな歯車がなければ大きな歯車は回らないというところへ想像を馳せるというのはすばらしいことです。この単純な比喩(ひゆ)から多大のインスペレーションを得られたようで、喜びひとしおです。

14 : tiakujyo : October 19, 2005 02:55 PM

学生さんのコメントが、おもしろくて、また読みにきてます。「今の若者は、、」と言われますが、ここを読んでるとうれしくなっちゃいます。 みなさん、一所懸命で。
次に読みたいのが決まってるので、『命の風』を早くとあせってるみたいですが、「小さな歯車・・・」みたいな一節を逃してはならないと、必死に読んでます。 下巻にはいりました。 「小さな歯車」みたいで、ここの節は廣淵先生なら、どう解説してくださるだろうかと、気になるのが、2,3 あります。

15 : ラ・マンチャの男 : October 19, 2005 04:38 PM

tiakujyo様 学生諸君のコメントが面白くて再訪して下さったとのこと。ありがたく光栄です。学生諸君も自分たちのコメントに興味を示して下さる方がいらっしゃると知って張り合いが出ると思います。さて『命の風』ですが、小説を読むのに「大事な表現を見落としてはならない」とお思いになり、お疲れになったのではと心配しています。お目にとまった個所はまたお知らせください。私なりの解釈をさせていただきます。私もあと100ページで読了します。作者の「風」に対する思いがだんだん見えてきました。昔フランスに「風立ちぬ」と歌った偉い詩人がいましたが、彼はこの詩の影響を受けているのかも知れないと思うようになりました。「風立ちぬ。いざ生きめやも」(風が起こる。さあ生きようではないか」と続くわけで、のちに堀辰雄がこの題の小説を書いて有名になり、20年ほど前に松田聖子が「風立ちぬ」という歌を歌っていました。「風」と「命」は関係が深いようです。