View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 29, 2005

宝石と芸術と放送局 -心のメール

ダイヤモンドなどを扱う宝石商に弟子入りした人たちは、朝から晩までひたすら最上のダイヤを眺めたり触ったりする訓練を受けるそうです。贋物(にせもの)や粗悪品も見て、よい物と比較するということをしません。寝ても醒めても、「最高の物」の感触とイメージを掴むように仕込まれます。こうすれば店に粗悪品や贋物が持ち込まれた場合、直ちにそれを見破ることができます。同じように、バレエや音楽を習う子供たちも将来一流のプロを目指す者には徹底して超一流のパフォーマンスを見せます。そうすれば、どういうものが一流の演技なのかのイメージが心に焼き付きます。画商にしても、ただただ本物・一級品の絵を見つづけることによって絵の価値が分かるようになっていきます。今回、私が「世界で最もすぐれた放送局」というテーマでコラムを書いているのも、「真にすぐれた放送局とはどういうものか」のイメージを掴んでいただきたいからです。「そんな遠い海の彼方の放送局なんて、自分の日常とは関係がない」と思う方も多いでしょう。しかし、一人でも多くの人が自国のメディアを判断するのに「すぐれた外国のメディア」を参考にされることが、やがては自国のメディアの質を向上させてゆくだろうという希望を持ってこれを書いているのです。だんだん「放送のロマンを築いた男たち」の物語に入ってゆきます。お楽しみに!

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COMMENTS

1 : エセ男爵 : October 29, 2005 02:02 PM

廣淵先生 こんにちわ、、、
BBC、最初から判明していましたのでコメントは差し控えました。
本日この記事、さすがです!Hit-uponです。
そうなんです!
BBCが今日ある「メディアの苦心惨憺たる歴史」が知りたい。と、常々思っていました。
断片的な知識しか持たず、一度整理したいと思っていたところです。
是非、そのあたり、ご教授願います。

2 : ラ・マンチャの男 : October 29, 2005 05:56 PM

エセ男爵様 見通す方は、「世界で最もすぐれた放送局」といえばBBCだと見通しておられたのですね。画家の悠々さんもその一人だったようですが、「好きだ」というのと「すぐれている」がはたして一致するものかどうかで悩んで(?)おられたようです。コメントをありがとうございます。これから何回かにわたり、放送というものがどういう波乱にみちた歩みをしてきたかを語るつもりです。日本ではこういうことがほとんど語られていないのが不思議ですがーー。

3 : リッキー : October 30, 2005 11:16 PM

 先生こんばんは。芸術をかじった者の一人として、一流のモノを見て修行するというのは本当に大切であるということを実感しています。最高級のモノを日々目にしていると、そうでないモノを目にしたときに一目でわかります。私の母が言っていたのは、小さい頃から一流のモノを見せ、聞かせていけば、必ず将来大きなモノとなってかえってくるということです。そのため、母は食事にしても、おいしい食材を用意してくれます。日本人の主食である、米にしても全国で様々な種類がありますが、その中でも特においしいモノを用意してくれます。なぜかというと、おいしいモノを食べている人は、それ以外のモノを口にすると直ちにわかるからだと言います。先生のコラムを読んだときに母の言ってることと同じことを他のことをあげておっしゃっていたので、どの世界においても同じなのだと思いました。
 そんなことを考えながら、先生の一流の授業を受けている私たちは本当に幸せ者であるのだと、あらためて実感しました。

4 : ラ・マンチャの男 : October 31, 2005 09:48 AM

リッキー様 子供に本当にすぐれたモノの味を教えるために最良のお米を買いつづけた母上の話は感動的でした。貴方はまことに幸せです。私の授業もそのようなものと見ていただき光栄です。さて次回はおそくとも水曜日(11月2日)には掲載します。楽しみにしていてください。

5 : resque : November 1, 2005 12:06 AM

こんばんは、先生。
いつも思うのですが、先生の「自分とは関係のない事だと思うでしょうが」という一文に先生の嘆きが込められている気がしてなりません。しかし、人間はおよそ関係のない事に対して無関心な癖があるように思います。まずは好奇心を身に付ける事が大事ですね。
真のメディアを見抜く方法、ということになるのでしょうか。とても楽しみです。

6 : ラ・マンチャの男 : November 1, 2005 10:08 AM

rescue様 「そんな遠い海の彼方の放送局(そのうち新聞も含む)のことなんか自分の日常と関係がないと思う方」というのは、学生ばかりを指しているのではありません。立派な大人の社会人が、口では世界平和とか国際親善を唱えながら、外国のメディアに対してあまりにも無関心です。自分の想像力の及ばぬ領域への好奇心がどんどん薄くなっています。それを嘆いていてもしようがない。だれも語らなかった「エキサイティングな放送のロマン」を語ることが、目下の私の務めです。

7 : 悠々 : November 2, 2005 09:52 AM

私は典型的な庶民ですから一流の物に囲まれた生活など夢の又夢ですが、親が美味しい物を作って子供に食べさせる、高級な食材と言うことではなく、旬の物を愛情という味付けと共に供することで子供の味覚は磨かれるし親子の絆は固く結ばれる遠見ます。
ファーストフードやコンビニ弁当ではそうゆう関係は築かれないでしょう。
良い絵本を読み聞かせる、庭先に咲いた花を愛で、蝶や小鳥の訪れを楽しむ。
そうゆう生活態度を親が示している家庭の子は情緒豊かな子に育つはずです。
今の子供達の音感が私の世代に比べて優れているのは、AM放送を4球のスーパヘテロダインのラジオで聞いた世代と、デジタル放送やCDで良い音を聞いて育った世代の差でしょうね。
一流の芸術家が作った作品や、高級な工芸品に囲まれていなくとも、身の回りの優れた物をチョイスする一寸した感性と知性が有れば、心豊かな暮らしが出来ますからね。
先生のご指導で、優れたプログラムを提供し続けている放送局の番組に耳と目を注ぐことも、とても大事なことだと思います。
BBCの生い立ち記を楽しみに待っています。

8 : ラ・マンチャの男 : November 2, 2005 10:27 AM

悠々様 食べ物に関してはどんな高級料亭の食事よりも母親の愛情のこもった食事の方がはるかに「本物」でしょう。適切な例をお示しいただきありがとうございます。若者の音感がすぐれていることと、テクノロジーの発達とは大いに関係があると思います。音響機器やラジオ・TVの放送技術の発達は、「競争」が生んだものでしょう。そこへゆくと教育の内容はそんなに進歩していません。むしろ昔にくらべて退歩している気がします。聴き手(学生)も教員ももっと厳しい競争にさらされたほうがいいのでしょうね。

9 : 蚊取線香 : November 5, 2005 05:02 PM

芸術家や宝石商はひたすら超一級の品物を見ることによって確かなものを見極める眼を養うのですか。なるほど、それでは私もBBCばかりを見つづければ、放送局を見極める確かな眼を持つことが出来るでしょうか?まあ、私の場合はそれ以前に勉強しなければならないことがたくさんあるのですけどね・・・。
 海外メディアに触れると言うことですが、日本では海外のメディアに触れる機会が極端に低いように感じます。これは私だけのことかもしれませんが、先ず海外のメディアに触れようにも海外の放送が見られない、放送を受信できない人もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?そして何より、英語がわからない。これは致命的です。後者は、勉強すればすむことですけどね。ですが、海外のメディアから自国のメディアの良し悪しを判断する、ということは良いアイディアですね。日本の人達がこれを行えば、日本の放送というものは飛躍的に進歩しますね。

10 : ラ・マンチャの男 : November 5, 2005 05:25 PM

蚊取線香様 宝石や芸術のよいものに接するのと同じ感覚で他国のすぐれた放送に接することはむずかしいと思います。ただBBCだけでも「どういう理念で運営しているのか」ということが、頭に入っていれば、たとえばNHKとの大きな違いが分かってきます。すべては「大筋での理解」でよいと思います。なおケーブルTVの発達で、月に3,500円も出せば30チャンネルくらいの番組が見られ、NHKのBS放送も見ることができます。BBCのニュースも見ることができます。日本語も原音にかぶせてありますので、情報取得の範囲はぐっと広まります。

11 : calling : November 7, 2005 01:11 AM

高校生の頃は、メディアについての知識もなく。遠い国の放送局ことなど頭の片隅にもありませんでした。日本の新聞紙やテレビニュースは、どこも同じことを伝ているだけと思い込んでたぐらいです。
大学に入って、ゼミや授業でマスコミについて習い、新聞社によって伝え方が違うのだということも、おぼろげながら説明できるようになりました。今は、世界に影響力を与えているBBCのニュースを見ることにより、僕も本物というものが少しずつ分かるようになってきました。

12 : 恭華留斐 : November 7, 2005 12:10 PM

最高の物を見たり、触れたりすることで自然と見分けられるようになるというのは、大人になってから最高の物を見るようにし始めても、見分けられるようになるのかもしれませんが、どちらかというと、子供の方がそういったことを言葉でなく、感覚でつかんでいくというのは得意なのではないかと思います。逆に大人は実際に見ることが少なくとも、言葉を通して最高の物と粗悪な物の違いをつかむことが子供に比べて得意になっていくのではないかと思いました。BBCの番組を実際に目にすることは、日本に居ては難しいですが、言葉を通して感じ取りたいと思います。

13 : ラ・マンチャの男 : November 7, 2005 03:03 PM

恭華留斐様 皮膚感覚・感触といったものは「情報量」に換算すれば言葉の何十倍にもなっている場合が多いと思います。人間を「経歴書」や「論文」だけで判断する学者よりも、「人相」を見て信頼できる人物かどうかを瞬間的に判断する「叩き上げの社長」の方がはるかに人物の本質を見ているものです。それとよい放送局を見抜く訓練とはまた少し違いますが、よいものを見たり聴いたりしていれば、目も耳も肥えていくことはたしかです。そういうチャンスを意識して作ってください。

14 : KKK : November 7, 2005 04:23 PM

「最高の物」か、あるいは「それ以外の物」なのかを区別できればいいということだと思います。確かにいろいろな物を見ているとどれが最高の物なのか分からなくなってしまいますね。一流の人の演技を見ることも同じだと思います。スポーツにおいても、上手な人が試合などを行っている映像を見せてから練習させると上達が早いらしいです。何かを覚えるときには「教わる」より「見て、そして盗め」、あとは自分で解釈していくという方法もありということだと思います。

15 : ラ・マンチャの男 : November 8, 2005 10:33 AM

KKK様 この記事を読んで、スポーツでもよいプレーなどを「見て、盗め」というところへ頭が回転してゆくというのは、筆者の意図とぴたりと一致します。その意気で、よいものを「どしどし盗んで」いってください。だれも警察に訴えたりはしませんからーー。