View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 02, 2005

風を「見た」人ーーBBCのジョン・リース(1)ーー -心のメール

1920年代の初頭、ラジオ放送の未来が一体どういうものになるのか、はっきりした見通しを持っている人はだれもいませんでした。放送局から電波に乗せて音声を発信すれば、遠くの受信機がそれを受けとめて、音が聞こえるということは分かっていました。しかし一体だれがそんな受信機を買うというのか、どういう内容の音を発すればよいのか、まったく雲をつかむような話でした。なにしろ前例はなにもなかったのです。しかし受信機のメーカーたちは、音の聞こえる機械を売り出せば、だれか新し物好きがそれを買うだろうと考えました。受信機が売れるためには、どうしても音を発信する放送局が要ります。当たり前の話です。ということでアメリカではまず受信機のメーカーが最初のラジオ放送局を作り上げました。
一方イギリスでも放送(broadcasting)のあり方について、「ああでもない、こうでもない」という議論が起きていました。1922年には、郵政省の正式許可を得ない実験局が送信を始めたりし、状況は混沌としていました。この年の11月に「BBCという民間会社」がラジオ放送を始めました。British Broadcasting
Company です。いま世界の公共放送の原型とされているBBCですが、まずは民間の会社として発足したことにご注目ください。Cは現在のCorporation(協会)の略ではなく Company(会社)の略でした。
さて、この海のものとも山のものともつかぬ会社が放送を始めた1か月後に、一人の卓越したリーダーが入社してきます。空席になっていた総支配人(実質的社長)のポストについたのは、のちに20世紀の世界の放送界最大の貢献者と呼ばれるようになるジョン・リース(John Reith)でした。BBCはやがて民間会社から受信料収入で経営する「公共放送」へと組織を変え、やがて世界の公共放送の模範とされ「英国の誇り」と呼ばれるようになってゆきます。それを可能にしたのは、リースという強烈な個性であり、彼の信念と使命感でした。彼は「人の見ないものを見、人の聞かないものを聴く」能力を持っていました。放送についての独特のイメージを抱き、それが世界で最優秀の放送局を作り上げる原動力となりました。そのイメージとは「風に乗せたメッセージ」でした。あまり長いとお疲れになるといけませんので、これについては次回に語らせていただきます。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : 悠々 : November 2, 2005 07:46 PM

いよいよ創生期のBBCの生い立ち記が始まったのですね。
待ちかねていました。
BBCのCがCompanyであるとは知りませんでした。
John Reithのような人がBBCに入ったことが、今日のBBCの経営姿勢の礎であったと言うことは、会社とかの団体にとって、いかに優れた個人の存在が大切なことか、と言うことですね。
私はかつて自分が属していた団体の研修会で、団体を動かすための大事な歯車になるよう、教えられました。
でも 私は天の邪鬼な性格でしたから、歯車全体のスムーズな動きを支える役割にはあまり貢献できませんでした。
歯車の過剰回転・暴走をセーブするような動きをするのがせいぜいでしたから、団体の主流派には疎んじられましたね。
優れた個人が率いる団体に属さなかった不幸せでしょうか?
コメントにならないコメントでごめんなさい。

2 : ラ・マンチャの男 : November 2, 2005 10:39 PM

悠々様 BBCの放送内容をよくご存知で、この組織になじみの深い方からコメントを頂戴し、非常にありがたく思います。組織は組織図や社内規定・規則で動くものではありません。創業者の魂で動くものです。BBCがジョン・リースを得たのはまさに天の思し召しといってもいいでしょう。悠々様は組織人間として、嫌な思いもされたようですが、私も「ほとんどの組織には魂の腐った人間がいる」という、当たり前のことを学ぶのに年数を費やしすぎました。リースにしてもボスとして仕えるには骨の折れる人だったと思います。しかし彼の「動機」はひたむきに純粋でした。

3 : リッキー : November 2, 2005 11:06 PM

 BBCの始まりをこれから学んでいくのですね。自分の知識の引き出しがまた一つ増えていくと思うと、わくわくします。

4 : ラ・マンチャの男 : November 3, 2005 09:57 AM

リッキー様 BBCの話はけっして遠い異国の物語ではありません。仮に日本の放送局のトップクラスにいる300人くらいの人がジョン・リースの生涯からなんらかのインスピレーションを得れば日本の放送界は変わると思います。そうすれば教育も社会もよい方向へ変わるだろうという、「不可能とも見える夢」を私は抱いています。残念ながらこの人々はまず100%リースの存在を知らないと思います。このシリーズで私が強調したいのは、人間を変えていく「イメージ」「インスピレーション」といったものです。大いにわくわくしてください。

5 : resque : November 4, 2005 04:57 AM

壮大なBBCの歴史を垣間見る事が出来ると思って楽しみにしていたのですが、「楽しみ」というよりも「学びたい」という意欲に駆られました。
20年代というと、まだ生きておられる方も大勢いらっしゃることでしょう。そう思うと人の半生に触れるような感覚でこれからの先生の記事を読めるような気がします。
私も大いに教わりましょう。お願いします。

6 : resque : November 4, 2005 04:57 AM

壮大なBBCの歴史を垣間見る事が出来ると思って楽しみにしていたのですが、「楽しみ」というよりも「学びたい」という意欲に駆られました。
20年代というと、まだ生きておられる方も大勢いらっしゃることでしょう。そう思うと人の半生に触れるような感覚でこれからの先生の記事を読めるような気がします。
私も大いに教わりましょう。お願いします。

7 : ラ・マンチャの男 : November 4, 2005 10:17 AM

rescue様 今回からresque となっていますが、前回までのお名前宛てに書かせていただきます。たしかにBBCが放送を始めたころに少年少女だった方々がまだ生きておられます。放送の歴史はそれほど若いのです。次回はこの連載を書く究極の目的であったある体験について書きます。楽しみになさってください。

8 : ラ・マンチャの男 : November 4, 2005 10:24 AM

エセ男爵様 トラックバックを有難うございます。リース卿の詳しい履歴をお調べになった情熱に敬意を表します。私もあらためて彼の業績に触れ、得るところ大でした。この人のことがもっと知られてよいと思うのですが、一般の方がわくわくしながら読め人物伝なり物語としてはほとんど日本には紹介されていません。残念です。次回は今回の連載のエッセンスとも言うべきことを書かせていただきます。

9 : エセ男爵 : November 5, 2005 08:13 AM

おはようございます。
最近、
廣淵先生のブログを拝読しながら、日々思い起こす事があります。
それは25年以上も前のこと、サラリーマン時代に割賦購入した「ブリタニカ国際百科事典」のセールスマンが大挙して我がオフィスに訪れ弁舌爽やかに口説かれ篭絡され、当時所属していた国際担当課の男性課員のほぼ9割以上が購入したのです。
当時転勤の多かった我輩、いちいち転勤先に膨大なる重量のブリタニカ百科事典の全冊を後生大事に持ち歩きましたが、当時それを駆使しなければならぬチャンスは少なく、小生の場合、主として「百科事典付録の世界地図」に多大?なる恩恵?をこうむったのみにとどまった程度の無様にして利用頻度少なく、購入価格の割に合わない当時の現状を嘆き恥じていました。現在、その大半が倉庫の奥深くに眠っています。
本日、重労働を覚悟し、上記百科事典の全冊をあらためて私が書斎に移動作業を予定しました。
この度のような廣淵先生の講座に加えて頂くに、今さらながら「当該百科事典」の重要さにあらためて目覚め、今からでも遅くはない!と反省且つ自覚し、
1)知らない知識が目前に現れるなら、放っておかず、
2)一から調べ、新たな知識として加えれば宜しい。
3)知識不足を恥とせず、知らない事は素直に知らないと云い、人様にお教えをこう。
4)極めつけは、可能な限り自分で調べる。
等々、あらためて、
「学ぶ事の大切さ」と「自己啓発の大切さ」を感じています。
ありがとうございます。

10 : ラ・マンチャの男 : November 5, 2005 10:20 AM

エセ男爵様 コメントをありがとうございます。私のBBC関連の記事は、「知識」とか「歴史」よりも「ある感動的体験」をお伝えしたくて書き始めたもので、その「本論」に行くには、いささか長い「序走(序奏)」が必要だっただけです。バロン様のように本格的にブリタニカ百科事典までお調べいただくというのは恐縮であり、かつ光栄です。それにしても引越しのたびにあの膨大な事典一式を運ぶというのは大変でしたね。次回はそういう方のご期待に応えられる記事になるかどうか分かりませんが、エッセンスだけはお伝えしたいと思っています。

11 : エセ男爵 : November 5, 2005 11:02 AM

廣淵先生の「記事」を拝見し、それが引き金となって「自分勝手」に行動しているのみです。
また思い出します。
過去に同じような経験のあったことを、そして、今後も(ますます)それを継続したく考えます。
その経験とは、
ある時論文を読み、あるいは随筆や小説を読み終えたこと引き金となって、また別の書物を読みたくなる・・・
今、そんな感じです。
また、私は記憶能力に乏しいという致命的な欠陥のある人間です。しかし、そんな欠陥を承知で、覚えられない単語は何度も辞書を引く、難解も難解も引きまくる。それでも恥とは思いません。
なぜならば私は、可能な限り、ものごとを包括的に理解しようと努力します。時計にしても一時期流行したデジタル文字盤のみの時計は苦手です。360度にて12時間を分割し、分針と時針の2本の針の動く様を一覧し、前後の時間を一度に観るほうを得意とする、未だアナログ人間なのです。
ですから例えば、なにかの特別な理由をもって調べた『英単語』は、前後の状況により訳故あって調べたものですから、辞書を引いた以後、そんな単語は忘れる事なく、長きに渡って記憶は確かなのです。

そんな背景でもって、
BBCに関連する廣淵先生の「エッセンス」をお聞きしたく、そのエッセンスをより包括的に理解可能となるよう、勝手に自分自身、その用意をしているのです。
お聞きした「エッセンス」から、必ずや「関連する他の疑問点」は発生します。発生してのち興味あれば、又、それを知る調査する作業に入ればいい。
たったそれだけの、興味本位の繰り返し作業をやろうとしている俄か研究者に成ったりならなかったり、休んだり怠けたり、効率?非効率?お構い無しのかって気ままな人生を今からも楽しみ酔狂したいのです。自堕落にして怠け者、耽美に浸る事の「勤勉からの逃避者」である私にとって、しかしなにか事あれば、興味あれば、それに関する事柄は人よりも秀でておきたい!という、好奇心と我儘を持ち合わせている自覚はあります。
たったソレだけ・・・

そんな単純な好奇心と動機のみで、先生のブログを継続拝読している今日この頃です。

12 : 午後の紅茶 : November 5, 2005 05:20 PM

 「人の見ないものを見、人の聞かないものを聴く」、なるほど、ジョン・リースとは天才的なひらめきや発想を持っていた人だったんですね。どんな時代でもその時代を動かしていくのは、一部のカリスマ的な人達ですが、いかに天才的な人物であれ大きな事を成そうと言うのは、並大抵の苦労ではなかったはずです。どこかで聞いた言葉なのですが、天才と言うものは孤独だと聞きました。ジョンが孤独だったのか、それとも心許せる友がいたのかは私にはわかりませんが、どのようにしてBBCを発展させたのか?これは非常に気になるところですね。何はともあれ、ジョンの思いは今「風に乗せたメッセージ」として、遠い東の国にまで届いているのですね。こう言うものをロマンと言うのでしょうか?なかなかいいものですね。

13 : ラ・マンチャの男 : November 5, 2005 06:59 PM

午後の紅茶様 イギリスの話をしていると、アフタヌーンティーというペンネームの方からコメントがいただけるなんて嬉しいです。なんとおしゃれな方でしょう! さて「天才は孤独」というご指摘ですが、それは「いわば当たり前」の話でしょうね。天才とまではいかなくとも何か偉大なことを成し遂げようとする人は、「人に愛されたい」といった願いを断ち切ることができる人でしょう。リースは天才といったタイプではなかったと思いますが、孤独になりきれる人でした。「風に乗ったメッセージ」の謎はいよいよ次回に登場します。

14 : ラ・マンチャの男 : November 5, 2005 07:08 PM

エセ男爵様 第二信へ 物事を包括的に理解しようとなさり、辞書を何度も何度も引くバロン様が、小コラムのために準備にエネルギーを費やしてくださるお姿に打たれます。ご自身を「アナログ人間」と言いきれるというのは、自信の表れであり、「男の美学」だと思います。時流に乗りたくて世間に媚び、「ディジタル人間」と呼ばれたい人がいっぱいいるご時世です。なにも時世に逆らう必要もないでしょうが、媚びる必要はもっとないと思います。

15 : おざわ : November 5, 2005 09:56 PM

日本では金を儲けるという考えが嫌らしいとされているのに対し、欧米ではフェアに金を儲けることには誇りを持っているときいたことがあります。純粋に利益を追求することにBBCが世界最高峰でいられる成功の要因があるような気がします。

16 : ラ・マンチャの男 : November 5, 2005 11:21 PM

おざわ様 「日本と違って欧米ではフェアに金を儲けることに誇りを持っている」というのは本当ですが、BBCが世界最高峰であることと、この哲学とはちょっと関係がないように思います。そのことは次回の記事で納得していただけるはずです。BBCもリースモひたすら「番組内容」に賭けたのです。

17 : 恭華留斐 : November 7, 2005 12:19 PM

アメリカの受信機メーカーが最初のラジオ放送局を作ったということは、初めて知りました。てっきりBBCが最初だと思っていました。
BBCそのものは「英国の誇り」ということですが、ジョン・リースも「英国の誇り」なのだろうと思います。人の感じ取れないようなことを感じ取れるように、私もなれたらとジョン・リースがうらやましく感じました。

18 : ラ・マンチャの男 : November 7, 2005 03:25 PM

恭華留斐様 アメリカの放送の誕生もまたエキサイティングな話の連続です。それも「今」に連なる面白さを秘めています。ジョン・リースを羨ましく思うーーというのは、なかなかいい根性です。彼はサンプルとしてはよすぎる(?)と思うのですが、その大物を「うらやましい」と思えるとしたら、大したものです。そのうち「はるかなる呼び声」が聞こえてくる可能性は大です。

19 : KKK : November 7, 2005 11:02 PM

受信機のメーカーが放送局を作り上げるなんて賢いと思いました。でもこの行動が起きなければ、現在のマスコミがどのようになっていたのかはわかりません。この行動があったからこそ、ラジオという聞いて情報を入手する、さらにはそれだけでなく、目で実際の状況を確認できるテレビが発達したのだと思います。もちろんここまでの発達は、受信機のメーカーだけでなく、ジョン・リースの活躍なしにありえなかったということはいうまでもありません。

20 : ラ・マンチャの男 : November 8, 2005 10:27 AM

KKK様 ラジオ放送の誕生は非常にエキサイティングな逸話にみちています。とにかく私たちの生活そのものにいまも影響を与えつづけているシステムですからーー。一気に全部知ることは無理でも「いろいろな人がずいぶん苦労したのだなあ」と分かるだけでも想像力が刺激されます。そして技術も科学も当時に比べれば格段に進歩したけれど、組織を動かす人間の情熱や見識はほとんど変わらないことも分かってきます。放送の歴史というのは、本当に人間的で面白いです。