View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 06, 2005

風を「見た」人ーーBBCのジョン・リース(2) -心のメール

国営でもなく民営でもないBBC

BBCは1922年に民間会社として発足しました。しかし間もなくイギリスの有識者たちは、放送というのは一私企業で運営するにはあまりにも影響力の大きすぎるメディアだ、と気付きました。それかといって「国営」で運営すると、時の政権の影響を受けすぎます。権力は常に自分たちに有利にメディアをコントロールしようとするものだからです。国営でもなく純民営でもなく、いかなる勢力の影響も受けない組織にするにはどうしたらいいのか? それが有識者を集めた「委員会」で何度も検討されました。この委員会はそれこそ「国の運命を決める」ほどに大事なものでした。その結果生まれたのが、「受信料による経営」であり、各界各地域の代表からなる「経営委員会」が経営の主体となるという案でした。経営委員会は日常の業務をつかさどる「会長(ディレクター・ジェネラル=DG))」を指名し、彼に業務を任せる。一度会長に選ばれた者は、5年間は更迭されない、というルールが出来上がりました。こうしたことを盛り込んだ「特別憲章」(ロイヤル・チャーター)が出来上がりました。1927年、この憲章による、特殊法人としてのBBCが誕生します。新生「英国放送協会」British Broadcasting Corporation の発足でした。 初代の会長(=DG)に選ばれたのはもちろんジョン・リース(John Reith)でした。

組織を活かすのは創業者の魂

以後、会長としての11年の間にリースはBBCそのものとなり、イギリス社会に強い影響力を与えつづけました。制度的には政治的影響力を受けないとなっていても、受信料を徴収するのは政府機関の郵便局であり、経営委員を選ぶのは首相です。BBCには有形無形のさまざまな圧力がかかってきます。そうした圧力をはねつけるためには、よほどしっかりした「意志」が要ります。トップリーダーの持ち味、風格、凛(りん)とした姿勢、押し出しといったものがどうしても必要です。「制度」「形」はできても、経営者に「魂が」なければ組織は動きません。しかもリーダーには「私心」があってはいけない。ひたすら純粋に国家国民の利益のために奉仕するという精神が不可欠です。リースはそうした資質のすべてを備えていました。彼のリーダーシップの下で、BBCは世界で最も信頼される放送局へと育っていきました。BBCはさらにイギリスが生み出した宝とまでいわれ、イギリス人の誇りとなっていきました。

風に乗せたメッセージ

ではこうしたBBCを築いたリースの終生変わらぬ使命感の源となっていたのはなんだったのか? これこそが私の最も語りたかったことです。若いころからリースは、故郷スコットランドの高原を吹き抜ける風の中に、「天」からのメッセージを読むという体験をしばしばしていました。人間という受信機は感度が悪くて、神がいかに重要なメッセージを送ってきてもこれをキャッチすることができないのだと彼は思っていました。BBCに入る前、放送の世界に身を投じるべきか否かで彼は迷っていました。当時、放送というのは海のものとも山のものともつかぬ世界でした。放送局が音を発したといっても、はたしてだれが聴いてくれるのか? 放送ははたして男子一生の仕事といえるのか? 事業としてはたして成り立つものなのか? すでにエンジニアとしての道を歩み始めていた彼にとって、放送はまことに不確かで頼りない世界にみえたのです。

故郷の高原を歩きつつあれこれと考えている時、一陣の風が吹いてきました。生い茂った草が(多分ススキ)が、さーっと揺れて波打ちました。その草のそよぎの中に、彼は「神のメッセージ」を見たのでした。「汝は放送の世界に身を投じるべし」というお告げを、直感的に感じ取ったのです。いかに頼りなく見えようとも、目に見えぬ大衆に向かって自分はメッセージを送りつづけるのだという、確固としたイメージが彼の心に焼き付きました。このイメージと使命感は、以後ゆらぐことはありませんでした。このエピソードを聞いて「神がかりだ」と思う人がいるかもしれません。しかし、後世に残る大きな仕事を成し遂げた人というのは、ときには理性では捉えきれない大きな力を感じ、内面から突き上げる衝動に駆られて行動するものです。ましてやリースは敬虔なプロテスタントでした。彼の目に「見えた」風は、特別な意味を持っていたのです。彼の自伝は『風の中へ』("Into The Wind") であり、彼の伝記を書いたアンドリュー・ボイルは "Only The Wind Will Listen”(『聴くは風のみならん』)というタイトルを用いています。

このエピソードに触れたとき、私は心臓をぎゅっと掴まれたような感動を覚えました.。風というのは空気 air です。「放送する」ということを、「オンエアー」(正しくは「on the air」)するといいます。放送というのは、まさに「空気に乗せたメッセージ」であり、「風に乗せたメッセージ」なのです。そうしたいくつものシグナルとイメージが瞬間的にリースの頭の中で錯綜したのに違いありません。彼は独り「風の中へ」と揺らぐことなき信念をもって歩んでいったのです。

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COMMENTS

1 : エセ男爵 : November 6, 2005 09:51 PM

????・・・
以下、先生の記事を抜粋して、
>このエピソードに触れたとき、私は心臓をぎゅっと掴まれたような感動を覚えました。

小生、今、思うに・・・
「・・・?」
「感動!わかった・・・」
「感動した事、分るけど、それでYOUは、どうしたの?」
といった、状況なのです。

廣淵先生の記事を拝読し、時々こんな「疑問」が残り、したがって先生ご自身の感情の奥底に秘められているであろう「一言を伏せる」、伏せられている一言の欠如による「表現の頼りなさ」を感じてしまうのです。小生、このような愛護の一線を煙に巻くような記事をして「ジャーナリスト風書き方」と、評します。ジャーナリストは、時として「自論を言い切ってはならぬ」という鉄則があると聞き及びますが、このブログでは其れを解き放って頂きたいのです。
今までの廣淵先生ブログの中、上記のような疑問と頼りなさを感じた記事に出くわした場合、今までの小生は、決して深く考えないように勤め、コメントも控えておりました。
しかし今回のBBC関連記事は、違う!
(おそらく、記事の長くなる事を懸念され、ある程度のところで「中断」された読者への御気遣い、そんな配慮など感じられますが如何でしょうか?
(小生自身、谷さまの論評をする段では決してないのですが)
はっきり申し上げて、先生ご自身の記事の詰めの甘さを感じます。

是非、お尋ねしたいので、お願いします。
さて、
1)感動された。(分ります)
2)どのように感動されたか?(なんとなく想像でき、それがの「言葉」に繋がっていくところ・・・
3)それで?具体的に、『心臓をぎゅっと掴まれたような(ような)感動』から端を発して、廣淵先生の心境の変化があり、先生ご自身の理念・信念あるいは実行動に、どのような変化があったのか?
上記の3点、今回の記事の中では小生の読解能力では行間と行間に含蓄されているであろう内容を想像しても、想像の確定に至りません。
したがって是非、このコメント記入欄の中で、
「その後の、廣淵先生ご自身の変化」?
と、
「その結果の状況」?
に至るまで、
是非ともお聞かせ頂けないでしょうか・・・
宜しくお願いします。

2 : エセ男爵 : November 6, 2005 10:01 PM

以下、訂正です。(みっともなくてすみません)

訂正(1)
X=(愛護)の一線を煙に巻く
O=最期の一線を・・・
訂正(2)
X=小生自身、(谷さま)の論評をする・・
O=小生自身、他人様の・・

コメント欄を乱し、申し訳ございません。

加えて、
不肖小生の無礼千万にして作法を欠く質問、何卒お許し下さい。

3 : 悠々 : November 6, 2005 10:09 PM

空気に載せたメッセージ、確かに送りっぱなしと言うのは、頼りないことですよね?  私はアマチュア無線をやっていますが、これには交信相手が居て、言葉で、或いは符号で、送信内容について反応があります。特定の相手のことも有れば、不特定な知らない人からの返信もあります。
放送事業は今でこそ通信手段がいろいろと発達しているから、何らかの反応は確かめられるでしょうが、、、

我が国にも国営に近い公共放送があり、受信料を元に運営されています。
しかしその放送局は、受信料の納入者(国民)のことより、国の監視機関(逓信委員会?)の顔色・鼻息を窺うことに熱心のようです。
委員さんに呼びつけられて、従軍慰安婦の番組での取り上げ方は 私の気に入らない。と言われると早速番組の内容を変更したりします。
A新聞社にそのことをすっぱ抜かれると、委員さんに言われたから変えたのではない。局の方針の変更だ。等と、子供でも言わないような良いわけをぬけぬけと宣うし、委員さんの方も、変えろとは言っていない、気に入らないと言っただけだ。
変えたのは局の方で 私が命令などしていない、と、これ又ぬけぬけと言うんですよね。
放送局の生殺与奪の権限を持っている立場の者が、気に入らないと言えば、止めろと言うことと同意義ですよね。
視聴者が受信料を払いたくなくなるのは当然です。
言葉遊びは幼稚園のお遊戯会なら、聞いている方も楽しいですが、放送局と代議士さんがやったんでは国辱ものですよ。

翻って、英国のBBC、一人の優れた見識を持ったリーダーが、神の啓示を発端にして、国など諸々の圧力を撥ね除けて現在のBBCの礎えを築いたこと、これからの廣淵升彦先生のお話が楽しみです。


4 : リッキー : November 6, 2005 10:52 PM

 ジョン・リースのように、神から自分の使命を言いわたされた人間は、これまでに大勢いると学びました。残念ながら私にはまだ、神から言いわたされた使命は内容なのですが、いつかそんなモノを手に入れられたらいいなと思っています。BBCがイギリス政府の圧力に屈することなく、ニュースをただ事実を正確に伝えているということはわかりました。しかし、政府や権力者と言うのは時にとてつもなく大きな、そして強い圧力をかけてくることがあると思います。BBCで働く人々は果たして本当に屈することがないのでしょうか?駆け引きをしたりすることは本当にないのでしょうか?是非お教え下さい。

5 : ラ・マンチャの男 : November 6, 2005 11:18 PM

エセ男爵様 ご質問にお答えします。まずこのシリーズは「学生へのメール」と銘打ちつつ「心のメール」と少しサブタイトルを変えているものです。基本的には「事実を知らせる」ことが目的です。私自身の意見・考え方についてはこのブログにある「頭にちょっと風穴を」というシリーズをぜひお読みください。1話から16話まであります。そこには私自身が相当はっきりと反映されています。だからこそ日本エッセイスト・クラブは、03年と04年の「ベスト・エッセイ」の一つに選んでくれたのだと思います。「学生へのメール」シリーズでは、自分の感情とか意見を言い切ることを、たしかに「抑えて」います。今回のBBCの一連の記事は「かつてこのような偉大なリーダーが存在したこと」を学生のみならず諸賢に知っていただくのが目的です。イギリスの公共放送の生い立ちを知る人が一人でもふえてほしいという願望が根底にあります。次にこの逸話にふれて感動した私がいかに変わったかですが、それを語るには長い行数が要ります。リースと風の逸話は、放送というものについての私の原体験の追認のようなところがあります。自分の内部に、リースに共感する因子があったから感動したのでしょう。これについては「放送のロマンを築いた人々」ということで、少しずつ語ってゆくつもりです。

6 : ラ・マンチャの男 : November 6, 2005 11:31 PM

悠々様 コメントをありがとうございます。NHKへのご批判は当然です。リースについて語ってゆくのは非常にタフな仕事です。これから彼のマイナス面も語るとすれば、ほかのテーマを取り上げている時間がなくなります。彼が存続しえたのは、彼を支えるイギリスの「良識」というものがあったからです。私はイギリスのすべてを礼賛しているわけではありませんが、一国の根幹にかかわる放送というものについてのイギリス人の見識は高く買います。ひるがえって国内を見渡すと、まず新聞記者にもっと勉強してほしいと思います。いまだにBBCを「イギリス国営放送」と思い込んでいる記者が、まず90%はいるのですから話になりません。そうした蒙を啓くためだけでもこの記事の存在する意味はあると思っています。そこのところをぜひご理解いただきたいのです。

7 : エセ男爵 : November 7, 2005 12:00 AM

廣淵先生
良く理解できました。
先生のBlogの構成、理解不十分のままコメント投稿に走りましたこと、まずお詫びいたします。
たいへん失礼致しました。

>「頭にちょっと風穴を」というシリーズ・・・

現在まで、上記シリーズに至ったこと皆無。
あらためてお伺いすることに致します。
申し訳ありません。
本日の我が質問、愚問でしたこと自覚いたし、以後細心の注意を払いコメントします。
お許し下さい。

8 : calling : November 7, 2005 01:46 AM

誰もやったことのないBBCの会長という職務に、ジョン・リースは本当に苦労したに違いない。僕はその頃生まれていないが、「国からの圧力を受けない」、「大衆におもねらない」、「使命感」どれが欠けても今のBBCは無かったと思う。きっとリースには、この三つがどれほど大事なのかが分かっていたのだろう。だからこそ、11年の間BBCを育ててこれたのだと考える。彼を選んだ経営委員会の人たちも凄いが、自分の運命に気付き、迷わずそのことに突き進んだリースはもっと凄いと思う。

9 : rescue : November 7, 2005 01:48 AM

こんばんは、先生。
名前の訂正までしていただき、本当にありがとうございます。これは完全な私の不注意でした。すみませんでした。

今回のお話は、先生が以前「天職」についてゼミで話された内容にほぼ準じますね。「Calling」とはまさにこのエピソードだ、と思い出すと同時にドキドキしました。先生もこのお話の主人公ジョン・リースと同じ感覚を神から授かったのでしょう。いや、羨ましいです。万人に与えられる感覚とはどうも思えないので、そう思ってしまいます。天職・・私にもあるのでしょうか。

10 : ラ・マンチャの男 : November 7, 2005 10:20 AM

リッキー様 天からの声を聞くというのはそう容易なことではないと思います。幼い日に闇の中で本当に孤独を感じ、やがて死んでゆく人生にどういう意味があるのかと真剣に悩み、偉大な思想家たちの考えを理解しようという長い苦悩を経てようやく聞こえてくるものです。今の若者は「闇」と対面すること少なく、自分を甘やかしてくれる大人が周囲に多すぎます。さてBBCの職員が権力に屈することはないのかというご質問ですが、危機は何度もありました。権力からだけではなく、視聴者からも新聞側からもありました。移り気な大衆を相手に、権力を相手に、そして新興のメディアであるラジオ・テレビを敵視する新聞を相手に苦闘の連続でした。それらについては、少しずつ語ってゆきます。

11 : ラ・マンチャの男 : November 7, 2005 10:49 AM

Calling 様 この記事を読んで、とっさにCalling というニックネームを考え出した貴方は、この記事のエッセンスを的確に掴んでおられます。リースも天職を得、イギリスも彼のようなリーダーを得て幸せでした。しかし残念ながら日本のジャーナリズムは彼のことを知りません。いま新聞記者のまず99パーセント、テレビ局員の95パーセント以上は彼のことを知らないでしょう。BBCが民間会社であったころ、一番重要な「総支配人」のポストを空席にして「最適任者」が現われるのを待っていたというのも凄いことです。これが英米の精神的風土です。

12 : ラ・マンチャの男 : November 7, 2005 10:58 AM

Rescue 様 高原の草の上を吹く風は、まさにリースを call していたのだと思います。そうしたはるかなるものからの呼び声が彼を動かしたのです。この記事からかつて話した「天職 Calling(天からの呼び声)」という言葉を思い出した貴方は、私のメッセージを確実に理解されています。ひとつ前の投稿者 Calling さんと同じように!

13 : 恭華留斐 : November 7, 2005 12:33 PM

人間という受信機の感度が悪いために「神のメッセージ」をつかむことができないと、ジョン・リースは考えたということですが、「神のメッセージ」は誰にでも届いていて、後はその人がそれに気付けるかということが感度のよしあしということなのかなと思いました。感度がよければそのメッセージに気付くことができて、悪ければ気付くことができない。しかし、気付くことができたとしても、自分に自信がなかったり、確信を持つことができなかったりして、そのメッセージを聞かなかったことにしてしまう人もいるような気がします。

14 : ラ・マンチャの男 : November 7, 2005 03:14 PM

恭華留斐様 私は一神教徒ではありませんし、信仰心薄い者ですが、「遠い宇宙の彼方から自分を呼ぶ声」の存在は感じることができます。それはリッキーさん宛ての返信の中にも書きましたが、「闇」とか「孤独」とか「虚無」といったものとの格闘の歴史によるものだと思います。だんだん哲学的になってきてむずかしい話ですが、よほど神経を砥ぎすまして聴かないと、こういう声は聞こえてきません。でもそれでいいのだと思います。ただ現在の日本では、欧米の知的人間に比べて calling を聴く人の数が少ないのが残念です。

15 : KKK : November 7, 2005 07:06 PM

大衆からの影響を受けないようにするために公共受信料にするというのはなるほどと思いました。こうすれば客観的な事実を伝えることができる。しかし、同じように公共受信料を取っているにもかかわらず、客観的な事実を伝えていないのが、日本の「あるメディア」です。大衆からの影響を受けないということは自分たちの都合のいいように放送することもできてしまうのだなと改めて思いました。さらには不祥事まで起こしてしまい、信頼を失いつつあります。私たちがほしい情報というのは客観的な事実なのです。これから信頼を取り戻すには、BBCのように客観的な事実を伝える以外に、方法はないのかもしれません。

16 : chobi : November 7, 2005 10:54 PM

こんばんわ。真に勝手ながら名前を変えさせて頂きました。これからはこの名前で行きますのでよろしくお願いします。
BBCがどのように生まれたのか大変、壮大なテーマで正直すごく楽しく学ばさせていただきました。ありがとうございます。
リーダーには「私心」があってはいけない。ひたすら純粋に国家国民の利益のために奉仕するという精神と言った事は、物凄く難しい事だと思います。これらの役目を引き受けていまや世界一の放送局であるBBCの育ての親であるジョン・リースさんはは本当に大人物なのですね。この人の事を知る機会を作ってくれた先生に感謝します。歴史上の大人物たちは、どこからともなく声が聞こえてきて自分の天職にたどり着くと言った話は良く聞きますがそのような事は本当にあるのかなぁと考えさせられました。

17 : ラ・マンチャの男 : November 8, 2005 10:08 AM

KKK様 BBCも「日本のあるメディア」も「ほぼ同じルール」で運営されています。違うのは「中に働く人間の心がけ」です。「大衆の影響を受けない」という表現は誤解を招くと思います。大衆の好みを無視してはいけないが、大衆におもねったり引きずられたりしてはいけないということです。この辺の兼ね合いがむずかしいところです。それから「日本のあるメディア」は運営するチャンネルが多すぎます。思い切って半分くらいにすべきでしょう。

18 : ラ・マンチャの男 : November 8, 2005 10:21 AM

Chobi様 改名第一号の貴コメントは非常に具体的で分かりやすいですね。リースの生き方に共感するか否かはともかく、こういう人物がいたということを知り、その使命感や発送のスケールの大きさを知ると、こちらの考えもダイナミックになってくるでしょう。この記事がよい刺激になったようで喜んでいます。遠い彼方からの声は、こちらが苦しみぬいて偉大なるものからのシグナルをキャッチしようとしないかぎり聞こえてこないものです。他の投稿者の方宛てにも書きましたが、「闇」「孤独」「虚無」といったものと正面から向かい合うことが前提になると思います。

19 : 小龍 : November 8, 2005 02:12 PM

廣淵先生のブログ、いつも楽しく拝見させて頂いております。
今回の記事を読み、現在世界で最も評価されているBBCは、ジョン・リースという、一人の男の運命的な目には見えない大いなる力によって生まれたと言う事を実感し感動いたしました。
今日の日本におけるメディアは公平性というものがなく、一個人、または報道機関という大きな組織の主観が入りすぎています。そうなってしまった理由の一つは先生も仰っている「国家国民のために奉仕する」という精神の欠如ではないでしょうか。日本のメディアには、今一度、一つの理想系とも言うべきメディアであるBBCを見つめ、報道の本来あるべき姿を取り戻して欲しいと感じております。

20 : ラ・マンチャの男 : November 8, 2005 02:23 PM

小龍様 この記事でジョン・リースのことを知っていただき同時に日本のメディアのあり方について、実に鋭いご指摘を賜りありがとうございます。リースについては、今後もこのブログで触れてゆきます。どぞよろしくお願いします。

21 : ラ・マンチャの男 : November 10, 2005 10:35 AM

エセ男爵様 (当記事の7番目の貴コメントへ)
3日間朝から晩まで外におりまして貴コメントにお答えするのがおそくなりました。「頭にちょっと風穴を」シリーズの存在に気付いていただき嬉しいです。とくに8回目の「禁酒の国の赤ワイン」はリビアのカダフィ大佐との会見をメインに据えておりますので、どうかご一読ください。さらにこのブログには「世界のツボ」というシリーズもあります。ご参考までに。「リース(2)」についての貴見解に対しては、私は「失礼」とは思っていませんので、どうかお気になさらないでください。私はカダフィやレーガンといった指導者からポール・マッカートニー(元ビートルズ)や最近では人気デュオのパフィーにいたるまで、伝える価値ある人々には積極的に会うようにしています。

22 : エセ男爵 : November 10, 2005 10:17 PM

廣淵先生

ありがとうございます。

>>8回目の「禁酒の国の赤ワイン」

さっそく拝読しました。
読み進めて広がりのある、たいへん面白い記事です。
さっそく、
同記事コメント欄に、感想文のコメント投稿いたしましたので、是非、お目をお通し下さい。
「頭の風穴」、他の記事も逐次拝読させて頂きます。
ありがとうございます。
今後とも引き続きまして宜しくお願いします。

23 : 雪だるま : November 12, 2005 11:13 PM

 一陣の風の中に自らの未来(使命)を見つけ出すと言うのは、一体どのようなものなのでしょうか?私は20年とちょっと生きてきていますが、いまだかつてそのようなものに巡り合った事がありません。一生変わらない意志を持つと言うことは並大抵の覚悟では出来ないことだと思います。ジョン・リースにその覚悟をさせた「風」と言うものに非常に興味をそそられます。ジョン・リースの心に絶大な変化をもたらした風のように、人間の感覚ではとらえきれない、「何か」がこの世の中にはあるのかもしれません。世の偉人と呼ばれる人達は、この「何か」に触れることが出来た人達なのかもしれませんね。

24 : ラ・マンチャの男 : November 12, 2005 11:47 PM

雪だるま様 まだ天の声は聞こえてこなくても、将来経営者になって、「この計画を実行すべきか否か」で眠れないほど苦しむ夜が続いたようなとき、突然聞こえてくるーーといった可能性は大です。そう慌てずに待つことです。