View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 11, 2005

英会話についての「迷信」 -学生へのメール

どこの国にも「迷信」や「思い込み」というものはあります。日本にもこういうものはいくつもあります。多くは一般の人々にとって無害で素朴な類のものですが、中にはきわめて有害な迷信もあります。その代表的なものが、「自分は英語はそこそこに読めるのだが、しゃべることができない。これは日本の学校教育が悪いからだ」という考えです。自分が英語を話せないことを、教育システムのせいにしているのです。しかし、昨日出たばかりの『四十歳からの勉強法』(ちくま新書)という本の中で、伊藤忠商事の三輪裕範さんはこの考えの間違いを鋭く突いています。三輪さんは、いまマスコミで大活躍の斉藤孝さんの言葉を引用しています。斉藤さんは言います。「文部省には英語教育の哲学も理念も、政策もない。『オラル』礼賛は基本的に間違っています。日本人が一日に一時間程度の英会話をやっても英語力が上達するわけがない。それは英会話教室に通う人たちが実感していることでしょう。そもそも英語ができないのは文法、読解がまだ不十分であり、その前段として日本語能力が不足しているからだということに気づくべきです。
 この二十年、大学で英語を教えていて痛感するのは、英語のできない学生は例外なく日本語の表現力が乏しいことです。」(日本経済新聞夕刊、2004年3月15日)」
 三輪さんは続けます。「このような話をすると『英文は読もうとすれば読めるが、英会話はなかなかできない』と反論する人がよくいます。しかし、そういう人にかぎって、自分が思っているほど英文を理解できていないのです。それは『会話よりはまマシ』というレベルに過ぎず、どちらも使い物にならないことに変わりはありません」
 「うーん、痛いところを突かれた」と思う人は多いでしょう。中には「三輪さんの方が間違っている」と言い募る人がいるかも知れません。しかし外国語がきわめてよくお出来になる方々は、まず例外なく「そのとおりだ」と言います。かつてNHKの磯村尚徳さんと話したときも、「日本語のできない人で外国語のできる人を見たことがない」と言っておられました。
 豊かな日本語の表現力を身につけるためには、よい日本語に出会うしかありません。すぐれた日本語に出会うために、そして感性を磨き自分の考えを深めるためには日本語の本を読むことです。およそ本を読まないで自分の国の言葉に上達するわけがないのです。そんなことはまず不可能です。しかし現実を見ると、若者の多くは自国の小説も詩歌も読んでいません。そして週に1回くらい英会話のクラスに出席して、なんとか早く楽をして英語がしゃべれるようになりたいと願っています。「オラル・イングリッシュ」を推奨している人々も、「会話がすべて」と信じ込んでいる若者も、ここらで「それは迷信かもね?」と考えなおし、「本当に英語ができる人」の意見に耳を傾けるべきだと思います。
 

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COMMENTS

1 : tiakujyo : November 11, 2005 04:06 PM

「日本語の表現力が乏しい」まさしく、これのみの私です。
英語なんて考えたこともないけど、本を読んでると、ステキな慣用句を書き写してばかりいます。
Hirobuchi World からも、「廣淵升彦引き出し」というフォルダがあって、すでに8ページです。たまっていくのが嬉しくて、ワクワクしてます。タイトルは赤で大きなフォントにしたり、大切な句は蛍光ペンをしたりで、綺麗なのよ。いつか、誰かに自慢してみせたいくらい。

2 : ラ・マンチャの男 : November 11, 2005 05:28 PM

tiakujyo様 真っ先にコメントをしてくださり有難うございます。「日本語の表現力が乏しい」などとはご謙遜です。読む人を楽しい気分にさせる御記事をたくさん書いておられます。私のブログから、いくつかの表現を集めてくださっているとは大変な光栄です。さて今回の記事で書いたことは、三輪さんや斉藤さん、磯村さんといった方々の間ではもう「当たり前」の話なのですが、当たり前と思わない人たちのほうが圧倒的に多いのですね。だから巷の英会話スクールがあれだけ繁盛しているのでしょう。英語が上達する秘訣は三輪さんの本に書いてあり、私はこれを全面的に支持します。

3 : rescue : November 11, 2005 08:02 PM

こんばんは、先生。
美しい日本語に触れると、私は鳥肌が立ちます。例えば、昨日まで好きで付き合ってた人に、別れを告げるときの美しい日本語、「秋風が立ってしまいました。」は本当に素晴らしいと思います。
時に英語の表現力を遥かに上回る日本語をマスターしないのは、とても損だと思うし、英語を喋れるようになりたいから日本語を学ぶ、という動機でさえ不純な気がします。
現代の崩れた日本語を使う日本人には、日本語の素晴らしさに気づいてほしいものです。もっとも、私もそのうちの一人ですが。

4 : ラ・マンチャの男 : November 11, 2005 09:19 PM

rescue様 この記事の最終部分を少し補充しました。言い足りないために「英語を強化するために日本語を学べ」というふうに誤解される恐れがあったからです。どうか最初から再読してみてください。ところで皆さんの前で辛いことを言います。これも有意義なことと思って聞いてください。「美しい日本語」に感動する貴方が、「美しい日本語に出会うと、私は鳥肌が立ってしまいます」というのはいけません。「鳥肌が立つ」は元々は「いやでいやで総毛だつ」という意味です。肉屋の店頭につるしてある鳥の肌に、気持の悪いブツブツが見えるでしょう。あれが鳥肌です。この「鳥肌」がいつのころからか「感動する」という意味を帯びるようになりました。この誤った日本語を広めた最初の人は、NHKの野球解説をしていた原辰徳氏でした。つづいてアトランタ五輪で旗手を勤めた著名な女子柔道選手でした。こうなると誤用は大手をふって通用するようになります。手がつけられません。貴方にはなんとかこうした誤用を避けてほしいと願っています。

5 : callaway : November 12, 2005 11:15 AM

そうですね、確かに英語のできない学生は例外なく日本語の表現力が乏しいですね。私もなんとなくですが、英語を読むことはできますが、いざ、英語でしゃべろうとすると難しいものです。  お恥ずかしいことですが私はあまり本を読むのが好きではありません。だからこそ表現力も少ないし、発言力も足りません。  豊かな日本語の表現力を身につけるためには、よい日本語に出会うしかありませんね。そして感性を磨き自分の考えを深めるためには日本語の本を読むべきですね。本を読まずし者が自分の国の言葉、表現力を上達することができるわけありません。基本(言葉、表現力の上達)を身につけてこそ、はじめて会話なり英会話ができるのかもしれません・・・

6 : リッキー : November 12, 2005 01:37 PM

 英語が出来ないのは日本語の表現力が乏しいとの先生のお話、なるほどなと思いました。同じ意味を表す言葉は多くありますが、それを知らないと1つの単語のみを使用してしまいます。英語を話す環境に行ったとして、その言葉がわからないと、たちまち会話にならなくなってしまうけれども、日本語の表現が豊かであれば、同じ意味の違う言い回しを知っている単語を用いて言い直すことが出来ます。日本語と英語はまったく違う言葉であるが、言い回しや表現方法をきちんと習得していれば、たとえ違う言葉であっても話せるようになるのだと私は思います。

7 : ラ・マンチャの男 : November 12, 2005 02:27 PM

Callaway様 こういう話というのは若者や英語の不得意な人はなかなか信じたくないものです。しかし貴方は、ほとんど三輪さんや斉藤さんの説を信じようとしています。非常にいいことです。ただ「日本語の本を読むのが好きではありません」というのは、おそらく面白いと思えない本に出会ったからです。一度「子供向けの『三国志』だとか『岩窟王』」を読んでみることです。面白くてワクワクします。三輪さんもそれをすすめています。本がきらいというのは「一生の損」です。「本というのはこんなにも面白いものか!」という経験に早く出会ってください。

8 : ラ・マンチャの男 : November 12, 2005 02:35 PM

リッキー様 教師というのは学生に辛いことを言うものです。それを恐れて流動食のような、口からすいっと入るようなことばかり教えている教師はろくなものではありません。辛いことを言われて、それに反発しながら成長していってください。さて英語についてですが、皆さんは「自分はなんとか文章は読める」と思っていますが、実際は読めないことが多いのです。ということは、相手がしゃべっていることも理解できていないということです。しゃべるほうは自分の持ち合わせの言葉でなんとかなるとしても、聴く場合は相手が話している構文や単語が分からないとまるで会話になりません。会話についての「迷信」を一日も早く断ち切ってください。

9 : cobi : November 12, 2005 03:08 PM

確かに、「自分は英語はそこそこに読めるのだが、しゃべることができない。これは日本の学校教育が悪いからだ」という考えは大きく間違っていますよね。自分が英語を出来ない事の言い訳に国の教育制度を挙げるのは理不尽で間違った事だと思います。迷信と言うより英語を話せない人の多くが使う言い訳のように私は感じます。
豊かな日本語の表現力が英語の表現力に繋がると言ったお話は良く考えてみるとその通りでしょうね。確かに話すと言った行動の土台である日本語がきちんとしていなくては外国語が話せてもうまく話せないような気がします。本を読む事が日本語の表現力や感性に大きく関わってくる事だと言う事は私は身をもって実感しています。大学生になるまでまったく小説などを読むようになってから綺麗な日本語やいろいろな言葉に出会い少なくとも自分は成長した気で居ます。中でも「村上春樹」の日本語表現はすごく綺麗で上手だなぁと感心させられました。これも迷信なのですが「小さい時に本を沢山読め」と言ったことは本当なんだなとつくづく思わされました。私も英語はまったくもって駄目なのでこの事を機会に試しに外国の小説なども呼んでみようと思います。

10 : cobi : November 12, 2005 03:08 PM

確かに、「自分は英語はそこそこに読めるのだが、しゃべることができない。これは日本の学校教育が悪いからだ」という考えは大きく間違っていますよね。自分が英語を出来ない事の言い訳に国の教育制度を挙げるのは理不尽で間違った事だと思います。迷信と言うより英語を話せない人の多くが使う言い訳のように私は感じます。
豊かな日本語の表現力が英語の表現力に繋がると言ったお話は良く考えてみるとその通りでしょうね。確かに話すと言った行動の土台である日本語がきちんとしていなくては外国語が話せてもうまく話せないような気がします。本を読む事が日本語の表現力や感性に大きく関わってくる事だと言う事は私は身をもって実感しています。大学生になるまでまったく小説などを読むようになってから綺麗な日本語やいろいろな言葉に出会い少なくとも自分は成長した気で居ます。中でも「村上春樹」の日本語表現はすごく綺麗で上手だなぁと感心させられました。これも迷信なのですが「小さい時に本を沢山読め」と言ったことは本当なんだなとつくづく思わされました。私も英語はまったくもって駄目なのでこの事を機会に試しに外国の小説なども呼んでみようと思います。

11 : cobi : November 12, 2005 03:11 PM

間違って二回書き込んでしまいました。
申し訳ありません。

12 : ラ・マンチャの男 : November 12, 2005 05:52 PM

Cobi様 ちょっと耳に痛いことを素直に聞くというのは、フェアーで勇気がある証拠です。この記事に頷(うなづ)けるところが多かったようで嬉しいです。村上春樹の文章を綺麗だと感じられるというのは、非常にいいことだと思います。好きな作家を持つというのは本当に幸せですからーー。外国の小説もはじめは「翻訳」で読んでください。英語で読むならまずは「子供向けの本」から! 私は今日図書館で子供向けの本(日本語)を2冊借りてきました。

13 : KKK : November 13, 2005 12:19 AM

日本人にとって英語というのは語順が異なるため覚えるのは難しいようです。そのようなところから英会話ができないという人もいるのかもしれません。英文は読めるが意外と理解できていないということは、ただ読んでいるだけで、筆者が何を言いたいのかわかっていないということだと思います。つまり「木を見て森を見ず」になっているのです。

14 : ラ・マンチャの男 : November 13, 2005 10:12 AM

KKK様 ほかの方からのコメントにも答えましたが、本当は「相手が何を話しているか」が分かっていない人が多いのです。相手の話す内容を理解するには、まず「文章になったものを理解する」ことが必要です。しかし、私がここに書いた「迷信」は日本社会に深く根を張っています。このコラムで言おうとしていることを正確にとらえている人は少ないですが、皆さんに早く目覚めてほしいと願い、少しでも役立つ啓蒙活動を続けていきます。

15 : ジョン万次郎 : November 13, 2005 03:14 PM

最近は、学生の間に海外へ行く人が多くいるそうです。なかでも英語圏の国は人気で、留学する人も多くいると聞きます。大半の人は、「日本にいてはいつまでたっても英語は話せない」と留学を決意するらしいのです。日本にいては英語が話せるようにならないと誰が決めたのでしょうか。
しかし、海外へ留学すれば英語ができると思い込んでいる学生は多くいると思います。実際、話せるようになって帰って来る学生は何人いるのでしょうか?そんなに多くいないはずです。フルブライト留学生ならまだしも、日本語もまともに話せず海外へ留学しても、自分のもつ日本語力以上の英語力は見に付かないと考えるからです。

16 : ラ・マンチャの男 : November 13, 2005 06:27 PM

ジョン万次郎様 筆者の言いたいことに非常に近いコメントです。たしかに「日本にいては英語はいつまでたっても話せない」と思い込んでいる人が実に多く、こうした「迷信」がいつになったら消えるのかと思うと情けないです。私の知っている英語の達人たちは、「中学高校の教科書(他校のものも含む)と「英文解釈読本」(これが非常に重要)、それに文法書」だけで、見事に英語をマスターしています。外国に留学しても単語を覚える努力はしなければなりませんし、文法もマスターする必要があります。これらはむしろ日本にいたほうが上達するものです。

17 : ボブ : November 14, 2005 01:04 PM

英語ができない人は日本語能力も乏しい、これはとても痛いところをつかれました。改めて考えてみますとなるほどなと納得しました。
日本人なのに正しい日本語を使えない人が、英語をいくら喋ろうとしても上達の差が大きく出るものです。その為には言葉を知ること、つまり本を読むことが大切なのではないかと思います。

18 : ボブ : November 14, 2005 01:05 PM

英語ができない人は日本語能力も乏しい、これはとても痛いところをつかれました。改めて考えてみますとなるほどなと納得しました。
日本人なのに正しい日本語を使えない人が、英語をいくら喋ろうとしても上達の差が大きく出るものです。その為には言葉を知ること、つまり本を読むことが大切なのではないかと思います。

19 : 恭華留斐 : November 14, 2005 04:10 PM

最近、日本人に日本語で説明をしても、うまく通じないことが多いなと感じています。同じ説明を聞いていたはずなのに、Aさんはすべて理解していて、Bさんはまったく理解できていないということをよく目にします。そういった場合、Bさんと話をしたりするとうまく話が伝わらないということが多々あります。外国語を話したり聞いたりするとき、無意識に多くの人が母国語に訳していると思います。しかし、母国語がままならなければうまく訳すことなどできず、何を言っているのかよくわからないということになってしまうのだろうと思います。
フランスは少々やりすぎな気がしなくもないですが、日本もフランスのように、母国語を大切に守っていく事が重要課題であるように感じました。

20 : ラ・マンチャの男 : November 14, 2005 07:10 PM

ボブ様 これを読んで「痛いところをつかれた」と感じるというのはきわめて健全な精神だと思います。もっと具体的にいうと、「なにがなんでも外国にゆかねば英語はものにならない」と信じ込んでいる人たちがうじゃうじゃいることを考えてください。もう一つは「自分が英語ができないのは、英語の本場に行かなかったからだ」という「言い訳」をしている年長者たちです。これらの考えはともに大間違いです。英米に行かずに英語の名人になった人は、私の周囲にもたくさんいます。

21 : ラ・マンチャの男 : November 14, 2005 07:25 PM

恭華留斐様 話が通じない人というのは昔からいたものですが、近年そういう人がふえてきました。日本語能力の不足、感性の劣化、人の話を聞く意思の欠如などいろいろの原因があるのでしょうね。しかしきわめてノーマルで積極的なコミュニケーション意欲も持っている人でも「外国語を聴くのはむずかしい」というのが、私の言いたいポイントです。そうした一般認識が欠けているのが、日本人の外国語習得力を弱めているのです。フランスの自国語を大切にする政策は立派なものです。日本はやたらに英語が氾濫しすぎです。これについてはまたべつの機会に取り上げることにしましょう。

22 : コタツ : November 14, 2005 08:44 PM

 何を隠そう、私も自分の英語能力が無いことは日本の教育制度のせいだと考えていた人間のひとりです。テレビや新聞などで、日本の英語教育では実際に外国人と接したときに、自分の意志を相手に伝えるには不十分だと言う話を聞きその話を真に受けていました。ここで指摘のあったように、自分自身の母国語を満足に扱うことが出来ないで、外国語をマスターしたいと考えることじたいが間違いであると思い知らされました。
 よくよく考えてみれば私自身、日本語の読解力や文法、表現力などがどれほどあるかと聞かれると胸を張れる自信が有りません。英語力を身に付けたいなら先ずは、日本語の基礎をしっかりと見に付ける必要があるのだと感じました。

23 : ラ・マンチャの男 : November 14, 2005 10:30 PM

コタツ様 「ああ、このコラムを書いてよかった!」とつくづく思います。貴方も英語のできないのを学校教育のせいにしていましたか! みんなそうするのはそのほうが楽で責任を感じないですむからです。このコラムが、眠っていた心を呼び覚まし、真実に目覚めるきっかけとなったとしたら、こんな嬉しいことはありません。教育システムや教師のせいにするインチキ論者の説に惑わされないことです。斉藤孝さんも言うように、文部科学省は理念なく「オラル(しゃべる)イングリッシュ」を推進しすぎ、これがなおのこと「英語のできない学生」を量産しているのです。

24 : 小龍 : November 15, 2005 01:32 PM

読書は様々な知識の宝庫であり、それは言語の知識も例外ではないと思います。
特に現代の若者は読書というものをしないので言葉の表現も乏しいのかもしれませんね(中には読書をしている方も居ますが)
英語を話すという事が、日本語を話す能力と関係しているということは私も実にそう思います。綺麗な言葉を英語で現そうという時に、基礎である日本語の知識が無ければ知りえるはずも無いですよね。ましてや話そうとも思わないでしょう。
そういう私も実は英語が苦手なのは教育の所為なのではと思う一人です(笑
今回の記事も大変参考になりました、ありがとうございます。

25 : ラ・マンチャの男 : November 16, 2005 12:24 PM

小龍様 ご自分を「英語が苦手なのは教育の所為なのではと思う一人」と認めるというのはきわめて率直ですね。しかしそれが「迷信」だということに気付かれましたか? 読書というのは「心の渇き」があれば、本能的に好きになるものです。読書が嫌いというのは、そうした精神的渇望がない、ということです。それがはずかしいことだという自覚が若者に欠けているーー。世界中の若者がそうなら話はわかりますが、そうではなく日本特有の現象なのです。異常な人は自分が異常だとは気付きません。早くその異常さに気付いてください。

26 : セントラルEP : November 23, 2005 10:08 PM

中学・高校・大学と教育を受けて、ようやく得たのは『英文は読もうとすれば読めるが・・・』という程度の英語力。それをあっさり『使い物にならない』と認めるのは容易ではありません。ですが、それが事実だと、苦々しく実感します。
しかしそれを教育制度のせいとするのはいささか短絡的ではないかと思います。現に英語のできる日本人もいるわけですから。文部省を庇護するつもりはまったくありませんけど。
英語のできる日本人を目指す私としては、日本語の本を読むことを実践したいと思います。

27 : ラ・マンチャの男 : November 24, 2005 06:06 PM

セントラルEP様 生きていれば腹の立つことばかりです。せっかく努力して「なんとか英文が読める」と思っても「使いものにならない」と切り捨てられたのでは立つ瀬がないと思うのも無理はありません。しかし若者が英語ができない原因の多くは、本人の「頑固さ」にあると思います。ここに引用した識者がいくら警鐘を鳴らしても「聞く耳をもたぬ」ケースが多いのです。そして外国へ出かけていって日常会話の域を出ない片言を覚えてくるーー。世界平和だとか日米関係について語れるようになるのだといった、高次元の望みを持った若者はたいがい成功しています。日本語の力を豊かにしようとする貴方の前途には希望がもてます。