View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 21, 2005

それはタイタニックから始まった -学生へのメール

1912年4月の寒い夜、アメリカン・マルコーニ社の若き電信技士デイビッド・サーノフは、ニューヨークのジョン・ワナメーカー百貨店の屋上に据え付けられた無線の受信機があわただしく鳴る音を聞きました。「トン・ツー・トン・ツー・ツー・トン・トン・トン」と鳴りつづける音は、まさに悲鳴のように聞こえました。イギリスのサザンプトン港を出発し、ニューヨークに向けて処女航海に出た世界一の豪華客船タイタニック号が、北大西洋の氷山に激突し、沈みつつあるというのです。電信はタイタニックの近くの船からの転送でした。サーノフは全神経を集中して無線に聴き入りました。冷たい北の海で、沈みゆく巨船とおびえきった乗客の姿が彼の瞼(まぶた)にははっきりと見えました。聴くことに集中した彼は、次には自らが受信した信号を克明に発信しつづけました。彼の指先に何百人もの乗客の命がかかっていたのです。受信するのは通信社・新聞社・連邦政府など、社会を動かす重要機関でした。タイタニックが何度傾いたか、水はどの辺まで来ているのか、乗客の名前はだれだれなのかーー。サーノフの指は知りえたかぎりの情報を打電しつづけました。この情報に基づいて、政府は近くの漁船を含むあらゆる船舶に「救助に向かえ」という命令を発し、電波の混信を防ぐために、一定水域での無線通信を禁止しました。
サーノフは必死でした。乗客と彼の心は一体となっていました。休みを取るなどということは毛頭考えませんでした。かくて彼は三日三晩、不眠不休でキーを叩きつづけました。
当時、すべての船舶が無線機を積んでいるとはかぎりませんでした。しかしタイタニックは無線装置を積んでいました。もしこの巨船が無線機を積んでいなかったら、悲劇はもっと大きなものとなり、実際よりもさらに800人以上が死んだだろうといわれています。すべてが終り、タイタニックは完全に沈没しました。全世界がこの悲劇に胸を打たれ、死者の冥福を祈りました。
やがて不眠不休で悲劇の模様を刻々と伝えたのはだれかということが、マスコミの注目の的となりました。かくて昨日までまったく無名のデイビッド・サーノフは、一躍全米のヒーローとなりました。ロシアのミンスクから夢を抱いてアメリカに渡ってきた貧しいユダヤ系の青年が、輝けるマスコミの寵児(ちょうじ)となったのです。しかし彼を有名にしたのは、功名心でもなければ、メディアに名を売りたいといった野心でもありませんでした。彼はただひたすら乗客のことを思い、死に物狂いで働いただけでした。
やがて無線というものが、国家にとっていかに重要な通信手段であるかという認識が一気に全米に広まりました。社会を支える動脈とも言うべき無線が、外国資本に握られている(アメリカン。マルコーニ社の大株主はイギリスのマルコーニ社)という事の重要性に目覚めたアメリカ人たちは、ここに国策会社としてのRCA(Radio Corporation of America =アメリカ無線会社)を設立します。創立にはGE(ゼネラルエレクトリック)をはじめ錚々たる企業が参加しました。時の人となったサーノフは、常務取締役として経営に参加します。お金はなくても名声と夢見る力と能力があれば社会の重要な地位を占めうるという「アメリカン・ドリーム」の典型でした。
刻苦勉励(こっくべんれい)したサーノフは、RCAの社長にまで登りつめます。やがてラジオの時代が訪れ、RCAは子会社にNBC(National Broadcasting Company)を抱えます。放送の未来がまだまったく不透明な時代に、サーノフはラジオの可能性を確信し、それまでだれも考えつかなかった「民間放送による世界最初の『ネットワーク』事業」に乗り出します。強大なNBCのスタートでした。前回紹介したKDKAは「ラジオ局」(ステーション)です。局というのはあくまで地域的なものです。しかしサーノフはNBCの番組が全米に行き渡る「ネットワーク(放送網)」というコンセプトを持っていたのです。
純民間資本による全国放送NBCの原点は、あの寒い4月の夜のタイタニックから始まったのです。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : エセ男爵 : November 21, 2005 08:29 PM

流れるような名調子!
講談をお聴きしているようで、何だか廣淵先生の教室の片隅に席を陣取り、先生の生の「お声」が聞こえてくるようだ。
読み進め、気分と心の洗われる「すてきな記事」です。

とにかく、臨場感溢れる「きれいな日本語」。しかと拝読しました。

無意識にして社会貢献への感性を持っている、仕事に対する正しき倫理感覚は、その人の人生感を生き写しにするのか。それらの全て、「現場に挑む」その人の、「正義に関する物差し」に、準拠するものです。が、それを正しいと認め賛辞し評価するのは、本人その人ではなく、物事の真贋と正義を、常識的に持つ健全なる一般大衆でしょう。健全なる大衆の耳が対象として存在すればこそ、健全且つ倫理正しき報道が、活かせ切れるのるか。
加えて、報道関係者とは、そのような真贋&意義、社会貢献の「尺度と寸法」をたがえると、大変な社会悪になることも、確かです。
「諸刃のヤイバ」とは、「報道関係者」の有り体(ありてい)そのものでしょう。

ペンは剣より強し。

ならば、
下種下作にして安直な(場合の)マスコミ関係者の行動は、一歩間違えば、馬鹿に鋏を使わせる。が、如し・・・

2 : callaway : November 21, 2005 08:53 PM

デカプリオ主演の映画タイタニックは一躍有名になりました。この映画の裏には、乗客のために不眠不休で悲劇の模様を刻々と伝えたアメリカン・マルコーニ社の若き電信技士デイビッド・サーノフでした。彼のこの活躍によりNBCの番組が全米に行き渡る「ネットワーク」というコンセプト広めたとは・・・まさしくアメリカン・ドリームですね。

3 : tiakujyo : November 21, 2005 08:57 PM

現在も『スヌーピーたちのアメリカ』を読みながらですので、このお話もとてもわかりやすいです。 アメリカの精神風土を教えてもらえたからだと思うのです。 

『スヌーピーたちのアメリカ』は、私でも分かりやすく、楽しく読んでます。 図書館のを、2週間ずつ2回借りて、さらに3回目もと思ってるところです。(笑)

4 : Cobi : November 21, 2005 09:56 PM

こんばんわ。      大きな会社や機関が生まれる時にはドラマがつきものですが。このお話のスケールの大きさには参りました。日本においては映画で有名な「タイタニック」の裏側にデイビット・サーノフのまた世界における無線や通信の重要性が隠れていたなんて驚きです。ひたすら人を助けようと強い気持ちで頑張ったサーノフが時の人となり大きな人間になっていくとても素敵なお話をありがとうございました。

5 : 悠々 : November 21, 2005 10:33 PM

タイタニックの悲劇を伝える無線を受信したのが、ジョン・ワナメーカー百貨店の屋上に据え付けられた無線の受信機である事を教えて頂きました。廣淵升彦先生の文章は映画のシナリオを読んでいるかのような臨場感がありました。
日本では、関東大震災の第一報をアメリカを始め全世界に流したのは、茨城県高萩にあった、巨大なコンクリート製の無線塔からでした。この無線塔の初仕事が関東大震災の第一報だったのです。(この塔は倒壊の危険が出てきたので現在は撤去されています。)
この無線を打ったのが誰なのか 私は知りませんが、サーノフさんのように不眠不休で一心に送信し続けたのでしょうね。

私の母も逓信省の電信オペレーターでした。
94歳になった今でも、トン・ツーの符号を覚えていまし、娘時代には400字打てたとかの自慢話を時々聞かされます。
インターネットのメールが瞬時に世界中に到達するなんて、当時の人には考えられない事でしたでしょうね。

6 : ラ・マンチャの男 : November 21, 2005 10:51 PM

エセ男爵様 拙文をこのように過分にお褒めいただき、光栄に感じると同時に気恥ずかしさを覚えます。このタイタニックとサーノフの話は、いわば私が放送の世界に入ろうとした最大の動機になったものです。今の日本の放送人のほとんどは、こういう偉大な先達の存在そのものを知りません。もし知っていれば、番組内容・コメント内容ももう少し違ってくるはずです。私はおよばずながら歴史の語り部の役も果たさなければならないと思っています。ご叱正ご教示をよろしくお願いします。

7 : ラ・マンチャの男 : November 21, 2005 11:00 PM

CALLAWAY 様 デカプリオの「タイタニック」は私も観ました。どこかで「電信技士」が出てくるかと思ってみていましたが、ほんの一瞬だったようです。ここで年代の把握をしっかりしてくださいね。NBCネットワークが誕生するのはこの悲劇から12年経ってからです。その間には第一次世界大戦があり、サーノフのRCA内での権力掌握の苦闘があるのです。そこをじっくりと読んでください。いずれにせよ、若者がこの話に感動して生きる上でのエネルギーにしてくれれば、筆者としては本望です。


8 : ラ・マンチャの男 : November 21, 2005 11:06 PM

tiakujyo様 この話を「分かりやすい」と言っていただき非常にありがたい思いです。自分はもうずっと昔からこの時のサーノフの行動に感銘を受けているので、できるだけ「抑えて」書いたつもりですが、ひとりよがりの熱弁になってはいけないと思っていました。『スヌーピーたちのアメリカ』を図書館で借り直してお読みいただいている由、本当にありがとうございます。できるだけ楽しいところが出てくるとよいのですがーー。

9 : ラ・マンチャの男 : November 21, 2005 11:13 PM

Cobi様 こうしたドラマ性の高い逸話が放送の歴史の中には多いのですが、今の日本で知る人はすくないのが残念です。でも私は一人でも多くの人にこういうことを伝えたいと思っています。感動の少ない現代ですが、よい話を聞けば若者は的確に反応する感性を持っているものです。この話のスケールがあなたになんらかの影響を与えたとすれば、こんな嬉しいことはありません。


10 : ラ・マンチャの男 : November 21, 2005 11:18 PM

悠々様 母上が電信技士とはすばらしいことですね。悠々様のアマチュア無線への愛となんらかの関係があるのでしょうか。関東大震災を伝えたコンクリートの塔のことは、かねてから聞いていました。とにかく電信は人の命を救うものです。母上にどうかくれぐれもよろしくお伝えください。拙文への過分のお言葉をありがとうございます。

11 : rescue : November 22, 2005 01:18 AM

こんばんは、先生。
NBC発足のお話に発展しようものとも知らず、「今度はどんな粋な話かな?」と、軽々しく読み進めてしまったことを恥ずかしく思っております。これはもう粋だ野暮だのレベルではありませんね。人の一番誉れ高い部分を存分に発揮する人間の話、そしてそれが偉大な組織を作り上げたというのですから!サーノフの尽力には「自分と同じ世界に生きた」ということだけでもう脱帽です。と同時に、「私にも何か出来る」と大きな希望を握りしめることが出来ました。

12 : 冬のカキ氷 : November 22, 2005 01:41 AM

 私はタイタニック号の悲劇は、映画の中でしか知りませんでした。あの悲劇の豪華客船タイタニックの話の裏側には、無線装置の重要性を世に伝えると共に、一人でも多くの人達を救おうとした一人の英雄が懸命に人々の為に尽力した事実があったということは、私の中では新たな一つの発見になりました。
 一つのアメリカンドリームがあのタイタニックの悲劇の裏側に隠れていたんですね。このお話を読んでいると、未来を夢見ると言うことに自らの運命を切り開くための大きな力を感じますね。自らの夢を持った人間と言うものは、時に実力以上の力を発揮できたりしますよね?

13 : ラ・マンチャの男 : November 22, 2005 10:16 AM

rescue様 サーノフは伝説の巨人ですが、私がNYに派遣された当時はまだ健在でした。シカゴでの放送局の大会で、壇上の貴賓席に列ぶ彼を見て感激しました。こういう大きな人の話を聞いて「自分にもなにかできそうだ」と感じるのはすばらしいことです。感動体験がなければ人は成長しません。いろいろなことを頭の中で想像し、興奮したり醒めたりしながら大きく育っていってください。

14 : ラ・マンチャの男 : November 22, 2005 10:29 AM

冬のカキ氷様 なんとも粋なしゃれたニックネームでこのまま小説のタイトルになりそうですね。それはともかく、タイタニックの悲劇を知る人は、日本だけでも何千万人といるでしょうが、サーノフを知る人はどのくらいいるでしょうか? 彼の活躍は我々に勇気を与えてくれ想像力を掻き立ててくれます。ここには書きませんでしたが、彼がほぼ一文なしでニューヨ-クの港に着いたとき、自由の女神の像を眺めて、「自分もいつかロックフェラーのようになるのだ」と心深く誓った情景を思い浮かべてみてください。また新たな刺激が心に生まれてくるでしょう。

15 : ボブ : November 22, 2005 11:51 AM

 タイタニック号の悲劇は、映画の公開でほとんどの人が知っていると思います。この話は映画でしか知らず誰がこの絶体絶命の危機を伝えたかは知りもしませんでした。デイビッド・サーノフという青年の無我夢中の行動によって被害を最小限に食い止め、その行動が後々に彼にとても大きなものになって返ってくるという人生の成功者の例を見た気がします。 
 この記事を読みたった一つの行動でも、人間の可能性は計り知れないものがあるのだと感じました。

16 : 小龍 : November 22, 2005 01:13 PM

現在のアメリカ4大メディアの一つであるNBCにこのような逸話があると知り感動いたしました。

タイタニックの話はもちろん知っていましたが、その影で活躍したサーノフという偉人のことは始めて知りました。
私が想像する限りこのサーノフという人物は、大変状況判断力に優れ、先を読む力がある方だったんだなと感じました。
先生が仰っている「刻苦勉励」という言葉にもあるとおり、非常に努力家でもあり、正に成功するべくして成功したという印象です。

17 : リッキー : November 22, 2005 01:27 PM

 タイタニックについては、どの様な悲劇だったかということは映画を観たりして知っていました。授業中にデイビット・サーノフについても、沈没するというタイタニックの信号を流し続けた人であることを学びました。そのことがきっかけで今日の放送界ができはじめているのですね。

18 : ラ・マンチャの男 : November 22, 2005 10:54 PM

ボブ様 タイタニックの悲劇の裏にこういう感動的な物語があったこと。そして無名で誠実な青年が名経営者に育っていったこと。メディアの歴史には知らない数々のことがあることーー等々を知っていただいてよかったです。こういう記事に接して貴方が、自分の可能性に目覚め「小さなところで満足しないでもう一息努力してみるか!」というお気持ちになったら、なおさら嬉しいです。

19 : ラ・マンチャの男 : November 22, 2005 11:00 PM

小龍様 サーノフは昔の放送人にとってはかならず知っておくべきビッグネームでした。NBCの歴史などというと、慌て者は「無味乾燥」と思うかもしれませんが、人間のしてきた大きなことの背後には感動的な逸話があるものです。この記事は「知識」を与えることよりも「感動を共有」していただこうと思って書きました。世の中には面白く感動的なことがいっぱいあります。David Sarnoffを一度インターネットで検索してみてください。意思の強そうな顔をしています。

20 : ラ・マンチャの男 : November 22, 2005 11:07 PM

リッキー様 小龍さんにも書きましたが、David Sarnoff を一度検索してみて下さい。彼の貢献なくしてはアメリカの放送界は成りたたなかったでしょう。授業で話したこと以上のしっかりした情景を心に再現し、この事件がいかにしてNBCの成功と結び付いていったかを考えてみてください。自分に苛酷な運命が訪れた時にもにっこりと笑ってそれを受けとめられる強い人間になって下さい。

21 : akiorei : December 18, 2005 06:16 PM

拝見してます。

22 : ラ・マンチャの男 : December 18, 2005 08:52 PM

akiorei様 タイタニックの悲劇はあまりにも有名ですが、その陰にこういうエピソードがあったことをできるだけ多くの方に知っていただきたくて書きました。ご覧下さりありがとうございます。今後ともよろしくお願い申し上げます。