View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 23, 2005

時代劇の功と罪 -学生へのメール

若者が時代劇を見ないのはよく知っています。しかし「自分は嫌いだから見ない」というのでは子供っぽすぎます。社会に出たらこういうものが大好きな先輩上司とも話を合わせなくてはなりません。『水戸黄門』の2、3回くらいは「必要投資」と思って見ておくことです。NHK教育テレビの夕方5時45分ごろに「にほんごであそぼ」という番組がありますが、ここには「春雨じゃ、濡れてゆこう」というような、幕末の志士の名せりふなどが語られていて、いまの小学生低学年のほうが大学生よりもよほど時代劇的せりふに詳しいように思います。うっかりしていると小中学生に「おじさん(お兄さん?)何にも知らないんだね」といわれかねません。
さて脱線はともかく、時代劇を見る際に用心すべきことを一つ言っておきます。それは、あまりにも悪代官や悪奉行が出てきすぎることです。悪役が出ないと正義の味方である黄門さまの存在価値がなくなるのは分かりますが、江戸時代にかくも悪徳高級武士や商人がはびこっていたと見るのは大きな間違いです。彼らはさらに上級職や部下からの厳しいチェックを受けていましたし、他藩からも幕府からも監視の目が光っていました。少し理想主義的に言えば、そんな監視の目がなくとも、「内なる倫理」として政務をつかさどる武士たちはもっと己に厳しく不正を憎む心を持っていました。
その辺のことを、ドイツ語学者の松原久子さんは『驕れる白人と闘うための日本近代史』(文藝春秋)の中で、力を込めて書いています。もともとドイツ語で書いて出版し、大反響を呼んだ本を、最近田中敏さんが日本語に訳したもので、目からウロコが落ちる思いをすることが多いと思います。松原さんはべつに日本国粋主義者でもなければ、他国の悪口を言う人でもありません。ただドイツの新聞に載る東京特派員の日本からの報告が、あまりにも無知に基づく偏見にみちているのに耐え難い思いをしておられるだけです。この特派員がだれを指しているか、もちろん私には見当がつきます。
欧米の記者たちは、江戸時代を独裁的な将軍が率いる自由もなにもない「封建時代」と見、当時の日本の商人を「素朴な商人」と述べていますが、じつは全国的な商業網が発達し、米の先物相場が立ち、洗練された為替制度があり、商品の規格は非常に水準が高く、藩を越える商品にも「関税」がかからなかったこと。こうしたことはヨーロッパよりも250年も先を行っていたことなどが詳述されています。教育水準がいかに高く、町の衛生状態、清潔さなどがいかに他国よりもすぐれていたかも語られています。
そうした背景基盤がなければ、鎖国を終って明治維新となり、かくも短時日の間に先進国の仲間入りを果たした謎は解けないということを、著者は説得力豊かに語っています。
本のことを言うと話は固くなりますが、ふたたび「水戸黄門」です。この劇は「誇張」で成り立っているのですが、よく考えると矛盾が目立ちます。いかに昔の話とはいえ、白いひげを生やした「越後の縮緬(ちりめん)問屋の隠居」が、「助さん格さん」というお供を連れて現われれば、「あ、これは黄門さまだ」と分かりそうなものです。ましてや悪事をたくらむ者たちは、人一倍情報入手には長(た)けていたはず。警戒するのが当然です。しかし彼らは毎回毎回この主従を「田舎爺とその供」としか見ないで、手痛い目にあっている。「バカじゃなかろか」と思っている人も多いはずです。しかし寅さんではないけれど「それを言っちゃあおしまいよ」ということかも知れませんね。

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COMMENTS

1 : 悠々 : November 24, 2005 12:27 PM

黄門様、寅さん、ジョンウエイン。どなたもスクリーンに現れれば、観衆は拍手喝采、ストリー運びは決まっているから、多少ハラハラドキドキがあったとしても、結末は目出度し目出度しとなるのが分かっているから、安心してスルメイカなどかじりながら楽しんでいられます。
西部劇の場合、インディアンが悪者で、騎兵隊とかが正義に味方、というのは 私には異論があって、むしろ平和に暮らすインディアンの土地に侵入して土地を奪った白人が悪者だと思うのですが、そうゆう理屈は抜きにして、勧善懲悪のストーリーを無邪気に楽しむのがこうゆう映画を見る時の礼儀でしょうね。
先生が仰有るように、作り物の映画の背景にある歴史の事実と
ストーリーの展開は別物であるという認識を持たないといけませんね。

2 : ラ・マンチャの男 : November 24, 2005 06:16 PM

悠々様 コメントを有難うございます。なにも夜の娯楽番組に大まじめに注文をつける気はないのですが、こういうものばかり見ているとあまりにも判断力がにぶってしまいます。ブラウン管の中には誇張もときに嘘もあるという当たり前のことが分からなくなってしまったのではおしまいです。ところでアメリカで昔ふうの西部劇が激減していますね。これは先住民を悪者にしたりしすぎた結果だと聞いています。人権団体や視聴者の批判が非常に厳しいためだそうですが、西部劇のよい面は生かしていってほしいものです。

3 : cobi : November 25, 2005 02:40 AM

時代劇と言えば私は暴れんぼう将軍や銭形平治を思い出します。小学校の頃だったので将軍やらなんやら良く理解が出来なかったのだけれども楽しく見ていたのを覚えています。それにしても私が小学生の頃から大分、時代劇の放送が少なくなったような気がします。
そのような時代劇などでやっている事を真に受けてしまい自分の国の歴史を間違った形で認識してしまう事とマスコミの報道を真に受けて事実を間違った形で認識してしまうのって似ているなと感じました。また、小学生むけの番組で幕末の志士の名せりふなどが語られているのは驚きです。製作者が自国の素晴らしい文化を子供たちに伝え残して行こうとしているんだなと言う意思が感じられます。今後もこのような良い文化を忘れられないよう、私たちが伝える立場としてしっかりしなくてはと思わされました。

4 : rescue : November 25, 2005 05:06 AM

こんばんは、先生。
固く考える事も時には必要です。ですが「水戸黄門という番組を制作しているスタッフ達は、何も真実を伝えようとしているわけではない」と言う事さえ頭で理解しているのであれば、いくら水戸黄門様の大ファンだろうと(笑)構わない、と私は考えます。
江戸時代の日本の仕組みについてですが、完全に見落としていました。江戸時代の仕組みがどれだけ発達していて、明治維新への切り替えに対応出来た事が日本の素晴らしさであることは考えてもみなかったです。
ありがとうございます。

5 : ラ・マンチャの男 : November 25, 2005 02:29 PM

cobi様 日本人は60年以上も平和に暮らしてきて、少しのん気になりすぎています。「水戸黄門」は毎回同じパターンでしょう。悪人の描き方も毎回同じ。それでも支持する大衆がいるのです。50分の間にすべてが始まりすべてが終る。困ったことはスーパーヒーローの黄門さまが解決してくれる。こういうものばっかり見ていると人は物を考えなくなります。ま、ほどほどに楽しんで下さい。NHKの「にほんごであそぼ」の監修者は斉藤孝さんです。この人にはなじみがありますね?

6 : ラ・マンチャの男 : November 25, 2005 02:36 PM

rescue様 日本の江戸時代は世界に誇れる時代でした。自由、人権、情報能力、教育、交通、文化、衛生、流通など多くの面でヨーロッパをしのいでいました。しかしこのことを客観的に評価する学者もジャーナリストも少なく、欧米の東京特派員は無知な人が多いのです。日本がすべてにすぐれていたと見るのは自惚れですが、日本のよい面と悪い面、欧米のよい面と悪い面を正当に評価できるようになって下さい。

7 : 恭華留斐 : November 25, 2005 03:39 PM

祖母と一緒に住んでいたわけではないのですが、いわいる「おばあちゃんっ子」で、幼いころから時代劇をよく見ていました。ただいつからかははっきりしませんが、時代劇に描かれていることが全てあっていると思って見ていたという記憶はありません。もしかしたら父親が日本史が好きな人なので、間違っていることを教えてくれていたのかも知れませんし、母親も「水戸黄門は間違いだらけだ」とか「こんなところに実際に行ってはいない」などと言っていたのは覚えているので、そのためかも知れません。
時代劇を必ずしもフィクションなしで作ったほうがよいとは思いませんが、視聴者がフィクションであると理解して見ることは重要なことであるように思います。そのためには幼いころからの日本史についての教育をしっかりするべきであると思います。より多くの日本人が日本史についてしっかりとした知識があれば、他国の人々の間違いに気づく機会が増えるのではないか、気づく人が増えれば間違いを指摘する人も増えて、それによって他国の人々の印象も変わってくるのではないかと思います。

8 : ラ・マンチャの男 : November 26, 2005 11:31 AM

恭華留斐様 「おばあちゃんっ子」としていろいろなことを教わったり時代劇を見ることができてよかったです。母上は黄門さまがそんなに全国に出没しているわけがないという、一般常識に基づいて腹を立てておられたのでしょう。しかしお年を召した方の多くは、週に1、2度の軽い娯楽として楽しんでおられるのが実情です。それを悪いとは言いませんが、この視聴習慣があまりに長く続くと、誤った歴史認識を育みかねません。このコラムの柱の一つは松原久子さんの本を読んで、少しは正確な「江戸から明治にかけての歴史知識を身につけよう」というところにあります。しかしそこを理解している人は少ないようです。

9 : cybridge : November 28, 2005 03:03 AM

悪役が出すぎているということは、番組を面白くしたいのか、あるいは昔はこういうやつが多かったのだぞと印象付けるためなのかという気がします。日本人はけんかするよりも見てるほうが好きということを聞いたことがあるので、意図的に面白くしているのではないかと余計に思ってしまいます。そして日本が昔からいろいろな面で発達していたこと、これは知らなかったです。確かに日本人はぜいたくしていますが、なぜ昔から豊かな生活を送ることができたのかとても気になるところです。

10 : ラ・マンチャの男 : November 28, 2005 09:39 AM

cybridge様 時代劇に悪役が多すぎるのは、もちろん視聴者を満足させるためで、視聴率を上げたいからです。「昔はこんなに悪人がいた」ということを啓蒙しようなどという意図はありません。しかし「水戸黄門」のスポンサーは、この番組提供を続け、業績もよく立派に多くの人々を雇用し取引先や下請けも儲けさせているのです。視聴者としては、この劇には「誇張」があること、「江戸時代のプラスの面」をもっと見るように務めてほしいのです。「時代劇だけで組み立てた日本史」だけで生きてゆくのは間違いです。

11 : 八兵衛 : November 28, 2005 07:40 PM

水戸黄門は、両親が好きなので良く見ています。時代背景がそのまま写し出されているかは別として、面白い時代劇だと思います。
僕らの世代は、新ことには興味を示す。しかし、歴史といったことには、全く興味を示さない人は多くいると思います。
歴史をちゃんと認識しないと。江戸時代には「悪代官」や「悪い商人」がいて、町を支配してたなんて思ってしまう人たちが出てくるかもしれませんね。

12 : ラ・マンチャの男 : November 28, 2005 09:02 PM

八兵衛様 ご両親のおかげで江戸の文化や風俗になじみができたとあれば感謝しなくてはなりませんね。古いことにまったく興味がない人間というのは、世界中どこへ行ってもバカにされます。外国人から日本のことを聞かれると、実に簡単なことでも答えられないものです。たとえばお彼岸やお盆の由来などです。それはともかく、まじめに暮らし、親子が支えあって生きてきた庶民の生活の上に今の日本があるのだということだけは、いつも念頭においておきたいものです。

13 : ボブ : November 29, 2005 11:18 AM

 時代劇は大河ドラマでいくつか見てきましたが、水戸黄門は一回もまともに見たことありません。正直時代劇を見るときは内容はフィクションが多いと思って見ているので、歴史を知ろうという考えより娯楽として楽しむケースが多いです。
 現在も「義経」を見ていますがより面白くするためのTVらしい演出が多いと感じることがあります。
 間違った歴史認識をしないためにも、本物の知識を身につけ時代劇を見れば、より時代劇も楽しくなるのかと思います。

14 : ボブ : November 29, 2005 11:19 AM

 時代劇は大河ドラマでいくつか見てきましたが、水戸黄門は一回もまともに見たことありません。正直時代劇を見るときは内容はフィクションが多いと思って見ているので、歴史を知ろうという考えより娯楽として楽しむケースが多いです。
 現在も「義経」を見ていますがより面白くするためのTVらしい演出が多いと感じることがあります。
 間違った歴史認識をしないためにも、本物の知識を身につけ時代劇を見れば、より時代劇も楽しくなるのかと思います。

15 : callaway : November 29, 2005 11:29 AM

水戸黄門といえば、「印籠」 東山の金さんといえば、桜吹雪の「刺青」 悪代官や悪人をこらしめ、最後にはお決まりの一発を眼中に叩き込み「ハハー」とひざまずけさせる時代劇を小さいときに見ていたので今でも目に焼きついています。 現在に至る平成の時代にも時代劇は放送されています。テレビだけではなく映画としてもです。時代劇というものは日本の象徴でもあるかもしれません。海外でも時代劇は放映されているのでしょうか?
最近、ビートたけしの「座頭一」、オダギリジョーの「忍」を鑑賞しましたがすばらしいですね。機会がありましたら是非ともご覧になってくださいませ。

16 : ラ・マンチャの男 : November 30, 2005 09:45 AM

ボブ様 時代劇はなにも歴史を知るのが目的ではありませんが、あまりに歴史を無視したものが多すぎます。そんなものばかり見ていると、つい「仮想現実」の中にはまりこんでしまい、「江戸時代ってそういう時代だったんだ」というふうに安易に思ってしまいます。「娯楽は娯楽、醒めた目は醒めた目」でいってください。それより今回の記事の「主題」は松原久子さんの本です。驚くようなことがいっぱい書いてあります。

17 : ラ・マンチャの男 : November 30, 2005 09:52 AM

callaway 様 遠山の金さんの桜吹雪の刺青と水戸黄門の印籠は有名ですが、悪人たちはそんなものが出てくる前に「ハハー」とならないものですかね? 金さんは外国のTVでも放送されましたが、受けませんでした。理由は「悪人どもがあまりに阿呆に見えるから」でした。タケシの「座頭市」はテレビで少し見ましたが、途中でやめました。あらためて見てみます。

18 : お代官 : December 6, 2005 01:02 AM

 思い返してみると、私は水戸黄門をそれなりの回数見たことがあります。確かに、先生が仰る通り水戸黄門などの時代劇に出て来る悪人は少しばかりひどいな、と感じる部分があります。
 本来なら悪を取り締まるべき立場にあるはずの人間が、悪の「越後屋」と結託して悪事を働くのだから性質が悪いです。悪徳商人の不正を訴えても、それを取り締まるべき人物が裏で悪徳商人と繋がっているのだから救いが無いです。確かにこれらの悪人がいるおかげで、そこに颯爽と現れる正義の味方の黄門様の存在感がぐっと引き立つという演出には頷けます。しかし、これでは「江戸」という時代があまりに弱者にとって救いの無い時代だと思ってしまいますね。
 私もつい先ほどまで、「そんな時代だったんだな」と思っていました。しかし、江戸時代にも現代に劣らない監視?制度があったんだと知ることが出来良い勉強になりました。

19 : 湖の騎士 : December 6, 2005 10:57 AM

お代官さま 江戸時代をなんとか悪く言いたい勢力というのが、欧米にも日本にもいるのです。このコラムの大きな願いは松原久子さんの本を読んでいただきたいということなのですが、負担が大きすぎるのか、学生の皆さんでこの点に関するコメントは皆無なのが残念です。これを読めば日本の「今」が分かるし、韓国・中国の「今」も欧米の東洋進出(本当は侵略)の本質もよく見えてくるのですがーー。