View of the World - Masuhiko Hirobuchi

December 29, 2005

ボビーとコップス -学生へのメール

アメリカ映画の犯罪物などで、ときどき「デカだ!」とか「サツ(警察)だ!」という意味の言葉を聞くことがあります。大体犯人たちが使っていますが、「コップス(「カップス」と聞こえることが多い)!」といいます。もともとこれは cops で、copperを短くしたもの。copper は「銅」のことです。警官がなぜ「銅」なのか? 胸に輝くバッジが銅なのです。「あれは錫(すず)か銀じゃないの?」と思う人もいるでしょうが、少なくとも近代的な警官の最初のころは「銅バッジ」を使っていたらしい。この銅バッジを考案した人こそだれあろう、ロンドン警視庁の創設者とされるサー・ロバート・ピール(Sir Robert Peale)だそうです。アメリカの警察官も名声高いロンドン警視庁の制服や、バッジ、そして精神、組織の影響を受けているらしい。こういうことを、正確に調べたい人はインターネットであるいは百科事典で調べてください。
さて大事なのはここからです。ロンドンの市内を巡回するおまわりさんは、市民から親しみをこめて「ボビー」と呼ばれます。ボビーというのは、おまわりさんの「総称」「愛称」なのです。パトロールしているボビーたちは通常拳銃は持っていません。持っているのは警棒だけです。「ボビー」というのは「ロバート」を可愛らしく呼ぶときの言葉です。ロバートの語源はもちろんサー・ロバート・ピール。つまりロンドン警視庁のいちばん偉い人の名前が、警官の愛称になったわけです。彼がいかに市民に信頼されていたかが分かります。サー・ロバートはのちに首相にまで出世しています。
「コップス」というとどうも警官への警戒感や憎しみがこもっている気がしますが、「ボビー」となると親しみやすく、市民のために働いているおまわりさんという感じになってきます。
最近警察官を志望する学生が多いようですが、こういう話も頭の片隅において置き、近代的な警察官はどういう存在であるべきかなどと、ときには考えてみることも有益だろうと思います。

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COMMENTS

1 : リッキー : December 29, 2005 09:57 PM

2年生のとき先生の授業を受講した際、このことを知りました。警察官のことを「ボビー」とよぶということにも驚きましたが、何より驚いたことは、ロバートという名前が、ボビーになってしまうということです。気になったので調べてみると、ロバート→ロブ→ボブ→ボビーに変化したようです。愛称って考えて見ると大変おもしろいですね。ネイティブじゃないからこの変化に納得いかないのでしょうか?しかし、名前について考えるのもおもしろいものですね。今回の内容と少し脱線してしまいましたが、英雄と呼ばれている人の愛称が、職業の名前のニックネームになるなんておもしろいです。

2 : 悠々 : December 29, 2005 10:57 PM

ロンドンの警官がピストルは携行せずに警棒だけと言うことは知っていました。江戸のご用聞きが十手だけ携行していたのと同じ考え方なのでしょうね。今の日本の警官がスミス・アンド・ウエッソンなどという大型拳銃を携行しているのは過剰装備だと思っています。使用基準が厳しくて撃てない拳銃なら必要ないし、犯罪者の攻撃意欲をそぐ程度のベレッタのような殺傷力の小さなものにした方が良いのではないかと思います。
親しまれる警察官としてのハードの面を考えました。
廣淵先生が考えさせたかったのはソフトの面だと思います。いつも見当外れのコメントで済みません。

3 : 湖の騎士 : December 29, 2005 11:17 PM

リッキー様 この記事も他の記事もそうですが、こういうことを知ってすぐには役に立たなくても、脳に刺激がゆけばいいなと思って書いています。ハイドパークやリージェンツパークの近くを歩いているボビーたちの生みの親がサー・ロバートだと知るだけでも、「たとえば彼は大岡越前之守みたいな人柄だったのだろうか?」などといろいろな想像ができます。民衆に親しまれ、しかも悪人に恐れられる警察というのはどんなものかーーなどと考えるのも面白い。それから名前の変化に着目したのはいいです。マイケル(ミカエル)-マイクーミックーミッキーとなり、ミッキーマウスの大元は大天使ミカエルだったーーなどと。

4 : 湖の騎士 : December 29, 2005 11:52 PM

悠々様 民主主義の国では一応「主権」は「在民」です。しかし不心得な官僚が多くて、「公僕」の癖に民衆を見下しているところが許せません。ロンドンのパトロール警官は、凶悪犯などを取り締まる警官とはべつのチームにいると思いますが、本当に町の人と親しくなり、心の通い合う存在になっています。彼らは媚びたりへつらったりせず、しかも尊大にもならない。非常に自然体で人間的です。それが悠々さんのいわれる「ソフト面」なのでしょうね。警官というものについてのフィロソフィーがまともなのがロンドンだと思います。

5 : 恭華留斐 : January 10, 2006 02:09 PM

日本人は愛称で警察官を呼ぶほど、親しみや信頼はないのではないかと思います。私自身警察に対してあまりいいイメージはなく、そのため信頼もしていません。テレビドラマで見る警察官はとても頼れそうに移りますが、実際の警察官はそんなに格好のいいものではありません。特に私の住んでいる街では、かつあげされてた男の子を警官二人が助けに来たのはいいのですが、二人とも被害者に「大丈夫ですか?」と付き添いを、かつあげした犯人を追いかけていかないなどという失態を犯し、今もそのかつあげ犯はつかまったか知れません。日本の警察もロンドンの警察官のように、愛称で呼ばれるほど信頼されるようになってほしいと思います。

6 : 湖の騎士 : January 11, 2006 11:02 AM

恭華留斐様 そうですか、警察官に親しみがもてませんか? 無理もないですね。どうも庶民の味方という感じが薄いですから。しかし私がこういうことをブログに書いたり、新聞雑誌に投稿したりしていれば、マスコミも警察の上層部も「おっ、ロンドンではボビーと呼んでいるのか。日本の警察官も意識を変えなくちゃ」と思う可能性はあります。「啓蒙」とはそういうことで、よりよい明日に少しでも役立つ希望が一つの文章から生まれてくることを信じたいものです。大上段にふりかぶった天下国家論も大事ですが、「さり気ない情報」の中にも社会を動かす力があると思ってください。