View of the World - Masuhiko Hirobuchi

February 08, 2006

最後の電報 -学生へのメール

アメリカ最古の電報電信会社「ウェスタン・ユニオン」が、ついに電報の宅配業務を完全にやめたーーという記事が7日付きの「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」紙に載っていました。最後の送信は1月27日だったそうですが、どの都市とどの都市を繋ぐ電文だったのか、またどんなメッセージだったのかを、会社は明らかにしていません。電報業務を完全に廃止したのは、Eメール等による「通信革命」のためです。1851年にニューヨーク州ロチェスターで電報業務を開始して以来、じつに155年が経ったのです。
ウェスタン・ユニオンが登場する前、アメリカで最も速くメッセージを伝える手段は「ポニー・エクスプレス」と呼ばれる早馬でした。東海岸から西海岸まで、馬を乗り継ぎ乗り継ぎ走るポニー・エクスプレスは、約10日で大陸の東西を結びました。当時としては画期的なサービスでした。その活躍の模様は、映画やテレビ番組にもなっています。西部開拓時代の名残を伝える早飛脚でした。しかしこの会社は電報の出現により、わずか2年足らず存続しただけで、ビジネスとしての命脈を断たれました。
そのウェスタン・ユニオンが技術革新の影響を受けて電報業務から撤退したのです。同社の全盛時代である1929年には、2億通以上の電報が世界に向けて発信されました。しかし昨年はわずか2万1千通以下だったそうです。電報はお悔やみ、入学祝い、結婚祝い、昇進祝い、誕生日祝いなどに使われ、民衆に愛されてきました。日本でも電話が普及していない時代には、盛んに使われていました。東京へ勉学に出たドラ息子が、「カネオクレ」などという電報を故郷の両親にしょっちゅう送っていた時代もありました。電報は遠く離れた人々の心を繋ぐ手段であり、人生の喜怒哀楽を伝えるものでした。
しかしウェスタン・ユニオン社も、こうした個人客へのサービスは激減し、「電信による送金」が主業務になっていました。その拠点として同社は271,000のオフィスを全世界に持っていた時期もあります。そのうち80パーセントはアメリカ国外でした。このほかにも電報にまつわる物語はいくつもあります。電報独得の文体も発達しました。1字でも少なくするために「主語を省く」のと「ピリオド」をはっきりさせるために「ストップ」という語を用いることなどです。こうしたことももうすべて過去のものになりました。動力による製粉会社が出現したために、水車で粉を挽いていたおじいさんの小屋が、閉鎖されたという昔の物語を思い出します。
しかし電報の宅配サービスはやめたものの、ウェスタン・ユニオン社そのものは健在です。願わくば日本のNTTには、宅配の電報サービスを続けてほしいものです。やはり電報には他には変えがたい機能と独得の味わいがあるからです。

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COMMENTS

1 : リッキー : February 10, 2006 12:26 AM

 Eメールが発達した今でもたま受け取る手紙はうれしいものです。電報もそんなかんじでしょうか?「ポニー・エクルプレス」が電報によってビジネスとしての道をたたれたとありました。インターネットの普及によって「文通」という言葉が今ではほとんど使われなくなりました。携帯電話の発達によって、いつでもどこでも他人と連絡を取ることができます。これらの様に、便利なものが次々と出てくることによって、昔は最新なものが今では古いものとなりつつあります。私にとって家の電話もその一つで、携帯電話がある以上必要ないと感じることが多いです。ただ、普段は使わなくとも「良い物」「味わい深い物」はなくなってほしくないです。

2 : 悠々 : February 10, 2006 08:18 AM

老舗のウエスタンユニオン社が電報の配達業務を止めたのは、寂しい限りですが、時代の趨勢でやむを得ないことでしょうね。おそらく利用者はゼロに近い数字だったのではないでしょうか?
日本のNTTが、電報業務から撤退するのも時間の問題だと思います。
私が子供の頃は、電話のある家は極く少数でしたから、急ぎの連絡は電報以外にの手段がなかったのですが、今は電話も普及したし、インターネットも殆どの家にある訳ですから、電報の出番はほとんど無いのでしょう。
私もここ10年以上電報を受け取った覚えはありません。祝電を何回か打った程度です。
現在の電報の利用状況は祝電、弔電を除けば、悪徳金融業者の脅しの督促用に使われる程度だと思います。
私の母が昭和の初期に電信のオペレーターをしていた時代には電鍵を叩いてトン・ツー・ツーと送受信していたのが、やがてテレックスとかFAXとなり、電話やeメールに取って代わられた訳ですから、何時来るか分からない電報のために、送受信や配達の人員を確保しているのは、経費的にも過大な負担だし、その金を電話料金とかが負担しているのは、経済原則に反することになります。
ノスタルジアだけで電報制度は維持出来ないと思います。

3 : 湖の騎士 : February 10, 2006 09:59 AM

リッキー様 新しい通信手段が出てきたことで古いものが消えてゆくのは世の定めです。今回の記事は今のアメリカを作り上げるのにウェスタン・ユニオン社が果たした役割をしっかりと認識してほしいと思って書きました。アメリカは建国以来今年で230年。その内でウェスタン・ユニオンの電報が使われていた時代が155年で、国の歴史の半分以上になります。電報にまつわるいろいろな人間ドラマをあれこれと想像してみてください。けっこう面白い短編小説くらい書けるかもしれません。携帯電話については、内乱などでもし意図的な電波妨害が起こった場合、もろいところがあります。やはり有線電話との併用体制が必要だと思います。

4 : 湖の騎士 : February 10, 2006 10:09 AM

悠々様 新しいテクノロジーは常に古いものを駆逐してきました。これはもう避けがたい宿命です。馬車やも力車も静かに退場していきました。電報についてはやはり忘れがたいのは、昇進のときにもらうものではないでしょうか? 「よし、やるぞ!」という意欲が湧いてきます。卒業式などで、やたら政治家などから来る祝電はまったく心に残りませんが、電報は足掛け3世紀にわたって「人間の文化」そのものであり、とくに広大な新世界においてはかけがえのないものでした。その終焉に対してこれまでの労を謝したい気持ちです。母上の時代のオペレーターの方々は、指先から人生の哀歓のひとつひとつをお伝えになったのです。