View of the World - Masuhiko Hirobuchi

March 16, 2006

「いただきます」は悪い言葉 ? -

15日の産経新聞の読者欄に、33歳の主婦の方からの投書が載っていました。主旨は「先日、週刊誌にびっくりするような記事が載っていた。何でも「学校での給食はお金を払って食べているのだから、いただきますと言わなくてもいい」と親が子供に言っているとのこと。そして「いただきます」の言葉を教えない親が増えているそうだ。「いただきます」と言うのは、お金を払っているとか払っていないとか、そういう問題ではなく、作ってくれた人への感謝の気持ちと、食事ができることの感謝の気持ちを持っていたら自然に出てくる言葉だと思うーーというものでした。この方は、ご自分の6歳と2歳の男の子たちに「いただきます」という躾をしているそうです。
実はこういう親がいることを初めて知ったのは、前回このブログでご紹介した『ありがとう おかげさまーー生きるとは何か いのちとは何か』(海竜社)の中で筑波大学名誉教授の村上和雄先生が語っておられるの目にした時でした。こういう親の中には「うちの子はちゃんと給食費を払っているのだから「いただきます」と言わせるのはおかしい」と学校へ文句を言いにゆく人もいるそうです。
「いただきます」に賛成か反対かは、一見些細なことのように見えますが、実は社会の根幹にかかわる問題、国を二分するほどの大問題だと思います。ちなみに最近日本語でのスピーチ・コンテストに出場して優勝した中国人留学生は、「もったいない」という思想と「いただきます」という言葉は日本が世界に誇るべき文化だと語っていました。
さて、皆さんはどう思われますか? このことで一大論争を展開していただきたいと思います。

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COMMENTS

1 : 悠々 : March 16, 2006 01:04 PM

私はクリスチャンでは有りませんが、「初めに言葉ありき。言葉は神なりき。」という教えは真実だと思います。言葉は人と人を結びつける重要なファクターです。
コミュニケーションの方法は幾つかあります。ボディータッチは動物もやっていますし、欧米人は日本人より大袈裟にやっています。しかし、言葉による意思疎通は人間にしかできない、高度な意思伝達法です。この手段は大事にしたいです。
「いただきます。」は、食事を提供してくれた人にだけ言う言葉ではありません。
自然の恵みに感謝し、作ったり加工したり運んだりしてくれた多くの人、勿論作って呉れた料理人にもウエイトレスにも感謝する意志を伝える言葉です。
人は自分一人では生きられないという事がきちんと理解されていれば、「金を払ったからお礼を言う必要などない。」等という奢った態度にはならないはずです。
私は欧州の人たちの言動に倣って、お店に入る時には「こんにちは、、、」、すれ違いに身体が触ったりしたら「ごめんなさい。」お店でオーダーした時には「コーヒー一つ、お願いします。」持ってきてくれたら「有り難う。」お店を出る時には「ごちそうさま、美味しかったよ。」と言うことにしています。美味しくない時もあるし、態度の悪いウエイトレスも居ますが、それでも簡単な言葉を発してコミュニケーションをとることに務めます。
欧州では、人種が入り乱れて住んでいるし、考え方も違うことが多いから、コミュニケーションをきちんととらないと、いざこざが多発するという事情もあることでしょうが、一寸した挨拶は大事な人間関係構築の第一歩だと思います。

2 : 湖の騎士 : March 16, 2006 02:08 PM

悠々様 「いただきます」は作ってくれた人だけではなく、自然の恵みに感謝し、天地万物に感謝する気持ちが生み出した言葉だというご意見は貴重です。私が心配しているのは、「いただきます」と学校で教えることがいけないのだという親たちの心の中です。こういう人が日本にはけっこう増えています。どうしてそのような思想(?)が生まれてくるのか不思議ですが、こういう人がPTAなどで幅をきかせだすと危ないですね。また先生方もこういう親に対して毅然とふるまえないのが現状です。そういう親たちはだれの意見も聞かず、常に自分の価値観が正しくて世間は間違っていると思いがちです。こういう親につける薬はあるものでしょうか?

3 : 悠々 : March 16, 2006 02:45 PM

湖の騎士様
学校の役割は学問を授ける事で、躾とかは家庭でなされるべき範疇だと私は思っていますが、今の親たちには躾教育をする資質は持っていませんから、おかしな状態が出現しているのでしょうね。自分たちは出来ないくせに学校には何かとイチャモンを付ける。どうしょうもない世代ですが、それを生み出したのは団塊の世代と言われる連中です。粗製濫造は、工業製品や手工芸品だけではなくて、ペットも人間も粗製濫造したものには出来の悪いものが多く混ざるんです。
今の教育理念は悪平等の教育ですから、ろくに基礎学問も履修出来ていない連中まで大学生になるのだから困ったものです。
日本も変な平等主義はやめて、エリートとそうでない者とは歴然と区分けして能力に見合った教育を進めるべきです。
80%は中学や高校までで十分です。
残った20%で大学や専門学校などを履修させれば無駄な教育投資もしないで済むし、能力不足で無理に進学してドロップアウトするより本人にとってもメリットは多いと思います。
イートンカレッジのようなエリートを育てる学校が欲しいですね。

4 : tiakujo : March 16, 2006 03:12 PM

悠々さまと先生のやりとりを読むのを、まどろっこしいとあせってここにきました。だってー、本文を読んだだけで、頭にきてます。

こんな親の考え方があるなんて、とんでもないこと、大変なことです。
どうしてこのような考え方になってしまうのでしょう?

悠々さまと先生、お願いです、何とかしてください。

5 : カスミ草 : March 16, 2006 08:56 PM

今tiakujo様から飛んできました。
この「いただきます」だけしか読んでないのですが、
お金を払ったら良いってもんでないですね。
私も頭にきます。
「いただきます」はそれにかかわった全てに対しての感謝の言葉だと思います。
命あるものを頂いて私たちの命がつなげさせていただいているのに!!
全てに感謝の意ですよね。
私も外食しましたら、「いただきます」「ご馳走様でした」
と言います。
そして食べた食器もそろえ、テーブルもナプキンで拭きます。
私も提供する側の人間、「金を払ってやってんじゃ」っていう態度の方は客として来て要りません。
尊敬できるような方は此方が恐縮するほど物凄く丁重です。
こんな親に育てられた子は不幸ですね。
はじめてこんなことを知りました。
信じられません!!

6 : 湖の騎士 : March 16, 2006 09:48 PM

tiakujo様 頭にこられたお気持ちはよく分かります。悠々さんと私のやりとりではまだるっこしいとお感じになるのも無理はないです。世の中には信じられないことがたくさんありますが、こんな親がいるなんて信じたくありません。でもこれはまぎれもない現実です。どのようにしてこれを改善するべきか。いちばん確実なのは、小学校の先生方に、徹底してこういう親への反論の仕方を学んでいただくことだと思います。

7 : 湖の騎士 : March 16, 2006 09:56 PM

カスミ草様 はじめまして。時々tiakujoさんのブログでお名前を拝見し、あたたかい文章をお書きになる方だなと思っておりました。しかしその穏やかなカスミ草さんが「頭に来た」とおっしゃるのですから、「給食費を払っているのだから、『いただきます』はいう必要がない」と主張する親は本当にひどい存在です。しかもこういう親が増殖中というのですから、心は暗澹としてきます。しかし、まともな神経と価値観を持った人たちは、挫けてはいられません。こういう理不尽な存在に対して怒るというのはきわめて健全なことです。がんばりましょう。こういうことを平然という親は、人間としてまともな成長を遂げていないのだと思います。

8 : 湖の騎士 : March 16, 2006 10:05 PM

再び悠々さまへ まさにご指摘のとおりです。平等主義がはびこりすぎて、本来は大学教育などに適さない者までが、いやいや大学に入ります。そして授業を駄目にし自分を駄目にしているのが今の日本です。悠々さんは、こういう子供をのさばらせる粗製濫造の親を作ったのは団塊の世代だと言われますが、最も悪いのは旧文部賞の官僚と小中学校の一部の教員たちだと思います。団塊の世代のすべてが悪いわけではありません。平等主義を「是」としたマスコミももちろん責任重大です。今からエリートを養成するとしても、彼らが役に立つまでには30年はかかるでしょう。しかしそれでもそういう学校ができれば、社会はもっと引き締まってくると思います。

9 : yoyo : March 16, 2006 11:35 PM

突然お邪魔します。tiakujoさん経由です。団塊の世代を弁護してくださってありがとうございます。小学校の教諭をしている友人がいますが,見当外れの文句?を言って来る親が増えていることは確か。自己主張ばかりが増大しているのでしょうか?少しばかりの謙虚さを持ち合わせていれば,こんな考えには行き着かないはず。この場で若い人たちのコメントも聞きたいです。

10 : 湖の騎士 : March 16, 2006 11:58 PM

yoyo様 いつもtiakujoさんのブログでお名前を拝見し、お書きになるコメントを拝読していました。今回のご意見は本当にありがたい思いです。私は大学で教えるほかに、自分の住む市の教育委員を8年務めてきました。ご指摘のような無茶苦茶なことを言ってくる親たちに、現場の先生方がどんなに困惑しているかも、よく聞いておりました。「常識」というのは「教養」がないと身につかないもので、給食費を払っているのだから「いただきます」は言わなくてもいいという親は「無教養」といわれても仕方がないでしょう。しかしもしだれかが、公式の席でそういうことを話せば、それだけで一大非難が巻き起こるのが今の日本です。若者の意見は明日あたりから入ってくると思います。しばらくお待ち下さい。

11 : HANA : March 17, 2006 09:07 PM

私の周りでも話題になりました。

最初の手紙の母親は「お金を払っているのだから」という理由ですが、学校がその意見を取り入れ、「いただきます」を言うのをやめた理由には

「手を合わせる」という行為、「いただきます」という言葉が宗教に結びつく虞がある、また学校で全員に強制?することができないということがあるようです。

「個性をのばす」を強調するあまり「やりたくないこと」を無理にやらせるようなことは極力しないのが教育の現状ではないでしょうか。

私の家ではもちろん「いただきます」「ごちそうさま」を言っていますが、学校にもそれを求めるのは難しいことなのかもしれません。

ただ、小学生の子供たちにとって学校(担任の先生)の影響はとても大きいので「『いただきます』など言う必要がない」などと言われたら子供たちはどう感じるでしょうか。そんな先生はいないことを祈るしかありません。

「お金を払っているから」は論外ですが、「宗教的な匂い」、「強制されることへの違和感」についてはさまざまな意見があるだろうと思います。

私はどちらも根本的なことは分かりませんが、たとえ元々がなんらかの宗教から出たものであっても習慣として生活に根付いたものであるから特定の宗教に結び付くものではないと思います。

またもちろん強制されるべきものではないので「言わなければ食べさせない」なんてことがあっては本末転倒だと思います。自然に口をついて出るような教育、躾をしていくものだと思います。

12 : 湖の騎士 : March 17, 2006 11:58 PM

HANA様 「いただきます」に宗教的な匂いがあるからこれをいうのをやめたというのは、今の教育界の現状から見て「そうだろうな」という気がします。しかし「いただきます」の場合は「特定の」宗教ではなく、人間としてごく自然に湧き出てくる感謝の気持ちの表現です。もし一切の宗教的なるものを学校で教えないとなると、そういう環境で育った子供はまず世界のどの民族・国民とも意思疎通ができないでしょう。今の教育界は、せっせと世界に通用しない子供を養成しています。小学生に英語を教えれば国際人になると思うのも見当はずれの俗論だと思います。少し理屈っぽくなりすぎでしょうか?

13 : スヌーピー28号 : March 18, 2006 02:33 AM

 「いただきます。」、「ごちそうさま。」という言葉は自分のために犠牲になってくれた、すべての命に対しての感謝とお詫びのための言葉だと私は思っています。もちろん、料理を作ってくれた人に対する感謝も含まれています。今の時代は昔から比べると本当に様々な考え方をする人達が増えてきています。私にとっての「いただきます。」や「ごちそうさま。」という言葉は、あれこれ理屈を考える前に、ごくごく自然に出てくる言葉です。
 学校の給食の時間での「いただきます。」が給食費を払っているから言う必要が無いと考えるのは、人それぞれ意見が違うでしょうが、私は間違っていると思います。こう言う話を聞くと、なんだか、寂しい時代になったものだと感じる今日この頃です。

14 : センス : March 18, 2006 02:49 AM

私は、「いただきます」「ごちそうさま」と作った人へ感謝の言葉を述べるのはかっこいいことんだと両親から教わりました。今、学校で文章に書かれたようなことを言ってくる親たちがいるというのは正直驚きました。
私が小・中学校に通っていた頃は、こういったことを言う親はいませんでした。今は、親たちの意識が変わってしまったのでしょうか?

15 : 湖の騎士 : March 18, 2006 11:56 AM

スヌーピー28号様 カッコイイお名前ですね。これはスヌーピーと鉄人28号のミックスでしょうか? 人間として3度3度食事ができるのは何とありがたいことだろうという気持ちを忘れたくないものです。早い話が、太陽熱がなければ植物は育たず、動物も生きていけません。百年も前にはどんな田舎の老人で学問のない人でも「お天道さま(お日さま)」という言葉を使っていました。生命の源である大いなる太陽への畏怖と感謝の心からでした。「そんなことをするとお天道さまに罰が当たる」という倫理観が健在でした。しかし今、おそらくは大学を出たであろう親たちが、子供にこういう教育をし、それに対して言い返せない学校当局がいるのが現実です。知恵と心ある人々は、しっかりこの現状を見てほしいものです。

16 : 湖の騎士 : March 18, 2006 12:04 PM

センス様 貴方が子供のころは「給食費を払っているのだから『いただきます』は言わなくてもいい」というような親がいなかったのは幸せでした。しかし私が書いたことは、嘘でも誇張でもない現実です。これから社会に出るに際し、こういう消費者ないしは顧客もいるのだということを頭に入れておくことは無駄ではないと思います。しかしこういう例外的な人々はともかく、多くは健全な良識を備えた人々です。世の中がいかに変わろうと、人間の世界を貫く原則というものは変わりません。いちばん大事なのは「コモンセンス」であり「グッドセンス」です。

17 : Jules Verne : March 18, 2006 03:21 PM

いただきますということに私は賛成です。他の方同様に感謝の意を表す言葉であるからと私は考えているからです。
仮に「うちの子はちゃんと給食費を払っているのだから「いただきます」と言わせるのはおかしい」という主張を正当化するならば逆に金を払えば感謝をしなくてよいと思っているのでしょうか。私はそれが聞きたいです。大学などの教育機関でもお金を払っているのだからと先生や教授に感謝の意が足りない学生が多いような気がします。自分たちの権利ばかり主張し「金を払っているのだからあたりまえ」という発想は現代の悲しい病ではないでしょうか。

18 : 湖の騎士 : March 18, 2006 03:56 PM

Jules Verne様 なんともなつかしいお名前ですね。『海底2万哩』とか『80日間世界一周』といった名作を思い出します。さて「いただきます」ひとつを取っても、それを言わせるのはおかしいと思う親がいるのは頭に来るーーとおっしゃる方が当ブログには多いですが、学生の中にも教員に感謝せず「金を払っているのだから当たり前」と思っている者がいるーーというご指摘は初めてです。これは教える側としては全く意外のことで、それこそ「頭に来る」話です。そんなさもしい了見では、その学生の人生はきっとミゼラブルなものに終るでしょう。お互いに何万人もいる教師と学生の中で「この人と出会えた」という感激や感謝の念がなければ、教育というのは成り立たないと思います。貴重なコメントをありがとうございました。

19 : 元室長 : March 18, 2006 08:55 PM

「いただきます」という言葉に関して、「言わなくてもいいだろう」という考えを持ってしまう人間がいることが理解できません。”いただきます”のような挨拶という言葉は、仲が良い悪いという関係を越えてかけられる最高の言葉だと思います。そして、こうした言葉を使って人と接したりすることに自ら壁を作る「いただきますを言わなくてもよい」という教育は、その先見として何を捕らえているのかが皆目検討もつきません。人がお礼を言うときにいちいちその金銭関係の有無まで考えて言葉を発するのは、相手に対してかえって無礼に当たる行為だと思います。
”挨拶”のような思いやりを持つからこその”人間”ではないでしょうか?

20 : 湖の騎士 : March 18, 2006 10:51 PM

元室長様 この記事に多くの方々からコメントをいただきました。「いただきます」という言葉と手を合わせる仕草に「宗教」を感じて忌避する親がいるという貴重なご指摘もありましたが、多くの方々は感謝の気持ちが素直に出ているこの言葉はすばらしいものだと感じておられるようです。「いや、私は『いただきます』に断固反対だ」という意見もひとつくらいはあるかも知れないと思っていましたが、大勢は良識を披露されたように感じます。貴方のご意見をうかがい若い世代の間にしっかりした良識が根付いているのが分かり、頼もしいという感じています。

21 : amia : March 20, 2006 08:43 AM

はじめまして。。そしておはようございます。
早朝に書き込みをしたのだけど2回して書きこまれなくて??
今見たらやっぱり反映されてなかった(>_<)
”いただきます””ありがとうー”とても好きな言葉です。
 よく”すみません”って言う人がいるでしょー私もついいってしまうけど意識して”ありがとう”っていうことにしています。
 給食代を払っているからいただきますではないという考え方はあまりに心が寂しいですね。
 作っていただける・・これって最高です。
私も誰かに食事を作ってもらいたいなぁ!

22 : 湖の騎士 : March 20, 2006 09:57 AM

amiaさま 初めてのコメントをありがとうございます。「いただきます」というのは本当に美しい言葉だと思います。お金を払っているのだから、「いただきます」は言わなくてもいいという親の信念(?)は信念として、子供は世間一般の言語の中で生きてゆくのですから、やっぱり世間に通用する言葉や価値観は教えてほしいものです。amiaさんが「すみません」より「ありがとう」という言葉を意識して使っていらっしゃるというのもいいですね。多くの人は無意識のうちに「ありがとう」という代わりに「すみません」といっている気もします。でも「ありがとう」のほうが断然いいです。

23 : エセ男爵 : March 21, 2006 05:45 PM

祝!日本野球・世界一に輝く!
本日、
非関連記事、TBお許しください・・

24 : 直 : March 21, 2006 11:13 PM

初めて投稿します。いつも楽しみにして拝見させていただいてます。「いただきます」と違うのですがすみません。フランスなどでは、駅で切符を買うとき窓口で「ボンジュール」と、お互いに挨拶を交わしてから購入します。たかが切符を購入するだけのことで挨拶することに最初はびっくりしましたが、今ではこんなちょっとした習慣が大好きです。最近外国旅行していると日本を振り返ってみて自信なくなってきます。最近の日本人はなんか変ですね。斉藤孝さんの「ハイライトで読む美しい日本人」を読むと日本人の良さが分かってホットするのですが、最近は日本人の良いところが忘れ去られて、理屈っぽく自分のことしか考えられなくなってしまったようです。

25 : 湖の騎士 : March 21, 2006 11:23 PM

エセ男爵様 コメントとTBをありがとうございました。日本中が「無理なく」沸いていますね。

26 : 湖の騎士 : March 21, 2006 11:33 PM

直さま 初めてのコメントをありがとうございます。駅で切符を買う時に「ボンジュール」というのは、やはり「いただきます」の心に通じるものがあると思います。私はNYでたとえばワシントンDC行きの列車の切符を買う時にも、年配の駅員のおじさんがいつも客に対してサンキュー」とにっこり笑うのを好もしく見ていました。最近は日本でも高速道路で料金を払う時に、「ありがとうございました」というのが通例になりました。海外に出たときに、いかに振る舞うべきかを幼いときから学校や家庭で教えるようになれば、日本人ももっと愛嬌のある振る舞いができるようになるでしょう。