View of the World - Masuhiko Hirobuchi

April 14, 2006

「いじめ」はなぜ起きるのか? -

「いじめ」はなぜ起きるのか。これについて皆さんのご意見をぜひうかがいたいと思います。これはこのコラムをよく読んで下さっている方のブログを、2週間ほど前にお訪ねした時に得たヒントを基にしています。その方のブログに、私は「いじめは卑怯であり、恥ずかしいことである。誇り高き者はいじめなどしない。いじめがはびこるのは、高貴な心を養うという教育が不足しているからだ」といった意味の書き込みをしました。多数が数を頼んで一人をいじめたり、体の大きな者が小さな者をいじめたりするのは、イギリスでは「アンフェア」とされ、許されないことです。卑怯であり、紳士にあるまじき振る舞いとされ、そういうことをした者は仲間から徹底的に軽蔑されます。こうした気風、精神的伝統が日本から消えうせて久しいようです。
しかし私の思いもしない原因が他にあるのかもしれません。皆さんが考える「いじめ」の原因と、「いじめ」をなくする「対策」について、ぜひご意見を聞かせて下さい。

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COMMENTS

1 : tiakujo : April 15, 2006 12:26 AM

ぜひ皆さんご意見を!
この記事を読んだ方は一言でいいから、あなたのお気持ちを聞かせてくださいと、私からも強くお願いします。

昨夜も、30才を過ぎた次女に「あなたが小学校の頃も"いじめ"ってあった~?」って聞いたら、「あったわよ~、私だっていじめられたもん。」と。彼女は無事通過できて今があるわけだけど、一生を狂わせることとなる、恐ろしい "いじめ" は絶対にあってはならないのですから。

2 : rescue : April 15, 2006 12:07 PM

こんにちは。
そうですね、私が考えるいじめの発端は
いじめる側の心にあると思います。
確かに先生がおっしゃるように、高貴な人物、誇り高い人物は決していじめを行わないでしょう。しかしもう少し別の角度から視たいと思います。
現代社会の子供達は、満たされていると同時に満たされていません。ハングリー精神がない上に、何故か欲求不満なのです。だからハングリー精神がなくても、簡単に欲求不満を満たせる行為に走ってしまうのでしょう。

今の世の中、欲すれば何でも手に入るはずなのに、高貴な心だけは簡単には手に入りませんね。
毎日心の手入れを欠かさずした人がその心に出会うことが出来るのでしょう。

上手く説明出来なくてすみません。

3 : 湖の騎士 : April 15, 2006 01:14 PM

tiakujo様 他の方にも意見参加をおすすめ下さるとのこと。ありがとうございます。この案はもともと貴女さまのブログを拝見して浮かんできたものですが、私なるにふくらませてみたいと思っています。ご令嬢の世代にもいじめはあったのですね。強い子はなんとかなるとしても弱い子は学校にゆくのもいやになるでしょう。私の小学生時代には、こんな情けないものはありませんでした。つくづく「教育」が原因だと思っています。

4 : 湖の騎士 : April 15, 2006 01:19 PM

rescue様 あなたのアングルは面白いです。私の想像力では浮かんでこない若者や児童の心理をよく捉えておられると思います。そういう複雑な背景があるのなら、なおさらのこと現場の先生たちは有効な手を打ってほしいものです。もう少し議論が進んだら、私の考えを体系的に書きたいと思っています。同じご年配の人たちのご意見もうかがいたいものです。

5 : yoyo : April 15, 2006 04:27 PM

小学校を7転校した実体験からすれば,子供のいじめ?は何処にでもあると思います。好意的,悪意的好奇心の表れでしょう。経験を重ねて対処の仕方も得とくし,いじめる、いじめられる双方を経験し、人間性を磨いていくものだと思いますが、いじめられたことだけが頭に残り、自分がいじめている側にいることが なかなか自覚出来ないようです。自分の判断が正義だと考え 相手に押し付けてしまうのも"いじめ"かもしれません。相手を思いやり,あるがままに受け入れ,非審判的な態度で接する事が出来れば”いじめ”も少なくなるのでしょうが・・難しいですね。人間誰でも波長の合う,合わないがあると思います。"合わないなぁ"と思う人に対して,無意識に意地悪,無視,批判をしていないか?チョットだけ気をつけるのも大切なことと思います。私自身の自戒を込めて書いています。勿論相手を「死」に至らしめるほどの "いじめ" は論外。想像力の無さ,思いやりの無さ? 後からは色々論法出来るでしょうけど、私には論議に加わる想像力がありません。 大人?の世界,一般社会,国際間でも "自覚なしのいじめ" は多いと思います。皆様のコメント,湖の騎士様のまとめが楽しみです。


  

6 : カスミ草 : April 15, 2006 09:24 PM

学校だけでなく職場でもどこでも人が集まれば、大なり小なり、こんな現象があるのではと思います。
特に日本人は縦社会がお好きなようですね。
イジメはその一端かとも思います。
私も50数年前、クラスメイトに私にいじめられたと言われたことがありました。
私には何の事か解りませんでした。
今もって解ってません。
きっと相手の立場をを理解してあげてなかったのだと思います。

7 : リッキー : April 15, 2006 10:41 PM

「いじめ」について色々意見があるようですね、では私の意見を申したいと思います。現代人として教育を受けてきた私が思うに、国の教育が「皆平等であること」と、「平等の知識・個性が平等であること」の意味をはき違えていることが大きな影響をあたえていると思います。人間が平等であることは当然の権利ですが、知識や個性は別の問題です。しかし、今の教育は個性さえも同じでなければならないかの様な教育です。子供の頃はあまり考えなかったことですが、年を重ねるうちに考えることは「自分が認められたい」ということです。つまり個性は平等ではいたくないということです。日本人は「シャイ」な人種であると私は思います。「YES」「NO」をはっきり言える人が残念ながら少ないのが現状です。「いじめ」を始めるきっかけは多かれ少なかれ「自分が目立ちたい」という気持ちではないでしょうか。私が小学生だった頃と、今の小学生は大きく環境が違いますのでこれからは憶測になりますが、「自分が!自分が!!」という幼稚な気持ちが形を変え「いじめ」になるのではないでしょうか。人をいじめることにより自分が目立ち、誰も自分に逆らうことがなくなる。何方かがおっしゃっていましたが、満たされているため満たされない気持ちを持っている子どがいることは確かです。まとまらなくなってきましたがこれが私の考えです。

8 : yoyo : April 15, 2006 11:13 PM

再びyoyoです。 カスミ草様のコメントを読み 思い出したこと。 50年近く前のことですが。転校間もなく、私にいじめられていると 涙ながらに 学級会で発言され クラスで先生も含めて紛糾されたこと。今なら "嫉妬しているのでしょう?"と反論, それとも切れて登校拒否を起こしていたかも知れないですけど、能天気な性格が幸いして,何事も無く登校しておりました。でもいまだに覚えているという事は,私の中にも傷が残っていたのですね。いじめる側といじめられた側を同時に経験した思い出です。誰でも少なからず持っているのでは?

9 : 湖の騎士 : April 15, 2006 11:35 PM

yoyo様(コメント5)転校を7回なさるというのは、幼児体験としては相当タフな試練だったでしょうね。自分がいじめられたことだけが記憶に残り、いじめている側にはその自覚がないというご指摘は強く胸に響きます。これでまた新しく視野が広がりました。ありがとうございます。

10 : 湖の騎士 : April 15, 2006 11:40 PM

カスミ草様 日本のタテ社会との関連で捉えられた点が新鮮です。そして50数年前に「いじめられた」という方がいても、ご自分にはなんのことか分からないというのも、非常にリアリティがあります。このレベルで済んでいれば、現在のような深刻な状況にはならなかったのではないでしょうか? 今はだんだん歯止めがきかなくなっているようです。先生方がまたどう対処してよいのかが分かっていないと聞いています。

11 : 湖の騎士 : April 15, 2006 11:47 PM

リッキー様 いじめの原因を「悪しき平等主義」と結びつけられたことは、私の考えに近いです。どこの国にも「秀でた者がいてよいのだ」という理念があるのですが、日本ではこの理念は危険思想視されます。この点を「まとめ」の中で(あるいは稿を改めて)整理するつもりです。「満たされているため満たされなくなっている子供」という逆説は、rescue さんの説ですが、あなたも共感されたという点が面白いです。これも大いに啓発されました。

12 : 湖の騎士 : April 15, 2006 11:54 PM

yoyo様(コメント8へ) ずいぶん昔に「身に覚えのないこと」でクラスの中で「加害者」にされたとのこと。中には嫉妬から「被害者」的発言をする子もいるのでしょうね。しかしいじめた自覚はなくて濡れ衣を着せられた記憶が残っているというのは、お気の毒です。危機を切り抜けるためには、ある程度ののん気さ鷹揚さも必要ですね。そういうことも、人生経験豊かな先生なら教えられるのでしょうが、学校を出ていきなり教壇に立った先生では無理だと思います。

13 : 悠々 : April 16, 2006 12:18 PM

かすみ草さんの仰るように、いじめは何時の時代にもあったと思います。子供の社会では日常的にあったし、私も虐める側にいたり、虐められる方にいたりと言った経験があります。
でも、私の頃には、どちらの側に居ても、自分たちで耐えたり、跳ね返したり、上手く対処出来て居たのです。
子供達は自分の兄弟姉妹の中でも揉まれていたし、逞しさを自然に会得出来ていました。それにガキ大将も何人か居て、それらのグループ間で庇ったり、応援したりの関係もありました。虐められて親に言いつけ、親が出てくると、子供の喧嘩に親が出たと言って、非難されるから、親もいきなりしゃしゃり出たりはしませんでした。子供同士の揉め事は、子供同士で解決する知恵を持っていたのです。
今の社会は少子化現象で、兄弟同士の喧嘩もないし、兄貴が弟に教えたりする事も少ないのだと思います。
子供の中の付き合いのルールも無いから、虐めも悪戯の範囲を超えたり、喧嘩も力加減を会得していないから、TVや劇画の暴力場面を地で行く凄惨なものにエスカレートしてしまうのです。
虐めが深刻な事態になったのは、少子化と路地裏遊びが無くなって、子供社会が崩壊してしまったことが主な原因だと思います。

14 : 春の局 : April 16, 2006 01:03 PM

”いじめ”の意味を辞書で引いてみると”特に学校で、弱い立場の生徒を肉体的または精神的に痛めつけること”ってかいてあります。英語で言えばtease,bullyに当たる言葉です。どうして虐めが起こるのか?私もりっキーさん、rescueさん両方の意見に同意するところがあります。例えばりっキーさんは個性の平等否定の結果、自己主張の現われとして弱いものいじめをすると言われています。日本の社会においては多いにあり得ることだと思います。こちらは日本と違い自己主張の必要な社会です。そんな中では自己主張=いじめに結びついていないように思うのです。自己主張を受け入れられてるのですから主張の矛先を弱いものに向けなくても良いわけです。
勿論こちらにもいじめはあるようですが、いじめる側の理由はだから日本と違うかもしれません。(その違いを詳しく調べて見るといかもしれませんね)
私が思うに子供はその成長期過程においてidentity(主体性)を探し始め、家庭内さらに社会において自己(個人)の独立を目指し、認識されたいと思うようになります。
そのidentityを探す方法は色々でしょう。りっキーさんが言われるように個人を強調するが為”いじめ”をする事で、認識されたい、注目されたいと思う子供がいるかもしれません。ではどうして自己主張、個人の認識=いじめになるのか?いじめをしなくても立派に自分のidentityを見つけて成長している子供達も多いわけですから。
仮説その1: いじめをする人は成長過程において両親から精神的には愛情、肉体的にはスキンシップを十分に満たされないのが原因の一つ。つまり欲求不満の状態で育った子供がいじめることでその欲求不満を満たしている場合。
仮説その2: 肉体の成長と精神の成長のアンバランスから生じるズレでいじめが起こるのではとも思っています。精神的成長が肉体的成長に追いついていけない状態で体内からのエネルギー発散の為に弱い者にその矛先が向けられたのではないかと?(精神成長が正比例してないので協調性、同情心、人間性に欠ける結果)
rescueさんが言われてますが確かに現代の日本は物質には満たされているけど精神は満たされていないですよね。いじめはそういう精神的に満たされない子供達の鬱憤のはけ口かもしれません。
思うに日本の社会は定義ずけが多くて窮屈な生活しにくい社会です。子供だけではなく人生経験の豊か(?)な大人でも何か満たされない不満を感じるのは私だけでしょうか?他国で生活して初めて日本の社会が必要以上の束縛の多い国であることがわかります。いじめをしている子供達はそんな窮屈な日本社会に対して何かを感じ、反抗、抵抗しているような気がします。日本で登校拒否だった小学生のお子さんはこちらに来て学校が大好きになり毎日の学校通学が楽しみになったとお母様が言われていました。どうして学校が好きなのって子供に聞くと沢山遊べるからとの返事だったそうです。と言う事は日本の小学校は遊びがないわけですよね。学科教育だけに重点を起き精神教育、情緒教育ができていないような日本の学校教育法で登校拒否は当然のような事に思えました。
”いじめ”から”登校拒否”、そして”ひきこもり”と発展しそれが大きな社会問題になっている状態を聞くと、病んだ日本社会が見えてきます。従って いじめの問題は日本の社会を見直して変えていかない限りなくならない問題ではないでしょうか。それは短期間で解決できることではないと思います.
日本を離れて長く国内で生活してない者が日本の社会現象に対して意見を言える立場ではありませんが、日本でのいじめ、登校拒否、ひきこもりと言う状況を少しずつ知るようになり、特にいじめは何処の国でもある社会現象なので興味を持ちコメント入れさせてもらいました。

15 : 湖の騎士 : April 16, 2006 02:56 PM

悠々様 少子化、路地裏の消失、ガキ大将たちの不在という視点から、鮮やかに「いじめ」の原因を描き出しておられ、またひとつ勉強になりました。こうして多くの方々の見方が蓄積されていくと、一種の「文殊の知恵現象」が生まれるのではないかと期待しています。私自身が前もって考えていた視点は、もう2、3日経ってから披露させていただきたいと思います。ありがとうございました。

16 : 湖の騎士 : April 16, 2006 03:11 PM

春の局様 海外それも英語圏にお住まいと拝察いたします。本格的に国際比較との比較でのご論考をいただき、いちだんと私の考えも立体的になってきました。お読みになる他の方々も同様にお感じのことと思います。ありがとうございます。日本で登校拒否だった児童が、外国の学校へは嬉々として通うというのも、新鮮な発見です。とにかく教育だけでなく、たとえば運転免許証の更新にしても何にしても「どうしてこんな簡単なことをかくも複雑にしてしまうのか」と思えるようなことが、日本の行政には多いですね。それが社会の活気を殺ぎ、欲求不満を募らせ、その捌け口がいじめに繋がっているとしたら、複雑骨折のようなものです。一朝一夕には治らないものかもしれません。しかし希望はあります。その辺のところも提案するつもりです。

17 : hikaru : April 19, 2006 03:44 PM

私は、いじめられる側といじめる側の両方を経験した事がありますが、イジメが起こる理由は いじめる側が自分がしている行為をイジメと認識していないからだと思います。(グループ内でふざけ合いをしてるという程度)
ただしこれはあくまで、幼時の頃に起こる初期段階のいじめに関しての意見ですが、言い方を変えれば、いじめられる側が無抵抗すぎるとも言えると思います。(自分が感じている事、思っている事を主張しない、表に出さないがために、相手に事の重大さが伝わらずイジメが継続する。)

これは私自身が幼少の頃に感じていた事なので、全てのイジメがこれらの理由の基で起こっているかは解りませんが、少なくともイジメは他人への無関心が原因で起こっている気がします。

18 : 湖の騎士 : April 19, 2006 04:31 PM

hikaru様 貴重なご経験とご意見をお知らせいただき、「なるほど、そういうことなのか」という気がしてきました。最初自分が考えていたよりも、いじめの原因は複雑な気がしますし、案外単純なのかなという気もしてきました。皆さんからいただいたご意見と自分の考えを整理してできるだけ早く発表します。2、3日中にまたぜひお立ちよりください。

19 : mix : April 19, 2006 08:47 PM

私が載せた「拒食症について2006-4-16」に出てくる彼女も「いじめ」が一つの原因で、拒食症になったのだと思います。それを思うとかわいそうでなりません。

(コメント16より)
「どうしてこんな簡単なことをかくも複雑にしてしまうのか」と思えるようなことが、日本の行政には多いですね。
私もそう思います。これは20年以上も前の話しです。アメリカで住み始めた次の日、小学校を見に行きました。ただ、見学だけのつもりで。受付で名前と住所、生年月日ぐらいを書いているうちに、事務の人が
「あなたは7歳だけど、英語が分からないから始めは1年のクラスがいいわね」と子供を連れて行ってしまいました。書類を書き終えたら、今日はランチマネーとして、xドル私が預かります。xx時にスクールバスの停まるところに迎えに来てください。はい、これだけです。本当に簡単だったのです。そのとき子供はまったく英語が分からなかったのですが、どうにかなったようです。
親も子も日本に帰ってきてからのカルチャーショックが大変でした。子供の編入の手続き、役所のX課に行ってあれをもらい、Y課に行ってこれをもらい、またX課に行って・・・。あーなんと面倒なことだったでしょうか。

20 : 湖の騎士 : April 19, 2006 11:31 PM

mix様 アメリカで住み始めた翌日にお子様を連れて小学校に行きそのまま入学というお話は、アメリカ生活を知る者には本当によく理解できます。目に浮かぶようです。なんでもない簡単なことに見えますが、こうしてあらためてお話をうかがうと感動的ですらあります。日本に帰って「カルチャーショック」を味わわれたというのもよく分かります。行政に携わる人たちが「公僕」ということを忘れ、「お上」意識を持ちすぎているからでしょうか? 彼らの行政指導も一種の「いじめ」ですね。

21 : Jules Verne : April 22, 2006 09:13 PM

遅ればせながら参加させていただきます。


昨今いじめのニュースを以前に比べ聞かなくなったと
感じるのは私だけでしょうか。
80年代後期から90年代後期が多かったという印象があります。
福岡県教育委員会のいじめ相談件数にも現れていました。

1 相談件数の増加

2 「いじめ」の減少(いじめの報告件数)
6年度:小学校69件 中学校165件
7年度:小学校70件 中学校149件
8年度:小学校38件 中学校126件
9年度:小学校17件 中学校97件
10年度:小学校18件 中学校100件
11年度:小学校11件 中学校87件
12年度:小学校23件 中学校68件
13年度:小学校10件 中学校44件
14年度:小学校9件 中学校34件

いじめへの取り組み
URLhttp://www.nicer.go.jp/integration/user/torikumi/torikumi_detail.php?id_code=10000235#PAGE3

いじめは撲滅には至ってませんが、近年の報告件数は大幅に減少しました。
これには複数の理由があると思いますが、私が考えるものは無理して学校行く必要がなくなった。(親が行かせない?)
その理由として不登校センターや通信制など「学校教育」の多様化などがあげられます。
そこで社会性や「自信」を植え付けることで社会復帰する学生も多いようです。

いじめを撲滅することは難しいですが、多様化した学校などの教育設備の整備を行い、心の教育や社会教育をすることが「いじめの対策」になるのではないでしょうか。

22 : 湖の騎士 : May 8, 2006 10:45 PM

Jules Verne様 貴重なご意見を具体的に数字を挙げてお寄せいただきありがとうございます。説得力があります。「学校に無理して行かなくても済むからいじめが減った」というのでは、情けないですね。現状はそのとおりだと思いますが、いじめの「根」そのものは残っていることになります。この次のコラムに「ゆっきー」という方がコメントをしています。それへの私の返礼をご覧ください。「私立校ではなぜいじめが少ないか」に触れています。ご参考になると思います。