View of the World - Masuhiko Hirobuchi

April 20, 2006

「いじめ」と価値観の関係(5月4日リライト) -

2週間も記事を中断して申し訳ありません。
皆さんからいただいたご意見を参考にしつつ、私の考えをまとめてみました。

1.まずいじめには (A)「許容できる範囲のいじめ」 と (B)「度を過ぎて危険領域に入ったいじめ」があると思います。
2.次に (A)「いつの世にもあるいじめ」と、 (B)「戦後に特有のいじめ」があります。
3.さらに(A)「およそどこの国にもあるいじめ」と (B)「日本独得のいじめ」に分けられるでしょう。

さて多くの方々が経験されたいじめは、ほとんど(A)の部類に属するものだと思います。この程度ですんでいれば、それほど深刻に受け止める必要はないでしょう。
しかし今の日本を蝕んでいるいじめは、そんな生易しいものではありません。それらはことごとく(B)に属するいじめです。

ここで注目したいのは 2.の(B)です。つまり戦後の日本に現れた独得のいじめです。こうしたいじめはなぜ生まれてきたのか? それには社会全体を貫く意識や価値観の大きな変化が関わりがあると思います。

それでは戦前と戦後の社会で際立った変化というのは何でしょうか? いろいろ意見はあるでしょうが、私は「高貴さ」「卓越したものへの憧れ」「辛いことに耐える忍耐心」といったものが失われているのが戦後の日本だと思います。こうした価値を「良し」とした戦前の教育が日本を戦争へ駆り立てたのだという一部の主張が、まるで催眠術のように社会を覆いました。
「ノーブル」とか「忍耐」という言葉は「勇気」とか「男性的」という言葉と一対になっています。イギリスでは戦争で最も危険な場所に身を置くのは常に貴族です。こうしたこととの連想が働いているのかどうかは分かりませんが、「高貴」「卓越」「忍耐」といった価値観は「武」を連想させる、だからいけないのだ、ということになりました。貴族の反対は「庶民」です。庶民的で平凡であることが戦後の日本では万人の認める価値となりました。

「庶民的」であることはよいとしても、これが度を越すと「高貴」(偉大)よりも「卑小」、「勇気」よりも「臆病」の方がよいのだということになってゆきます。「正義」とか「原則」を貫く奴はバカdということになります。そうしたもろもろの要因が重なり合っているのが、今の教育現場です。

こうした環境の中で、子供たちは「数をたのんで一人をいじめるというのは『卑劣なこと』だとか、「それは誇り高き者、勇気ある者のなすべきことではない」といった考えを持つことができなくなっています。昔ふうにいえば、「そんなことをする奴は男の風上にも置けない」ということになります。しかし戦後の教育では「男らしい」ということがそもそも否定されているのです。とくに現場の女性教員の間にそうした考えが強い。「男の風上」などという言葉は完全に死語になっています。「男らしさ」という考えは「男女差別」であり、「武」を連想させ、それは「戦争」に繋がるーーというような短絡した思い込みが力を得ています。しかしそうした考えこそが、卑劣で、衆をたのんで弱者をいじめる子供たちを増殖させているのです。こうして増殖した児童生徒をどのように扱ってよいのか分からないというのが、今の教育現場です。
この傾向は当分なおらないでしょう。運動会の騎馬戦までが禁じられる社会、卑しいことを卑しいと悟ることすらもできない社会では、先生のいうことを馬鹿にし、度を越えた暴力をふるう子供たちがふえるのも当然です。

さて、ではどうすればよいのか? 答えはすべて今までの文章に入っているはずです。それをもう少し分かりやすいものにする努力を、今後メディアを通して、あるいは先生方との語らいを通じて続けていきたいと思います。

(はじめにも書きましたが、やむを得ぬ事情のゆえとはいいながら、この記事の完成に2週間も要してしまったことを心からお詫び申し上げます。5月4日夜)

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COMMENTS

1 : tiakujo : May 6, 2006 04:02 PM

[それをもう少し分かりやすいものにする努力を、今後メディアを通して、あるいは先生方との語らいを通じて続けていきたいと思います。]

どうか、よろしくお願いします。
かわいい孫が、もしもいじめにあってるなんて言おうものなら、私はどうしていいかわかりません。


2 : 湖の騎士 : May 6, 2006 05:06 PM

tiakujo様 かわいいお孫さんのためにも卑劣ないじめが姿を消す学校が出現するように、私なりの努力をするつもりです。すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした。コメントをありがとうございます。次の記事は「テレビに氾濫するオレ(俺)」でゆくつもりです。

3 : 悠々 : May 6, 2006 11:01 PM

日露戦争の大勝、第一次世界大戦での漁夫の利、日本は神の国だと自惚れて、向かうところ敵なしの気概で第二次世界大戦に突入した仕舞った日本が、物量の差、劣悪な外交手腕に因って、列強に叩きのめされたのは当然の結果でしたが、平安の昔から培われてきた日本人の精神的バックボーンまでが否定され、敗戦日本は物資の困窮・逼迫に加えて、気概までが打ち砕かれてしましました。
政府の高官も下町の職人もみな揃って腑抜け状態になり、今までの価値観は、失われたのです。
価値観の180度ひっくり返った日本は何をよりどころに、敗戦の泥沼から立ち上がったかというと、経済の復興、つまり拝金主義が至上のものとして君臨し始めたのです。
現在の日本の残状の諸悪の根元はこの拝金主義にあると思います。
ライブドアの問題や村上ファンド、そして子供の世界のイジメもその根底にあるのは、拝金主義だと思うのです。
金に縁のない貧乏絵描きの僻みでしょうか?

4 : 湖の騎士 : May 6, 2006 11:42 PM

悠々様 コメントをありがとうございます。私はいじめの根底にあるのが拝金主義だとまでは言い切れないところがあります。拝金主義は「品性の下落」と関係があり、品性の下落はいじめを生むという点ではご指摘のとおりです。かつてフランスの詩人で、駐日大使を務めたポール・クローデルは「日本人は経済的には非常に貧しい。しかし精神はかぎりなく高貴である」と言っています。彼がこう言ってから半世紀後に、「日本人は経済的には非常に豊かである。だが精神はかぎりなく貧しい」という状態になり、以後30年余もその状態が続いています。これには米軍による巧みな思想改造によって、かつての美徳がことごとく「悪」とされた影響が大きいと思います。アメリカは日本のストイシズムや公のために尽くす精神を「危険」と見做し、これらをことごとく葬り去ろうとしました。それに加えて、ソ連・中国の謀略機関の工作がありました。とくに教育界への影響は大でした。その実態はいまだに明らかにされないまま、依然として影響力を保っています。日本の教育をガタガタにしようとするこうした大国の国家ぐるみの宣伝・謀略工作の影響が大きく、いじめの遠因もその辺にあると見ていいと思います。

5 : ゆっきー : May 8, 2006 07:17 PM

お久しぶりです。だいぶここのブログを見ずに過ごしてしまいました。。イジメは、かつて私も受けたことがありますが、その頃(10年も経っていませんが)と今のイジメは質が違うように思います。先生が述べたように、Bに当てはまるイジメが行き交ってると思います。どうすればイジメはなくなるのでしょうか。これもまた永遠の課題のような気がします。。

6 : 湖の騎士 : May 8, 2006 10:37 PM

ゆっきー様 お元気そうでなによりです。結論からいうと私は「今のままではいじめはなくならない」と思います。教育現場にいる先生たちの価値観が変わらないからです。ひところ「私立校にはいじめがない」といわれました。これは学校の名声を維持するために、先生方が「まともな努力」をしているからです。公立の場合には、世界のどこにでもある「常識」が働かない恐れがあります。私は市立小学校、県立中学校(旧制)、私立高校、国立大学という具合に日本のすべての学校システムを経験しました。それぞれの長所も短所も普通の人よりは分かっているつもりです。この経験をなんとか生かして、日本の教育を少しでもよくするための世論喚起をしたいのですが、目下の最大の関心は「外交」です。ここがどうしようもなく弱いのが今の日本です。

7 : カスミ草 : May 10, 2006 08:36 PM

イジメの問題、広いし、深いし、無くならないでしょうね。
学校だけでなく、社会でも職場でもありますね。
どうして人間はこんな性を持って生まれたのでしょうか?
特に日本人は皆平等という観念が少ないと思います。
また思いやりの心もどこかに失せてしまいました。
我がが良ければ良いという人が多いのでは?
神、仏、キリスト様など、手当たり次第に拝むのに、そんな人が他人や、動物には冷たいなんて信じられません。
そんな土壌もイジメを生み出すように思いますが難しすぎて解りません。

8 : 湖の騎士 : May 10, 2006 11:33 PM

カスミ草様 いじめの根は深く原因は複雑です。簡単にはなくならないと思いますが、マスコミが「いじめは卑怯であり恥ずかしいことだ」という価値観をもう少し伝えれば(とくにテレビが)、状況は相当によくなるはずです。それから日本よりも数等陰湿ないじめを行っている国も多いです。これもうっかり報道すると「抗議の嵐」となるので、自由に報道できないのでしょうが、広い視野で近隣の国々を見てみると、日本はまだまだ穏やかなものだという気もします。

9 : pianon : May 11, 2006 01:35 AM

はじめまして、先ず最初にお詫びを・・
誤ってトラックバックをしてしまいましたので、
削除をお願い申し上げます。

人と人は本来は寄り添っていかねばならないものなのに
意見の対立や考え方の相違などが違うと、
ついつい相手を批判をしてしまうのが世の常に
なってきているように思います。
今の子供たちを見ていると、平気で人を傷つける言葉を
口にします。言葉の暴力=いじめです。
子供を接する時間が多い私はこういう場面によく遭遇します。
それは「悪い言葉だよ~」と注意をしても
「だって、TVで見たもの言ってたもの」~そうなのですね、
そういう番組に、洗脳されていく子供たちが可愛そうです。
私と接してくれる子供たちだけでも、
きらきらとした目をいつまでも保っていける様、
導いていきたいと思います。

10 : 湖の騎士 : May 12, 2006 11:04 AM

pianon様 トラックバックから貴ブログを拝見しました。貴重なご体験が盛り込まれていました。私は「人と人の立場が違うと平気で相手を傷つける言葉を口にする」という見方をするよりも、それは「教養の欠如だ」と見る方が当たっているように感じます。子供がTVの悪しき影響を受けるのは、元TV局員として非常に責任を感じます。後輩たちにもっと繊細になってほしいと願っています。しかしいい大人が、考えが違うからといって相手を傷つけるというのは、はしたないことであり、教養の不足だと思います。紳士織女というのは、そういう場合、おなかの中では「こん畜生!」と思っても、にこやかにほほ笑みながら、まったく違う言葉を口にできる人々です。そういう人になる教育を今の日本はしていません。これもまたTV局を卒業して大学で教えてきた一人として責任を感じていることですが、日本全体を覆っているのは「教養不足症候群」だと思います。近く出版する本ではユーモアをこめてそういうことを書いています。期待してください。

11 : tiakujo : May 16, 2006 02:35 PM

「教養不足症候群」だと思います。近く出版する本ではユーモアをこめてそういうことを書いています。期待してください。

出版されたら、私にも一番に教えてくださいね。

12 : 湖の騎士 : May 17, 2006 10:07 AM

tiakujo様 ありがとうございます。いまこの本に集中しています。出版の日が決まったら真っ先にお知らせします。どうかご期待ください。

13 : 直 : May 27, 2006 10:09 PM

また遅くにコメントします。読ませて頂いてからずっと頭の中に引っかかっていて・・・いじめ問題はむずかしいですね。大人の社会でも数をたのんで罪悪感もなく、ただ長いものに巻かれていて惰性で何気ない言葉を放って、一人の人をいじめるということはよく耳にします。でも、ずるい生き方ですよね。なんで相手のことを思いやれないのだろうと思うし、連まないといられないなんて、なんて狭いつまらない生き方しているのだと思いますよね。大人になれないのですね日本人って(私自身も多分に自覚しています)
でもこれからの子供たちは視野を広く持って個人として人と接っして生きてほしいです。

14 : 湖の騎士 : May 31, 2006 01:37 PM

直様 いじめはおそらく日本特有のものではないと思います。詳しくは知りませんが他のアジアの国々でも行われていると思います。しかし「多数が特定の個人をいじめる」という構図が気に入らないですね。そんなことは「卑怯」であり「卑しいこと」だという思想がないのが嫌です。そこでどうしても「誇り高き者は」という美意識が必要になってきます。どうも「誇り」のない人が多いです。緊急に「誇り高い人々」を創りだす必要があります。しかしこれはむずかしいです。