View of the World - Masuhiko Hirobuchi

June 25, 2006

悲しみをこめて蹴るボール -

メキシコ、エクアドル、ブラジル、アルゼンチンーーベスト16に中南米から4か国が残りました。なぜ中南米ではサッカーが強いのか? それは400年以上も「征服者(エル・コンキスタドール)」である白人にずっと痛めつけられてきた原住民たちの深い悲しみと関係があるのではないか、というのが私の推測です。日本人のほとんどは、中南米にかつて栄えたアステカ、マヤ、インカの三文明が、いずれもスペインの征服者たちに攻め滅ぼされたことを実感として受け止めていません。しかし中南米の支配階級は常にスペイン・ポルトガルの征服者たちの子孫であり、「インディオ」と呼ばれる原住民の子孫たちは社会の底辺でうめき苦しんできました。ほとんど人間扱いされなかったといっても過言ではないでしょう。そうした底辺にいる人々は、ビジネスや政治や官僚の世界で社会の上層部へ登ってゆくのはまず不可能でした。白人と原住民の間には、混血である「メスティーソ」と呼ばれる階層がありますが、皮膚の色が白に近ければ近いほど上の階層に属するとされました。そうした底辺の人々の悲しみをサイモンとガーファンクルは大ヒットソング「コンドルは飛んでゆく」の中で歌っています。「(惨めに地を這う)カタツムリよりは(自由に空を飛ぶ)スズメになりたい。(いつも頭を叩かれる釘よりは金づちになりたい」と。しかし現実には「人間は大地に縛りつけられて、世界で最も悲しい音(saddest sound)を発している」のです。
こうした人々の境遇は少しは改善されてきていますが、人種間・民族間の差別・対立といったものは厳然として横たわっています。
そのような中で、サッカーができれば、富と栄光と名声は得られる。カタツムリがスズメにもコンドルにもなれるのがこのスポーツです。ハングリーな者が豊かになれるといったそんな次元のものではなく、ちゃんとした「人間」になれるのです。選手たちは「悲しみと怒りをこめてボールを蹴っている」。だから強いのだーーというのが私の見方です。精神的にも彼らは強いです。彼らのプレーには人を感動させるメッセージ性があります。こうした社会的差別構造がない日本では、当分の間強い選手は育たないでしょう。口に出せないほどの重圧や差別がないだけ、日本の選手たちは恵まれているともいえます。しかし選手たちがそういう環境の中にいるのだと割り切り、あまり期待しない訓練もマスコミや観客の方に必要な時期に来ていると思います。ではヨーロッパはなぜ強いのか? これもまた考えてみたいテーマです。

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COMMENTS

1 : tiakujo : June 26, 2006 10:32 AM

『・・ちゃんとした「人間」になれる・・』

私レベルの感想で、、、笑われてもいいから、、、

日本人は、恵まれてることになるのですか?
先生は、近いうち、「日本人は、品性ある良い民族」を訴える著書を書いてくださる予定なのですよね。
すごく楽しみです。

2 : 湖の騎士 : June 26, 2006 10:49 AM

tiakujo様 日本にいると日本の欠点ばかり目立ちますが、世界全体を見渡すと日本は非常に恵まれている、よい国だと思います。しかしそのことが逆に日本の安全を危うくしています。みんなノホホンとしすぎています。このままいくと、スペイン人たちに征服されたインカ帝国のようになってしまう危険があります。そこに早く気が付いてほしいです。

3 : kazu4502 : June 26, 2006 02:34 PM

tiakujoよりご紹介を受けました。
先般コメントくださり、誠にありがとうございました
今回は奈良の放火事件を少し書いて見ました、お時間があればお尋ね下されば幸いです。
今後ともご指導くださいます様よろしくお願いいたします。

4 : kazu4502 : June 26, 2006 02:35 PM

tiakujoよりご紹介を受けました。
先般コメントくださり、誠にありがとうございました
今回は奈良の放火事件を少し書いて見ました、お時間があればお尋ね下されば幸いです。
今後ともご指導くださいます様よろしくお願いいたします。

5 : 湖の騎士 : June 26, 2006 04:55 PM

KAZU様 コメントありがとうございます。健筆をお祈りしています。

6 : amia : June 26, 2006 09:37 PM

この記事を読むと、なぜか切なくなってしまいますね、祖先の血がそうさせるのかな?それは悲しみの歴史であってサッカーを強く強くさせる底の底に、そういった人々の命のようなものがあってそれが今の強いサッカーを支えているとしたら日本はいつになっても勝てないかもしれないね。
 

7 : 悠々 : June 26, 2006 09:55 PM

征服者と被支配者、素晴らしい着眼ですね。当然知っていることなのに思い至りませんでした。
日本でも封建時代に、士農工商の階級を造り更にその下に「穢多(エタ)非人」階級まで作って支配者の都合の良いような制度にしていました。百姓の子は幾ら学問が出来ても一生百姓だったし、武士の子は出来が悪くても支配階級に属していた訳です。
インドのカースト制度はもっと熾烈な差別社会です。
今の日本には表だった階級差別はありません。あるのは金持ちと貧乏人の区分だけです。
可能性は少なくても貧乏人が這い上がって金持ちの仲間入りすることは不可能でもないし禁止もされていませんからね。
そうゆう意味では、日本はぬるま湯社会だと言えます。
みんなノホホンと暮らしていられる国ですよね。
ぬるま湯で風邪を引いたりしないようキリリと気を引き締める必要があるのでしょうね?

8 : 湖の騎士 : June 26, 2006 11:13 PM

amia様 私のインカへの思いはもうずいぶん長くつづいています。朝の国際ニュースのキャスターをしていたころ、「なぜ『コンドルは飛んでゆく(エル・コンドル・パサ)』はあんなにも者悲しい調べなのだろう?」と思いいたり、ペルー大使館へ取材に行ってこの歌にまつわる悲劇を聞いて以来です。フジモリ大統領は底辺の人々の希望を担って登場したのですが、ペルーは再び白人の天下となりました。ブラジルの選手たちの皮膚の色を見ると、その背後にある何百年もの血の重さを感じます。だれか一人くらいはこういう視点からサッカーを捉えてもいいのではないかと思います。日本の選手が弱いのはある意味で幸せなことなのでしょう。この記事の本質を理解してくださって本当にありがとうございます。

9 : 湖の騎士 : June 26, 2006 11:25 PM

悠々様 私の着眼をお褒めくださり、さらにこの記事からインドのカースト、日本の封建時代の身分制度へと話を広げていただきありがとうございます。一つのことから話題が広がってゆくのは楽しいですね。日本は本当に階級制度のない社会です。志さえあれば、奨学金を得て希望の大学に入り、希望する職種につくことができます。こんな国は世界でも珍しいといえましょう。amia さん宛てのお礼のコメントにあるように、私はかつて朝のニュースで「エル・コンドル・パサ」の悲しみと虐げられた人々の希望について解説しました。中南米の人々についての思い入れはつよいです。

10 : mix : June 27, 2006 08:21 AM

私たちがボランティアでしている日本語教室の生徒さんはほとんどアジアか南米の方たちです。本当に彼らはハングリー精神があります。彼らと話していると平和ボケしている日本はいつどんでん返しをされても不思議ではないと思ってしまいます。
ですから、私は日本がドイツにいっただけで「よくがんばった、というか、運が良かったのね」なんて、思っていたへそ曲がりです。
中国帰りの夫が朝のニュースを見ていて、中国はドイツに行っていないのにどこに行ってもサッカーのテレビ中継がされていて、中国人の熱狂振りはすごかったと言ってました。
そして、次のワールドカップは中国が上位だねですって。ハングリーだし、人口は多いし間違えないと。

11 : 湖の騎士 : June 27, 2006 10:48 AM

mix様 ボランティアで日本語教室を担当しておられてアジアや南米の人たちとじかに接しておられる体験からの実感は本当に説得力があります。日本の平和ボケもあと100年でも続けられるのならそれでもいいでしょうが、そうはいかないと思います。よほど内外の動きや外国の「意思」に目を光らせておく必要があります。中国でのサッカー熱がどうなっているのか、これが今回最も知りたかったことです。非常に貴重な情報をありがとうございました。彼らが本気でサッカーに乗り出してくれば、恐るべきパワーになるでしょう。先生にどうかよろしくお伝えください。

12 : VIVA : June 27, 2006 04:32 PM

先生、記事にさせていただきました。駄文にご不満でしょうが、お許し下さい。ぜひともみなさんに、お知らせしたいと思いまして、やってみました。万一、誤謬などがございましたら、メールでも結構ですのでお知らせ下さい。すぐにブログ上でお詫びの上、訂正いたします。よろしくお願い申し上げます。

13 : Lucy : June 27, 2006 05:31 PM

先生、ご無沙汰してしまって申し訳ありません。
久々に先生の文章を拝見させて頂いて、先生と直にお会いできたような感覚がして嬉しく思っています。

さて今回のお話のことですが、世界的祭典であるのに、歴史的背景を考えずに試合を見る人が多いのだろうなと思いました。私もサッカー好きなもので、試合の勝敗にばかり目がいってしまったように思います。
しかし、征服されていた国、虐げられてきた人がいるということを忘れてはいけないのですよね。そして、そうして成り立ってきた国があるということを。
それにしても、日本には中南米の歴史から来るハングリー精神を技術で超えられる日が来るのでしょうか。

14 : 湖の騎士 : June 27, 2006 06:46 PM

VIVA様 このたびはご好意あふれるご紹介を賜わりまことに光栄です。心から厚く御礼申し上げます。今までのいきさつをご存知ない方が多いと思いますが、VIVAさんはご自分のブログ上で、『’05 ベスト・エッセイ集 片手の音』(文藝春秋)をご紹介になり、その中に収められた拙文「禁酒の国の赤ワイン」に焦点を合わせてくださいました。過分なお言葉で少し面はゆいのですが、ぜひVIVAさんのブログをお訪ねください。お礼がいつのまにか他の方々へのご紹介になりました。VIVAさん、皆さんお許しください。

15 : 湖の騎士 : June 27, 2006 06:55 PM

Lucy様 本当におひさしぶりです。ようこそ当ブログへ! サッカーボールの向うにマヤやインカの末裔たちの悲しみを見る私は、おそらく日本ではものすごく少数派でしょうね。しかし誇り高き少数派のつもりです。最近「コンドルと車輪の物語」というエッセイを書き上げたばかりなので、とくにこの思いがつよかったのでしょう。マスコミもそろそろ無意味な熱狂から冷める時期です。

16 : ひばり吹雪 : June 27, 2006 10:28 PM

まあ,あたしにゃ,解読不可能的感じのような記事です。ただ,日本人は恵まれすぎていてそれに比べてあちらの方々は悲しみに焼けくれている。そんな中,サッカーが少しでも生活の光になるのではないかと思いました。W杯の応援で死亡したり殺されたりする選手や観客がいるそうな。応援もマナー良く,プレーもマナー良く選手の皆々様には頑張っていただきたいと思います。どこが,優勝するかも楽しみですね。
こちらにも,また,お越しください。

17 : 直 : June 28, 2006 01:37 AM

 こんばんは。中南米のチームの強さは技術的なことだけではなく、何百年もの間じっと耐え続けていた人々の底力だったのですね。
 セルビア・モンテネグロは今度の大会の後また国が分割されると聞き、日本はつくづく平和だなと感じました。たかがワールドカップ、されど・・・。また、勉強になりました。
 でも、たかがサッカーです、マスコミはもっと冷静に地に足をつけた情報を流してほしいと思う。わぁーっと世の中が騒いでいる間に、何かもっと大事なことを見落しているのではないかと思います。
 

18 : 湖の騎士 : June 28, 2006 10:48 AM

直様 私の見方はあくまで「一つの見方」ですが、8割方は当たっていると思います。この見解に共感していただきありがとうございます。今朝のNHKテレビのニュースでも女子アナがブラジルとフランスの成果に興奮していましたが、こんなことくらいで喜怒哀楽を表していたのでは、おツムの程度が知れてしまいます。もっと冷静に事実だけ伝えていればいいのです。

19 : 湖の騎士 : June 28, 2006 11:04 AM

ひばり吹雪様 この文章が解読不能ですか? 私の文章は小学生にも理解できるらしく、私の本の一節が東京の開成中学の入試問題(国語)にも出題されています。それから記事が面白ければ、人は「自然に」ブログを訪れるものです。あまり「招待」しすぎないほうがいいと思いますよ。

20 : Kim : June 28, 2006 11:46 AM

VIVAさんのところからまいりました。不勉強で先生のことを存じ上げなかったのですが、こちらのブログを見て、こちらで勉強したくなりました。vivaさんのブログもわかりやすく本の解説をしてますが、こちらも、学生に向けて書かれているものは特に読みやすくて、感心しました。紹介されていたエッセー集も見てみたいですが、まずはこちらのものを読破するだけでかなりの時間がかかりそうです。またまいります。

21 : 湖の騎士 : June 28, 2006 12:10 PM

Kim様 ありがとうございます。私の書いているものを分かりやすいと感じてくださり心強いかぎりです。学生諸君にはきわめて短い文章を書いて発信してきました。写真を使わず文章内容だけでアピールしようと思っています。どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。

22 : genio : June 28, 2006 12:10 PM

こんにちは。VIVAさんのブログから来ました。
サッカー好きの私としては技術的なことはもちろん、その背後にある社会や歴史、文化にも興味があります。
コラムを読んで、南米の選手たちがサッカーをアイデンティティにするのも分かるような気がしました。勉強になりました。
また、遊びにきます。

23 : 湖の騎士 : June 28, 2006 02:35 PM

genio様 ようこそ。ここでお茶の一杯も差し上げたいところですが、PC画面ではそうもいきません。このコラムが物事を見るのになんらかのご参考になったようで、たいへん嬉しく思っています。今後もマスコミがあまり伝えない重要な事実や物の見方を紹介していきたいと思っていますので、どうかよろしくお願いします。

24 : HANA : June 28, 2006 08:48 PM

ブラジルのロナウジーニョは「サッカーは美しくなければいけない」と言っているそうです。

たしかに彼のドリブルは美しいけれどおそらく彼の言う「美しさ」はそういったことではなく、「人間としての誇り」だろうと思います。

先生の「選手たちは『悲しみと怒りをこめてボールを蹴っている』。」という言葉と通じるものがあるのではないでしょうか。

「コンドルと車輪の物語」は本になっているのでしょうか?

25 : 湖の騎士 : June 28, 2006 09:39 PM

HANA様 「サッカーは美しくなければいけない」というのは、本当にいい言葉ですね。表面的・技術的に美しいといったことでなく、「人間としての誇り」というご意見に賛成です。日本のコメンテーターもアナウンサーも、もう少し本質的なことを語ってほしいです。さて「コンドルと車輪の物語」は、雑誌に書いたもので、単行本にはまだなっていません。7月末に発行される雑誌です。出版社の了解が得られれば、PC宛てにお送りします(8月初めに)。

26 : ひばり吹雪 : June 30, 2006 10:10 PM

私みたいに難しくとらえる人もいるんです。