View of the World - Masuhiko Hirobuchi

July 11, 2006

ジダンへの侮辱 -

サッカーW杯決勝で、MVPに選ばれたフランスのジダン選手が、イタリア人選手に頭突きを喰らわせて退場処分になりました。フランスの敗北はこの処分と関係があるかも知れません。ジダンがなぜあのような突発的行動に出たのかが分からぬままに、この行為を批判している日本の新聞もありますが、彼の代理人の話などから分かってきたところでは、「アルジェリアからの移民二世」への差別用語を浴びせられたことへの反撃であったらしい。私が恐れていたことが実現したという思いです。
このブログで私は「悲しみをこめて蹴るボール」という記事を書きました。中南米のチームが強いのは、社会の中で常に虐げられてきたインディオと呼ばれる先住民たちの悲しみと怒りがこめられているからではないかーーと書きました。そのとき、頭の中には同時にアルジェリア系の選手たちの「人種差別への抗議」がフランスを強くしている原動力だという思いがありました。サッカーは単に勝ち負けで見ているわけにはいかない複雑な思いのこもったスポーツです。
イタリア人選手が、どのような侮辱的言葉を浴びせたのかはわかりません。イタリア語だったのか、フランス語だったのか、それともアラビア語だったのかも分かりません。しかし、こういう下品で相手を傷つける言葉が国境を越えるスピードというのは、驚くほど速いものです。たとえこの言葉が明確になったとしても、放送や新聞では使えないほどのひどいものだった可能性は大です。
それはともかく、フランスにはなぜアルジェリア系の住民が多いのか。かつてアルジェリア、チュニジア、コートジボアールなど、数々のアフリカ植民地をもっていたフランスの「過去」と「今」を、この機会に少しは考えてみたいものです。

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COMMENTS

1 : 飴屋 : July 11, 2006 12:25 PM

初めまして。飴屋と申します。
ジダンに関してのお話、大変興味深く読みました。なるほど、と思えるところがあります。日本人は悲しいかな、歴史的に見てあまり人種問題とは疎遠な関係に有り、このような話を聞いてもなかなかピンと来ないのではないでしょうか?人種問題の歴史が無ければイタリアの選手が言った言葉も(実際に何を言ったのかは分りませんが)そうなんだ、みたいな状態で流してしまうのではないでしょうか。日本では人種問題というより部落への差別の方が大きな問題であり未だに解決されないという悲しい歴史を持っています。他国の人種問題に目を向ける時に日本の悲しい歴史も忘れてはならないと、思いを馳せるべきだと思うのですが…

2 : 湖の騎士 : July 11, 2006 02:45 PM

飴屋様 ようこそお出でくださいました。この記事に興味を持ってくださり、ありがとうございます。ご指摘のとおり、日本人は人種差別について今ひとつぴんと来ていないところがあります。だからといって鈍感であってよいというものではありません。部落問題というのはたしかに大きな問題ですが、「外見で明らかにそれと分かる」ものではありません。しかしフランスにおけるアラブ系は、一見してそれと分かってしまうのですから厄介です。他国が抱えている悩みにももう少し敏感になりたいものです。

3 : tiakujo : July 11, 2006 04:09 PM

>私が恐れていたことが実現したという思いです。

オフ会の時に、monkeyさんが言ってましたね。「廣淵先生は、先が読める」と。 
あれは、後の大統領の予見が的中したのでしたよね。

4 : 湖の騎士 : July 11, 2006 08:46 PM

tiakujo様 今回のような「人種的・民族的偏見に基づく侮蔑語発言などがなければいいな」と思っていただけで、「先が読める」といえるような話ではありません。私はこうした罵り合いが場外でも起きなければいいがーー」と心配していました。ところで monkeyさんの言っていたことを補足修正すると、私は1978年の時点で「時期アメリカ大統領に最も近い人」としてロナルド・レーガン氏を紹介したーーということで、これも「先が読める」というほどのものではなく、有力候補を消去法で消していったらこういう予測になったというだけのことです。

5 : HANA : July 11, 2006 09:13 PM

第二次世界大戦後の労働力として旧植民地から多くの移民を受け入れたものの彼らは「フランス人」と認められなかったといいます。

移民2世のジダンにもそんな現実がのしかかっていたことでしょう。

W杯の代表選手の中には自国以外のクラブで活躍する選手が多くいます。ですから大会では普段一緒に練習をしている仲間と戦うこともまれではありません。

ジダンとマテラッツィもクラブこそ違いますが、一時期イタリアのセリエAで一緒に戦っているはずです。

そういう環境にある選手たちがお互いの国の事情などを超えて分かりあう部分はきっとあるはずと思うのは平和日本に住む私の甘さでしょうか。

私もジダンの今回の件について記事を書きましたのでTBさせていただきます。

6 : 湖の騎士 : July 11, 2006 11:33 PM

HANA様 コメントとTBをありがとうございました。じっくりと拝見しました。ゲームの勝ち負けだけに熱狂していた日本のファンも、サッカーには人種差別・民族差別・階級差別といった複雑な要素が絡み合っているのだなということを、少しは考えるようになってくれれば、ジダンがしたことは結果的には大きな貢献だったということになる気がします。原則論として「スポーツマンはああいうことをしてはいけない」という方々の正しさは分かりますが、私の目にはサッカーに秘められた「世界の悲しみの縮図」のようなものが浮かんできます。

7 : 悠々 : July 12, 2006 08:55 AM

ジダンのあの行為は、大方の日本人にとっては、やってはならい範疇の行為だと思います。
日本では所属する社会あるいは団体の中の個人という、全体主義的な思考をするのが良しとされているからです。
ヨーロッパでは個人の立場が先ず有って、個人個人が集まって社会あるいは団体が構成されるという考え方だと思います。
マテラッツィがジダンに対して、「移民の売春婦の息子・・」などという侮蔑発言をすれば、ジダンとしては自分と家族の名誉を守る事の方が、フランスサッカーチームの勝利という事より優先すると考えるのが当然です。
フランスの交差点で歩行者が信号無視をしても、交通整理している警官は知らん顔です。
事故に遭うかどうかは個人の責任の問題だからです。
勿論車が信号無視をするのは他の人や車に影響するから、無視はしませんが、、、。
みんなで渡れば怖くない、式の発想でサッカーをやっていてはいつまで経っても日本の優勝は夢のまた夢でしょうね。

8 : ひろ : July 12, 2006 11:17 AM

はじめまして。HANAさんのブログから こちらを知りました。

私の息子は、ワールドカップの決勝の日の12時間前に
サッカーの初試合を経験しました。小1です。
その試合の前にコーチが、差別や苛め発言、行動は絶対に許さないとおっしゃいました。その意味が今ならわかります。

次回は、南アフリカ開催ですが、エスコートキッズか何かでかかわる事ができればと思っています。ジダンがした目に見える事を批判するのは、簡単です。親が子に伝える事は、見えない事に想いを馳せる事、感じ取る心だと思います。

9 : 湖の騎士 : July 12, 2006 11:27 AM

悠々様 ジダンの行為を「集団と個」という観点から捉えられたというのは、また一つの知的発見をいただいた思いです。まず「交差点」ですが、NYなどでも「車が来ない」と分かれば自分の判断で赤信号でも渡るのは常識となっています。もう半世紀以上も前のことだと思いますが、先方から車が一台も来ないのに律儀に青信号になるのを待っているドイツ人をからかう話が英米で人気(?)を呼んでいました。日本人もこういう融通のきかないところがあります。話を本題に戻して、マテラッティの侮辱的言葉への批判がこれから徐々に出てくると思っています。「それを言ってはおしまい」のことを言った彼はアンフェアであり無教養です。

10 : 湖の騎士 : July 12, 2006 12:07 PM

ひろ様 坊ちゃんの先生はなかなか立派ですね。そういう指導者がふえてほしいとつくづく思います。それから早くも4年後に思いを馳せておられるのも楽しいことです。感動したのは、「親が子に伝えることは見えない事に思いを馳せる事、感じ取る心」というお考えです。すばらしいお考えです。