View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 09, 2006

ディマジオはどこへ行った? -

ダスティン・ホフマン主演の映画『卒業』は封切られてからたしか36年経っていますが、今でも若い人々がけっこうビデオで観ています。この中で繰り返し歌われる歌がいくつかあります。「サウンド・オブ・サイレンス」「スカーボロー・フェア」などですが、中でも「ミセス・ロビンソン」の印象はひときわ鮮やかです。この歌には「神と野球と不倫」が歌われていると私は長年思ってきましたが、今日は野球について語りたいと思います。この歌の3番目に「ジョー・ディマジオよ、君はどこへ行ってしまったのだ? 一つの国民が君に寂しげな目を向けている」という個所があります。Where have you gone, Joe DiMaggio ? A nation turns its lonely eyes to you.

この歌は1968年にデビューした黄金のデュオ、サイモンとガーファンクルが歌って大ヒットしたものですが、数ある野球選手の中でなぜジョー・ディマジオが歌われているのか? それは彼が最も人々の郷愁をそそる選手だったからです。ニューヨーク・ヤンキースの第二次黄金時代の花形選手で、56試合連続安打するなど、数々の栄光に彩られた彼は、「優雅さ」と「威厳」の持ち主でした。外野フライを捕る際の彼のグラブさばきがいかに優美な曲線を描いたかを、ピューリーツァー賞を受けた作家D.ハルバースタムはいとおしむように書いています。
貧しいイタリア移民の子に生まれた彼は、父親から社会の尊敬を得るような人間になるようにと厳しくしつけられました。移動旅行の列車の中でも常にネクタイを締めていました。栄光に輝き人々に愛された彼は、マリリン・モンローと結婚し、ハネムーンで日本にやってきました。やがて離婚し、引退後は華やかなパーティーに出ることなどもなく、ひっそりと暮らしていました。
人々は自分たちの目の前から消えて噂も聞かなくなった英雄への愛惜(哀惜)の思いを抱いていました。そうした民衆の心をポール・サイモンは「ジョー・ディマジオよ、君はどこへ行ってしまったのだ? みんなが君に寂しげな目を向けているよ」という詞にしたのです。彼は誰にとっても「特別な人」でした。
1999年、ディマジオは亡くなりました。しばらくして彼を送る会がヤンキースタジアムで行われました。その時球場には「ミセス・ロビンソン」の歌が流れました。なぜこの歌が演奏されたのか? 日本のメディア関係者で気付いた人はあまりいなかったようです。このヒットソングには、イタリア系なるがゆえに彼が味わった差別も、野球がかなえてくれたアメリカン・ドリームも、その他いろいろなことが語られているのです。
マンガの世界ですが、「こんな暑い日に野球なんかしてられないわ!」と外野から怒鳴るルーシーに向かって、ピッチャー兼監督のチャーリー・ブラウンはただちに言い返します。「ジョー・ディマジオはどんな暑い日にプレーしてもけっして文句は言わなかったよ!」と。ナイター設備がない時代、どんな炎天下で試合をしても偉大なるジョーはけっして文句は言わなかった。少年にとって彼がいかに偉大な存在だったかを物語る作品だったことを思い出します。

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COMMENTS

1 : yoyo : August 9, 2006 11:55 PM

ウン十年前 newyork近郊にいた頃 朝早くパッカー車で ごみ収集に来ていたのは イタリア系の方が多かったように思います。南アメリカからの移民、南部の黒人(差別用語?) ネイテェブアメリカン、職種が微妙に違っていたような・・?
ヨーロッパ系でも、アジアン系でも違いがありますね。もう忘れましたが・・  そんな中で "希望の星" は 大切な 心に残るヒーローなのでしょうね。今でもあると思いますが・・

2 : 湖の騎士 : August 10, 2006 11:17 AM

yoyo様 今日はまた暑いですね。甲子園児たちの活躍を見ていて炎天下の昔の大リーグを思い、こういう記事を書きました。人種差別の実態をご覧になったyoyoさんは、イタリア他の移民の苦労を実感されたことと思います。しかしアメリカでは「努力すれば報われる」という夢があり、それが社会の活力の素になっています。ディマジオはアメリカン・ドリームの輝ける見本でした。

3 : tiakujo : August 10, 2006 11:53 AM

私でも知ってる曲だけど、意味は当然わかりもしないし、知ろうともしなかったのに、この記事で知りえたことは、とてもうれしいです。
人種差別のことは分からずにいても、プロは苦しいものだと思うことがありました。お金をいただくからには、と思うことがありました。私だって、できなければ、静かに退いていくしかないかもしれませんね。

4 : 湖の騎士 : August 10, 2006 08:22 PM

tiakujo様 こういう歌からからいろいろ考えるというのも人によっては「疲れる」とお感じかも知れませんが、私は「面白いな」と思うタイプです。この記事をエンジョイしていただけたようで嬉しいです。プロとしての厳しさに直面されたお話は前にブログ上で拝見しました。tiakujoさんが静かに退いていかれるにはまだまだたっぷり時間がありますよ。

5 : 悠々 : August 11, 2006 10:49 PM

アメリカンドリームの申し子のようなジョー・デマジオとマリリン・モンローのカップルですが、二人の結婚はハッピーエンドにはなりませんでした。
デマジオはモンローが未だ駆け出しの頃からアタックしてやっと手に入れた手中の花だったのに、マリリンの奔放な行動がデマジオの謙虚な性格と馴染めずに破局を迎えたのですが、デマジオはマリリンの葬式から死後の墓守まで引き受けたのは、彼の愛が本物だったからだと思います。
5万ドルと引き替えにモンローとの秘話を求められたデマジオが「世の中には金に換えられないものがある。それは愛の思い出だ。」といったそうです。
デマジオは最後まで格好いいアメリカンドリームの具現者でした。

6 : mix : August 11, 2006 11:20 PM

『卒業』は私の学生時代に見た思い出に残る映画の一つです。
そして、その歌も好きだったはずなのにその歌詞を知らなかったなんて、このブログを見て恥ずかしく思いました。
アメリカにはいつの時代もアメリカンドリームがあって、それがアメリカの活力になっているんでしょうね。
私がアメリカから帰るときに、クリーニング屋さんに洗濯物を取りに行ってお別れの挨拶をしたら、どうして帰るのかって言われました。韓国の方でしたが、ここにいて祖国にいるよりもっといい生活をしたほうがいいんじゃないって意味合いだったと思います。
日本に帰っても少なくとも同じような生活ができるからって思っていたのですが、果たしてこのウサギ小屋では・・・!

7 : 湖の騎士 : August 12, 2006 10:54 AM

悠々様 長嶋茂雄も野村克也もみんなディマジオに憧れて大選手になりました。彼のライバルでボストン・レッドソックスの主砲だった左利きのテッド・ウィリアムスは今のところ「最後の4割打者」ですが、王貞治の憧れの人でした。たぶん張本勲にとっても憧れの人だったと思います。戦後のなにもなく貧しい日本で、大リーグの話題には手に入れたばかりの自由と民主主義の香りがありました。悠々さんもそうした話題になじまれたお一人でしょう。ディマジオについての知識の広さがそのことを物語っています。

8 : 湖の騎士 : August 12, 2006 11:07 AM

mix様 『卒業』を学生時代にご覧になったということは、印象も我ら既婚者より相当に強かったことでしょう。あのラストの、花嫁を奪って逃げるシーンはいつまでも新鮮です。さて「ミセス・ロビンソン」の歌詞ですが、圧倒的に多くの人々は「ムード」にしびれていて、「意味」までは考えていません。少しも恥ずかしがられることはないと思います。それにしても韓国系の洗濯屋さんが「どうして日本に帰るのか?」と不思議がった気持ちは分かります。日本人は帰るべき祖国があるだけ幸せです。多数のアメリカ人が「ステイツから帰国する国民もいるのだ」と知れば、「アメリカ・アズ・ナンバーワン」という自惚れも少しは修正されもっと謙虚になるのでしょうがーー。

9 : 元室長 : August 17, 2006 12:59 AM

自分はジョー・ディマジオという方に感じては存じていないのですが、「哀愁」や「威厳」をお持ちだったということから人間的な厚みというのを強く感じます。
そして、こういった方々を気にかける”君に寂しげな目を向けている”といった素直な気持ちや国民性というのも必要なように思います。
今、TVでは日本総理大臣の靖国神社参拝で議論が起こっていますが、こういう時こそ一人ひとりがこういったことに関心を持って、自分の学んだ結論としてで良いから「私は~と思う」というような周りに振り回されない素直な自分の意見を持つことは必要だと思います。

10 : 湖の騎士 : August 17, 2006 10:19 AM

元室長様 ディマジオが戦後の日本人(ま、ほとんど男子)に与えた影響というものを社会学的に考察する論文が出てこないかな? と他人の努力を当てにしています。それほど彼の影響は大きかったものです。図書館に行かれる機会があったら、99年5月号の「文藝春秋」を見てください。竿灯総理の靖国参拝を私は四国で見ていました。一部の人々が期待(?)したほど中韓は反発していないように見えますが、昨日はTVもあまり見ていないので、本当のところは分かりません。いずれにしてもこういうことは「自分の頭で考える(メディアに影響されすぎない)」人々がふえてほしいものです。