View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 24, 2006

秀吉と茶々ーーあんなラブシーンあり? -

NHKの「功名が辻」。20日(日)の放送をご覧になった方も多いと思います。「これは違うよ!」と思ったことをひとつ。秀吉が長いあいだ側室にしようと目をつけていた茶々を権力を背景に強引に口説いたあとのシーンです。彼女を横抱きにして寝所に入ります。このシーンを見て何か違和感を感じられませんでしたか? そうです。これは西洋の習慣で日本にはなかったもの。それも明治大正の時代にはまずなかったであろう習慣です。花嫁をこういうふうに抱いて家に入るというのは、西洋の結婚式ではよくある光景ですが、400年以上も前の秀吉がこういうふうに茶々を扱ったとはとうてい思えません。この番組は本能寺の変でも信長が明智光秀の軍に鉄砲を乱射して批判されましたが、今回のようなシーンで、歴史や習慣・文化を変えるようなことをしているのは困ったことです。このことについて、活発なご意見をうかがえたらと思います。

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COMMENTS

1 : tiakujo : August 27, 2006 10:06 AM

映画「二十四の瞳」が俳優をかえて何作か作られてますよね。(自信ないけど、、、調べてから書くべきですね)
その都度、時代考証的に怪しいことがあるのかもしれません。
でも私は平気で観ています。不思議に感じなくてはいけませんね。

2 : 湖の騎士 : August 27, 2006 10:52 AM

tiakujo様 時代考証的にいちいち疑問を感じる必要はないと思います。「二十四の瞳」は名作ですし、そんなに素っ頓狂な間違いはしていないと思います。しかし先週の秀吉の「茶々横抱き」はものすごく違和感があったというだけのことです。日本文化のあまりにも安易な表現と思いました。今度こういうことに詳しい人に聞いておきます。

3 : 悠々 : August 27, 2006 02:29 PM

時代考証はお芝居でも映画でも、勿論時代小説でも、とても重要な作業だと思います。
しっかりした時代考証をする監督とかプロデューサーが少なくなったのでしょうか?
今現役で活躍している人達はあまり本を読まない世代になって居るから、適当にやっつけているのかも知れませんね?
TVの場合は特に目立ちます。
お手軽に、「らしく」やっていれば、通ってしまう安易な雰囲気があるのかも知れません。
おかしなアクセントの言葉を番組中何回も繰り返すアナウサーが居ますが、ディレクターとかがチェックしていないからでしょうね。
彼等にはオピニオンリーダーとしての誇りも自覚もないのでしょう。それ以前に常識と知性が欠如しているのかも知れません。

4 : 廣淵升彦 : August 27, 2006 05:33 PM

悠々様 TV関係者もかつては誇りと使命感を持って仕事をしていました。しかし今そうしていなければ話になりません。時代劇で一つの進歩は、日本の武士たちの乗馬スタイルです。まず80%が馬の右側から騎乗するようになりました。30年ほど前は左から騎乗する者が半分はあったという感じです。これはかなり新聞や雑誌で批判が出たためです。これはけっして些細なことではありません。きわめて重要なことです。やはり皆さんが「それはおかしい」と声を挙げられることが、歴史を正しく見直すことにも繋がります。韓国人も中国人も「神社に位牌が祀ってある」といった程度の日本認識しかないのが実情です。秀吉が茶々を横抱きにするような歴史理解は正してゆく必要があります。

5 : 元室長 : August 27, 2006 09:31 PM

自分も廣渕先生の意見に賛成です。
「それぐらい些細なことだから気にすべきではない」といったことをおっしゃる方はいらっしゃると思いますが、こういった演出一つにしても歴史認識においては大きな問題だと捉えるべきだと思います。それは、今日の外交で大きな問題となっている日・中・韓の歴史認識の違いを作ることに通ずると感じるからです。
事実、どこかの国では靖国神社について「A級戦犯が祀ってある神社」と報道しており「他の英霊の方々も合祀されている」といった解釈が抜け落ちたものがあり、この前落胆しました。

自分はまだ勉強中でまだ偏った知識しかないのかもしれませんが、だからこそテレビなどでも「本当の姿」というのを映してもらいたく思います。

6 : 廣淵升彦 : August 27, 2006 10:38 PM

元室長様 些細なことをなおざりにする者は大局についても誤ります。いま日本が誤解を受けたり孤立している面があるとすれば「そんなのは些細なこと」として放置しておいたことの積み重ねが大きな原因となっているのです。NYタイムズの東京支局長の反日記事はいまや有名ですが、彼は靖国を常に"war shrine"と書いています。「戦争神社」という意味ですが、もっと真実に近い「霊を慰める神社」といった表現が可能なはずです。
一事が万事です。「秀吉と側室の些細なラブシーン」というふうに捉えず、「もっと厳密に過去を再現せよ」という態度が視聴者側にも必要だと思います。