View of the World - Masuhiko Hirobuchi

September 05, 2006

「コンドルは飛んでゆく」の意味(2) -

コロンブスがアメリカ大陸に到着してから30年あまりがたった1520年代のある日、インカの人々はアンデスの山々の上を悠々と飛ぶ一羽のコンドルを見ていました。すると下の方から5羽の小さな鳥が昇ってきてコンドルに撃いかかりました。コンドルは果敢に応戦しましたが、力尽きて倒れ地面へと落ちてゆきました。コンドルは猛々しく誇り高くインカの人々の象徴ともいえる鳥でした。その聖なる鳥が、たとえ相手が5羽とはいえ、はるかに小さな鳥たちにつつき落とされたのです。「これは何か悪いことが起こる前触れではないか」と怖れた人々は、神官におうかがいを立て、コンドルの死が意味する謎を解いてもらおうとしました。べつの説ではこれは皇帝ワイナカパックが見た夢だったとされています。神官のお告げは次のようなものでした。
「コンドルと同じように、インカもまた死ぬであろう。お前たちは奴隷にされ地を這うような惨めな境遇に落とされるであろう」
皇帝はまたべつの夢を見ました。白い男たちが船に乗ってやってきてインカを滅ぼすというものでした。
皇帝の嫡子と妾腹の子はたがいに争い帝国は分裂の危機にさらされていました。そのことがこの夢に現われたのではないかと思い、国の前途に深い憂いを抱きながら皇帝は死にました。彼の死後、妾腹の子アタワルパは嫡子を殺し帝位に就きましたが、帝国は分裂したままでした。
1532年の11月、白い男たちが太平洋に面した町ツミバンバに突如上陸しました。フランシスコ・ピサロが率いるスペイン人たちでした。わずか200人余りしかいないスペイン人たちは、馬に乗り、車に載せた大筒を持ち、遠く離れた標的を一瞬の間に吹き飛ばしました。インカの人々はそれまで、馬というものを見たことがありませんでした。馬は新大陸にはなかったのです。馬上の白人たちの身の丈は普通の人間の倍近くはあります。こんな怪物はまさに神か悪魔の化身でした。大筒の威力は想像を超えるものでした。そして地面をがらがらと音を立てて走る車輪もまた驚きでした。インカは「車輪というものを持たない文明」だったのです。彼らは太陽を崇拝するあまり、太陽と同じような丸い形をしたものをいっさい生活の道具として用いませんでした。汚れた地面を這う車輪は聖なる太陽を汚すものであり、そういうものを用いるのは太陽に対して畏れ多いことだったのです。井戸の釣瓶を持ち上げる滑車も、引き絞ったときに円形になる弓も彼らは用いませんでした。古来、いくつもの民族が太陽を崇めてきましたが、車輪や弓まで用いない文明というのは、きわめて稀です。
インカの人々はこの広い世界には、車輪を用いる文明も弓矢を用いる民族もあるのだということ。他国を侵略し征服する民族も「意志」もあるのだということに対する想像力を決定的に欠いていました。この「他の価値観や文明に対する想像力の欠如」が、大きな災厄と破局を招いたのです。車輪を持ち、馬に乗り、大砲をぶっ放す白人たちを前に、彼らは戦意をまったく失い、たちまち降伏してしまいました。アタワルパは捕らえられ、部屋いっぱいの黄金を身代金として差しだしましたが、裏切られ殺されてしまいました。征服者たちはインカの神々を祀る神殿の屋根に十字架を取り付け、キリスト教を信じることを強制しました。男たちは奴隷とされ苛酷な労働を強いられ、女たちは犯されました。ふんだんにあった黄金は次々にスペインへと運び去られました。
まさに神官の予言どおりインカは死んだのです。それからの400年あまり、原住民たちは口には言えないような惨めな暮らしを強いられてきました。社会を支配するのは常に白人たちであり、褐色の皮膚をした「インディオ」と呼ばれる原住民たちは、社会の底辺でうめき苦しんできました。いつの日にか独立を回復し自由に生きたいという願いから、独立運動を起こした者たちはことごとく圧殺されました。インディオたちの暮らしは、まさに「惨めに地を這うカタツムリ」のそれであり、「絶えず頭をたたかれる釘(くぎ)」のようなものでした。自分たちが崇拝するコンドルとまではいかなくともいい、せめて自由に空を飛ぶスズメになりたいーー。こういう思いで生きてきた人々の悲しみをポール・サイモンは「コンドルは飛んでゆく」の歌詞にしたのです。これは東京のペルー大使館の広報官から私が直接聞いた話です。私は1978年の朝ニュースの「モーニングワールド」枠でこの悲劇のことを伝えました。日本でこのことを語った活字や電波報道に接したことはありません。
このインカの悲劇は、現在の日本と共通する要素を非常に多く持っています。次回はそのことについて語りたいと思います。

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COMMENTS

1 : yoyo : September 5, 2006 07:42 PM

10月末 娘とペルーに行く計画を立てています。 まだ確定ではありませんが・・・、 インデォの人々の歴史も しっかり頭に入れておこうと思います。続編を楽しみにしております。

2 : 廣淵升彦 : September 6, 2006 09:30 AM

yoyo様 ペルーへ行かれたらリマはもちろん、クスコ、マチュピチュを訪ねられるのでしょうね。お帰りになったらーー少し気が早いですがーーぜひ印象をお聞かせください。