View of the World - Masuhiko Hirobuchi

September 07, 2006

「コンドルは飛んでゆく」の意味(3)・(完) -

コンドルが5羽の小鳥につつき落とされたことを、インカの神官は悪いことの起こる前兆と見て、「インカもまたコンドルと同じように死ぬであろう。人民は奴隷のような惨めな生活を強いられるであろう」と予言ししました。数年後にこの予言は的中し、インカはスペイン人たちに征服されてしまいました。しかし神官はもう一つの予言を付け加えていました。「コンドルは死んだがいつかよみがえる。そして自由に大空を飛ぶようになる。その日インカもまたよみがえるのだ」と。
白人たちに徹底的にしいたげられた人々にとって、この神官の予言だけが希望でした。彼らはいつか再びコンドルがよみがえり、自分たちも自由を取り戻せることを夢見て生きるようになりました。ポール・サイモンが作詞した「コンドルは飛んでゆく」は、こうした民族の悲願を歌ったものです。「カタツムリよりはスズメになりたい。釘よりは金づちになりたい。ーー昔ここにいた白鳥のように、遠くへ船で行きたいー-だが人間は大地にしばりつけられて世界で最も悲しい音を発している。A man gets tied up to the ground. He gives the world its saddest sound, its saddest sound --Hm--。

さてこの歌がなぜ現在の日本と重なって見えてくるのかーー。そのことを言いたいために私はあえてこの歌を取り上げたのです。前回(2)で書いたように、インカの人々は「車輪」というものを持ちませんでした。この広い世界には「自分たちとまったく違う価値観によって生きている国や民族がいる」「他国を征服する意志を持った人々がいる」ことに対してまったくといってよいほど想像力を持っていませんでした。そこが日本の戦後を支配してきた価値観といちじるしく似ていると思うのです。「こちらに善意があり、平和への願望を持っていれば、他国もかならず理解してくれる」という思想が圧倒的な力を持ってきました。しかし平和は「祈り」や「善意」で保てるものでないことは、人類の歴史が証明しています。平和を維持するためには強い意志力と軍備が要ることも常識です。一部の学者は、「たとえ他国に侵略されても戦うよりは降伏したほうがよい」と説きました。しかし降伏したインカの人々の運命はどうだったのか? 「自由」がないことが、どれだけの苦しみであるのかを肌身に感じていた日本人は本当に少数でした。そうしたすべてのことをひっくるめて、一時の日本人の発想や価値観は450年も前のインカの人々のそれと酷似(こくじ)していました。世界のほぼどこにでもある「車輪」がない文明のように思えたのです。いわば「精神の車輪」を欠いた文明でした。インカの人々は聖なる太陽を崇めるあまり、太陽の形をしたものすべてを生活から排除しました。その結果が「車輪のない文明」でした。戦後の日本では「平和」はかぎりなく尊いものでした。そのことはまったく正しく異論はなかったと思います。しかし「平和」を信仰の対象にしてしまうと、「理性」が働かなくなってしまいます。平和を維持するための具体的な手立てを講じないで、ひたすら祈りに頼っている姿に日本の危機を見た人は多いと思います。いまでは、もう少し冷静な人々がふえてきました。しかしまだ相当数の人たちは、インカの人々のような精神状態にある気がします。

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COMMENTS

1 : yoyo : September 7, 2006 08:20 PM

平和を維持していくための具体的な手立てとは?  バランスをとるのは難しいと思います。 行き過ぎれば ”大東亜圏の繁栄”という御旗の元に戦争に突き進んだ、昭和10年代の日本のようになってしまうと思います。祈りだけで "平和"が維持されるとは思いません。突然、日本にもテロの脅威、侵略が襲ってくるかも知れないのですから・・ そんな状況になった時、毅然たる態度のとれる指導者(首相)であれば 国民は着いていくでしょう。でも一市民、母親、として "戦争"は 嫌です! 戦争を回避するための 事前政策が必要に思いますが "平和"が続くと つい忘れがちになるのでしょうね。ずーっと今の状態が 何の努力もなしに続けて行けると錯覚してしまうのでしょうね。 時々 警笛を鳴らしてくれる このような意見は大切なことだと思います。

2 : 廣淵升彦 : September 8, 2006 08:11 AM

yoyo様 3度にわたる連載にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。最後にインカの人々と現在の日本人の類似を書きましたが、ここは人によって「そうは思わない」という方が出てくるでしょう。第2回目の「神官の予言」は、「新事実」として多くの人に知っていただきたい話です。私がいちばん恐れているのは「話せば相手も分かってくれる」という気持ちが日本人に強すぎることです。外交や国の運命を「感情」で語る人が多いことです。もっと「理性」で物事を見てゆく必要があります。しかし、「理性」は人気がありません。先進国でこれほど情緒的な国民はいないと思います。このままうまく行ってくれればいいのですがーー。

3 : 悠々 : September 8, 2006 09:16 AM

国の力と言うものは、単に軍事力だけではなく、外交手腕、経済力などの他、国民の知力が大事な役割を持つと考えます。
明治維新の時には、日本は軍事力は脆弱でしたが、列強の餌食にならずに済んだのは、時の政府の要人達の気概と判断力、それと国民の民度の高さが大きな力となって、列強の侵略を跳ね返せたのだと思います。
今の日本の自衛隊の軍事力は世界有数のものですし、経済力も底は浅いとはいえ、五本指に入る実力が有ります。
足りないのは政治家の国際情勢に対する認識不足とそれに伴う外交能力の欠如、国民の思考能力の低下です。
国民の思考能力の低下は、受験対策で詰め込み教育に徹した戦後の教育にあります。
受験対策で詰め込まれた、知識の断片なんか、思考能力の向上にはなんの役にも立ちません。
知識だけなら図書館に行けば直ぐに手に入るし、今のご時世ならNetでも知ることが出来ます。
自分の考えを纏めて発表する、相手の考えを聞いて、自分の考えとの違いを討論する。
「人間は考える葦」なんですから、教育は、考える人間を育てることにスタンスを置くべきです。
考えることの出来る人間が、政治家や外交官になれば、日本の国の将来は明るいものになると思うのです。
「美しい日本を作る」なんて曖昧な公約を並べる人が日本の指導者になるのでは、日本の将来は暗いです。
政治家は形容詞で話すのではなく、実態を話して欲しいものです。

4 : 廣淵升彦 : September 8, 2006 11:44 AM

悠々様 ご指摘はほんとに鋭く正しいと思います。フィリピン、中国、インドシナ諸国、それに古くはインドネシア、インドなどが軒並み列強の餌食になった時代に日本が独立を保てたのは、指導者および国民の意志力、知力、気概でした。英、仏、露などは隙あらばと狙っていました。しかし戦国大名も、維新の新政府もそうした野望を許さないものをもっていたのです。ところが戦後は、危ない橋を渡りっぱなしです。なんとか切り抜けてこられたのは僥倖によるもので、実力ではありません。論理的に物を考え、普通の発想ができる子供を育てなければなりませんが、今は教育行政に携わる者たちが、いちばんそういう発想に欠けています。でも絶望しているわけにはいきません。月並みですが、がんばるしかありません。

5 : HANA : September 8, 2006 11:08 PM

 1・2は印刷してあります。これも早速プリントします。
じっくり読まないと頭に入ってこないのでコメントはもうしばらく後で・・・。
 
 「車輪を持たなかったインカ」の悲劇は「太陽」をひたすらあがめた結果でしたが、日本は「平和」という「太陽」をあがめるあまり、それを守るための「精神的車輪」がないのだということでしょうか?

 もうちょっと読み込んでからもう一度挑戦します。

 悠々さんの
>「美しい日本を作る」なんて曖昧な公約を並べる人が日本の指導者になるのでは日本の将来は暗いです。

は私も同感です。ただ、私の場合は悠々さんのようにしっかりとした考えがある訳ではなく、「何となく、胡散臭いな」という感じですが・・・。 

6 : 廣淵升彦 : September 9, 2006 11:02 AM

HANA様 プリントまでしていただいて恐縮です。本当にありがとうございます。3回目の結論部分は、「日本人はお人好しすぎる」ということを、皆がもっと自覚してほしいという思いが根底にあります。どんなに経済援助をしても、技術指導をしても、愛情をもって教育しても「けっして感謝しない民族」というものが、現に存在するのです。絶えず他国の悪口を言っている民族もいます。奪った領土も財産も絶対に返還しない国もあります。他国への善意は必要で尊いものですが、それだけでは「敵意」の中で生き延びてゆくことはできません。もっと曇りのない眼で、「現実」を見てほしいと思います。