View of the World - Masuhiko Hirobuchi

January 08, 2007

「日本っていいね」という俗曲師 -

硫黄島のレポートがまだ完成していませんが、お正月でもありちょっといい話をご紹介しましょう。
桧山うめ吉という俗曲師がいます。「ぞっきょく」そのものがなんのことか分からない世代の人も多いご時世ですから、俗曲師といってもどういうことをする人か見当がつかないかも知れません。江戸時代の庶民文化の代表であった端唄、小唄、俗曲を寄席などで演奏する人のことです。名前からして、この俗曲師は男性だと思うかも知れませんが女性です。それなら相当お年を召した方だろうと思う推測もまちがっています。若くてそれもとびきりの美人です。それならこの人の育った家庭は、伝統的な歌舞音曲にゆかりのある家かと思うとこれもちがいます。彼女は高校生のとき、卒業後の進路に大いに悩んでいました。人生の目標というものが全くなかったのだそうです。それでも東京に出てくればなんでもできる、そこらじゅうに「夢」が転がっているのではないだろうかと勝手に妄想して、お金を貯めて一人上京したのです。ある日、彼女は新橋演舞場で開催している芸者衆の「東をどり」を見ました。そのとき彼女を襲ったのは強いカルチャーショックでした。「私は本当の日本の素晴らしさを何一つ知らないのではないかしら」と思ったそうです。それほど芸者衆の奏でる三味線音楽は感動的でした。それまで彼女は「三味線音楽など聞いたこともなかった」と言います。
この電撃的な感動体験をきっかけに、彼女はもっと「和」の世界の分かる日本人になりたいという熱い思いに突き動かされて突き進みました。三味線、日本舞踊という出会いを経て俗曲師になったのですが、寄席で演奏すると同時にCD制作やライブ演奏も行なっています。音楽も進歩し、音楽を助ける機械も発達し、楽器を演奏する人も器用になったはずだが、日本人は何か大事な忘れ物をしてきたのではないかと彼女は感じ、みんながそれぞれの立場でこの「忘れ物」について考えるべき時期が来ているのではないかと言います。そして自分が書いた記事の締め括りに「私がかつてそうであったように、日本っていいね、ということを少しでも感じていただく、その入り口のお手伝いができたら嬉しいのです」と言い、「俗曲は、たとえるなら江戸時代のJポップです。音楽は時代を超越し、国境を超越する力を持っていると信じ、これからも精進してまいりたいと思っております」と結んでいます。
日本を愛するというと、一部の人々はそこに政治的、イデオロギー的なにおいを嗅ぎつけて非難することがはやっています。しかし彼女の書くものには、そうした思想的背景はいっさいありません。何のこだわりもなく、まったく自然のままに、俗曲の中に表れた日本文化の神髄に触れて感動し、その世界に生きることを天職としている人間のすがすがしさがあります。人に何かを押し付けているトーンも皆無です。若者を大学で教えてきて、最大の悩みは「自分はこういうことをしたいと思うものがない」という学生がじつに多いことでした。卒業して2年近くが経っても、今の仕事に打ち込めない。かといって転職先についての希望もイメージもないーーという若者がけっこういます。しかし桧山うめ吉さんのように、ある日突然自分の生涯を賭ける仕事にめぐり合うかも知れないのです。真剣に悩んでいれば、道はきっと開ける。この人の記事は若者への力強いメッセージであり、同時に日本の伝統文化をすなおに愛する方々への熱いメッセージです。皆さん今年もどうかお元気で。よい1年でありますようお祈り申し上げます。(引用は『電通報』2006年12月4日号からです)

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COMMENTS

1 : 悠々 : January 8, 2007 01:34 PM

海外を旅していると、国内にいる時よりも日本の事が見えてきたりします。TVのニュース番組を見ていても、日本の事を取り上げたりする事は滅多にないし、政治家の顔も写りません。
欧米の優れた文化とかに触れて、カルチャーショックを受けたり、大雑把な仕事ぶりを見て日本人の繊細さを改めて見直したり、良いところ、悪いところが良く分かったつもりになっていました。
でも、私の場合は感じるだけで、その体験とかを踏まえて行動に移るという事はありませんでした。
桧山うめ吉さんは倉敷から上京して、江戸の文化に触れてカルチャーショックを受け、それを機会に俗曲の世界に飛び込んだのは素晴らしい感受性と行動力です。
http://www.satoh-k.co.jp/ume/
このURLで彼女の歌を(映像も)聞く事が出来ます。
廣淵先生がお書きになっている素晴らしい芸能の一端に触れる事が出来ますのでお薦めします。

2 : yoyo : January 8, 2007 08:21 PM

"成人の日" にふさわしい内容の記事でした。自分が納得できる仕事を模索している若者ばかりでなく、我々もその実行力は見習わなくてはいけないかもしれませんね。最近は 口先でブツブツばかり呟いて、解決に向けての行動の無い自分を見透かされているようで ちょっと反省のyoyoでした。

3 : 湖の騎士 : January 8, 2007 11:26 PM

悠々様 この記事に対してたちまち桧山うめ吉さんのことをより詳しくお調べくださり、音声までつけていただき感服しました。すばらしい行動力ですね。この人のことを前からご存知だったのかもしれませんが、初めてだとすると本当に大したものです。ありがとうございます。俗曲というと「古いもの」と思う人は多いでしょうが、それを言えばブルースだってゴスペルだって古いのです。モーツアルトだって古いことになります。端唄や小唄のよさ、面白さを愛でる自由な心の持ち主がふえてほしいものです。

4 : 湖の騎士 : January 8, 2007 11:34 PM

yoyo様 成人の日にふさわしい記事とお感じくださりありがとうございます。私は桧山うめ吉さんの「高校時代に本当にしたい仕事がみつからなかった」という点が身につまされただけです。なんとかしてこの記事を悩める若者に読ませたいと思います。彼女はまた、俗曲については「予備知識はなくてもDNAは反応する」と言っています。日本人のDNAの中には、よき伝統文化に反応する民族としての記憶が埋め込まれているという意味です。行動力といえばyoyoさんの行動力はすばらしいと思います。ご謙遜なさらないでください。

5 : 悠々 : January 8, 2007 11:50 PM

彼女の事は先生のブログで初めて知りました。
で、どんな別嬪さんなのか知りたくてNetを検索しただけです。是非寄席で肉声を聞きたいものです。
端唄も都々逸も歌えたら素敵ですよね。
私は50%だけ江戸っ子ですから、、、

6 : tiakujo : January 9, 2007 12:00 AM

甥っこは、あえて単位を落として大学を留年してるそうです。
就職の際に現役でいたいためとか聞きました。
やりたいことが分からずにいるのではと、この記事で思いました。
いつどうしたきっかけで、こうしたチャンスにめぐりあえるか、真剣に悩んでもらいたいものです。

7 : 湖の騎士 : January 9, 2007 07:55 AM

tiakujo様 甥御さんが留年を決意したというのは、ある意味で英断でしょう。本当に今の若者は自分がやりたい事が見付からないようです。原因はいろいろあるでしょうが、やはり「偉人伝」を読んだり、父親の後姿を見たりして育っていないことが大きいと思います。「憧れる存在」がないのです。もう一つは「自虐史観」でしょう。「日本は悪い国だ。悪い国だ」と小中学校で教えこまれすぎて、すっかり祖国にも自分にも自信を失ってゆくのだと思います。甥御さんが「天職」に出会えることをお祈りしています。

8 : 湖の騎士 : January 9, 2007 08:05 AM

悠々様 そうですか。桧山さんを知ったのはこのブログででしたか。「電通報」に載った写真は美しさと賢さがミックスしていました。私もいつか寄席で彼女の肉声を聞きたいと思います。私が学生のころは「小唄」というのは料亭で腐敗政治家が「政商」と呼ばれる人たちと芸者衆を前に唄うものというイメージが強く、その後はごますりサラリーマンが出世のために習うものという思い込みから反発を覚えていたものです。片や都々逸はNHKのラジオで聴いて「なんて粋なんだろう」と思いました。いつか都々逸を英訳して、知日派の外国人たちに唄って聞かせたいものです。

9 : mix : January 9, 2007 09:16 AM

今年はニュージャージーの友達の家で年を越しました。ここ数年見ていなかった紅白を見ながら年越しそばを食べ、テレビから流れる雅楽を聞きながらおせち料理をいただきました。
そして、「日本っていいね」との思いをかみしめた正月でした。
英語の都々逸いいですね!

10 : 湖の騎士 : January 9, 2007 03:32 PM

mix様 お帰りなさい。楽しい年末年始をニュージャージーで過ごされたとのこと。本当によかったですね。海外に出てみるとあらためて日本のよさを噛みしめられることでしょう。年初に日本のよさを語る江戸ミュージシャンをご紹介できてよかったです。