View of the World - Masuhiko Hirobuchi

June 08, 2007

李登輝前総統の講演 -

台湾の前総統(英語ではPresident)李登輝博士が来日しました。今回はかねてからの念願である「奥の細道」を訪ねる旅が主目的でしたが、東京と秋田でいくつかの講演をしました。その一つであるホテル・オークラ東京での講演を聴いてきました。会場は超満員で、およそ1000人が集りました。日本の大メディアは、北京政府の機嫌を損なうことを恐れてか、この講演については大きく伝えていません。博士の講演内容には、思想的なもの・イデオロギー的なものは含まれていませんでした。非常に冷静で、鋭い分析に終始していました。国際的な「力」がどう動くかについては、ブッシュ政権がイラクに足を取られて弱体化しているので、「ベネズエラをはじめとしてロシアも中国ももはやアメリカを恐れなくなっている。そこで危険な行動に出る可能性が強い」と分析しました。この「ベネズエラをはじめとして」という見方が鋭いと思います。日本の政治家ではたして「ベネズエラのチャペス大統領の反米姿勢の意味」が理解できている人が何人いるだろうかと思いました。もう一つ注意を引いたのは、「中国の金融危機」についての言及でした。相当断定的に「金融危機は実際に起こっている」と言いました。これも「存在しもしない危機について言及しても台湾には何のメリットもない」ことです。政治的計算によるものでなく、冷静で客観的な分析だったと思います。以上、日本のメディアが大きく伝えない「事実」をお伝えしたいと思います。

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COMMENTS

1 : 悠々 : June 8, 2007 05:04 PM

李登輝前総統が来日するたびに中国は必要以上に神経を尖らせているように思えます。総統在職中の来日ほどではないにせよ李登輝前総統の存在は中国にとってその影響力は無視できないほど大きいと認めているのでしょう。
廣淵先生が講演をお聞きに行かれたことは嬉しいです。
マスコミからは伝わって来ない情報がこうしてお聞きできるのですから。
私は朝日の記事で講演の概略を読み、世界情勢の判断はかなりのもだという感じを受けましたが、先生のブログのお記事で更にその感を強めました。
良い情報を有り難うございました。

2 : 湖の騎士 : June 8, 2007 11:16 PM

悠々様 李博士の講演を聴いたことを喜んで下さり、ありがとうございます。本文にも書きましたが、「ベネズエラ」の動きに対する着眼はなかなかのものだったと思います。しかし産経新聞は肝心のこの「ベネズエラ」という言葉を落して伝えていました。博士の講演には、北京への気配りもきいており、非常に抑えたものでした。自由で民主主義の味を知った台湾の同胞が、この自由と民主主義をいつまで享受できるのかについての真剣な思いが伝わってくる講演でした。北京も博士を批判するばかりでなく、理念において博士を上回る弁論を展開するようになればいいと思いました。理想論でしょうけれど、胡錦涛主席も「よし、李登輝に負けてたまるか」とハッスルして、世界の人々を感服させるくらいの大演説をしてほしいと思います。

3 : dashi : June 10, 2007 09:33 AM

興味深いお話をありがとうございます。

私はテレビのニュースでインタビューを聞いただけですが、日本語が流暢なのに感心して、忘れないように努力してるのかなあと思いました。日本統治の生き証人というとことでしょうか。
お兄さんが靖国神社に祀られているとは知りませんでした、その世代なんですね。耐え難い屈辱の記憶としても、日本語を強制されたことがのちに役に立つこともあったでしょう。穏やかに語られる日本語を聞きながらいろいろと考えさせられました。
それにしても、お兄さんが祀られていると知ったら、その神社を一度参拝したいと思うのは人情として当然だと思います。個人的な行為だと断ってまでいるのに、それでも批判してくる中国には辟易しました。

4 : 湖の騎士 : June 10, 2007 01:55 PM

dashi様 李博士の例は、日本の戦前の高等教育がいかに高い水準にあったかを物語るものだと思います。「専門知識」ばかりを教え込み、「一般教養」をないがしろにする今の大学教育は、どんどん「専門学校化」していますが、かつての日本でもヨーロッパでも「一般教養の有無」が紳士淑女とその他の大衆を分ける指標でした。ギリシャ、ローマの歴史や文学に通じていないと教養人とは見なされませんでした。ヨーロッパは今でもそうです。台湾から日本に来ている記者たちの西洋史および日本史についての知識の深さは驚くべきものです。さて李博士の年代は「日本語を強制された屈辱」は感じていないようです。むしろ日本国民になれたことを、心から喜んでいたといえるでしょう。その辺のところが日本ではあまり理解されていないのが実情です。