View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 10, 2007

五番街の日章旗 -

本当は今日10月10日が体育の日です。1964年の10月10日、東京オリンピックの開会式が行われました。澄みきった秋空の下、世界各国の若者が国立競技場に集いました。文字どおりすばらしい祭典でした。敗戦に打ちのめされ、自信をなくし、世界の中で萎縮していた日本人が、胸を張って世界の平和と発展に寄与する国民なのだということを宣言したのです。この時の鮮やかな映像が、どれほど国民に希望を与え勇気づけたかは、はかり知れません。そこから私の連想は、一気にニューヨークに飛びます。五番街の1010番地(10月10日と重なるでしょう)に、ソニーの副社長で、アメリカ進出の総指揮をとる盛田昭夫さんが住んでいたのです。「私の住まいは「1010 (Ten ten ) Fifth Avenue」だということを、初対面のアメリカ人に話しておられるのを聞いた友人もいます。「テンテン・フィフス・アヴェニュー」といえば、セントラルパークを見下ろす超高級住宅です。それを聞いただけで、アメリカ人は盛田さんおよびソニーに絶大な信頼を寄せたのです。そこからだいぶ南にあるソニー・アメリカの本社には、堂々と日の丸の旗が掲げられていました。週刊誌に(たしか「文春」か「現代」でした)「五番街の日章旗」という連載記事が載ったのは、1965年代ごろことだったと思います。戦後の日本で、世界に通じる技術力とマーケティング力でぐんぐん成長した草分け企業がソニーであり、ホンダでした。そのソニーがニューヨークの五番街のオフィスに、堂々と日の丸の旗を掲げ、自分たちは日本から来た会社なのだということを、アピールしたのです。この会社の創業者である井深大博士も、大株主の盛田昭夫副社長も、共に国粋主義者でもなければ、右翼的な思想の持ち主でもありませんでした。当時は日の丸の旗に対して「戦前の日本の礼賛に繋がる」などという人はいませんでした。人々はこの旗に誇りと愛着を抱いていました。10月になると、「テンテン・フィフス・アヴェニュー」に住んでいた偉大な経営者のことを思い出します。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : Anonymous : October 11, 2007 12:59 PM

日章旗は優れたデザインだと思います。単純で覚えやすく作画するのも簡単ですし、強いインパクトを持っています。
シャモニー・モンブランにも他の国の旗と共にはためいて居ましたが、清冽な印象でした。
でも私は出征兵士が寄せ書きされた日章旗と千人針の腹帯を持って戦地に赴いた悲しい情景がダブって見えてしまうのです。
配線の後、憲法を全く新しいものに取り替えたときに、国旗と国歌も新しいものにしていたら、今よりもっと誇りを持って国歌を歌い、国旗を崇められたのですが。

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/57/019aac7f1fea409e09b2e6d3450cdb94.jpg

2 : 湖の騎士 : October 11, 2007 04:29 PM

Anonymous様 お気持ちは非常によく分かります。嫌な思い出と重なる人は多いと思います。国旗・国歌について語る場合、どうしても他国との比較が必要だと思います。たとえば西ドイツ(国名は今も同じですがーー)はナチス時代のものをそのまま使っているのですね。「世界に冠たるドイツ」という歌詞は、ちょっと傲慢すぎる気がしますが、ナチスだって一時期の政権だったにすぎず、我がドイッチュランドはその前から連綿として続いていたし、今後も続くであろうという、連続した歴史観があるのだと思います。日本は戦争に負けたことがないので、どうしても「戦前と戦後」という分け方になってしまうのでしょうか?
とにかく、60年代のソニーの日章旗は全く嫌味がなく、ほとんど全国民およびアメリカ人が好感をもって見ていたものです。

3 : 悠々 : October 11, 2007 09:33 PM

全段のAnonymous は悠々です。名前を入れ忘れて送信したようです。失礼致しました。

4 : 湖の騎士 : October 11, 2007 11:05 PM

悠々様 ご丁寧にありがとうございます。シャモニー・モンブランという言葉から、推測はついていましたがーー。盛田昭夫さんについては、1010フィフス・アヴェニューに住む前のホテル住まいの時期に、自分で下着類の洗濯をしたという話が有名になりました。「会社が貧しかった時のことを忘れないために」、氏はその後の海外出張にも、いわゆる「カバン持ち」の社員を連れて行きませんでした。そういう現場を私は何度か目撃しました。この記事はもっと盛田氏に焦点を合わせることも考えたのですがーー。

5 : 悠々 : October 12, 2007 08:26 AM

ご慧眼、恐れ入ります。
偉い人が部下を小間使いのように使ったり、果ては奥さんまでが社員を私用にこきつかうという話は良く耳にしますが、盛田昭夫氏は身の周りのことは自分でやったという、当たり前みたいな事が、美談になるというのはいかにも日本的ですよね。
お話の続編をお待ちしています。

6 : 湖の騎士 : October 12, 2007 09:37 PM

悠々様 たびたびありがとうございます。上場企業でも、社長の奥さんがロンドンやパリに遊びにきたときに、社員を案内役にさせたり、空港へ出迎えに行かせたりという例はよくあります。政治家の場合は、あらかじめ日本で何百枚ものロンドンやパリの絵葉書を買い込んできて、それに簡単なコメントをつけ、選挙区に送るのですが、その宛名書きと切手張りを大使館員にさせている場面を多くみました。革新政党の議員もこれをやっていました。大使館員をこきつかうというのは、国民の税金で選挙運動をしているということです。そうした、どうしようもない心卑しい輩を見た目には、盛田昭夫の行動は本当にすがすがしいものでした。