View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 18, 2007

約束を違えた騎士 -

昔のハリウッド映画に『円卓の騎士』というのがあった。アーサー王と彼の居城キャメロットに集う円卓の騎士たちの武勇伝やロマンスを扱ったもので、娯楽作品としてよくできていたし、文学的趣もある作品だった。この中で非常に印象的な場面が出てくる。アーサーの甥のモドレッド卿は心よこしまな野心家で、王位をねらって反乱を起こす。王の軍勢とモドレッドの軍勢は何度も死闘を繰り返すが勝負はつかない。この間に戦争の惨禍は庶民の間にも及び、国は疲弊してゆく。これ以上戦いを続けることは人民の不幸を招くばかりだとして、両軍は戦闘を一時停止しようということになった。広い野原で、休戦交渉が行われる。物々しい甲冑をまとった軍勢を後ろに従えたアーサーとモドレッドは、一つの約束をする。それは「休戦を議している間は双方ともどんなことがあっても刀を抜かない。抜けば交渉決裂、戦闘再開の合図と見なす」というものだった。息詰まる緊張感のみなぎる中で、両者はほぼ満足のゆく条件に達する。長く国民を不幸に陥れた戦争がこれで終わるという、安堵の溜息のようなものが草原に漂い始める。
だが、そのとき一匹の毒蛇が草むらから這い出し、するするとアーサー王の馬に近づく。「アーサー危うし!」と見た円卓の騎士ランスロットは、思わず剣を抜いてこのヘビに切りつける。頭上高く舞う剣は光を反射し、遠く離れたモドレッドの兵たちの目に届く。最前列にいたモドレッドの騎士たちには、ランスロットがヘビを退治しようとして剣を抜いたことは明らかだった。だがはるか後列にいた兵たちは「交渉は決裂した。アーサーが裏切った!」と受け止めてしまう。たちまち鬨の声が上がり、兵たちはいっせいに抜刀する。これを見たアーサーの兵たちもすばやく戦闘に応じる。かくて休戦は瞬時にして終わりを告げ、その後何年も続く悲惨な戦争が再開するのである。

この場面は私を打ちのめした。戦争というものがいかに偶発的な要素によって引き起こされるか。コミュニケーション上の約束事をたがえた場合の代償がいかに大きなものか。日本人はよく「善意さえあれば心はどこに行っても通じる」というけれど、善意がいくらあっても心は通じない。シグナル(この場合は「抜刀)を間違えた場合は何万人もの命にかかわる破局が訪れる。外交交渉において、言葉の使用を一つ間違えた場合の恐ろしさを我々はもっと身にしみて知るべきだといったことを思い知らされた。今でもこの映画が私に与えた教訓は強烈である。(「イギリスにおけるヘビ」のシリーズ第3弾はたぶん次回に)

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COMMENTS

1 : 悠々 : November 19, 2007 10:25 AM

モドレッドの軍勢の遙か後列にいた兵士が見た「剣が光る光景」は、彼にとって剣の光るのを見た、と言う事実です。実際に起こった事柄の一部を見て、それが彼にとっては事実の全てであったから、約束が破られた、停戦協定は反故になった、と信じた訳ですね。
我々も自分の見たことが、事件の全てで、それが真実だと思いがちです。でも、その周辺や前後に何が起きていたのか?を思いめぐらし事の本質を見極める余裕と英知を持ちたい物です。
良いお話を聞かせて頂き有り難うございます。

2 : 湖の騎士 : November 19, 2007 02:31 PM

悠々様 コメントありがとうございます。この場合、ランスロットには戦闘を再開しようなどという意思はこれっぽっちもなかったわけです。それでも剣を抜いたということは「戦闘再開の意思表示」と受け取られても仕方ありません。「自分には悪意はなかったのだ」というような言い訳は一切ききません。コミュニケーション上のルールの厳しさを思い知らされる場面でした。