View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 21, 2007

イギリスのヘビの話 -

前回はアーサー王とモドレッド卿の軍勢が休戦を話し合っているときに、草むらから一匹のヘビが這い出てきて、王の馬に迫ったこと。これを見た円卓の騎士サー・ランスロットが思わず剣を抜いてヘビに切りつけたことを書いた。ロバート・テイラーがランスロットに扮したこのアメリカ映画は、長いあいだ私の心を占めつづけていた。「善意」だけでは平和は保てないものであり、平和を保つためにはコミュニケーションの厳しいルールを守らなければならないーーことを思い知らされたのである。
ところが、この映画が封切られてから十数年が経って、特派員としてロンドンに赴任した私は、前々回にも書いたように、在英中にヘビというものを一度も見たことがないのだった。在英経験のある日本人に軒並み電話してみたが、ヘビの姿に出会ったという人は一人もいなかった。しかし我々の限られた経験で物を言うわけにはいかない。今度は日本に来ている知り合いのイギリス人たちに電話をしてみた。すると「子供のころ年に1、2度の割合で見たことがある」という新聞記者が2人いた。ところがこれらのヘビは小さなもので、とても毒をもっているようには見えなかったという。ヘビは熱帯から亜熱帯にかけて棲息する生き物である。ロンドンは北緯51度地点にある。カムチャツカ沖よりもまだ北なのだ。こういうところに棲むヘビは、たしかに「辛うじて棲息している」という感じであり、王の馬を一咬みで倒すほどの毒をもっやつはいないのではないか、というのが目下の結論なのである。
つまりあのハリウッド映画の最大の見せ場の一つである毒蛇のシーンは、イギリスのヘビの棲息状態についてよく知らないアメリカ人脚本家なり監督の「創作」(あるいはデッチ上げ)である可能性が高いのだ。長らく心に焼き付いていた名場面が、もしかしたらデッチ上げかもしれないと疑うのはつらいことだが、歴史というのはこのように改ざんされていくものなのだろうという気がする。日本軍が中国で行ったとされる「残虐行為」も、多分に「創作」であるとする識者が多い。赤ん坊を空中に放りあげて落ちてくるのを銃剣で突き刺したなどということは、日本の文化として絶対にありえないのだとこの人々はいう。われわれは現実には起こらなかったことを、「起こった」と思わされている可能性がきわめて高いのである。
いま私は、アーサー王を扱った叙事詩や伝説の中に、はたしてあの「毒蛇」が出てくる場面があるのかどうかを調べている。日本に来ているイギリス人の中で、アーサーのことを歌った叙事詩を読んだことのある人にまだめぐり会えていないので、自分で調べるしかないのだ。

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COMMENTS

1 : 悠々 : November 23, 2007 08:49 PM

アーサー王の叙情詩は私も読んだことはありませんが、民衆に語り継がれたこの叙情詩は時代と共に変遷し、内容も次第に充実し、登場人物も増加しているのですから、その間に様々な歴史的事実の他にフィクションも織り交ぜられたと推測されます。もしかしたら何処かの段階で、毒蛇の登場も有ったかも知れません。
しかし、先生がご推察の通り、アメリカで映画化されるときに、脚本家が場面を盛り上げる為に創作したと考えるのが自然だと私も考えます。
この叙情詩や民間の伝説について、毒蛇が登場したかどうかを調べるのは簡単なことではありません。先生の大切な時間をその事に費やすのは得策では無いと思います。
釣り人が釣り落とした魚のサイズが話す毎に巨大化するのと同じ事で、語り継がれたお話という物はおもしろおかしく脚色されるのが常ですから、話の根元にまで辿り着いて真偽を確かめるというのは並大抵の労力では出来ないことです。
でも、真実を探り出し、虚構を抉りだし、正しい歴史認識を伝えていくのは大切なことだと思います。

2 : 湖の騎士 : November 23, 2007 11:17 PM

悠々様 この毒蛇の話が歴史的事実かどうかを調べるエネルギーと時間はたしかに無駄な気がします。貴重なアドバイスをありがとうございました。私はひとえに「歴史というものも一人の思い込み(あるいは思いつき)によって改ざんされうるものだ」ということを実証したいだけです。アーサー伝説を実際に文献で読んだ人の数は、ハリウッド映画でアーサーのことを知った人の100分の1にも満たないでしょう。多くの人々がかくて事実を取り違えてゆきます。「そういうことはよくあることだ」と分かる人が、もっとふえてほしいものです。