View of the World - Masuhiko Hirobuchi

December 19, 2007

サクソンの騎士アイヴァンホー -

(今までの概略)1066年にイングランドに侵攻したノルマンディー公ギヨームは、「ウイリアム征服王」と呼ばれるようになり、ロンドンに城を築きます。彼の宮廷ではフランス語が用いられ、牛肉や豚肉はフランス風に「ビーフ」とか「ポーク」と呼ばれるようになりました。時は移って彼の孫たちの時代。イギリスの人びとに今でも非常に人気の高い獅子王リチャードは、聖地エルサレムに十字軍の一員として遠征します。そこで彼を迎え討ったのは、イスラム教徒の名君で文武両道に秀でたサラディンでした。リチャードは帰国の途中、オーストリア王レオポルドV世(前回の記事ではフランス王フィリップとしましたが、訂正します)に捕えられ身代金と引き換えでなければ釈放されないーーということになりました。果たして彼は助かるのか。イングランドにおける、ノルマン人とサクソン人の感情のもつれはどうなるのか。リチャードの留守に王位を奪った(簒奪した)弟のジョンはどうするのか?

さて、リチャードを救いだすためには、莫大な身代金を調達しなければなりません。このために奔走したのがアイヴァンホーでした。リチャードの腹心で、武勇すぐれたサクソンの騎士です。彼は身分を隠してジョン王の主催する馬上槍試合に出場します。ノルマンの名だたる騎士たちを次々に打ち負かした彼は、貴賓席にいるサクソンの姫ロウェーナに愛と尊敬の印であるスカーフを槍の先に巻きつけて捧げます。これが当時の騎士道の習わしでした。しかしやがて彼はノルマンの獰猛な騎士の一撃を受けて落馬します。傷ついたこの騎士を命がけで看病する絶世の美女レベッカは、やがてアイヴァンホーに恋心を抱きます。しかし彼女はキリスト教徒とは結ばれぬ運命のユダヤ教徒の娘でした。一方、このころイングランドの中部シャーウッドの森には、ジョン王の威令にしたがわぬ一党がいました。緑の帽子をかぶった自由人、弓の名人で義賊ともいうべきロビン・フッドとその仲間たちです。これに太っちょの修道士タックなどが加わって、いろいろな騒ぎを引き起こします。恋とサスペンス、宗教の束縛、忠臣と悪人らが入り乱れて息をもつかせぬ物語が展開していきます。ノルマンとサクソン、貴族と庶民、悪と正義がからみ合い、新たな血の雨が降ろうとしたまさにその瞬間、白馬に乗った勇士が颯爽と現れ、大音声に叫びます。「ノルマンの者ども、サクソンの民よ、キリスト教徒よ、ユダヤ教徒よ、争いをやめよ。イングランドのために団結せよ!」と。これぞ捕えられていたはずのリチャード獅子王が、祖国へ凱旋してきた姿でした。というわけで、万事はめでたしめでたしで終わります。この物語を創ったのは、18-19世紀の小説家で詩人のサー・ウォルター・スコットでした。アイヴァンホーもレベッカも彼の創作ですが、彼の『アイヴァンホー』は歴史の教科書などではまず伝わらない、波瀾万丈の面白さに満ちたドラマです。かつては世界の先進国ではどこでも簡単に翻訳が手に入りました。日本の少年少女もまず読んでいた名作です。だが最近は手に入れるのは至難の業です。2002年までは岩波文庫で手に入りましたが、今は再版のめどが立っていません。図書館でもこれを置いている所は少ないのが実情です。映画の方は、1952年にハリウッドで作られ、ロバート・テイラー、エリザベス・テイラー、ジョーン・フォンテーンといったスターが協演していました。騎士道物語の傑作といえますが、TSUTAYAで調べても全国どこにもDVDはありません。もし『アイヴァンホー』のDVDだけでも手に入れば、十字軍や、中世ヨーロッパの君主たちの政略、王と民衆の関係、騎士道の生きたルールなどが非常に具体的に分るのですが、今ではそれはほぼ不可能です。インターネットはすぐれた情報の伝達者ですが、限界があります。我々はけっこう重要な情報へのアクセスもできないままに、世界を見たり日本を考えたりしているのです。どうすればいいのか、すぐには答えは見つかりません。ただ言えることは、せめて11、12世紀のイングランドから中東にかけての「リアリティ」を頭の中で再構築してみませんかということです。そうすれば現在世界を覆っている深刻な問題もずっと立体的に身近に見えてくると思います。

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COMMENTS

1 : FUMIHITO : December 20, 2007 02:18 PM

 大変興味深いお話をありがとうございました。続きを楽しみに待っておりました。
 また、いろいろと調べて頂きありがとうございました。
 何ヶ月か前まで日経新聞の連載でチンギス・ハンの物語をやっておりました。先生のお話と同時期の12世紀の現イランより朝鮮半島までの広大な土地をまたにかけての様々な宗教、民族、文化の中で人間関係などが描かれた作品で私にはとても興味深い物語でした。
 私の先祖でもある源氏が活躍していた日本以西、ジョン王が統治するイングランドまでの中世の世界観を把握する為にも『アイヴァンホー』是非観てみたい作品ですが残念…DVD復刻版を待つことにします。

 

2 : 湖の騎士 : December 20, 2007 04:46 PM

FUMIHITO様 スコットの『アイヴァンホー』はイギリス人なら現在でもまず100パーセント知っているストーリーだと思います。彼らと話す場合には、こうした民衆のヒーローを題材にするのが一番です。「駅へはどう行ったらいいか?」とか、空港で「我が国には何日滞在しますか」と聞かれた際は「3日です」と答えろというような「英会話」ばかりでは英語が上達するわけがありません。DBDがないのは残念ですが、かつて録画したVTRが出てきたらご連絡します。日本人が源義経や武蔵坊弁慶を好きなように、アイヴァンホーはイギリス人の間では非常に人気のある人物です。

3 : 悠々 : December 20, 2007 05:52 PM

本を探しましたが岩波文庫のものも在庫はないですね。古本屋で探すしかないようです。
DVDを探していたら柿のタイトルの物がありました。
「ロード・トゥ・ザ・ナイト~アイヴァンホーの聖なる剣~」
オーダーしたので今週中には手にはいると思います。
言語なのか葺き替えなのかは分かりませんが、届いたらご報告します。

4 : 悠々 : December 20, 2007 05:55 PM

誤変換でした。

柿 → 下記
言語 → 原語  
葺き替え → 吹き替え  

5 : 湖の騎士 : December 20, 2007 07:08 PM

悠々様 この誤変換はすぐに見当がつきました。さて岩波文庫の『アイヴァンホー』(上下2巻)も古本屋あるいはインターネットでしか手に入らない時代というのは残念ですが、これも時代というものでしょう。同じ作者の『湖上の麗人』は今でも手に入るのですがーー。彼の『十字軍の騎士』などは、戦場で名乗りを上げる時の言葉や作法が実に生き生きと描かれていました。こういういわば「西洋講談」的なものから、一国の歴史を知り、文化を知るというのは貴重で、肩が凝らずに、かつ面白いアプローチだと思います。日本の歴史の先生ももっと西洋講談につよくなってくれれば、生徒や学生もぐっと国際的になるだろうと思います。