View of the World - Masuhiko Hirobuchi

June 07, 2008

皆が同じ趣味になる恐怖 -

6月5日(水)のNHKテレビ「クローズアップ現代」で出版界の深刻な状況を扱っていました。最も重大な懸念は、「売れ行きランキング1位の本しか読まない」人々が急増していることだと伝えていました。自宅を撮影させた主婦は、「皆が読んでいる本を読んでいれば安心ですから」と答え、インタビューに応える男女も同じ旨の発言をしていました。国谷裕子キャスターも解説役の出演者も、この傾向を出版界だけの趨勢(すうせい)として捉えていましたが、私はこの傾向をもっと重大な「民主主義の危機」と感じました。大勢に従っていれば安心、自分は少数派にはなりたくない、孤立するのは怖いーーという人ばかりになれば、どういう社会になるでしょうか? 多数が何と言おうが、自分はこれが正しいのだと信じ、その信念を口にする人がいなければ、民主主義も自由も死んでしまいます。同じ思想信条しか許されない社会というのは恐怖そのものです。ヒトラーのドイツも、毛沢東の中国も、スターリンのソ連も、戦時中の日本もこうした「全体主義」の国でした。今では「全体主義」という言葉もほとんど聞かれなくなり、この言葉になじみのない人がふえていますが、全体主義の怖ろしさというものをもっと知ってほしいものです。一部の評論家や政治家は、「戦争にのめりこんで行く日本で、軍部の言うままに流されていった国民が悪い」と言い続けてきました。しかし場合によっては逮捕投獄されるかもしれない状況の中で、戦争反対を叫ぶ勇気のある人は、大勢に従わぬ人であり、孤立を怖れない人でした。そういう精神というのは、幼少時から鍛えられたものでした。今の日本で、趣味とかファッションの領域で「全体主義」の悪夢が忍び寄っているのは由々しいことです。大勢に逆らうと「いじめ」にあってきた後遺症なのか。先生方が同じようなタイプの生徒を好む傾向の反映なのか。とにかく欧米先進国では「大勢に従うな」「あえて孤立できる人間になれ」と教育しているのとは雲泥の差です。とにかく、大勢に従わない人間をつくることが、民主主義の基礎だと思います。大衆の好みに従うというのは、明らかに「精神の劣化」であり、「恥ずかしいこと」です。読書というのは本来が孤独な営みです。自分の感性と価値観で本を選び、他人の意見や好みは参考程度に留める人々がふえることが、自由で生き生きとした日本のために緊急に必要なことだと思います。

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COMMENTS

1 : 千里 : June 7, 2008 07:02 PM

廣淵様のブログを膝を打ちながら拝見させていただいております。日本の民主主義の危機を感じられたということですが、私としては「そもそも日本は民主主義国家なのか?」と思うことがしばしばあります。

実は、私も廣淵様の近所(500E77ST)に住んでおりましたが、海外から視点を変えると、見えなかった日本が見えてくるものですよね。

ようやく実施される「陪審裁判」や「デイライト・セービング・タイム」によって国民の意識も変わっていけば良いと思います。

2 : 湖の騎士 : June 7, 2008 11:15 PM

千里様 コメントをありがとうございます。私がNYに住んでいたころ、ご近所にお住みだったとは驚きです。500E77STといえば、たしか猿谷要先生も住んでおられたエリアだったと思います。私どもは420E72STに居りました。さて時間が1時間早くなり、陪審制度が導入されれば、たしかに日本人の意識は変わるでしょうね。意識を変えるためには、大きな「仕組み」を変えるのが一番です。日本が民主主義国家なのかと問われれば、数多の不備欠陥はあるにしても、民主主義国家だと私は思います。曲りなりにも政権交代は可能ですし、国民はどんな意見を表明しても逮捕や投獄をされることはありません。本当はこの問題はもっと掘り下げるべきなのでしょうが、今日はここまでで失礼いたします。このブログをお読みくださり本当にありがとうございます。

3 : alien : June 8, 2008 12:41 AM

慣れ親しんできた「民主主義」ですが、よくよく考えるとtoughなシステムだなぁ、と思います。孤立を恐れず最善を見極めようという気概のある人や情報操作に惑わされず見識によって本質が見える人は大抵は少数派で、民主主義では選挙により少数派は切り捨てられる運命です。今までは、生活者の鋭い嗅覚で世論もけっこう正しい選択をするのではと楽観的に思っていました。しかし、郵政選挙のようにメディアも一体となって一方向へ結論を煽ると嗅覚もきかなくなってしまいます。少数派でいる気概は大事だけれども、少数派に甘んじていては切り捨てられてしまい、結局、煽られやすいタイプの多数派の人達によって方向性が決められてしまいます。大勢に従わず孤立を恐れない人達が連携して増殖し、結果として多数派にならなければいけませんね。Tough!

4 : 湖の騎士 : June 8, 2008 11:03 AM

alien様 民主主義というのは tough なシステムーーというご指摘は鋭いです。まさにこれは tough です。アメリカなどが大真面目で教育も通信網も発達していない途上国に民主主義を普及させようと努力してきましたが、おおむね成功していません。まずは知的基盤が必要です。日本で少数派が切り捨てられるようになったのは「小選挙区制」のためだと思います。一つの選挙区から複数の国会議員が選ばれる中選挙区制だったら、少数派の意見を代表する議員も選ばれていたのですが、今の制度ではマジョリティに達しない意見は葬られてしまいます。この状況を変えるためにインテリとか識者が行動し連携するかといえば、なかなか「動かない」のが実情です。状況を変えるのに最も有力なのはメディアです。しかしメディア人間もまた多数派の意見しか取り上げない傾向があります。それでも彼らの意識を変えてゆく作業を、続けるしかありません。イートンやハローで育った人たちと話していて落ち着くのは、子供のころから「自分が正しいと思ったら自信をもって行動せよ。孤立を恐れるな」と教え込まれているからです。「徳は孤(孤独)ならずかならず隣(隣人=仲間)有り」といった古い言葉を教えるメンタリティが今の日本の初等教育に必要です。

5 : 悠々 : June 9, 2008 08:25 PM

少数派の意見が抹殺されてしまうのは恐ろしいことです。
今の日本の教育は保育園、幼稚園の頃から先生の指導に従わない子供は異端視され、悪い子として阻害されます。こうしたことの積み重ねが、「みんなで渡れば怖くない」という大勢に従っていればいい子で過ごせる、という事なかれ主義で無気力な人間を作り出してしまったのです。
小学校低学年の時から、自分の意見を発表する、他人の意見をきちんと聞く、という授業時間を設けるべきです。そして少なくとも高校生になったら、哲学の授業を行うべきです。
個性を持ち、自己の意見をはっきり主張できると言うことが民主主義の基本であると思います。

6 : 湖の騎士 : June 10, 2008 10:44 AM

悠々様 まったくご指摘のとおりです。初等教育の直接責任者である先生方が「画一的で素直な子」を良しとする考えを改めないかぎり、未来は暗いです。よく凶悪犯人が逮捕されると「おとなしいいい子だったのに」というコメントをする教師がいますが、見当はずれもはなはだしい! 多少乱暴でもいいのです。大勢に従わなくてもいい。面白くて他人とは異なる意見が言える子、自分とは異なる意見を辛抱強く聴ける子を育てることが大切なのだという価値観が早く普及してほしいものです。