View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 01, 2008

もしこの言葉を知っていたら(2) この天と地の間にはーー -

すぐ「切れてしまう」人間、物事がうまくいかないのを何でも他人のせいにしてしまう人間に共通しているのは、「自分の生活圏での見聞のみで世の中を判断してしまうこと」でしょう。もっと気持ちを大きく持って「この広い世界には自分の思いもつかぬ物事がいっぱいあるのだ」「だからここで慌てて結論を出してしまうのはやめよう」という気持ちになれれば、人生に絶望したり、自暴自棄になって人を殺したりといった衝動には走らないはずです。こういう大きな気持になる、古今東西の名せりふ中の名せりふがあります。シェイクスピアの『ハムレット』の主事公ハムレットの言葉です。「ホレーシオよ、この天と地の間には、君の(人間の)の哲学では夢見ることもできないような物事がいっぱいあるのだ」。もっと原文に忠実に訳せば、「ホレーシオよ、この天と地の間には、君の哲学の中で夢想されているよりはるかに多くのものが存在するのだ」となります。人間は自分の見聞のみで人生を勝手に「こういうものだ」と極めつけてしまうところがあります。そしてその思想(哲学)に基づいて行動します。しかし、この天と地の間には、人間の想像することもできないような物事がいっぱいあるのだとハムレットは言います。自分の能力を一方的に「この程度」と限定したり、「どうせ努力したってなるようにしかならない」と思ったり、「人生ってこの程度のものじゃないの?」と、変に悟りきったような言い方をする若者に接してきた私としては、心をこめてこの文豪の言葉を贈りたい気持ちです。人生には、あなたが思っているよりもはるかに多くの苦悩や挫折があるかもしれない。だがそれ以上に、あなたの小さな頭脳では夢想することもできないような、めくるめくような喜びや希望もあるのです。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : alien : August 2, 2008 12:26 AM

湖の騎士様 ほんとうに、そうですね…
読み終えたとき、心のなかを風が吹き抜けたような感じがしました。
そして、次のことばに何ともいえない安堵を覚え、肩の力をぬいて深呼吸しました。
「人生には、あなたが思っているよりもはるかに多くの苦悩や挫折があるかもしれない。だがそれ以上に、あなたの小さな頭脳では夢想することもできないような、めくるめくような喜びや希望もあるのです。」
読み直しながら、また、深呼吸しました。もちろん、笑顔で…でも、少し、涙もにじむ、ほっとして。

2 : 湖の騎士 : August 2, 2008 10:36 AM

alien様 この記事がお心に届いて本当に嬉しいです。励ましてくれる人がたとえ400年前の異国の人であろうとも、こうした言葉で勇気と希望を得てきた人、思い上がりに陥るのを防いできた人、自信喪失を克服した人は、それこそ何千万人もいると思います。テレビの電波が一定の範囲まで行くと力が弱るので、増幅(アンプリファイ)して再送信する「中継局」が要るように、文化にも「中継者」が必要でしょう。若者にとって、『ハムレット』はあまりに遠いのなら、私たちは喜んで文化の「中継役」を務めたいと思います。ありがとうございました。

3 : ノブレス : August 3, 2008 10:05 PM

ごぶさたしております。

「人間の哲学では夢見ることもできないような物事がいっぱいあるのだ」本当にそうだと思います。私たちは、広い視野をもって生きようと思っていても忙しい日々を送っているとそんな言葉はいつのまにかどこかへ行ってしまっています。

現在は『ベニスの商人』を読んでおります。あの有名な「1ポンド以下でも以上でもあってはならない」というところあたりですが、シェイクスピアの作品には400年たった今でも生きるうえでの希望や知恵を与えてくれる言葉がたくさんあります。

4 : 湖の騎士 : August 3, 2008 10:20 PM

ノブレス様 やはりシェイクスピアという人は「人間」というものがよく分かっていたのでしょうね。なかなかの「苦労人」で「学校秀才」たちが逆立ちしたってかなわないところがあります。日本の役所ではこういう味のある苦労人を大事にせず、せこせこした学校秀才ばかりが幅を利かせています。行政がうまくいかないのは当たり前です。さて「ベニスの商人」に行き着きましたか。おめでとうございます。ポーシャの名せりふは何度聞いてもほれぼれしますね。日本の歌舞伎にも、これに匹敵する名せりふ名場面がいくつもあります。とにかく名せりふを活字で味わうと同時に、「聞いた」つもりになってエンジョイしてください。

5 : 悠々 : August 4, 2008 09:35 AM

今子供たちは夏休み中ですが、私が子供の頃、夏休みに宿題に必ず本を読んで感想を書くという課題がありました。私は読むのも書くのも好きでしたから、工作の宿題と共に大好きな宿題でした。シェイクスピアのような大作には取り組んだ事はありませんでしたが、手当たり次第に乱読を重ねました。
今本屋に行ってみるとマンガ本の次に多いのが文庫本です。ジャンルはかなりきわどい内容のものか、お手軽なハウ・ツーものです。シェイクスピアと行かないまでもせめて古今の名作本を読んで欲しいと思いますが、ゲームや携帯メールのやりとりに忙しいようです。何とかして良い本を読む習慣を根付かせたいものです。

6 : 湖の騎士 : August 4, 2008 02:48 PM

悠々様 シェイクスピアというと日本人はなんだか高級な作家と思いがちですが、なんといっても「地球座」の座付き作者ですから、観客の反応などは手に取るように分かっていたはずです。大衆との距離はほとんどない人でした。親しみのもてる人だったに違いありません。こういう人の作品を読まないという手はありません。ハウツーものやマンガ、ゲームや携帯にばかり夢中になっていないで、こういう人の作品を大いなるエンターテインメントとして読んでほしいと思います。悠々さんたちの少年時代の夏は(私の夏も)読書の楽しみにあふれていました。セミもトンボも本もいっぱいあった夏でした。

7 : 職人希望 : August 4, 2008 02:53 PM

 学力の二極化について、マスコミはしきりに家庭の経済状況ばかりを取り上げますが、学力の基本はしつけであり、我慢する力です。何も高い授業料をとる学習塾に通えないだけが、学力低下の原因ではありません。学力のレベルは、もともとの子供の出来・不出来も影響するでしょう。しかしある程度は、親の対処で変わりうるものだと思います。
 現在の状況は物質主義のなれの果て、たどり着くべきところにたどり着いただけです。エアコンのきいた涼しい部屋が当たり前になり、お祝いでもないのに寿司を食べ、携帯電話の所有は当たり前になっています。親自身が、ぜいたくに慣れてしまい、それを失うことに恐れています。周囲の大人の一挙手一投足を、子供はしっかりとみています。エアコンをoffにして、携帯電話を解約すれば子供の教育費ぐらいはだせるでしょう。ちょっとぐらい我慢しても、蛇口をひねれば水は出るし、スイッチを押すだけで電灯がつきます。親ももう少し我慢をして、親自身が本を読み、子供とともに教養を身につけていけば、未来は明るいと信じています。

8 : 湖の騎士 : August 4, 2008 04:07 PM

職人希望様 ここにお書きになったような哲学というか「了見」を持つ人がふえてくれば、日本は相当に住みよい社会になるでしょう。もっと親がふつうの親のようになればよいのです。生活に必要な水を汲みに、泉まで往復するだけで人生が終わってしまう人たちが何百万もいる世界で、携帯電話ひとつ諦められないというのは情けない話ですし、ぜいたくすぎると思います。