View of the World - Masuhiko Hirobuchi

September 17, 2008

矢が的に当たる確率ーー流鏑馬を見て考えたことーー -

16日の午後、鎌倉鶴岡八幡宮。伝統の流鏑馬(やぶさめ)を見てきました。外国人記者クラブの日本文化を知る企画のひとつに参加したのです。米・仏・独・希(ギリシャ)・日などの記者の総勢は11人でした。リーマンブラザーズの経営が破綻したために、来られなくなった人も数名いました。現代の最も重要な経済問題を取材する者もいれば、長期的な目で日本の歴史や文化を知ろうとする者もいるのがこのクラブの姿です。源頼朝以来の古式床しい衣裳に身を包んだ射手が、一気に馬場を駆け抜け、途中に設けられた3つの的に向かって次々に矢を射ます。テレビでは何度も見ていますが、目の前にある的に命中させるのがいかに至難の業かを思い知らされました。射手はいずれもサラリーマンであったり、大学院の学生であったり、その他さまざまな仕事を持っている人たちです。それが年に一度のこの行事(神事)のためにトレーニングし、乗馬クラブから借りた馬に跨って馬場を何回か駆け抜けるのです。一人で3つの的を全部射抜いた人はいなかったと思います。一の的を射れば、すぐ第二の的が迫ってきます。よほど素早く矢を背中の箙(えびら)から抜かないと間に合いません。矢が的に命中するたびに観客は熱い拍手を送りますが、外れると大きな溜め息が漏れます。それでも射手たちは、毅然として次のチャンスに向かっていくのです。伝統というのは本当に美しいものだと思いました。流鏑馬がすべて終わってから、宮司の吉田茂穂さんが記者団に流鏑馬の由来を説明されました。かつては御所の北面の武士だった西行が鎌倉にやってきて、頼朝から宮中の行事であった流鏑馬について教示を乞われ、丁寧に教えたことが話されました。話は日本と欧米の文化の違いにまでおよび、「相撲のようにスポーツ化しないのはなぜか?」といった質問も飛び出しました。宮司はそうした質問のひとつひとつに丁寧に答えられました。印象に残ったのが、2001年のロンドン、ハイドパークでの流鏑馬の話でした。使用した馬はポロの馬で、非常に訓練がよくできていたこと。矢が的に当たる率は90パーセントを越えていたこと。英国はこの行事のために馬場に生えていた巨木を一本伐ってくれたこと。2日間で27万人もの観客が集まったこと。チャールズ皇太子は、45分間の公演が終わっても感激のあまり座を立とうとはしなかったこと。そこで日本側は「もう一度公演をお目にかけた」ことなどが、淡々と披露されました。馬が生活の中に深く入り込んでいるイギリス、伝統を大切にするイギリスらしい話だと思いました。とくにハイドパークの巨樹を一本丸ごと取り除いてくれたというのが驚きでした。相撲のように商業化せず、柔道のように変に国際化しない流鏑馬が本当にイギリス人に愛され尊敬されたのです。ここから過剰な教訓を引き出そうという気はありません。しかし、かつて我が世の春を謳い、CEO(最高経営責任者)がたしか100億円近い年収を誇っていた巨大証券会社が破綻した日に、一円の出演料も受け取らない射手たちが、800年以上も続く年中行事に参加していたこと。それを愛でる日本人と外国人の老若男女が多数いる風景というのは、人間の営みについてさまざまに考えさせるものがあったとだけは申し上げたいと思います。帰途は小町通りを流れる醤油せんべいの匂いを嗅ぎながら、ギリシャ人の女性記者といろいろなことを話しながら駅まで歩きました。

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COMMENTS

1 : 職人希望 : September 17, 2008 06:28 PM

パラリンピックでの日本人選手の活躍をみて、これが先進国の証では?と感じさせられていました。実際はさまざまなハードルがあると思いますが、ハンディキャップがあっても活躍できる場がある、地味でもその活動を応援してくれる人たちが少なからずいる、という証拠ではないでしょうか。
流鏑馬も一銭にもならないと思います。それでもその伝統を大切にする精神的な豊かさに、美を感じる日本人は多いからこそ今日まで続いていることでしょう。
バクチのような資本主義が行き詰まり、地味ながらも美しい日本文化が必要とされる時代がいよいよやってきたのではないでしょうか。

2 : どんちゃん : September 17, 2008 09:59 PM

スヌーピーの本を拝読し、こちらにたどり着きました。
鋭く深い洞察力に感銘しています。

知識も教養もない私ですが、こちらでいろいろと楽しく勉強したいと思います。
今後とも楽しみにしております。

3 : 湖の騎士 : September 17, 2008 10:07 PM

職人希望様 「伝統を大切にする精神的な豊かさに、美を感じる日本人は多い」「バクチのような資本主義が行き詰まり、地味ながらも美しい日本文化が必要とされる時代がいよいよやってきた」とのご意見。全く同感です。こうした美意識と倫理感を、気張らずに控え目にしかし着実に世界の人々に伝えていきたいものです。ロンドンで27万人が集まったということが、なにか大きなヒントになるような気がします。

4 : 湖の騎士 : September 17, 2008 10:10 PM

どんちゃん様 スヌーピーの本からこのブログにお越しくださりありがとうございます。謙遜なさっていますが、物足りない点があればどしどしご指摘ください。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

5 : 悠々 : September 17, 2008 11:07 PM

クールジャパンというTV番組があります。日本の良いところを探して日本にいる外人さんたちにレポートさせています。
見方を変えるとこうゆう評価になるのか!なんて感心する事が度々です。
流鏑馬をはじめとして日本古来の伝統行事・芸能は素晴らしいです。良く今まで継承されてきたものだと感慨深いです。
クールジャパンではそうゆうオーソドックスではないものに目を向けているのが面白いです。
政治や経済面では情けない思いをさせられていますが、日本にも誇れるものが多々あることは嬉しいです。
イギリス人に限らず、心ある海外の方々は日本の良い面もしっかり見てくれているのですね。

6 : 湖の騎士 : September 18, 2008 11:18 AM

悠々様 「クールジャパン」の評判は聞いていますが、まだ見ていません。次回はかならず見たいと思います。ご教示ありがとうございます。どうも日本を悪くいう外人記者と日本のよさにはまる記者には、それぞれに特徴があるように思います。出身国にもよります。私なりに分類はできていますが、週刊新潮に「変見自在」を連載している高山正之さんは、オーストラリア人やオランダ人が反日的だと言います。年齢にもよります。若い人の中には親日家が多いような気がします。流鏑馬を見ても、伝統的な精神美・様式美を感じない人もいます。今までの教養の蓄積にもよると思います。今まで教養なき反日記者が多すぎました。今後の変化に期待しましょう。

7 : どんちゃん : September 19, 2008 08:41 AM

私が嬉しかったのは、先生がネット媒体でもこのように果敢にコラムを書かれ、読者と積極的に意見交換をなさっているところです。ほとんどの著名人のブログは形だけで一方通行のものが多いように思います。インターネットという革命的なインフラを前にしても考えが保守的だったりちょっとした工夫がなければまったく有用できないものだなと最近感じております。

8 : どんちゃん : September 19, 2008 08:56 AM

たびたびすみません。
先生の新著を購入したく調べているのですが、
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32014628

上記が正しいお値段なのでしょうか??
アマゾンで見るとマーケットプレイス(いわゆる中古)のほうが高い値段になってるのですが、なんでなんでしょうかね?

9 : 湖の騎士 : September 19, 2008 09:54 AM

どんちゃん様 このブログのことをお褒めいただきありがとうございます。多くの著名人は、あまりにもいたずら的な書き込みなんかで懲りておられるのではないかと思います。さてお書き下さったアドレスにアクセスしてみましたが、出てきません。あとでもう一度試みてみますが、私の新著は『頭にちょっと風穴をーー洗練された日本人になるためにーー』(新潮社、1365円)です。アマゾンにまで配本が行かず多大なご迷惑をかけています。アマゾンでは希少本になっているので定価より高いのだと思いますが、ようやく22日に第3刷が出ます。ご近所に紀伊国屋書店があればかならず置いてあります。神奈川の方でしたら有隣堂にはかならずあります。ご近所の書店に注文していただけば1週間くらいで手に入ると思いますがあるいはもうすでに3刷目の本は全部他の書店に行っていて新潮社には残っていないかも知れません。その場合は私のメールアドレスにご連絡ください。この本は今までに書いたものの中で、最も面白く仕上がったと思っていますので、よろしくお願いします。hirobuchi@hkg.odn.ne.jp

10 : FUMIHITO : September 19, 2008 02:54 PM

湖の騎士様

今回のお題とは関係のないコメントですみません。

22日に第3刷が出ると聞いて安心しました。
実は先日、私の本を会社のOLに貸したところ「読み終わったけど、とても面白い本だからどうしても売って欲しい!」と言われ譲ってしまいました。ですが私の手元にも一冊おいておきたいので、また来週有隣堂へ購入しに行きます。
彼女は先生のことを知識が豊富で文章力と構成力に優れていると絶賛しておりました。


11 : 湖の騎士 : September 19, 2008 05:27 PM

FUMIHITO様 まことに嬉しいニュースです。そのOLの方にどうかくれぐれもよろしくお伝えください。とくに「構成力」を褒めていただいたというのは、最大の喜びです。私の本も品不足で多くの方にご迷惑をかけました。藤沢の有隣堂にはまちがいなく在庫があります。横浜の3店にもあります。どうかよろしくお願いします。今日は有楽町の外国人記者クラブで、自民党総裁候補の会見がありました。質問はできませんでしたが、イギリスのロイターテレビから、「この総裁選をどう思うか」との質問を受け、コメントをしました。産経新聞の読書欄に「仕事の周辺」というコーナーがありますが、22日付けの紙面に私の記事が出ます。3回連載の2回目(「中」)で、内容は「有楽町から見る日本」です。

12 : FUMIHITO : September 19, 2008 08:11 PM

湖の騎士様

それはグッドニュースをありがとうございます。
来週の月曜日を楽しみにしております。

私の会社のOLは「コンドルと車輪の物語」をとても気に入ったようです。また私と同様、とてもわかりやすくて親しみがあり面白いとも言っておりました。
彼女に先生も喜んでいらしたと伝えておきます。