View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 29, 2008

ナオミ(Naomi)という名の由来 -

先日、Naomi Klein(ナオミ・クライン)という人が書いた『ショック・ドクトリン』という本のことを知らせてくれる書き込みが、このブログにありました。本の内容は今回の金融危機を引き起こしたアメリカ型資本主義の欠陥を激しく告発したもので、その予言力の鋭さが話題になっていることを伝えていました。私の頭にまっ先に浮かんだのは、本の内容もさることながら、著者の名前の由来でした。ナオミ・クラインというからには、著者はユダヤ教徒の女性で、おそらくドイツ系の移民あるいはその子孫だろうということでした。外国人女性にナオミという名が多いことは、日本でも割合と知られています。スーパーモデルのナオミ・キャンベルなどが最も有名でしょう。彼女の宗教が何かは知りませんが、Naomi と聞いた場合に、普通はユダヤ教徒を思い浮かべるのが常です。というのも、彼女は「旧約聖書」に登場する女性の中でも最も有名な存在だからです。彼女には二人の息子がいて、それぞれに結婚していました。お嫁さんたちはいずれもよくできた人たちで、ナオミは二人の息子と嫁たちと共に、幸せな日々を送っていました。ところが息子たちは、ともに早死にしてしまいました。ナオミは嫁たちに「貴女がたはまだ若い。早く故郷へ帰って再婚し幸福になりなさい。私はひとりでもなんとか生きていけるから」と強く奨めました。嫁の一人は反対して義母との生活を続けるといいましたが、ナオミの熱意ある説得についに意を決して故郷に帰り再婚しました。ところがもう一人の嫁のルツは、「私はどこまでもお母様について行きます」と言い張り、ナオミの説得に耳をかしませんでした。ナオミも根負けして、以後二人は仲良く助け合って暮らしました。ある時、飢きんが村を襲い、食べ物が極端に不足しました。小麦畑の持ち主が親切に「落ち穂なら自由に拾っていいよ」と言ってくれました。ルツは刈り取りのあとの落ち穂を丹念に拾い集めてナオミを飢えさせないようにしました。この二人の物語は、旧約聖書の中でも最も心の休まる美談として知られています。いわば模範的な嫁と姑の物語で、落ち穂を拾うルツの姿は、よく子供用の本などに描かれています。さてこの続きですが、どこまでも姑の面倒をみていたルツですが、ナオミは村の長老たちに頼んでルツの再婚の相手を探してもらいました。彼女の余生の幸福を願い、以後自分はひとりで暮らしたといいます。
娘にナオミという名を付ける親は、ルツのようなやさしいお嫁さんに恵まれて幸福な人生を送れるようにとの願望を込めているそうです。ルツという名の女性もけっこういますが、義母によく仕えるようにとの願望が込められた命名です。7年ほど前に、ある大学で講演した時に、お世話になった助手の女性の名前が「ナオミ」でした。奈緒美だったか、直美だったかは忘れましたが、「もしかしてご両親は旧約のナオミにちなんで命名されたのでは?」と聞いてみました。「実はそうです」と彼女は答えました。未婚でした。これからまず結婚して息子を生んで、二十数年後にやさしいお嫁さんを探さねばならぬという遠い将来の話ですが、そこまで見越して娘にこういう名を付ける親が日本にもいることを知りました。私の知っているナオミさんは、このほかにも数人いますが、まさか命名の由来を聞くわけにもゆきません。それこそプライバシーにかかわることで、余計な詮索です。大多数の日本のナオミさんは、ユダヤ教、キリスト教とは何の関係もないと思います。しかし、ここに挙げた助手のナオミさんの話の内容と、世界史についての知識の深さから、私はとっさに旧約のナオミを連想した次第で、それが講演後のパーティーの席の会話としてはごく自然の流れだったのです。
こういう長い話をあえてご紹介したのは、多くの方にナオミとルツの物語を知っていただくことが、外国人との付き合いや、世界を理解する上での参考になると思うからです。こういう名前に出会った時は、しかるべき応対をなさるのがよいと思います。
さて冒頭のナオミ・クラインですが、カナダ人のジャーナリストです。Googleで検索したところでは、30代半ばという感じ。本人あるいは先祖がドイツ系などということは、書いてありませんが、そこを読むこともまた理解を深めることに繋がると思います。本の内容は相当にきつく、文字通り「衝撃的」だそうで、旧約のナオミやルツよりは怖い人のようです。

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COMMENTS

1 : FUMIHITO : October 31, 2008 10:18 AM

おはようございます。
いつもためになるお話をありがとうございます。
前々からずっと外国のナオミという名前が気になっておりました。
宗教上の名前であろうということは想像していたのですが、そんなストーリーがあったのですね。
それを聞くとナオミ・キャンベルはかなり名前負け?してますね。

2 : 湖の騎士 : October 31, 2008 10:48 AM

FUMIHITO様 ナオミという外国人の名前が前々から気になっていたとうかがい、この記事を書いた甲斐がありました。ナオミとルツ(Ruth)の物語は、無理なく人の心に入っていけるものだと思います。とくに麦の落ち穂を拾ってお姑さんに食べさせるというところが具体的で目に浮かんできます。

3 : 職人希望 : November 1, 2008 12:46 AM

まだ若い私ですが、知らずに死ねるか、と最近思うようになってきました。そんな中で、今まで全く興味のなかった史実という分野にのめりこみつつあります。
“頭にちょっと風穴を”に出会ったのを機に、貴ブログで歴史や民族、派生する文化を単純に楽しんでいます。
湖の騎士様、どうか長く書き続けてください。遠くから応援しつつ、頼りにしています。

4 : kosei : November 1, 2008 08:02 AM

このブログならびに御著書を大変興味深く拝読しております。
どうもありがとうございます。

さて最初本文中の「ルツ」はピンとこなかったのですが,コメント中の Ruthの綴りをみて納得しました。Ruth Benedict 等ですね。

なるほど。これからも楽しみにしています。

5 : 湖の騎士 : November 1, 2008 09:19 AM

職人希望様 「知らずに死ねるか」というのはまさに名言ですね。全若い世代に贈りたい言葉です。拙著およびこのブログを楽しんでいただいているとうかがい、いっそう元気が出てきました。これからもどうかよろしくお願いいたします。

6 : 湖の騎士 : November 1, 2008 09:32 AM

kosei様 拙著だけでなくこのブログをご愛読下さり、心から御礼申し上げます。『菊と刀』の著者の宗教が何なのか、前から疑問に思っていましたが、まだ調べていません。ただ私がNYに住んでいたころ、外国人に英語を教えるボランティア団体の事務局に Ruth というファーストネームを持つ女性がいてこの方はまぎれもなくユダヤ教徒でした。Ruth Benedict は一度も来日しないで『菊と刀』を書いたそうですが、日本の天皇制や武士に対する見方の中に、あるいは彼女の宗教観が反映されているかも知れません。私は学生時代に「浅読み」しただけで、当時はそんなことは考えもしませんでした。改めてこの本のことを考えるきっかけを作っていただきありがとうございます。

7 : 悠々 : November 1, 2008 09:54 AM

naomiの由来がユダヤ系の人名であると言うことは知りませんでした。単純に日本人みたいな名前があるな、と言う程度の関心でした。
先生が冒頭にお書きになったナオミ・キャンベルは現実に活躍している人ですから名前は聞いていましたが、こうゆう鋭い感性を持つジャーナリストが多出してくれると世の中はもっと良くなると思います。
ブランドなんか要らない。で世に出たナオミ・キャンベルさんもカナダのユダヤ系の人だそうですが、「ブッシュのアメリカを継ぐ若者達」では予言的な発言をして今のアメリカを見据えていました。こんな底流があって、来週行われる大統領選挙に繋がっているのだと思いました。
先生のお記事のおかげでいろんな事を考えさせられ、頭の体操になります。

8 : 湖の騎士 : November 1, 2008 02:46 PM

悠々様 Naomiという名の由来については前々から一度書きたいと思っていました。しかしこの記事を書く直接のきっかけを作って下さったのは alien 様からの書き込みでした。この記事がなんらかのお役に立ったとすれば本当に嬉しいです。ナオミ・キャンベルさんは時々テレビで拝見するだけで、どういうことを考えている人なのかはあまり知りません。ただ数あるモデルの中で、トップの地位を保っているからには、なにか精神的にすぐれたものがあるのだろうと想像するだけでした。今後はもう少し彼女の言動を注意ぶかく見つめようと思います。お褒めいただきありがとうございます。

9 : 悠々 : November 1, 2008 03:11 PM

間違えました。
二段上の私の投稿はクラインと読み替えて下さい。
ナオミ・キャンベルと書いたのは間違いでした。
ナオミ・クラインさんのことを書いたつもりでした。

「ブッシュのアメリカを継ぐ若者達」の翻訳文は

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2004/05/post_7.html

に載っています。

10 : alien : November 1, 2008 09:49 PM

湖の騎士様 私は女子大生の頃に聖書を拾い読みました。きちんと解説を受けたのではなく、寮で寝転んで読みました。ですから本当の意味や教訓は全く読み取れなかったのですが、ナオミとルツのエピソードは、特に後半が私にとって別の意味でショック ドクトリンでした。以下、ショックな部分を女子大生に戻って書いてみます。(ちょっと無理が.....)
その後、ナオミは、やはりルツを再婚させた方がいいと思い、ルツに知恵を授けます。麦畑の所有者でルツに親切にしてくれた地主のところへ行き、「肩をむき出しにして香油を塗りこみ、誰にも気づかれないように地主のベッドに潜り込みなさい!」 こ、これって聖書ですよね?! ショックドクトリン! ルツは言われたとおりに実行しました。地主はびっくり仰天ですが紳士的にルツをひとまず家に戻し、村の手続きを踏んで正式にルツを妻に迎えました。
「聖書ってぇ~、超現実的ィ。これって、生きるガッツに溢れてなくない?! 私にはできない」と、当時思いました。
別の逸話で、王様からお金を預かった3人の家来の話も私には理解できませんでした。
一人目の家来はお金を失くした。二人目はお金を土に埋めてそのまま保管した。三人目は利殖して元金を増やした。
王様が帰国した時、褒められたのは誰? 正解は、三人目のお金を増やした家来だったと思います。当時、私は「預かった元金を減らしてしまう可能性もあるのに、人のお金で不確かな利殖に手を出した家来が何で偉いんだ?」と、さっぱりわかりませんでした。
あっ---ッ!!! 今、気がつきました!
これが、サブプライムローンのメンタリティなのでは?????
やっぱり、聖書もショック ドクトリン!!! 

*関係者の皆様ごめんなさい。これから心を入れ替えて勉強いたします。

11 : 湖の騎士 : November 1, 2008 11:48 PM

悠々様 キャンベルとクラインを取り違えておられたとのことで、疑問が解消しました。モデルにしてはずいぶん政治的なことを言うものだと思っていましたので、これですっきりしました。ありがとうございます。

12 : 湖の騎士 : November 2, 2008 12:06 AM

alien様 いつも新しい刺激をありがとうございます。私の記事は、子供向けの聖書理解のようでした。やはり女子大生の時にお読みになったのと、少年の読み方では話の奥行きが違いますね。それにしてもナオミがルツに授けた知恵というのはすごいものだと感心しました。王様から預かったお金の三者三様の保管方法も多くの示唆に富んでいます。ユガヤ人の「利息」とか「利殖」という考えに、イスラム教徒は強く反発していますが、この辺の対立の根の深さは日本人の想像を絶するものがあります。サブプライムローンのメンタリティの根本にこの逸話があるのではないかというご着眼は、まことに鋭いと思います。話は変わりますが、ローマ帝国の皇帝だったユリアヌスはヘブライ文明(キリスト教を含む)が嫌いで、ギリシャ・ローマ的な文芸や価値観が好きでした。しかしコンスタンティヌスがキリスト教を「国教」と極めたあとでは、彼は「背教者」ということになってしまいます。この間の彼の苦悩と古代への憧れを描いた辻邦雄さんの『背教者ユリアヌス』をいつかお手に取ってご覧になることをお奨めします。ユダヤ人の話というのは、けっこうきつすぎて私にはなかなかなじめなかったので、ユリアヌスの気持に共感しつづけてきたというのが実情です。

13 : 湖の騎士 : November 2, 2008 10:49 AM

alien様 訂正です。「辻邦雄」は誤りで「辻邦生」です。「「国教」と極めた」は「「国教」と決めた」です。失礼しました。なおユリアヌスは、聖書に出てくる文章は洗練されていず美しくない。それと比べてギリシャの文人たちの文章がいかに美しいかということを、心の中でつぶやいています。私も高校時代に「聖書を宗教書として読むのが嫌なら、文学書として読めばいい」と先生方(私の高校はミッションスクールです)からさかんに言われましたが、どうしてもなじめませんでした。そこへゆくとホメロスをはじめ、ギリシャ神話や悲劇が展開する世界、さらに北欧の神話の世界の方がはるかに感性に訴えるものがありました。ここまで言うとこれはもう個人の好みの問題であり、「相性」の問題ですから、人さまに押し付ける気は毛頭ありません。しかしのちにユリアヌスの嘆きに出会った時に、「我が意を得たり」と思いました。自分と同じ思いを共有していた先輩がいたのだということを発見して心が休まりました。

14 : alien : November 2, 2008 07:26 PM

湖の騎士様 辻邦生先生の「背教者ユリアヌス」は火曜日に手元に届くことになりました。待ちきれません。
キリスト教からの乖離や一度キリスト教文化に傾倒した外国人の自国文化への回帰といった精神的プロセスに目下大変興味があります。そこへ文学的視点を与えてくださいました湖の騎士様のご助言に感謝いたします。とても嬉しいです。
ギリシア悲劇は、憧れです。いつか「オイディプス王」や「アンティゴネー」などを実際に舞台で見られたら幸せだと思います。北欧の神話というのは全く存じませんでした。ぜひ、知りたいと思います。自国文化への回帰という点で、私は日本の神話にも改めて興味をもちました。そして、よく日本人は「島国根性で閉鎖的」「小さいことにまで口うるさい」といわれますが、根底はだれよりも「おおらかで開放的」なのではないかと思えてきました。これほど奔放(ときには乱暴で、エロティック)な神々様をありのままに受け入れ、敬愛して大事にお祭りしてきました。しかも、神道には教義が無い!他宗教では聖職者が死ぬ思いで一生修行しても学びきれないほど教義が複雑なのを思うと、「教義、無し!」とは大変ユニークです。神話や経典の特徴を比べると民族性が見えてきてますます楽しいですね。

15 : alien : November 3, 2008 09:11 AM

追伸:湖の騎士様 上の書き込みはお奨めいただいたご本が明日届くというご報告ですからご返信のお気遣いはご遠慮いたします。

それから、お願いがあります。
昨夜、NHKスペシャル「日本とアメリカ第3回」を見て、大変イヤな後味が残りました。世論誘導は明白です。
私は、初めて「戦争」のへの道筋を実感し背筋が凍った日としてこの番組を記憶することにしました。
今後、湖の騎士様が見聞なさる危険な兆候があれば教えていただきたいのです。私など一般人には見えないかもしれませんので。

ナオミ クラインが描き出した背筋も凍るようなショックの核心は、実はアメリカのメンタリティそのものと、そのメンタリティを反映した社会の実態です。
しかし、開発途上国に新自由主義が導入される際local政府によって行われた大量虐殺や誘拐、拷問などのプロセスを「ショッキング」とナオミ自身が喧伝するあまり、本の焦点がぼやけて価値を下げたと思います。しかし、アメリカの実態はよく炙り出されていると思います。
日本人は、知力の限りを尽くさなければならないと思います。