View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 04, 2008

コンピューターの限界 -

今回の金融危機に際し、多くの識者が「コンピューター上で組み立てられた架空の取引がとうとう破綻した。コンピューターを盲信した咎めだ。コンピューターよ奢るなかれだ。金融テクノロジー(FT)とかなんとか騒ぎ立てて、一般大衆を見下していた者たち(あえていえばアメリカ的なるもの)の傲慢さが世界の人々を苦しめている」といった意味のことを語っています。私もそう思います。コンピューターは一部の人々が思っているほど賢くはないのです。
しかし、今回はそんなシリアスな話ではなく、もっと初歩的なコンピューターの限界について語りたいと思います。
あるテレビ局のホームページに数か月前まで、「社史」が英語で掲載されていました。その中に「Launches color broadcasting.」というのがありました。これをコンピューターが独自の翻訳ソフトで日本語訳をした文章がそのまま表示されていました。何と、日本語訳は「発射は放送に色を付けます」でした。これで意味が通じますか? 通じるわけがありません。この翻訳ソフトは、Launches を主語と捉えてしまったのです。たしかに Launch には「発射」という意味があります。その複数だと思ったのでしょう。そしてこれに続く color を動詞と受け取ってしまった。動詞とすれば「色を付ける」という意味はもちろんあります。そして「色を付ける」の目的語として、broadcasting (放送)が来たというわけです。
こういうふうに一度 Launches を主語と思い込んだが最後、もう常識も修正もききません。ひたすら意味不明の大誤訳へと突き進んだというわけです。
では正解は何でしょうか? 「会社はカラー放送を開始した」です。欧米の新聞では過去に起こったことでも現在形でいうのがふつうです。そしてまた主語を省くこともしばしばです。この文章の冒頭には「会社は」という主語が隠されているのです。したがって筆者の言わんとするところを正確に再現してみると、
The company launched (=started) color broadcasting. となります。launch には「発射」と同時に「開始する」「スタートさせる」という意味もあるのです。これならだれにでも理解できます。1965年ごろに各社はいっせいにカラー放送に踏み切ったものです。
この例は少し複雑すぎて、あまり面白くないかも知れません。そこでもっと簡単な、今では古典的(?)誤訳として有名な例を挙げることにします。 Out of sight, out of mind. をコンピューターに現代語訳(あるいは外国語訳)をさせたらどうなったか? 原文は学校英語でも人気のある諺で、正解は「去る者日々に疎(うと)し」です。つまり人々の目にとまらなくなった人間は、人々の心の外へ行ってしまう。会社や学校で過去にいかに功績のあった者でも、いったん退いてしまうと人々はその人物のことを日に日に忘れてしまう、という意味です。
ところがコンピューターは、これをどういうふうに外国語(あるいは現代語)に翻訳したか? 驚くなかれInvisible maniac. でした。Out of sight は「視界の外にある」つまりは「目に見えない」ということで「インヴィジブル」と訳されました。そして out of mind には「気がふれた」「正気を失った」という意味もあります。だから「マニアック」と訳されたのでしょう。哀れ昔からの名言とされた「去る者日々に疎し」は「目に見えない狂人」とされてしまったというわけです。
少し例が古すぎるかもしれませんが、この迷訳はコンピューターの限界を広く知らしめるのに絶大な効果があったようです。

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COMMENTS

1 : 悠々 : November 5, 2008 09:05 AM

コンピューターの迷訳は気を付けて読めば何とか本意を推測することも出来ますが、外交の場面などで笑い話では済まない重大な誤解を生んだりしたら怖いですね。外交官は語学のエキスパートでしょうが、機械任せの場合もあるでしょうからね。
先生の冒頭の部分で私はてっきり株の暴落に話が展開するものと思ってしまいました。最近の株取引は人の頭脳に依る判断で売買するのではなくコンピューターに売買を任せているのだそうです。人間の頭脳の判断なら裏を読んだり、大勢と逆の行動をとる人もいるわけですが、コンピューターの判断はインプットされた条件に基づいて一斉にどのコンピューターも同じ判断、同じ行動をするから、大暴落が発生してしまうのだそうです。コンピューターに限らず機械を過信するのは考え物ですね。

2 : 湖の騎士 : November 5, 2008 12:35 PM

悠々様 翻訳ではコンピューターはまだまだ幼稚ですが、ご指摘のように株の売買では「人間をかなりコントロールして」います。とくについ10日ほど前までは、「円高即日本株売り」のプログラムが組み込まれていて、日本にいる外資系証券会社は安心して日本株を売ったといわれます。日本人としてはたまったものではありません。コンピューターの驕りが目立ってきたら、常にここに書いた「インヴィジブル・マニアック」という迷訳を思い出し、コンピューターの限界を知ってほしいと思って紹介した次第です。

3 : 悠々 : November 5, 2008 01:54 PM

御懇切なお返事ありがとうございます。
全く先生のご教示の通りです。コンピューターを過信して行動することの恐ろしさを皆さんに知って欲しいと思います。
有意義なお話でした。

4 : 湖の騎士 : November 5, 2008 10:09 PM

悠々様 このおかしな翻訳の出典を思い出しました。たしかロシア語に翻訳したらインヴィジブル・マニアックという意味のロシア語になったという話でした。初めてこの話を聞いた時、私は「これは話が面白すぎる。誰かの作り話ではないか?」と思ったほどです。しかしけっして作り話ではなかったそうです。一部の人の間ではよく知られた迷訳ですが、もっと多くの方々に知っていただきたいと思い、ご紹介しました。この記事では、「発射は放送に色を付けます」の方を削って、「目に見えない狂人」一本に絞ったほうがすっきりしたという気がしています。

5 : ベル : November 7, 2008 10:48 PM

はじめて投稿させていただきます。
私達の日常に潜む問題を示唆されながらもどこかユーモアの伝わってくる素敵な文章は、最後まで飽きることなく大変楽しく読ませていただきました。
個人的には「発射は放送に色を付けます」のお話はとても好きです。海外ではじめて新聞を手に取ってこのような見出しの表現に??と困惑した経験がある方は少なくないのではないでしょうか。(私も含む)
諺の迷訳には驚きました。本当に作り話(ネタ)かと聞き返したくなるようなお話ですね... 去っていった人々が「狂人」になっていないことを祈りつつ。(つまらなくてすみません!)
これからも楽しみに読ませていただきます。書籍も探してみたいと思っています。知的かつユーモラスなひとときをありがとうございました☆ どうぞお身体ご自愛くださいませ。

6 : 湖の騎士 : November 8, 2008 12:21 AM

ベル様 初めてのご投稿ありがとうございます。「発射は放送に色を付けます」は通常の頭脳ではとうてい思い付かない傑作(?)といえるかも知れません。同じ英文を示して「何か面白い迷訳を考えよ」というコンクールを行っても、これだけの珍訳は考えられないと思いますが、案外今の若者はコンピューターと同じ答えを出してくるかもーーという気もします。諺の方はだいぶ前に聞いた話です。これもなかなかの名訳でしょう。一度聞いたら忘れられないですからーー。どうか今後ともよろしくお願いします。