View of the World - Masuhiko Hirobuchi

November 08, 2008

ユーモアの実例ーー政治がらみでーー -

ロンドンでの話です。時代は特定しません。とにかくずいぶん昔のことです。テレビ局の特派員としてこの町にやってきた私は、着任して間もなく土地勘を養うためにいろいろな所へ足を運びました。まず誰でもが考えそうな、国会議事堂です。タクシーに乗って有名なビッグベンがくっついている議事堂へやってきました。道々運転手さんと景気の話や政治の話、若者の風俗など、いろいろなことを話しました。議事堂の前の広場は「パーラメント・スクエア」です。そこに第二次世界大戦中イギリスを率いた大宰相ウィンストン・チャーチルの銅像が立っていました。雨にぬれたチャーチルの像の頭に、鳩が一羽とまっていました。ここへ来るまでにいろいろと語り合って、「この客は話が通じる客だ」と思ったのでしょう。運転手は、私を降ろしながら、「ここですよ。奴らが(先生方が)あらゆる嘘をついているのは」と言いました。元の言葉は今でも鮮やかに覚えています。 This is where they are telling all the lies. 彼はそう言ってにっこりと笑いました。かなりのお年寄りですが、いたずらな子供のような目が印象的でした。
この言葉には「参った」と思いました。見知らぬ東洋からの客に向かって、「国会議事堂というのは、政治家たちがありとあらゆる嘘をついているところだ」とさらりと言ってのける運転手がいたのです。それほど高度な教育を受けているとも見えない一庶民がこれだけのことを言えるというのは、この国の民主主義というのはよほど成熟しているなと思いました。これは本当に高度なユーモア感覚だと思わず唸りました。次に考えたのは、もし当の国会議員の先生方がこの言葉を聞いたときにどういう反応をするだろうか、ということでした。
おそらく先生方は「そうだ、そうだ。そのとおりだよ」とにっこり笑って肯定するだろうと思いましたね。そこでいきり立って、「けしからん。国会議員を侮辱しておる!」などと大声を出すような野暮天は、国会になどやってこないものなのです。国益のためならば、そしてまた党利党略のためならば、どんな嘘でも平然とつくのが、我らの務めだと割り切るか、もっとゆとりがあって、「運転手君、君は実に正確に我らの本性を見抜いているね」と称賛するのが、大人の国の大人の政治家というものでしょう。
若い私の頭はまたくるくると回転しました。もし私が「国会はあらゆる嘘をつくところ」というタイトルの本を日本で出版したらどうなるだろう? おそらく頭から湯気を出した先生方(たぶん野党の)が、会社にどなりこんできて、「あのけしからん社員を辞めさせろ」とかなんとか言うんじゃないか。あるいは、そういうセンスがまったく備わっていない政治記者たちの間で、私は袋だたきにあうのではないか? などと考えました。日本はこの点でまだまだ先進国とはいえない野暮な議員さんや記者さんたちが多いのです。この状況は今も変わりません。むしろ当時より悪化しています。このくらいのことを言われて、「そうだ。よく言ってくれた。私もふだんからそう思っていたんだ!」と笑いだすような国会議員が、今より20パーセントでも30パーセントでもふえてくれれば、日本の国会での議論ははるかに面白く、実のあるものになり、およそ型にはまった空疎な議論は影をひそめるでしょう。そういう議員が多くいる党が政権を取れる可能性は高いと思います。とにかく議員たちが、そして記者たちが、ユーモアの分かる「粋な」人たちになってもらいたいものです。そのためには教養がなによりも必要であり、知的レベルの向上が不可欠です。
日本で改革すべきところは多々あります。しかし行政も法律も教育も、防衛体制も一気には変わりません。そんななかで、多くの人々がその気になれば変わりうるのが「ユーモア」という心の領域です。日本人のユーモアのセンスが向上しても、他国はけっして文句を言ってきません。外交の舞台でも、今よりははるかに水際立った交渉ができます。日本はずっと住みよく、国際社会でも尊敬され、侵略される可能性もぐんと減少するでしょう。教育現場ももっと活気と笑いのある場になることはまちがいありません。皆で真剣にこの心の領域を向上させるすべを考えたいものです。

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COMMENTS

1 : 職人希望 : November 11, 2008 07:10 PM

学校で教えてくれない大事な知恵ですね。
米国元大統領レーガンが狙撃され、手術となった際に放ったという「君が共和党の支持者であることを望むよ」という台詞を思い出します。一朝一夕にできるものではないし、ユーモア論なるものを勉強したところで身につくものではなさそうです。
緊張した際の、洒落た一言。自己顕示することのない、相手への思いやりに満ちた一言。誰も傷つけずに笑いをとる、一番品性を感じる瞬間です。

2 : どんちゃん : November 12, 2008 07:49 AM

「総額2兆円の定額給付金」について、、、
なんなんですか、これ??
麻生太郎って頭大丈夫でしょうか?
お願いですからこの時期にこっ恥ずかしいことやめて頂きたい。もらう側も恥ずかしくなります。。。

3 : 湖の騎士 : November 12, 2008 09:56 AM

職人希望様 レーガン大統領が狙撃され手術となった時の医師に対するあの言葉は本当に最上のものでした。鮮やかによみがえってきます。思いださせてくださってありがとうございます。「子供のころから人間を磨く」という習慣も気風もなくなってきているのが今の日本では、レーガンさんのような人物は生まれません。ユーモア感覚あふれる人々がふえてほしいものです。私も及ばずながら、こういう人がふえるための努力をしたいと願っています。

4 : 湖の騎士 : November 12, 2008 10:06 AM

どんちゃん様 麻生首相の決断は、いろいろ批判もありますが、わずかこれだけのお金でも「助かった」と思う人は数百万人はいるのではないでしょうか? 批判する人々は、けっして困っている人を助けてはくれません。助かったと思う人と「ばらまきだ」と怒っている人のどちらが多いかは、マスコミの伝え方によって大きく変わります。今回の措置によって自民・公明への支持がふえるかどうかは別として、「本当に困っている人を助けるのだ」という純粋な気持ちになって事を行えば、支持は徐々にふえてゆくでしょう。政治の最高責任者は、そこまで考えて行動してほしいものです。今回の決定は、「公明党の強い要望によるものだ」と言われています。私もそうだと思います。連立政権の首班は、自分の哲学とは異なる決定もしなければならないのが宿命です。麻生氏の頭がおかしいとは思いませんがいかがですか?

5 : 悠々 : November 12, 2008 01:29 PM

アマチュア無線の世界では政治と宗教に関する話題は避けるというのが不文律になっています。そこで私は先生が最初に取り上げたユーモアに戻りたいと思います。
ユーモア、ウイットというのは世間を渡る為の潤滑剤だと思います。時には潤滑剤以上の働きをします。
日本人は私を含めてこれらの使い方が下手というか出来ない人が多いです。私のブログで先日書いたのですが、ホテルの受付の女性が巧みなウイットで私を喜ばせてくれました。政治に携わる方も、報道機関の方もギスギスした関係をユーモアで取り持って欲しいです。レーガンさんも晩年はアルツハイマーでお可愛そうですが、現役の時は溌剌となさっていましたね。

6 : 湖の騎士 : November 12, 2008 09:24 PM

悠々様 政治と宗教の話は大体パーティーの席でも禁物です。しかしそれは個々の政治現象についてであって、この運転手さんのように、政治一般についての哲学(?)を披露するような場合は例外です。日本人がとっさの場合にユーモアのある受け答えができないのは、ひとえに子供のころからの訓練の不足によると思います。そういう反応を外国語ですることの重要性を、まず先生方が認識してほしいものです。この点、韓国人や中国人は、日本人よりもっと適切に対応できているようです。

7 : ベル : November 12, 2008 11:29 PM

ユーモアを備えた人物に触れると一目置かずにいられないのは、私もその重要性を理解しているからなのかもしれません。
子供のころからの訓練不足、たしかに仰るとおりだと自分を含め周りを見回しても実感せざるを得ません。外国人の方や外国人との交流が多い友人などは、さりげない会話の中で気の利いたユーモアを織り交ぜ、知的な刺激をくれるのでハッとさせられる場面が多々あり、その都度笑いと共に深く感心してしまいます。
野暮とユーモア。どちらも漫画のキャラクターにはもってこいの設定ですが、スヌーピーのようにちょっとおどけたユーモアが自然にでてきたら和やかで面白いですよね。
今読み返しても、ピーナッツが永く愛されている理由がよく理解できます。シュルツさんもまた、ユーモアを愛した素敵な人だったのでしょうね☆

8 : どんちゃん : November 13, 2008 12:39 AM

私は恥ずかしながらお金には結構困っています。
借金はしておりませんがひもじい生活です。
少々の腰痛があっても、少々の風邪ひきくらいじゃ医者も控えます。自分で治しちゃいます。

しかし2兆円というお金をなにも今なんで?
株価が下がったから?消費が下がったから?
んなことが1万2千円でなにが変わるのか!
貧乏人をバカにするにもほどがあるよ。
数百万人が助かったと思う、とおっしゃいますが、
助かったってなにがですか?
年金でもあれだけリカバリーにお金を費やし、今後特定の地域の災害支援等でも大きな出費はありえますよね。
国民の過半数はそんなもんいいから本当に必要なときに本当に必要な人へ、地域へ使ってくれと思ってるんじゃないですかね?

9 : 湖の騎士 : November 13, 2008 10:07 AM

ベル様 ユーモアの価値が本当に分かっていらっしゃる方は、貴重な存在です。いくらユーモアのセンスを持っている人でも、それを理解してくれる人がいないと空回りですからーー。スヌーピーたちの日常には、それこそ良質のユーモアがさらりと描かれています。こういうものは過剰になってはいけませんね。シュルツさんは、はにかみ屋さんで、本当に物静かな方でした。その恥ずかしそうな笑顔が今も瞼に残っています。

10 : 湖の騎士 : November 13, 2008 10:19 AM

どんちゃん様 今回の給付金の問題は、嫌な人は絶対に嫌で、ありがたいと思う人は文句なしにありがたいものだと思います。両者が理解しあうことは難しいでしょう。たとえばクレジットカードでしか買い物ができず(たとえ2000円くらいの必需品でも)、その支払い期限が目の前に迫ってきた人にとっては、5000円でも1万円でも、目の前の最大の難問を解決してくれるのには役立つわけです。これだけの給付金が経済を刺激するとは思いません。しかし昔から「行動しない者は行動する者への最大の批判者だ」と言います。野党もマスコミも目の前の1万円を必要としている人間の苦境が分からずに、行動する政権を批判ばかりしているのではないでしょうか? 

11 : どんちゃん : November 13, 2008 07:57 PM

これだけの給付金が経済を刺激するとは到底思えないのです。
ということは無駄遣いなのでは?と普通考えてしまいます。
無駄遣いが’行動すること’とは到底思えないのであります。
もらえるものはそりゃ有難いに決まってます。
しかしもらわなくて済む沢山の人々の分、病気や災害で本当に窮している人に配分する方が良いと思います。あるいは今問題になっている病院の受け入れ体制や介護作業者の待遇などにそのお金を使ったほうがいいんじゃないでしょうか。行動するしないの部分ではなく問題は2兆円の使い途です。ギャンブルですって借金してその返済に窮してるのも同じとは思えません。私はどっちかというとその質ですが。。。

12 : あえて匿名希望 : November 14, 2008 07:48 PM

>一庶民がこれだけのことを言えるというのは、この国の民主主義というのはよほど成熟しているなと思いました。

私は”どんちゃん”さんは、上記のような方だと思いますが、、。

それと『政治と宗教の話は大体パーティーの席でも禁物です。しかしそれは個々の政治現象についてであって、』とお書きになっておられますが、総裁選前後から麻生候補(総理)に対する推薦的な内容の”個々の政治現象”に触れられたのは湖の騎士様ではなかったかと思うのですが。

一過性の”12.000円”で心の底から『助かった』と思っている短絡的な貧乏人、また本当にこの金額で一息つける困窮者がそれほどたくさんいるとも思えません。どうせばらまくなら、年収300万円以下くらいの方を対象に、一律10万円程度の金額を給付すれば、ちゃんとした意味で”助かる”かたもいらっしゃるでしょうし、給付金の一部が”必用な物”ではなく”欲しかった物”に変わるかも知れません。
第一、給付の方法で右往左往して、いつ困っている方のもとに届くのかも知れていません。個人的には何がどうあれ、馬鹿なことは馬鹿なこと、無駄なことは無駄なことと思います。さまざまなサイトで取り上げられている、麻生総理の浅学説が間違いでありますように願っています。

13 : 湖の騎士 : November 14, 2008 09:37 PM

どんちゃん様 給付の仕方も決まっていず自治体の長が迷惑がっている現象を見ると、「拙速」だったことは認めざるを得ません。ではこういう給付金がまったくない方がいいのか、あった方がいいのかということになると、意見は分かれます。私の見るところでは、反対する人はかならずいるということです。その意識を形作っている最大の要因はマスコミの報道姿勢です。その姿勢の根底にあるのは、「解散総選挙は10月中にある」と一方的に報じて、政権に圧力をかけて解散に追い込む思惑が外れたことへの恨みだと思います。今後この政権がどんなによいことをしても、マスコミは執拗に政権を叩くでしょう。そして民意はかなり大きく報道に左右されるはずです。非常に危険な兆候です。