View of the World - Masuhiko Hirobuchi

December 20, 2008

クリスマスツリーへの無神経 -

図書館へ最近行かれたことがありますか? どの図書館にもクリスマスツリーが飾ってあるのに私は強い違和感を覚えます。念のために近くの自治体が運営する図書館に軒並み電話をしてみましたが、今のところ99パーセントどころか100パーセントツリーが飾ってありました。なぜ違和感を感じるのか。私が異常だからでしょうか? そうではないでしょう。違和感を感じない人のほうが神経が麻痺してしまっているのです。当り前のことですが、クリスマスツリーというのは、キリストの誕生日を祝うためのものです。厳密にいえば「宗教行事」です。自治体が運営する図書館が、自治体のお金(つまり税金)を使って、特定の宗教に肩入れするようなことをしてよいわけがありません。しかし今の日本では「子供が喜ぶから」という理由で、クリスマスの意味も何も考えずにこういうことを平気でしているのが実情です。こういう感覚が日本人をかぎりなく「国際音痴」にしているのです。外国人(主に白人)を見れば、すぐにキリスト教徒と勘違いして、簡単に「メリークリスマス」と言ってしまう。こういうセンスでは、平和な世界は築けません。海外旅行などでは、身に危険が及ぶ場合もあります。外国人を見ればまず「相手の宗教のことを考える」習慣が必要です。それは小学校の時から教えなければなりません。人種の坩堝(るつぼ)と言われるニューヨークなどでは、会社単位で送るこの季節のカードには「メリークリスマス」という文言は使わないのが常識です。Season's Greetings (季節のご挨拶を)という文面が主流です。市民の4人に1人はいるとされるユダヤ教徒への配慮から生まれたものですが、今ではイスラム教徒や仏教徒への気配りも必要で、「シーズンズグリーティングス」という表現なら誰をも傷つけないからです。
こういう基本的なことを教えないで、教育委員会が運営する図書館に軒並みクリスマスツリーが飾ってある風景というのは、日本人の感性の劣化の象徴です。デパートなど民間会社が商売としてツリーを用いるのと、宗教に対して公正中立であるべき自治体の機関がツリーを飾るのとは全く意味が違います。そういう公私の区別を幼い時から徹底的に教えないと、ユダヤ教徒やイスラム教徒に対していとも簡単に「メリークリスマス」と言ってしまうような、「常識欠如人間」が生まれてくると思います。まずは公共施設からクリスマスツリーを撤去する運動を皆さんも進めていただきたいものです。心配なのは、私が文書なり電話で自治体の責任者に撤去申し入れをしても、その意味が理解できない担当者がいるだろうということです。こういう申し出の正統性を理解するだけの基本教養がない人間が多いのではないかという危惧は拭えません。しかしどういうアプローチが有効かを真剣に考えてみたいと思います。

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COMMENTS

1 : 湖の騎士 : December 20, 2008 02:30 PM

alien様 この稿の3つ前「BBCは国営にあらず」(11月26日 掲載)にコメントをいただいた(12月6日付)ことを今日まで気付かずお返事もしないでまことに失礼いたしました。最近はコメントが「受信欄」に載らないことがあり、本日少しブログを遡ってそのことに気付いた次第です。日本のジャーナリズムの紋切型、浅薄さ、煽動過剰などについてのご批判は当然だと思います。私も苦々しく思っています。どうすればこれが治るか、本当に大問題です。今回のクリスマスツリーについての無神経の記事も、「日本を覆うミーハー化現象」と大いに関係があります。どうすればミーハーの比率を減らせるか。とにかくこの比率を減らさないかぎり、日本は国際化の渦の中で沈んでしまいます。BBCの創業の精神をなんとかしてもっと広く知らせたいと願っています。

2 : 湖の騎士 : December 20, 2008 02:33 PM

alien様 お礼のコメントを当の「BBCは『国営』にあらず」のあとに書き込もうとしたのですが、どういうものか書き込めなくなっていました。そこでこの記事のあとという変則になってしまった次第です。

3 : 悠々 : December 20, 2008 07:20 PM

私は図書館に勤務していたことがあります。
児童室の季節行事の一環としてツリーを飾っていたと思いますが、宗教的な意味合いはなく、子供達が図書館に親しんで貰う行事の一環としてやっていました。
季節の行事としては、雛祭り、花祭り、五月の節句、七夕、等にも飾り付けをしていました。花祭りはお釈迦様の誕生を祝うものですから、これも厳密には宗教行事と言えるかも知れません。キリスト様の誕生日だけを飾り付けしていると言うことではないです。
厳密には公共団体が宗教行事を行うことは憲法に反することですが、日本人の宗教観の希薄さが原因かも知れません。

話は変わりますが、先日スイスの友人からグリーティングカードが届きました。それには、「シーズンズグリーティングス」とあって、貴君の新年が良い年であるように、更に世界の平和を望むメッセージが書かれていました。メリークリスマスの文言はありませんでした。私も来年からは、「シーズンズグリーティングス」でグリーティングカードを出そうと思っています。

4 : 湖の騎士 : December 20, 2008 11:12 PM

悠々様 クリスマスツリーに宗教的意味合いはなく年中行事のひとつだというご意見は説得力があります。しかし学校などで宗教ともいえないような行事や日本古来の伝統文化について「宗教が絡んでいる」として大騒ぎをして取りやめさせているのがキリスト教徒です。その彼らがクリスマスツリーの時にはまったく何も言わないというのは、おかしなことです。私はクリスマスを気楽な南中行事としてでなく、「世界ではいろいろな異論があるキリスト教のお祭り」として認識する教育が行われるべきだと思っています。日本人が正義と博愛のシンボルだと思っている「赤十字」のマークさえ使えない国々がたくさんあるのです。(イスラム圏では「赤い新月」)。こういうことにもっと神経質になってもらいたいものです。非キリスト教徒への気配りが平和の第一歩ですから。

5 : 風竜胆@文理両道 : December 22, 2008 09:20 PM

日本人の宗教観は、世界でもかなりユニークでしょうね。普通の人間も、神様に祭られる国ですから、すでにキリストも八百万の神々の仲間入りをしているのかもしれませんね。
日本のクリスマスは、キリスト教で祝うクリスマスとは別物だと考えた方が良いのでしょう。既に宗教行事でさえもなくなっているのかもしれません。なぜなら、日本のクリスマスの主役は、決してイエス・キリストではなく、子供たちにプレゼントをくれるサンタのおじさんだからです。

6 : 湖の騎士 : December 22, 2008 11:45 PM

風竜胆@文理両道様  クリスマスを子供たちにプレゼントをくれるサンタのおじさんの祭というふうにもっと気楽に受け止められればいいのですが、私にはどうしても今の「無原則」ぶりが将来大きな災いを呼ぶような気がしてなりません。皆が少し宗教の恐るべき力に鈍感になりすぎていると思います。

7 : FUMIHITO : December 23, 2008 12:47 PM

こんにちは。
とても興味深いテーマです。

私もそうですが物心ついた時から、
12月=クリスマス=サンタのおじさん=プレゼント
という環境の中で育ってきました。
ニュアンスが違うかもしれませんが、お盆やお彼岸にお墓参りに行くような感覚なのかもしれません。

先生のおっしゃっていることは非常によくわかります。
ただ毎年この時期になると県認可・市認可の保育園や私立の幼稚園でもクリスマスツリーを飾り、外国人のサンタのおじさんを呼んで子供達を喜ばせているという環境の中で育つ子供達が違和感をもつことは難しいかもしれません。


8 : 湖の騎士 : December 23, 2008 05:16 PM

FUMIHITO様 クリスマスに宗教的意味合いはないと多くの日本人が信じています。しかし戦後63年が経ち、イスラム教徒のテロリストがこれだけふえ、ユダヤ教徒はあの狭いイスラエルから一歩も退かず、世界はますます緊張化している今、従来のような呑気なことを言っていられる時代ではないのだということを、日本人全体が意識すべきだと思います。米本土からハワイ王国に移住してきた一握りのキリスト教徒たち、わけても宣教師たちが、「信仰の自由」を叫んで(これは口実)王国に反旗をひるがえし、彼らを守るためと称して米政府がこの紛争に介入して結局ハワイを武力制圧し併合してしまった故事をどうしても思い出します。なし崩し的にキリスト教行事に対する抵抗心を麻痺させられていった場合、一体どうなるのだろうとまで考えてしまいます。明らかに今の日本では「取り越し苦労」だと嗤われるでしょうが、多数が信じていることが最も危ないのは歴史が何回でも証明しています。

9 : alien : December 25, 2008 10:28 PM

日本人はニ千年余の歴史をもっていると自負し、そしてそれらを顧みなくてもずっと継承されるがごとく油断するうちに文化大国でありながら「文化音痴」になってしまったのではないでしょうか。戦後は行事から歴史的意味を意図的に排除してきたために、もはや我々は自国の文化の脈絡を正しく辿ることさえできません。確かに十数年余に亘る戦争と敗戦は国として凄惨な経験でしたが、それを悔いるあまりその前の二千年の文化・伝統とも決別してしまうのは、なんとも悲しいことに思えます。自国の文化行事の意味も理解できず正しく祭ることもできない民族に、他文化への配慮など望むべくもない気がします。湖の騎士様が猛烈に危機感を訴えていらっしゃる日本のクリスマスは「消費文化の日」ですから、まさに経済優先で「国際音痴」「文化音痴」になってしまった我々の社会を映す鏡ですね。遠回りのようですが、自国の文化・行事の意味を理解しなおして手を抜かずに正しくやってみることなどが、節操のないお祭り騒ぎを控えて正気を取り戻すひとつの方法なのでは…と私には思えるのですが、どうでしょうか。

10 : 湖の騎士 : December 26, 2008 10:47 AM

alien様 そうですね。「自国の文化行事意味も理解できず正しく祭ることもできない民族に、他文化への配慮など望むべくもない」というのはそのとおりだと思います。「自国の文化・歴史の重要さ」と聞いたとたんにアレルギー反応を起こす人々もいますが、こうした人々は「他文化への思いやり」もしない人々ですね。戦後の精神の歪みが、よりすっきりと見えてきました。いただいたコメントの最終部分「自国の文化・行事の意味を理解しなおして手を抜かずに正しくやってみることが、節操のないお祭り騒ぎを控えて正気を取り戻すひとつの方法なのではーー」とのご提言に全面賛成です。