View of the World - Masuhiko Hirobuchi

February 20, 2009

ナマズを食べる人々への偏見 -

オバマ米大統領が誕生してから1か月になりますが、NYの株価は金融危機後の最安値を下周りました。彼に熱狂的な支持を寄せたアメリカ人たちは、今どんな気持ちでいるのでしょうか。オバマ氏は理想と現実の板挟みになって「シドロモドロ」しているという記事が、2月初めに出た雑誌「選択」に出ていましたが、彼にこけてもらっては困ります。世界経済を支える大きな支柱のひとつが倒れると、世界はそれこそ大恐慌に陥りかねません。
さて日本の一部のマスコミは、黒人大統領の登場を持ち上げ、「アメリカは進んだ国、民主主義の国」とはやし立てました。だが冷静な観察者の一人は「大体19世紀まで奴隷制度を維持していたことは、アメリカがいかに遅れた国かを物語っている」と書いていました。黒人大統領に感激する人もいれば、こうした同調者を一刀両断する人もいるのです。
人種差別の壁を思ったより早く乗り越えたのは、たしかにアメリカ人の柔軟性を物語るものでしょう。しかし彼らは本当に差別の壁を乗り越えたのか? まったく違う角度から見てみたいと思います。キーワードは「ナマズ」です。
アメリカのほとんどの白人たちが、「ナマズというものは黒人が食べるものだ」と思い込んでおり、自分たちはけっして口にしないということを、知っている日本人は少ないと思います。あのぬるぬるした皮膚、口ひげをつけた魁偉な容貌などから、この魚に偏見を持っていて、これを食べる人々を差別しているのです。オバマ氏を大統領に選んだことで、アメリカ人は人種差別を克服したとはやすマスコミを見ていて、私は「ちょっと待ってくれ。彼らはナマズへの偏見を捨て切れているのか? これを食う人々への差別感を本当にぬぐいきれたのか?」と聞きたい気持ちになったものです。食にまつわる偏見というものは、一朝一夕にはなおりません。オバマ氏個人に対する偏見はないでしょうが、大多数の黒人への偏見はまだまだ根強いと思います。ナマズへの偏見と嫌悪も当分なくなることはないでしょう。物事の表面だけ見て、あまり興奮したり感心したりしないことです。

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COMMENTS

1 : はみんぐばーど : February 21, 2009 08:01 AM

素朴なと言うか、無知な質問です。
ずーっとオバマ大統領の前に必ず「黒人初の」の言葉が付けられて報道されていましたが、人種を白人、黒人で言う場合、例えばアジア系の人が仮に大統領になったとしたら、同じ並びで考えると、「黄色人初の大統領」と報道されることになると思われますか?
映画などで耳にする言い回しは、アフリカ系アメリカ人のようですが、本国アメリカの新聞その他のメディアでの「黒人」を現す言い方は、どのような言葉が主流なのでしょうか?

2 : chisato : February 21, 2009 07:15 PM

脇から失礼します。私の知る限り、米国社会(メディアも含めて)ではブラックやホワイト(ましてやイエロー)などと肌の色をさす言葉使いは下品とされています。代わりに、アフリカ系は「アフリカン」、アジア系を「エイジアン」、スペイン系を「ラティーノ」などと呼ぶことが多いように思います。

そりゃあ米国人の中には肌の色の違いや外国人を蔑視する人もいるでしょうけれど、エスニック・ダイバーシティ(多民族化)で成り立っている現在の米国を否定することはできないでしょう。特に、人種のサラダボウルであるニューヨークでは、人種で「差別」することはもはや無意味です。

ひるがえって、日本のマスメディアは「黒人」という言葉を当然のように使い、それに違和感すら覚えない日本人が多数を占めています。日本人以外を「ガイジン」と呼んでしまう人も多いように、日本のモンダイは、人種差別以前に民族というものに無頓着なことではないでしょうか。

常に上澄みすくいをしている日本のマスメディアの報道はともかく、米国人は(肌の色に関係なく)オバマ大統領を信頼し、希望を託していると思います。

ナマズに関して言えば、ロウ・フィッシュをSUSHIで食べるようになった米国人ですから、ナマズへの偏見も薄れているのではないでしょうか。

3 : 湖の騎士 : February 21, 2009 07:51 PM

はみんぐばーど様 chisato様がほとんど答えてくださった形になりましたので、私は補充的なお答えをさせていただきます。アメリカでは「黒人」という表現はだいぶ前から徐々に消えてゆき、「カラード」という言葉が「黒人」を指す婉曲表現となりました。しかしそれもだんだんメディアなどでは使われなくなり、今では「アフリカンーアメリカン」が主流です。しかし「見出し」の部分はこの通りですが、「地の文」の中には「ブラック」という言葉は時どき見かけます。要は「文脈」として自然体であるかどうかだと思います。日本では、chisatoさんのコメントのように、「黒人」と無神経に使っている場合も多々見られますが、逆に現地で「インディアン」という言葉を使っている映画の吹き替えに「(アメリカ)先住民」というように、「神経を使いすぎ」ている場合も多く見られます。ここしばらくは混乱が続くでしょう。アジア系が大統領になれば、はっきりと「エイジアン・アメリカン」というと思います。

4 : 悠々 : February 21, 2009 11:39 PM

私はオバマさんとクリントンさんが指名を争っていたときに、建前ではオバマさんを推している人たちも最終的には白人であるクリントンさんに投票するであろうと予想していました。人種差別は未だ無くなっては居ないと考えていたのです。
私の予想は外れてカラードであるオバマさんが指名を獲得しさらには大統領の地位も獲得しました。これはアメリカ人が人種差別を全くなくしたからと言うよりも変革を切望したからではないかと思います。オバマさんがアメリカ経済の復活に失敗し、アフガン等の海外派兵の収束にも失敗したときにはアメリカ人の中にオバマ下ろしの大合唱が発生するのではないでしょうか?
自分が食べない食物を食べる人を蔑む風潮は何処の国にもあるようです。犬を食べる中国や韓国の人を低く見る日本人は多いですし、たこを食べるイタリア人や日本人を恐ろしい人種だと思う人もいます。食事時に水やビールをがぶ飲みするアメリカ人をヨーロッパの人たちは蛙ではあるまいしと見下している気配もありますね。
ナマズを食べる人種を馬鹿にすると言うのは始めて知りました。私はナマズの天ぷらが大好きです。白身でさっぱりしていて美味しいのですよ。

5 : あんちゃん : February 22, 2009 04:39 AM

偏見をもつくらいなら受けてる側のほうがいいな。
海外に行くとよく軽蔑のまなざしで見つめてる外人さんがいるが、大した根拠もなく差別視してる人に幸せは訪れないと思います。こんな自分にもきっと差別意識はどこかにきっとある。でもそれは自分の知識不足や結局は自分に幸をもたらさない弱さというところに変換しています。差別するって要は自分の弱さを認めたこと(防衛本能)に近いと思う。

金融危機について、
一旦これを機会に闇ユダヤ資本崩壊したらどうでしょ。

6 : はみんぐばーど : February 22, 2009 07:41 AM

湖の騎士様 CHISATO様。
お二人のお答えを興味深く読みました、ありがとうございます。
「黒人初の」が付けられたオバマ大統領のニュースを聴く度に、心地良い思いがしませんでした。私が観たり聴いたりした限り、総てのメディアが同じ言い回しをするので、この言葉を付けるように申し合わせをしているのかと思った程です。
例えば、メディアの一社でも「アフリカ系アメリカ人初の大統領誕生」と書けば、我が日本でも、小さなCHANGEが始まるのではないでしょうか?

7 : 湖の騎士 : February 22, 2009 10:17 AM

chisato様 貴重なコメントをありがとうございます。はみんぐばーどさんにもずいぶん参考になったようです。日本のマスコミの「無神経さ」については私も嘆かわしく思っています。まさか「字数を少なくしたい」という思いから、5字の「アフリカ系」よりも2字ですむ「黒人」を使っているのではないでしょうがーー。ナマズを食べないことについては、やはり旧約聖書「レビ記」の記述が影響していると思います。「およそ水中にありて、鱗も鰭もなき者は忌まわしき者なり」という基準からいうと、ナマズにはどうもウロコがなさそうに見えます。こうした宗教的戒律に加えて、もっと皮膚感覚的にこの魚を気味悪がっている白人が多いと思います。先週オバマ大統領のアフリカ系の閣僚の一人が、「白人は仕事中は黒人を差別していないが、仕事のあとの付き合いはしない」と発言して、かなりの騒ぎになりました。これがアメリカの実態でしょう。遠いホワイトハウスにいる大統領には人種偏見は持っていなくても、自分の職場のアフリカ系従業員と個人的に付き合うまでにはいかない、という白人が多いのではないですか?

8 : 湖の騎士 : February 22, 2009 10:25 AM

悠々様 ナマズはここ数十年食べていませんが、白身でかなり美味であることは舌がよく憶えています。これを忌避するのはまだ許せるとして、食べる人間を軽蔑するというのはとんでもないことです。オバマ大統領を選んだからといって、アフリカ系市民への偏見がなくなったかのようにアメリカ人を持ち上げた日本のマスコミの、あまりにも「礼賛一色」の報道ぶりを見て「もう少し冷静になれよ」というつもりでこれを書いた次第です。

9 : 湖の騎士 : February 22, 2009 10:35 AM

あんちゃん様 たしかに差別するよりはされてる方がいいと私も思います。差別するというのは、弱さの証拠であり卑しい心
ですね。しかし差別の間はまだいいのですがこれが「確信」と化し、やがて自分とは食べ物や思想を異にする者たちへの「憎悪」に繋がっているのが現代の国際社会です。(とくにそれが宗教と結びつくと怖い)。これが発展すると戦争を正当化することになります。たかがナマズといって軽視できないという気になってきます。

10 : はみんぐばーど : February 22, 2009 02:34 PM

私の趣味のバードウォッチングの仲間で、長い間ヨーロッパで暮らしていた知人の話を思い出しました。
哺乳類を餌にしているワシやタカの猛禽類に比べると、魚類を餌にしている猛禽類は格下の扱いだと言うのです。
馬鹿馬鹿しいとは思ったけれど、これも人間が言い出したことであり、人間には何にでも差別をして、少しでも自分が優位に立ちたいと望む心が潜んでいるのですね。

11 : alien : February 22, 2009 03:25 PM

アメリカが長い差別の恩讐を乗り越えてでも自国を立て直そうと団結し有色の大統領を熱狂して迎えたというのは、日本で毎日政党間あるいはマスコミによる袋叩き状態を見ている私としては羨ましい限りです。差別の残存度については、文化圏としての線引きとの違いが私にはよくわからないのですが、この点はどうなのでしょうか。と、申しますのは、たとえ話になりますが、以前、BBC放送で私にとっては衝撃的な番組を見ました。聾唖者の夫婦が2組登場しまして、どちらの夫婦の子供も耳が聞こえないのです。親たちは子供に耳が聞こえるようになる手術を受けさせるかどうか悶絶するほど悩み抜くのです。なぜなら、彼らは「聾唖文化」を大切に思っており、子供たちが耳が聞こえることによって聾唖文化を失うことを恐れるのです。結局、一組の夫婦は子供に手術を受けさせ健常者としての可能性に賭けることを決断し、もう一組の夫婦は子供にも聾唖者として生きて自分達と同じ聾唖文化を継承させる道を選びました。このように部外者にはわからない「守りの態勢」のようなものは黒人側には全くないのでしょうか? エディ・マーフィーなどが登場する黒人主役の映画では、必ずガールフレンドも美人の黒人なのですが、これは白人の美人を登場させたいけれど人種差別が厳しいからできないのか、それとも黒人としての文化だからという理由で、もしくはやはり黒人の方が魅力的だからという積極的な理由でいつも黒人同士のカップルのハッピーエンドで終わるのでしょうか? (二文字で簡単なので白人・黒人と書きました。すみません)

12 : あんちゃん : February 22, 2009 07:08 PM

私は、幼少期、南アフリカで過ごしましたが、そこは黒人・白人の線引きがありました。主に居住地域、交通機関(バス)です。町というか近所の商店街は混在してました。お店の労働者には黒人もいましたし。でもレジは白人、物運び作業や単純作業は黒人などと差をつけていたような記憶も。。。(おぼろげですが)
で、10歳くらいまでの4,5年私が暮らした中で黒人に嫌な思いをしたことは一度もありませんでした。みんな優しかった、というか全然気にならなかった。ただ、Hey,Boyといって頭ナゼナゼしてくれたとき頭にその人の体臭がついて3時間くらい取れなかった記憶はあります。
ただの思い出話でしたw

13 : alien : February 22, 2009 08:14 PM

あ、すみません。こういうデリケートな問題について触れるときに上の11での私の言葉が足りなかったと思います。
アメリカのことしか想定していませんでしたし、わたしは今も根強い差別はあるのだと想像します。(住んだことがありませんので想像です。)ただ、まったく逆の視点から、文化が違うために敢えて交わらないという部分が黒人側の方にもあるのかどうか、もしあればアメリカを体感なさっている方に例などあげてお教えいただけると興味深いと思いました。特にエディ・マーフィー等、映画の黒人主役の相手役がいつも黒人なのは、差別の結果か文化の所以か、いつもどっちかなーと思うので答えを知りたい気がしています。

14 : 湖の騎士 : February 22, 2009 09:05 PM

alien様 どなたかがアメリカでの体験を書きこまれるかもしれませんが、まず私の米英での体験を書かせていただきます。「逆差別」というのは、たしかに存在します。それはイギリスのパブで起こる現象です。パブの何割かは今でも入り口が違います。alien様も経験なさったと思いますが、Saloon Bar と Public Barに分かれており、ビールの値段も前者の方が少し高いのがふつうです。前者にはホワイトカラーの人々が集い後者に集まるのは大体が筋肉労働に従事している人たちです。慌て者の日本人に中には、「イギリスは階級社会だ。インテリは筋肉労働者を差別している」という人もいますが、これは誤りです。パブリック・バーに来る人たちがサルーン・バーに来る人たちを差別しているのだというのが、英国を知る人々の常識になっています。「どうもあの連中(them)の中に入ると居心地が悪い。俺たち(us)は俺たちで楽しくやるのだ」というのがパブリック・バーの常連さんの感覚です。ホワイトカラーに差別されているなんて思ってはいないのです。日本のように「すべての人々が同等でなければならない」と思い込むのも一種の窮屈な「信仰」です。「俺たちには飲み友達を選ぶ権利と自由があるのだ」というイギリスの人々の方が自然体というものでしょう。これと似た感情が、アメリカの黒人社会にもあると思います。エディ・マーフィー主演の映画で、ガールフレンドまで黒人が多いというご観察は鋭いです。白人の女性がガールフレンドであっても不思議ではありませんが、こうなるとおたがいなにかと気を遣い落ち着かなくなるということがあるのかもしれません。パブリック・バーにいる人たちと同じように「こちらはこちらで楽しく生きるのだ」という感覚、黒人の方で白人を差別しているというのが実情かも知れません。

15 : 湖の騎士 : February 22, 2009 09:32 PM

chisato様、あんちゃん様、はみんぐばーど様、悠々様、alien様 皆さまの貴重なご体験とお考えをうかがい、大変勉強になりました。この対話ができたことで、私の考えもだいぶ整理されました。まず日本のマスコミが「黒人で最初の」という言葉を使っていることへのchisato様のご批判についてです。私の見るところオバマ氏は皮膚の色は黒くても、頭の中身はアイビーリーグ出身のエリートそのものです。使用する言語もまさに知的人間のそれです。これが白人の場合は「エリート臭」「鼻持ちならぬ」というマイナス要因になりかねませんが、彼の皮膚の色はその反発を和らげたと思います。そして国民は彼の「頭脳」や「判断力」を信頼して一票を投じたのです。このことが、どうも日本では重く受け止められていません。アメリカ人はこういう頭脳教養の持ち主を大統領に選んだのであって、黒人を大統領に選んだのではないのです。この当たり前のことを、もう一度噛みしめてもらいたいものです。片や昔と同じような生活をし、洗練された言葉を使えず、立ち居振る舞いも粗野なアフリカ系の人々への差別は依然として続くでしょう。どうも日本のマスコミは物事を単純化してとらえすぎるようです。

16 : あんちゃん : February 23, 2009 04:06 AM

私もそう思います。
私は勉強不足で直感だけでモノ言ってるとこありますが、
オバマ氏を見て、僕が知ってる黒人とは思ったことがありません。容姿もまったく違います。当たりまえですが。
僕の知ってる黒人はまっくろでーす。鼻低くて幅広いです。
チャーミングで大好きです。子供の頃に体得してると差別意識はないですね。
差別意識というのは例えばクラスに一人外人がいたり、容姿が少し違う子がいたりとそういう少数派になったときに生まれる意識だと思います。子供時分から優しくて心の大きな子供は尊敬します。僕はどっちかというといじめっこ側につく弱い人間だったと思います。話それてます、すみません。

17 : 湖の騎士 : February 23, 2009 10:08 AM

あんちゃん様 幼少年期を南アフリカで過ごした日本人というのは、そんなにたくさんはいないと思います。貴重な体験をなさいました。南アそのものを観光客として訪れた日本人も非常に少ないでしょう。その南アで黒人の皆さんに親切にされたというのも、マスコミ人間にはないご経験ですね。オバマ氏の皮膚の色はたしかに少し黒いですが、「彼をアフリカ系と見るのは間違っている」ということを、大統領選挙の終盤で共和党のジュリアーニ前NY市長だか誰かが言っていました。日本のマスコミ人間も、少し頭を柔軟にして「黒人初の」という固定観念から脱けだしてもらいたいと思います。