View of the World - Masuhiko Hirobuchi

March 24, 2009

テカテカに光らせた頭(グリーシーヘアー) -

最近の日本ではポマードで頭を光らせ、きれいに頭髪を撫でつけた男性というのはあまり見かけなくなりました。テレビドラマなどでこういう登場人物が出てこないためか、あるいは枕カバーなどにべっとりと油がつくのを奥さんや恋人がいやがるためかはわかりません。原因がわかった方はぜひ教えてください。とにかく今の日本ではテカテカ頭は人気がありません。アメリカやイギリス、フランス、ドイツなどでも事情はほぼ同じです。しかし、かつてはこういう頭は非常に人気があったのです。20世紀前半の最大の美男俳優といわれたヴァレンティノにしても、歌劇王カルーソにしてもたしかこういう頭でした。長谷川一夫も一時期こういう頭をしていました。いくらなんでも古い人ばかり取り上げすぎだといわれるかもしれません。もっと新しいところでは、映画『サタデーナイト・フィーバー』で大ブレークしたジョン・トラボルタが主演した『グリース』という映画があります。私はこれを観ていませんが、グリースというのは文字通り「油」という意味です。油を塗った頭ということで、濃い整髪料を塗って頭髪を撫でつけ、きれいに分けている連中ということになります。こういう髪の毛を好むのは、アメリカにいるイタリア系、ヒスパニック系、ギリシャ系の人々に多い。イギリス(アングロサクソン)やドイツ、スカンジナビア系の市民には、グリーシーヘアー(油をつけた髪)はまずいないのです。彼らはグリーシーヘアーをしている連中を、「遅れている」「知的職業に就いていない」というイメージで見ています。『グリース』はそういう現状を扱った映画でした。しかし頭髪にグリースを塗ろうが、軽くヘアートニックぐらいで整髪してサラサラと風になびかせようが、そんなのは個人の勝手です。昔から「趣味というのは説明のつかないもの」であるはず。そんなところに目をつけて人種差別、人間差別をしているアングロサクソンやゲルマン系の人々に対する抗議の気持ちが、グリーシーヘアーをした若者たちの間に渦巻いている。その怒りや憤懣を表現したのがこの映画だといわれました。批評で読んだだけですが、「そうだろうなあ」と思いました。『サタデーナイト・フィーバー』も、そうした怒りをベースにした作品でした。しかしかつてはアングロサクソン系市民の代表とも見られる俳優の中にも、きちんと髪を撫でつけ、適度に頭を光らせていた人がいたのです。1950ー60年代のケーリー・グラントなどもその一人だったと思います。うんと古いところでは、南北戦争を扱った『風と共に去りぬ』のレット・バトラー役のクラーク・ゲーブルの頭もそうでした。この辺は記憶に頼って書いているので錯覚があればご容赦ください。
とにかく、いつのころからか、欧米の多くの地域ではグリーシーヘアーははやらなくなりました。グリーシーヘアーをしているだけで、その人はなんだか「発展途上」の人と見られるようになりました。橋本龍太郎さんが総理になられる前に、私は「あの光った頭髪は国際社会ではかならずいわれない差別を受けるから、なんとかしたほうがよいと忠告してほしい」ということを、氏と親しい知人にアドバイスしたのですが、もちろん聞き入れてもらえませんでした。橋本さんが欧米のリーダーたちにグリーシーヘアーゆえにどういう見方をされていたのかはわかりませんが、プラスのイメージで見られていなかったことはたしかでしょう。
さて、前回の記事では香水のにおいがきつすぎる女性は発展途上国に多いと書きました。それは彼女たちの住んでいる地域では、そういう香水を身につけることがカッコイイのだという美意識があるからだということを言いました。この男性版ともいうべきグリーシーヘアーも、それを「是」とする価値観が普及しているためだと思います。サラサラ髪とテカテカ髪のどちらがカッコイイのか、そんなことは決められません。地域地域に応じ、さらには時代時代に応じた美意識があり、これは理屈では説明のつかないものです。ただいわゆる「先進地域」では、グリーシーヘアーは分が悪いということだけは心得ていたほうがよいということだけを申し上げたいと思います。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : alien : March 25, 2009 10:57 PM

女性のみだしなみについての貴記事に乗り遅れてしまいました。それで、ちょっと場違いで申し訳ありませんが思い出したことを書き込ませてくださいね。海外で日本人女性の集団を見ると国籍を確かめなくてもお化粧方法ですぐに「日本人だ」とわかったものです。なぜかというと、白めのファンデーションが厚塗りで顔が白浮きしている….. そこで、私は「白浮きだ」と思わずに「なぜだろう?」と思いました。考えてみると日本人女性は素顔でばったり知人に会ったりすると「今日はお化粧もしていなくて申し訳ありません」とあやまります。何か「素」を他人様に見せるのは失礼という恥の文化の影響でしょうか?つのかくしのお嫁さんや舞妓さん、歌舞伎の女形も人間離れして真っ白けです。いったいこれは何に由来するのでしょうか?ただ単にシミひとつ無い色白が尊ばれるからか、文化的価値観の反映なのか….たとえば、お能も面をかぶって素顔は見せません。日本人女性の白塗りの起源を辿ってみたいものだと思いながら何年も経ってしまいました。言い訳のようですが、我々日本人女性の厚塗りはセンスの悪さではなくて、知らず知らず文化の継承だと思います!

2 : 湖の騎士 : March 26, 2009 03:27 PM

alien様 「白浮き」という表現は本当に面白いですね。確かに日本女性は厚く化粧し白を協調する傾向があるようです。これが古代からの神事などと関係があるのかどうかは私には分かりません。故樋口清之教授なら明快に即答してくださったのではないかと思います。梅原猛先生などはご存知かも知れません。友人で素人演劇の俳優を長年務めている人がいるので、聞いてみましょう。オリジナリティ豊かなコメントをありがとうございました。

3 : 悠々 : March 27, 2009 02:20 PM

ポマードでべったりというヘァスタイルは確かに影を潜めましたね。最近の傾向はサラサラヘァですが、日本人は明治の断髪令までは丁髷と高島田がヘァスタイルの主流でした。それらは鬢付け油と椿油でコッテリ・ベッタリのものでしたから日本にはそうゆう伝統の下地が有ったと言うことでしょう。
大航海時代の水夫達は滑車などの潤滑に使う『グリース』を頭に塗って固めていたのですから、これ又コッテリ・ベッタリスタイルでした。
今風のシャンプーが開発されるまではどの国の人も頭髪の処理に頭を痛めていたのではないでしょうか?
そこであまり手間の掛からないコッテリ・ベッタリスタイルが取り入れられたのではないかと推測しています。
南の島の人が獣脂を整髪料として使っているのも同じ理由かも知れません。
でもそのベタベタ整髪料を洗い落とすのは大変だったでしょうね。滅多に洗わなかったのではないでしょうか。
今の若者が毎日朝シャンするのも行き過ぎだと思いますが、あまり洗わないのも非衛生ですよね。

4 : 湖の騎士 : March 27, 2009 10:18 PM

悠々様 正確で詳しい整髪の歴史をご紹介下さり、大いに勉強になりました。今の頭髪スタイルがはやる以前のことを、現代人は忘れすぎていますね。つい数十年前のことを、謙虚に思い出すきっかけを与えていただき本当にありがとうございます。

5 : alien : March 28, 2009 10:47 PM

昨年12月に東京都庭園美術館の「開館25周年記念1930年代・東京 アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代」展にふらりと立ち寄りました。男性のおしゃれといえば、展示物の写真の中に私にとって大変に印象的な一枚がありました。東京駅近くの通勤風景です。普通の朝の風景に何十人と写る人達のほとんどは男性で、皆、リネンなのか白っぽいスーツを着て中折れハットを被っています。きっと帽子の下の髪は、きまじめに整髪されていたでしょう。2~3名のワンピース姿の女性も見えましたが、スタイリッシュで素敵でした。私は写真に見入って「まるで特別なおでかけの日ように、毎朝、こんなにお洒落をしていたんですか、みなさん?」と思いました。背筋の伸びた歩き方はエレガントで、現代よりも余裕がみられるその時代に私は憧れを感じました。この数年後に、この洗練された同じ人達が国民服やモンペ姿で爆撃の火炎の中を逃げまどうなどと一体どうやって想像したらいいでしょう。私は、あの時代までの美意識にノスタルジーを感じます。今は、不況や格差社会という時代の要請で100円ショップや量販店の価格破壊が極まっていますが、便利に使わせてもらっている反面、寂しさも感じます。「粋」や「質」「本物」という日本人のこだわりが薄まっていくことと、それから、あまりにも安い商品を作るために新疆ウイグルなどでは人権弾圧に等しい強制労働が行われているであろうことを知っているからです。胸が痛んで商品に手を出せないこともあります。本物へのこだわりとそれを許す社会的な余裕の回復を願っています。

6 : 湖の騎士 : March 29, 2009 10:15 AM

alien様 きわめて単純な記事から、これだけ想像の翼を拡げたコメントをいただき感動しています。たしかにアール・デコの館が生まれた時代の人々は洗練されていたと思います。男性たちもきちんと整髪していて、心も折り目正しく、出処進退にも美学をもっていた時代です。そういう時代にノスタルジーを感じ、100円ショップの製品から新疆ウィグルの人権弾圧にまで頭が回るお心の柔軟さとスケールの大きさ! すばらしい刺激をありがとうございました。

7 : alien : March 29, 2009 01:40 PM

湖の騎士様 100円ショップで新疆ウイグルの人たちのことを考える時には、条件反射的にチョコレートが頭に浮かびます。湖の騎士様のご著書「頭にちょっと風穴を」の中の「チョコレートの光と影」が想像力のスイッチを押してくれるのです。個々の事象だけでなく、このように物を見る、あるいは見破るための本質的な考え方をお教えいただき本当に感謝しています。今日はお天気のいい日曜日ですから、久し振りに「頭にちょっと風穴を」を持って散歩にでかけることにします。途中でおいしいコーヒーを飲みながら驚きも新たに「洗練」に触れるのは幸せなひとときです。さ、外出のために白塗りにとりかかりますね!

8 : 湖の騎士 : March 29, 2009 09:20 PM

alien様 100円ショップの品物から新疆ウィグルの人権弾圧へと想像力が飛んでゆく大元が、まさか「チョコレートの光と影」にあったとは、全然気付きませんでした。子供が何かいいことをして褒められた時のような気分です。今日は拙著をもってお散歩にお出かけくださり、本当に光栄です。お手許の本も喜んでいると思います。今日、私は近くの小高い丘の上にある公園に行き、ブランコに乗った親子やお花見をしながら静かに飲食している人々を見ていました。桜はほんの咲き始めたばかりですが、昨日よりはぐっと春が近づいてきた感じでした。