View of the World - Masuhiko Hirobuchi

June 04, 2009

天安門事件から20年 -

1989年6月3日の夜から4日にかけて、北京の天安門には自由を求める学生たちがデモを繰り広げていました。その数は数十万人に膨れあがり、最大で100万人に達したとみられています。ゴルバチョフソ連大統領の訪中を初め、青年たちの自由への憧れを掻きたてるムードが高まっていた中国で、この動きはきわめて自然なものでした。しかし中国共産党の最高指導部は、これを体制をゆるがす危険な動きと見ました。このまま放置しておけば、一党独裁体制にひびがはいりかねないと恐れたのです。結果は武力によるデモの鎮圧でした。人民を守るはずの「人民解放軍」が、民衆に向かって発砲したのです。そのために死んだ人々は、当時3000人を越えるといわれました。アメリカのCNNテレビが、デモの最初からこの惨劇の場面までを生中継していました。世界の人々は、生で殺戮の現場を見たのです。中国は世界的な批判を浴びました。対中経済制裁も発動されました。これは中国にとっては大きな痛手でした。あれから20年が経ち、中国は当時とは比べものにならないほどの経済力、軍事力を身につけました。もはや中国と事を構える勇気のある国は世界中どこにもありません。いま中国当局の発表では、この時の死者は315人だそうです。2009年6月4日現在、中国のメディアはいっさい20年前のこの惨劇のことを伝えていません。NHKテレビの画像は、天安門事件に触れたとたんにかき消されました。いわゆるブラックアウトです。中国はこの事件を歴史から「消し去りたい」のだ、という解説を日本のメディアは流しています。自国の歴史、しかも世界中で何億という人々が目撃した歴史までを消し去る国ならば、「実際には起きなかったことまで起きたことにする国」と思われても仕方がないでしょう。そのことをよくよく胸に刻んでおく必要があります。中国では昔から「歴史は権力を握った者の側から書かれるのが常識」とされているのですから。

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COMMENTS

1 : alien : June 5, 2009 01:11 PM

今日も湖の騎士様へのご質問になってしまうのではないかと思います。長らくの懸案ですので長文をお赦しください。
私は、天安門事件から4年後ぐらいにNHK特集で「天安門事件では、当局による弾圧も殺戮も行われなかった」という主旨の番組を見ました。今日までずっと私の心にわだかまっている課題の一つです。たしかスペインのテレビクルーがちょうどカメラを持って天安門を取材していたが弾圧の形跡など全く無かったという映像を証拠として放送していたと思います。わたしは「おかしいな」と思いましたが、渡英する直前でしたので首を傾げたままイギリスに行きました。そして、ある日、イギリス人との会話の中で、日本の公共放送で「天安門事件は無かった」という趣旨の番組を見たがあれは何だったんだろう?と話すと、「あなたは、それにどう対処するつもりか?」と質されました。約6年後に帰国し、NHKに電話をして「もう一度、あの番組を見たいのですがNHKセンター等でビデオを見られますか?」と問合せましたら「再度、見る手段は無い」と言われました。公共放送が放送した内容について、国民が自由に確認・検証する手段がないのはおかしいと私は思いましたが、インターネットがこれほど発達する前の話ですから、一人ではどうにもなりませんでした。最近、台湾を巡る番組でNHKの偏向報道が大きな問題となり、それに伴い再びこの天安門事件は無かったというNHK特集についてもネットで触れている人がいるようです。残念ながら「あったことを無かったことにし、無かったことをあったことにする」のは独裁国家中国だけではないようです。私は、今はほとんどテレビはみません。民放は論外というほど信用していません。さて、貴ブログを拝見するようになって、湖の騎士様のような見識、教養、国際観、日本観、そして公正さをお持ちの方がテレビ報道に携わっていらっしゃる限り偏向が横行することはあり得ないと思うのです。湖の騎士様は、長く報道の真ん中に身を置いていらして、以前との比較において報道の変質を特に強く肌で感じていらっしゃる部分がありますか?そして民主主義を揺るがすほど偏向報道が横行するに至った理由について、内部からどのように洞察していらっしゃるかお尋ねしてみたく思いました。

2 : 湖の騎士 : June 5, 2009 09:59 PM

alien様 非常に重要なご質問ですので、お答えするのに大きな責任を感じています。すべて率直にお答えします。まず推察ですが、NHKが「天安門事件はなかった」と放送したのは、中国が大好きな人間が報道の現場にいて、スペインの取材クルーがそういう発言をしたのを絶好の好機と捉えてそのまま放送したのだと思います。ジャーナリストとして冷静に考えれば、「天安門の虐殺がなかった」などということはありえないことです。当時は中国政府も西側のメディアの影響力を過小評価していたため、CNNが生中継することを許可していました。そのCNNが民衆虐殺の一部始終を生で放送してしまったのですから、ここで「事件はなかった」などと放送するのは正気の沙汰ではありません。しかし、非常に左翼的な労働組合員の中には「中国・ソ連のすることは絶対に正しい」と信じている人がいたのです。彼らは中国・ソ連の核実験は自衛のため・平和のためだから許されると広言し、米仏などの核実験には強く反対していました。この「天安門事件はなかった」という報道については、スペイン人クルーが中国当局の情報操作(諜報の世界でいう「ディスインフォーメーション」)に引っかかった可能性もあると思います。あれだけの惨劇の現場にいたのなら、「そんなことは起きなかった」などといえるわけがないのです。引っかけられたスペイン人のコメントを鵜呑みにして、そのまま放送したのなら、恐るべきナイーブさです。もし内心うさん臭いと思いつつ飛びついたとしたら、日本の世論を操作する悪質な犯罪です。
次に最近の台湾についての番組の偏向性です。あの番組は私も全部見ていましたが、どう考えてもひどいものでした。かくも恣意的にこんな偏向番組を放送できる「体制」というものに戦慄を覚えました。上司が事前にこのディレクターの暴走を停めることがどうしてできなかったのだろう、と思いました。しかし、NHKの放送現場では、部長クラスの責任ある指導を忌避する空気があるのかも知れません。「権力による不当なチェックをはね返すことが正義だ」と思い込んでいる左翼的組合員が相当いるのだと思います。去る1月28日に、NHKの今井義典副会長が外国人記者クラブで会見した時、私は「NHKが抱える問題が2つある。一つは視聴率の問題であり、もう一つはユニオン(労働組合)の問題だ。この組合問題をどう思うか?」と質問しました。今井氏は「私は何度も労使交渉の場に出ているが組合からの圧力を感じたことは一度もない」と明言しました。たしかに労使交渉で経営側にプレッシャーを感じさせる労組の代表はいないでしょう。しかし経営者の目の届かないところで、今回のような偏向番組を作ったり、ドラマせりふの中に「反戦思想」を盛り込んだりすることはしょっちゅうしているのです。朝の連続テレビ小説などは、特定のイデオロギーで塗りつぶされている場合が実に多いのです。そういうところを見ずに「労組からの圧力を感じたことはない」と言い切る今井氏を見て私は「ああ、この人は現実を見ていない」と思いました。もし彼がこの時、もっと謙虚に私の質問の意味を考えていれば、今回のようなきわめてアンフェアな偏向番組の出現は防げたはずです。今日はここまでにして、次回に民放の報道のあり方と現状についてどう思うかを、書かせていただきます。

3 : alien : June 6, 2009 01:06 PM

湖の騎士様 勇気ある率直なお返事に大変感謝しております。これまで私はイデオロギーは討論可能な思想の問題だと思っていましたが、湖の騎士様のご説明を伺いそれは宗教による洗脳に酷似していると気がつきました。オウムの信者には麻原がハンサムに見えていたそうですが、同様に中国やロシア(旧ソ連)がどれほど醜態を曝してもユートピアに見える人たちがいるのですね。そういえば、歴史上も各国内のイデオロギー対立が話し合いで解決されたことはなく、戦争か粛清によってきたことを思うとやはりイデオロギーは洗脳であり対処のしようもないほど難しい問題だと思います。NHKの病理の根深さを再認識し暗澹たる気持ちになります。この病理の中、上層部の問題意識は薄く、NHK内部のチェック体制も機能せず、偏向番組がそのまま流されるとは恐怖を覚えました。言論・放送の自主・自立を貫くという理念の下、NHKは国民への説明責任さえ拒否し、何をしても処罰もされません。暴走する権力を見張るはずだったメディア自らが、今や暴走する権力と化してしまいました。誰もこんなきつい言葉は言わないけれど、私は特定思想の流布に公共放送を確信犯的に使う行為は「テロ」と認識したいと思いますし、NHKはしばしばこの一線を越えていると思います。テロ防止の対策は講じられなければならないと思います。民放のお話も心待ちにしています。よろしくお願いいたします。

4 : 湖の騎士 : June 6, 2009 11:34 PM

alien様 民放ニュース(その1) 民放テレビのすべてのニュース番組を見ているわけではありませんので、「民放のニュースは」と一括りにすることはできません。あくまで「個々の番組」のことしか言えないのが実情です。最も残念なのは、この4月からTBSテレビが始めた超ワイドニュース番組です。どうしても見なければと思いつつ、どうしても見る気にならないのです。視聴率は惨憺たるものだそうです。ゴールデンアワーのドラマや歌やクイズやバラエティを全部やめてニュース1本に絞ったというのは、ちょっと聞くと「英断」に見えますが、この判断は大きく根本から誤っていると思います。「世界ふしぎ発見!」などで人気を博した美人アナ小林麻耶さんを大抜擢してアンカーに据えたわけですが、この着眼がいただけません。このブログでも何度か触れたことですが、彼女を起用すると決めた人々は「人気」と「信頼」を混同しています。たしかに小林さんは感じのよい人です。人徳もあるでしょう。しかしニュースというのは、スタッフが書いた原稿を丸読みすればよいというものではないのです。(もっとも実情はほとんどそうなっていますがーー)。自分が読む原稿の内容を知りつくし理解しつくしていなければなりません。ニュースが生まれてくる背景を知り、そのメカニズムに通じていなければならないのです。官庁発表のニュースなら、発表するスポークスマンの言うことの裏を読む能力が必要です。長い取材経験が物をいいます。視聴者は小林さんに好感は持っても、報道人としては信頼していないのです。報道のいろはを経験していない人を、ただ美人で人気があるからという理由で起用したTBSの首脳部はニュース番組のなんたるかをまったく理解していないのではないかと思います。民放ニュースについての第1回目として「人気と信頼を混同している首脳部」ということを語らせていただきました。これから他系列のことにも触れていきます。

5 : 湖の騎士 : June 7, 2009 10:19 AM

alien様 (民放ニュースその2・スクープへの功名心と当事者の驕り) 日本テレビの「バン記者」が歴然たる誤報を流し、大きな批判を浴び、その責任をとって社長が辞任しました。今年の春先のことですが、人々はもうすっかり忘れているのではないでしょうか? ニュースを捏造するつもりはなくても、もっともらしい証言をする者が現れれば、裏を取らずにその話に飛びつき、結果として誤報になり視聴者に多大な迷惑(迷惑という言葉では言い表せませんが)をかけ会社の信用をなくすということを、マスメディアは繰り返してきました。最も古いところでは朝日新聞が昭和20年代に行った伊藤律「架空会見記」でした。この部分が縮刷版ではすっかり取り払われて真っ白なままになっているのはご存じだと思います。こうした誤報・捏造の根底にあるのは、「スクープをしたいという功名心」でしょう。今回の日テレの場合も動機は同じでした。功名心のほかにもうひとつ見逃せないのが、「驕り」です。多少の行き過ぎは許されるという思いです。その驕りがどこから来ているのかというと、「社旗を立てた車」だと私は見ます。新聞社やテレビ局の社旗を立てた車は、国会にも官庁にも、首相官邸にもほぼフリーパスで乗り入れられます。長い間、それを経験していると、つい「自分はえらいのだ。特別に選ばれた人間なのだ」と思い込む愚か者が出てきます。この「思い上がり」が、日本のマスコミの癌になっていると思います。かつてウォーターゲート事件で世界的大スクープを放ったワシントンポストの両記者は、取材の時にはオンボロの自分の車を使っていました。この二人の記者の使命感と根性は、社旗を立てた車にふんぞりかえって、何時間でも取材現場に運転手を待たせて
おく日本の記者とは雲泥の差でした。下手な川柳ですが「社旗立てた車に乗れば馬鹿になり」と言いたいです。こういう愚か者が功名心にかられている現実が、厳然として目の前にあるということを、指摘させていただきたいと思います。もちろんこれは民放だけではなく、NHKにも新聞記者にも共通している病弊です。

6 : 湖の騎士 : June 7, 2009 11:13 AM

alien様 (民放ニュースその3・意見を言いたがるキャスターたち) 日本のテレビのキャスターたちが共通に持っている錯覚があります。それは「キャスターはアナウンサーとは違い自分の意見を言わなければならない」というものです。この風潮はテレビニュースの初期に、新聞社や通信社で活躍していたベテラン記者が画面に登場した時に始まりました。それから数十年が経った今でも、依然としてこの考えはニュース関係者の間に根強く残っています。キャスターの中には「事実」と「意見」を巧みに混同させている人がいます。中には「事実を伝えるような顔をして自分の意見を伝える」悪質なキャスターもいます。これが世論形成の上でいかに大きな障害になっているかは恐るべきものです。私がアメリカで見てきたニュースマンたちは、事実と意見を峻別していました。アンカーマンは淡々と「ファクト」のみを伝え、「オピニオン」を伝えるのはべつのコメンテーターでした。視聴者は「あ、ここからはオピニオンだな」とはっきりと区別することができました。日本でもこの方式で行くべきだと何度も上層部に提言したものですが、力不足でした。現在でもしたり顔で世を憂い、政治家を糾弾し、正義の味方を演じているキャスターがいます。しかし彼がもっている知識は乏しく、発想はいつもワンパターンであり、とくに国際常識を大きく欠いています。だれを指しているかは、ご自由にご想像ください。ほとんどのキャスターに言える大欠点がもうひとつあります。それは「発想を組み立てるに必要なファクトの仕入れ方が、すべて日本語を通してである」ということです。つまり外国語でニュースや論文を読んでいないので、すべては日本の他のメディアで報じられたものの域を出ていないのです。せめて一カ国語でいいから、常に外国語のメディアに接した上で、仕事をしてほしい。そうすれば日本の報道番組は今のような視野狭窄から抜けだして、もっとバランスの取れたものになるだろうと思います。

7 : 湖の騎士 : June 7, 2009 05:41 PM

alien様 (民放ニュースその4・スポンサーおよび株主の功罪)昔、左翼系の放送評論家はことあるごとに「民放には報道の自由はない。スポンサーに不利なニュースは伝えないからだ」ということを唱えていました。これは一面の真実を言い当てていました。ではスポンサーの圧力というものをまったく感じなくてすむNHKに完全な報道の自由はあったのかということになります。とんでもない。NHKには国会の逓信委員会とか会長人事を決める政界の実力者に頭が上がらないという大きな弱みがありました。それは今でも続いています。民放に話を戻します。時の経過とともに、かつては報道の自由にとってマイナスに働いた面もあったスポンサーが、今ではプラスの働きをしている面のほうが強いというのが私の見方です。スポンサーといっても、報道番組を一社で提供している会社は皆無ですから、その影響力を使って番組内容を自社に有利にねじ曲げようとするような会社は今どきありません。しかしスポンサーが何も言わなくとも、放送局の側に一種の「常識」が働くということはあるでしょう。今の資本主義体制を否定するような、あまりにも左翼イデオロギーに凝り固まったニュースやドキュメンタリーには、スポンサーが付きません。この「見えざるチェック機能」は、けっして手枷足枷といったものではなく、いわば「良識」です。ところがNHKの中にいると見られる極左のディレクターたちには、「番組が売れない」という苦労はまったくないのです。そこで、今回のような民放では考えられないような、台湾についての超偏向番組が誕生したのだといえます。民放のスポンサーは良識ある視聴者・消費者に支えられて企業活動をしています。スポンサーが番組製作に及ぼすプラスの作用を評価すべきです。民放が内在的に備えている「チェック・アンド・バランス」の機能はきわめて貴重なものです。同じことは株主総会についても言えます。株主総会は経営の独善を監視する強力な力です。さらに全国にある「系列局」からキー局へ有形無形の力が働きます。こうしたいくつかの外部勢力の存在によって、東京キー局のニュースは、健全さを保っているーーと私は思っています。残念ながらNHKには、そうした「外部勢力」がないのです。いささか民放に甘い採点になりましたが、これでご質問へのお答えとさせていただきます。

8 : alien : June 7, 2009 10:04 PM

湖の騎士様が部内者として肌でお感じになっている報道・放送の問題点をこれほどまとまった形でご丁寧にご解説くださり本当に心からお礼を申し上げます。これまで漠然と疑問に思ったり危機感を抱いておりました数々の点を、具体的かつ立体的に理解することができました。私は、特に民放においてスポンサーあるいは外部勢力による言論の圧殺が横行しているのではないかという点を非常に危惧しておりましたので、湖の騎士様のご実感として外部勢力はむしろチェック&バランスを保つ良い方向に機能しているというご分析を伺い安堵いたしました。
それから、マスコミには各社の営業成績だけでなく、国民の見識度の養成がかかっているわけですから、放送の質を左右する首脳部の方々には是非とも語学を磨き広い視野から冷静なご判断をお願いしたいものだと感じました。「社旗を立てた車」は誠に象徴的だと思いました。一方、公正さを欠き暴言を放ちながら番組を取り仕切るベテランアンカーを目にするにつけ、湖の騎士様の上層部へのご提言が受け入れられなかったことが真に残念でしかたありません。広く海外の事情を見つめ、国際舞台で経験を積まれた湖の騎士様には、「知ってしまった者の孤独と苦悩」がおありのこととお察しいたします。しかし、これからもヨーグルトの法則で力強いご発信をよろしくお願いいたします。何の発信力も持たない私が湖の騎士様からこのように詳細にお教えいただきましたことをどのように活かしていけばよいのかすぐにはわかりませんが、しかし、疑問を持つことや考えることを諦めてしまうと終わりだと思いますので、今後もいろいろなことに興味や問題意識を持ち続けたいと思います。そして報道に疑問があれば問い合わせを行うなど、できることからやっていきたいと思います。有意義なご教示を本当にありがとうございました。

9 : ベル : June 10, 2009 02:28 AM

ご無沙汰しております。大変貴重なトピックを、若輩者の私などにもわかりやすく解説してくださりありがとうございます。
天安門事件に対する中国政府の態度を見て、私でさえも戦慄を覚えずにはいられませんでした。「自国に都合の悪い歴史を消し去り、過去を書き換える」とは恐ろしいことです。まるでゲームのリセットボタンを押すみたいに。教科書問題などもこの域の癌なのでしょうね。虚構の現実、そんなものがあちこちに転がっているとしたら私たちはよほど注意深く生きなければならないのだと改めて考えさせられました。
最近話題の村上春樹の新刊「1Q84」を読み終えましたが、形は違えどその種のメッセージが含まれていたように私は感じました。イスラエル賞受賞時に彼が口にした「壁と卵」の不毛な争いは世界中の至る所に蔓延していて、平和の兆しもなければ救いもない。悲しみの連鎖を見ていて胸が痛むばかりでやはり私も何もできない非力な存在だと思うと呆然としてしまいます。たまたま日本に生まれてきたという違いだけなのに。
「社旗を立てた車」で思い出したのですが、数年前に経験した高速道路での出来事です。私の乗った車が本線に合流する時のこと、余裕を持って進入したつもりなのですが、そのタイミングで後続車がぐんぐんと飛ばしてきて、あわや接触事故になりかけました。ひやりとしましたしなんて危険な!と思いつつ、ハザードと手を上げて「失礼しました」の挨拶をしました。その直後、いきなり猛スピードでその車が横付けのようなことをしてきて何事かを叫んでくるのです。とても怒って窓から身を乗り出している人もいました。車内には5、6人くらいの男性が乗っているようで、外装をよくみるとなんとフジの車でした。おそらくロケ班のような方々なのでしょう。
その日はテレビ局の(一部の、であってほしい)人々の品位を疑うだけに留まらず、もうテレビを見たくないという気分になったことを覚えています。以来、どうしても彼らのイメージが悪いことは否めません。

10 : 湖の騎士 : June 10, 2009 10:34 AM

ベル様 お久しぶりで、貴重なコメントをありがとうございます。まず中国ですが、天安門事件くらいは認めればよいのに、大国にしてはすることが小さい気がします。この事件はなにしろ世界中が見ていたのですからーー。しかし中国はそういうことをする国だということを、はたして日本人の何パーセントが骨身にしみて分かっているでしょうか? まったく分かっていない人が多いと思います。政治家にも目がくらんでしまっている人がたくさんいます。中国は国連安保理で、北朝鮮への制裁決議にも乗ってこないし、自分たちの不利になることは認めないし実行しない国なのです。次に「社旗を立てた車」です。テレビ局にいた者として、フジの若者たちの思い上がり品性のなさにはただお恥ずかしいと申し上げるしかありません。どういうご不快な日々を過ごされたかをお察しします。しかし、中にはもっと謙虚で、社旗を立てた車にふんぞりかえっている連中を苦々しく思っている局員もいることだけは、お心に留めておいてください。