View of the World - Masuhiko Hirobuchi

July 12, 2009

「苦み」が消えてゆく日本 -

先週、有名なロンドンの名店フォートナム・アンド・メイソン(F&M)の紅茶を久しぶりに飲みたいと思い、日本橋の高島屋を訪れたところ、「3年ほど前にそのお店は当店から撤退しました。三越さんにはまだありますがーー」と教えられました。早速地下鉄で一駅先の三越に行きアールグレイの1缶を求めました。私はこの店が高島屋から引き上げたということに、驚きを覚えました。大げさに言えばショックでした。F&Mは日本に進出してから20年くらいは経っていると思いますが、撤退するなどとはまったく考えていなかったからです。「さてはF&Mの製品は日本人の口に合わなかったのかな?」と思いました。そして頭はくるくると回転しました。「そういえば、あの苦みのきいたイギリス製の飲料シュエップスも日本から撤退したなあ」ということをとっさに思い浮かべました。F&Mとシュエップスは、何の関係もないように見えますが、「ちょっと深みのある大人の味」というところが共通しているように思えたのです。シュエップスが日本から撤退したのは、あの苦みのある味が日本では受け入れられず、まったく売れなかったからだと聞いています。今の日本は、飲食物も人間も苦みのきいたものは売れません。甘くてやさしいものがもてはやされます。親は子供を甘やかすことが愛情だと勘違いしています。女性たちが結婚の対象に求める条件は「やさしい人」が断然トップです。こういう世の中では昔のような「苦みばしったいい男」といった表現はもはやはやりません。蜂蜜のように甘い男がいいのでしょう。しかし苦みの消えた社会が迎える未来は、昔から悲惨ときまっています。食卓に苦みが戻り、苦しいことに耐えられる苦みばしった男たちがふえることが、今なによりも必要な気がします。ビターな飲料の日本撤退からちょっと話を拡げすぎましたがーー。

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COMMENTS

1 : 悠々 : July 13, 2009 11:30 PM

「苦い、渋い、」は大人になって分かる味だと聞いたことがあります。今の日本では「酸っぱい、」程度までしか美味しい味だと理解できない、大人になりきれない子供大人が増えているのですね。
名代の蕎麦屋でもタレが妙に甘かったりしてがっかりさせられる事があります。
日本の果物もみな甘ければ美味しいという風潮になっています。見た目も立派ですが、食べると甘さだけで酸味が少ないからだれた味になって居ます。見た目は悪くてもイタリアやフランスの果物の方が程良く酸味があってしっかりした味です。
苦み走ったいい男になりたい悠々です。

2 : 湖の騎士 : July 14, 2009 10:01 AM

悠々様 「苦い、渋い」のよさがわからない人はいつまでたっても大人になれないのだと思います。JA(農協)で調べたところ、野菜も苦みのきいたものは売れなくて、出荷量も少なく甘いものが人気だそうです。いわば市場(マーケット)が苦みを駆逐しているのです。このまま行くと「味覚音痴の日本人」がふえてゆくでしょう。せめてヨーロッパなみに自然の酸味のきいた果物がもっと受け入れられるようになってほしいです。教育というと「制度」「教員の質」「行政のあり方」「教科書」といったことばかり論じられますが、もっと身近なところで「苦みのわかる人になろう」といった言葉・理念が普及してほしいです。これひとつが普及するだけで、日本は相当によくなるはず。悠々さんはすでに十分「苦み走ったいい男」です。

3 : alien : July 14, 2009 07:24 PM

湖の騎士さま
「苦み」と同様に感知するのに洗練が求められるものに「そこはかとないもの」があると思います。うまく表現できませんが、洗練されているものは、大音量でもなく、極彩色でもなく、奇抜なデザインでもなく、大抵は「very subtle」な存在です。このvery subtleな「そこはかとないもの」の良さをいかに感知して愛でるかということも洗練の一つの現れだと思い、そうなれるよう心がけたいと思います。もしかすると、「苦みばしった」と同様に人にもあてはまるかもしれませんね。

4 : 湖の騎士 : July 15, 2009 12:08 AM

alien様 (very) subtleという言葉を久しぶりに聞かせていただきました。ありがとうございます。理性だけでは説明のつかないもの、「そこはかとないもの」こそ最も価値ある領域だと思います。私はなにがなんでも「苦み」で話を統一しようとしすぎていました。かつてあるイギリス人が、アメリカ人に「君たちアメリカ人にいちばん欠けているものはなんだと思う?」と聞いたそうです。アメリカ人は答えられませんでした。そこでイギリス人はおもむろに「それは subtlety だよ」と打ち明けたそうです。抽象名詞にしてしまうと形容詞の微妙な味わいが損ねられるかもしれませんが、これはベトナム戦争のころの愛と忠告を込めての言葉だったと記憶しています。もしこの軍事大国の指導者と民衆にもっと subtlety があればなあ」と嘆いたのを覚えています。

5 : alien : July 15, 2009 11:48 AM

湖の騎士様
イギリス人がアメリカ人に忠告したsubtletyの逸話は知りませんでしたので驚きました。こんなふうに結びつけるのは短絡的かもしれませんが、日本から「苦味」が消えつつあるのも長期にわたるアメリカ文化の影響の一つと言えるような気がしてきました。(アメリカを愛する方々、偏見ですみません) フォートナムメイソンの高島屋撤退から、苦味が消えつつあるという事実とそれは「ちょっと深みのある大人の味」を味わう感覚の消失であるということを見抜かれた湖の騎士様のご洞察は鋭くてほんとうに凄いと思いますし、重要な警鐘として受け止めました。日本には、もともと某大な数のお茶を味わい分けるだけでなく、子供には飲めないような渋いお茶やお濃茶などもあり、その上、お茶室で鉄釜のお湯が静かにたぎる音さえ「松風」と名づけて愛でるような、大人気や洗練、心映えがあったのにと思うと、「苦味」を失いつつあるという文化の喪失がたまらなく悲しく思えます。
湖の騎士様のショックに共感いたします。

6 : 湖の騎士 : July 15, 2009 03:28 PM

alien様 日本から「苦み」が消えつつあるのを長期にわたるアメリカ文化の影響の一つではないかというご意見に感嘆しました。甘いもの、大きなもの、力強いもの、単純なものがよいのだという文化もそれなりの価値はありますが、人間というのはもっと複雑で屈折しているものです。虚実皮膜とかもののあはれとかいう感性の領域が分からない人は、やはり野蛮人(放送では使えませんが)と思われても仕方がありません。意地悪で粋なイギリス人はそれを「subtletyに欠ける」などといったのでしょうが、「惻隠の情」などというのも、日本の誇るべき心根だと思います。紅茶の撤退から、ビターレモンへ行き、苦みの衰退へと話を拡げた私にご共感いただき、本当に嬉しいです。ありがとうございます。