View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 14, 2009

戦中・戦前の日本 -

敗戦(多数派は「終戦」という言葉を使っています)記念日を迎えてテレビはまたしても同じパターンの報道を繰り返しています。中でもNHKのこの日に対する執念(?)はすさまじく、SMAPの仲居君などを使って戦意高揚ならぬ「戦争憎悪」キャンペーンを情緒的に継続しています。日本がなぜ米英と戦ったのか、あるいは戦わねばならなかったのかについての、冷静で理性的な番組は皆無です。すべてが「戦争は悪だ」「二度と戦争を起こしてはならない」という説教をこれでもか、これでもかと繰り返しています。洗脳もここまで来ると、「これは背後に何か政治的意図が働いているな?」と考えるべきでしょう。理由は簡単です。これを言うことによって目的を達する勢力がいるからです。そういう勢力に言われるまでもなく、日本は戦争を起こすわけがないのです。こちらから仕掛けて一体どの国を攻めるというのですか?そういうことは憲法上からも世論としてもありえないことです。実体がないにもかかわらず、こういうキャンペーンを一体何十年続けてきたのか? こうしたキャンペーンがいかに人々の心を蝕んでいるか。さらには周辺のいくつかの国々をどれほど喜ばせているかを考えるべきです。
さてこうしたキャンペーンが続くと、人々は「戦中戦前の日本は本当にひどい国だった。今の北朝鮮と同じだった」というような考えに傾斜していきます。しかしこれはまったく根拠のない、完全な誤りです。ひとつひとつ事実を検証することもなく、だれかの言葉を真に受けた錯覚です。戦中戦前の日本には、嫌日家がいうよりもはるかに自由がありました。戦争反対(あるいは厭戦(えんせん))の気持ちを歌った歌は、街でも時には軍隊の中でも半ば公然と歌われていました。「お国のいためとはいいながら 人の嫌がる前線へ 志願ででてくる馬鹿もいる かわいいすーちゃんと泣き別れ」という歌は、ほぼだれでも知っていました。「今日で十日も雨ばかり いつになったら晴れるやら 馬も砲車も濡れネズミ しけたたばこがかび臭い」という歌は、「雨の中をこれ以上行進するのはもう嫌だ」という、厭戦歌の代表でした。人々は親しい間では天皇のことを「天ちゃん」と呼んでいました。でもだれも秘密警察(特高)に掴まったりしませんでした。今の北朝鮮で金正日将軍をこれに似た呼び方で呼ぶ人がいますか? ありえません。 先に挙げた厭戦歌が歌われる自由がありますか? そんなことは不可能です。
一方で戦前戦中の日本の庶民生活はそんなに窮屈で、自由も希望も楽しみもないものだったでしょうか? そんなことはありません。流行歌ひとつをとっても「空には今日もアドバルーン さぞかし会社で今ごろは お忙しいと思うたに ああそれなのにそれなのに 怒るのはおこるのは あったり前でしょう」などという実に気楽なある意味であほらしい新婚夫婦の歌が歌われていたのです。そして有名な広沢虎造や玉川勝太郎の浪曲は清水次郎長や笹川の繁蔵といったアウトロー(やくざ者)をヒーローに仕立てて大衆の喝采を博していました。それが公共放送NHKのラジオで放送されていたのです。当時の日本が、暗く絶望的で息の詰まるような社会でなかったことはわずかこれだけの事例からだけでも明らかです。この点についてはもっといくらでも学術的な裏付けを列挙できますが、今日はここまでとさせていただきます。もう少し広い視野からの敗戦記念日を迎えていただくためのご参考になれば幸いです。

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COMMENTS

1 : 腰抜け外務省 : August 15, 2009 06:02 PM

廣淵さま、

初めてコメントさせて頂きます。
今日は靖国神社にお参りに行って来ました。今年の人出は例年になく、拝殿の前には4~50mの行列ができ、大勢の若者たちも参拝に来ていました。

どうも一部報道メディアと、国民の意識の間に乖離が出来始めているのでは?という印象を最近強く感じます。

私も正直、NHKのこの時期の狂ったような反戦キャンペーンには辟易しております。TV欄を見るだけで憂鬱になります。仲居君も人寄せパンダで動員されたのでしょう。NHKを全く見なくなって久しいです。天気予報すらも見なくなりました。視聴料は国民の義務ですので払っていますが。

私の両親も昭和一桁ですが、戦前のことをそんなに悪くいうのを聞いたことがありません。母の兄がシナ戦線へ出征する時のことを楽しそうに話したり、百貨店に買い物に出かけたりしていたことを良く話してくれます。(一応、大阪大空襲経験者なのですが。)確かに戦争後半の食糧不足は苦しかったようですが、それ以外は愚痴らしいものを聞いたことがありません。うちの両親がおかしいのでしょうかね?

2 : 湖の騎士 : August 15, 2009 07:13 PM

腰抜け外務省様 初めての書き込みをいただきありがとうございます。靖国神社に参拝なさったお気持ちは尊いと思います。同じことを考え感じている若者が長い列を作っているということを、与党も野党も政治家たちは知らないでしょう。長い間、日本の左翼と保守勢力の動きを見てきて感じたことがあります。それは「物事を正確に客観的に見ることができる人は保守的になり、観念や思い込みに動かされて、ありもしない理想を追い求めたり革命の幻想に酔っている人は左翼になるということです。社民党にも民主党にもいまだに旧ソ連を憧れの目で見ている人がいます。これは「知的能力がいちじるしく劣っている人」とほぼ同義語です。ちなみに保守はけっして「右翼」ではありません。英語の本場イギリスでは「コンサーバティブ」(保守派・保守的)という言葉は誇りを込めて使われます。自分はコンサーバティブだと堂々と宣言する若者もいっぱいいます。日本のように「革新派が正義の味方」みたいな短絡的な考えはまず見られません。NHKの「特定の価値観押しつけ」は年々ひどくなっています。そこまで日本を貶めて一体なにがしたいのか? それが某国の利益にかなう「日本解体化」を促進するためなのか? と疑ってしまいます。ご両親が昭和一桁生まれで大阪大空襲に会われたとのこと。それでも「日本はひどい国だった」などと語っておられないことをうかがい、心休まるものを感じます。どうかよろしくお伝えください。それから真に平和を求める人々は、もっと他国の歴史や現状を勉強するものです。ところが日本は左翼的な人々は、まず他国のことを知りません。本当に他国の人々と語り合い、辛い歴史に共感の涙を流すという姿勢がないのです。彼らが語る平和とは「自分好みの平和」であり「自分の幻想が生み出した、世界のどこにも存在しない平和」なのです。

3 : alien : August 16, 2009 08:50 AM

はじめて8月15日に靖国神社に参拝いたしました。ここ数年の自分自身の急激な歴史認識の変化を考えますと我ながらずいぶんと変わったものだなと思います。読書とそれからインターネットの充実が相乗効果で大きな要因ではないかと思います。それまで「普通」に教育という名のマインドコントロールをうけて「普通」にマスメディアの情報に触れていた私は、靖国は右翼が崇拝するところ=靖国に行くと危険視される、という感覚をもっていたと思いますし、「終戦」を大断層のような境界にして、戦前戦中の日本人と今の日本人は違うという誤った意識をもっていた(もたされていた)ような気がします。自分達は戦争という殺戮に無関係で、平和を愛し、戦争反対を唱える進化した上等な日本人であると。今思えば、愚かなことです。エドワード・サイード博士の「知識人とは何か」を読みました時に、内容はほとんど忘れましたが、「敗戦は日本の存亡の危機であった」という意味の一文だけ、その目からウロコが落ちるような衝撃のために覚えています。外国人の客観的な目をとおして指摘されるまで、今の日本人の中で、敗戦が国の存亡の危機であったという認識をもっている人は少ないのではないかと思います。負けても当然存続し、これからも当然存続すると思っている人達には、今日、我々が日本語を話し、依然として日本の文化を継承していることの意義やありがたさが分かっていないのだと思います。自分達が上等ぶって日本をいくら批判しても日本はびくともせず、そこに在り続けるという甘えなのかもしれません。

4 : 湖の騎士 : August 16, 2009 12:40 PM

alien様 8月15日に靖国神社に参拝に行かれたとうかがい、あらためて敬意を表します。しかもかつてはご自分の中に「靖国は右翼の行くところ」「靖国に行くと危険視される」という思いがあったにもかかわらず、読書とインターネットの充実の相乗効果により、お考えが変わってきたという点に説得力があります。靖国について、終戦直後から昭和40年代まではそんなにアレルギーはありませんでした。総理大臣の靖国参拝を叩くことが、外向的な得点になることに、中国と韓国が気付き日本のマスコミがそれに乗って以来、靖国問題がクローズアップしてきたのです。最もわかりやすい話では、島倉千代子の「東京だよ、おっかさん」という歌があります。歌詞の一番では娘さんが東京に出てきた母親を皇居前に案内します。そして二番か三番では戦死した兄さんが祀られている靖国神社(九段坂)に母を連れてゆきます。かつてのNHKは、何のタブーもなくこの部分を放送していました。しかし靖国が政治問題と化して以来、この部分は放送されていません。検閲と思想統制の露骨な一例です。「日本の存亡の危機」については、あらためて書かせていただきます。

5 : 湖の騎士 : August 17, 2009 11:06 PM

alien様 「日本の存亡の危機」についてのエドワード・サイード博士の著書にご言及くださり、ありがとうございます。私もまた長い間、日本があの苛烈な存亡の危機を切り抜けてここにいたったのだということを、忘れかけていたのに気付きました。ただ一般の方々と違って、フィンランド、ハンガリーなどの事例を見てきただけに、日本もぼやぼやしていると「フィンランド化」(Finlandization )してしまうおそれがあるだけは、常に頭の中にあります。先日も番組の録画の際にそのことに言及したばかりです。もし日本語を奪われていたらどうなったかについて、みんなもっと真剣に考えるべきです。「そんなことはありえない」という人は想像力が乏しすぎます。非常に大きな問題ですので、このことは独立項目として書かせていただこうと思っています。

6 : niraikanai : August 18, 2009 11:12 PM

今回の記事を拝読して、日本が敗戦国なのだということを
改めて知りました。教科書では終戦という言葉が多く使われていたように思います。ニュースでも「終戦記念日」と扱われている以上、敗戦・太平洋戦争に負けたのだという認識は今の
日本人にはとても薄いでしょう。

身内の話となり恐縮ですが、私は戦地に赴いた祖父たちから
「戦争はひどいことだから二度と繰り返してはならない」というような教訓めいた言葉を聞いた記憶がありません。ただ戦地でどのようなことが起きていたのか、その頃の東京ではどのような暮らしが営まれていたのかを「事実」として聞きました。

今日、「なぜ昔の女性は多くの子どもを産んだのか」と祖父に
聞いてみました。養育費のかかる現代、多くても3人くらいを育てるのが精いっぱいなのではないでしょうか。
9人兄弟だった祖父から返ってきた答えは「多く子どもがいても戦争に行ったら殺されてしまうから」。
私は何も言えませんでした。そこには戦争や当時の日本政府に対する怒りも何も含まれていません。ただ、事実を聞かされただけです。

小さな子どもでも、過去(歴史)をきちんと教えられれば、それが何を意味し、将来はどうするべきか考えます。その時に分からなくても意味を理解できるときが来るはずです。平和とはとても難しい概念だと思います。それを考えるきっかけを8月15日は与えてくれているのでしょう。

7 : 湖の騎士 : August 18, 2009 11:26 PM

niraikanai様 お祖父様からお聞きになった戦争についての言葉は、主観が過ぎたり教訓めいた点がなく、非常に冷厳な事実のみを述べられていたとのこと。当時の日本人は、今の人よりも真実を知らなかったからでもなく、良心が希薄だったからでもありません。第一次、第二次大戦に参加したイギリス兵士の家庭で語られた言葉もほぼ同じようなものだったと思います。今の日本のメディアが伝えていることは、ほとんどが民衆に教え諭すといった調子のものです。今の日本がよくて、戦中戦前の日本はひどい国だったということを、これでもかこれでもかと吹き込んでいます。この悪癖をどこでストップできるのか。どうすればそれが止まるのか。本当に頭の痛い問題です。一番の有効策はNHKを3分割か4分割することですが、今の政治家にそれができるとは思えません。小泉さんも郵政民営化などに熱中せずNHKの分割化をやっていれば、日本の言論ははるかに多様性に富み、活性化したでしょうがーー。

8 : alien : August 18, 2009 11:27 PM

湖の騎士様 私は「敗戦は日本の存亡の危機であった」という認識を持ってはじめて、先の大戦でこの長い歴史と文化をもつ国を死守するために命を投げ出して戦ってくださった方々が祀られている靖国神社におのずと足が向くようになりました。今、ふと思いましたのは、敗戦後に占領された国が辿る運命は概ね言葉を奪われ、歴史を奪われ、文化を奪われ、そして流入者との結婚等により民族そのものが消滅するものなのに、こうして日本が奇跡的にかろうじて原型を留めているのは何故なんでしょう?自分でこの問いに答えられないのに気がつきました。アメリカはやはり自国の利益重視ですから、アメリカが寛容だったからとか、日本の文化を尊重したからとか、そういうことではないのだと思います。
日本側に占領軍を向こうにまわして交渉を頑張り通した人達がいたのか、それとも日本人の戦中の戦いぶりを見て「言葉や文化を取り上げたら、どんなことになるか怖い」と占領軍をひるませたのか…..? もし、後者の要因もあったのなら、それこそ死力を尽くして戦ってくださったお一人お一人のおかげですね。日本が奇跡的に原型を留めているのは何故なのか、湖の騎士様のご見解を伺えましたら幸いです。私の知人にも何か知っているかもしれない人がいますから調べてみたいと思います。こういう主旨の書き込みをすると「右翼と思われるのではないか」という恐れが依然として心の片隅にあることを告白しておきます。根深いですね。

9 : 湖の騎士 : August 20, 2009 10:55 PM

alien様 あまりにも貴重なご意見とご質問ですので、一項目独立させて私の考えを申し上げたいと思っていますが、その前にお答えできることを書かせていただきます。アメリカは、それまで歴然と他国の領土だったテキサスとカリフォルニアを奪いました。言いがかりを付けてです。メキシコ領に勝手に入っていったアメリカ人の保護を口実にして戦争を仕掛けました。ハワイ王国併合の際にもこの手を用いました。スペインからはフィリピンを奪いました。これらはいかなる親米家でも知っておかねばならぬことです。不当な略奪でしたが、メキシコにもスペインにも、もう一度アメリカと戦って奪われた領土を取り返すだけの気概も実力もありませんでした。アメリカは「他国の領土を奪っても、相手も国際社会も文句を言わない。ちょろいものだ」と思ったに違いありません。しかし1941年から戦った日本は勝手が違いました。兵士たちもプロの軍人たちも「私」の念からでなく、「公」「国」のために戦いました。阿片戦争や義和団事件で見てきた中国人と日本人は、まったく違っていました。この日本人の自己犠牲の精神を見て、アメリカは畏怖の念を覚えました。叩きのめし二度と立ち上がれないようにしなければならないと思いました。有無を言わせずに日本に圧勝するために、原爆を投下したのだと思います。そして戦後になって、アメリカが最も得意とするマインドコントロールで日本人を支配しました。上品に言えば「パブリックリレーションズ」の技法によってです。憲法を押しつけたのもその一つです。日本語と日本文化を根絶やしにすることも視野に入っていたと思います。しかし終戦の処理に当たった日本人の能力と教養は、いまの官僚や政治家のそれよりも数段すぐれていました。彼らは占領軍を恫喝もし、占領軍内部の分裂工作も行いました。そうした努力と日本人に対する畏怖心、尊敬の心などが相まって日本は辛うじて存亡の危機を乗り越えたのです。もちろん一身を国家に捧げて散った人々は、日本の存続に大きく貢献しました。立場がいかに左翼であろうとも、これは認めなければならない事実です。どうしても日本が嫌で日本の過去を全否定したい人は、ヨーロッパの列強が争った19,20世紀の戦争をつぶさに調べてみることです。自分たちがいかに常識がないかが分かるはずです。さてもう2,3日本が奇跡的に原型を留めている理由を考えてみたいと思います。アメリカは1億人を越える領土をそれまでに奪ったことがなかったこと。日本はテキサス、カリフォルニア、ハワイに比べて大きすぎたこと。次にソ連が東欧を急激に衛星国化し、その脅威がアジアにまで及んできたこと。さらに中華人民共和国が誕生し(1949)、共産主義の脅威が現実のものとなってきたこと等が考えられます。いずれにせよ「日本を粗略に扱ってはならない」という思いと「二度と脅威にならないように徹底的に骨抜きにしなければ」という思いが錯綜した結果が、日本の「辛うじての独立維持」につながったのです。国のために殉じた方々の霊を祀るのは、国民として当然のことです。繰り返しになりますが、どうしても日本を嫌いな人は、ここ200年くらいのヨーロッパでの戦争の死者が各国でどのように祀られているかを知るべきです。死せる兵士の霊を丁重に弔ったからといって、右翼であるわけがありません。

10 : alien : August 21, 2009 07:12 PM

湖の騎士様 大変に勇気が湧いてくる歴史の真実を伺うことができまして有難たく存じました。マインドコントロールという睡眠薬が徐々に切れて間もなく眠りから覚めるがごとく、そしてまたヨーグルト菌が活性化するごとく、多くの人に目を向けていただきたい事実だと思いました。こちらのコメント欄で何度かお話しましたが、私はイギリスでの暮らしを経験し、それがあまりにも肌に合いすぎていて日本社会への再適合がとても難しく思われた期間が長くありました。その間、日本を理解する必要に駆られて日本の歴史や精神文化についての本を悩み悩みたくさん読みましたし、インターネットで情報収集しました。振り返ってみますと、海外に出かけた末に辿りついたところは、結果として「自国を理解し、そして自国を誇らかに愛する」というゴールでした。長い旅でした。私は必要に迫られて、切羽詰まった気持ちで日本を見直す作業をしましたけれども、考えてみますと日本人の全員がこの作業を自力でやらなければならないのだと思います。マスコミは、各自・各社がそれぞれの意図をもってマインドコントロールを続けようとしていますから、そこから抜け出すには自力で情報収集するしかありません。大多数が問題意識を持たずマインドコントロール下にある中で、「あれ?」と疑問を持つことは孤独なことです。私は、貴ブログから貴重なご見解や情報だけでなく、「言葉が通じている」という勇気をいただいております。どうか、これからも「あれ、教えられた歴史は何かおかしいかも?」と気が付きはじめた人達の頼れる先生としてご活躍いただきたくよろしくお願いいたします。