View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 02, 2009

「ワニ」に当たる英語はない? -

言葉というのは実に豊かなものですが、時には日本語としてはだれもが当たり前のように使っている表現が外国語にはないことがしばしばです。昨今で有名なのが「もったいない」で、これは他国にはない思想だそうです。そのほかにも日本独特の美意識にかかわるものは、どうにも外国語には訳しにくいもの。
ところで、私たちがふだんなにも考えずに使っている「ワニ(鰐)」に該当する英語がないといえば、「そんな馬鹿なことがあるか! ワニくらい英語にもあるよ」と息巻く方が多いでしょう。たしかに、英語で「ワニ」を表す言葉は二つあります。アリゲイターとクロコダイルです。アメリカのフロリダやサウスカロライナあたりにいるのがアリゲイターで、エジプトのナイル河やオーストラリアに棲んでいるのがクロコダイルです。どう違うかといっても「顔つき」が違いますね。クロコダイルの方がなんだか眠そうで、目の上にかぶさるまぶたが厚いです。アリゲイターの方は、そこへ行くとお目々ぱっちりという感じ。この二つを、英語圏の人々は意識して区別しているのです。アリゲイターとクロコダイルを合わせて「似たようなものだからワニでいこう」というふうにはならないらしい。これは厳密といえば厳密ですが、意外と不便な気もします。
英語圏の子供も大人も親しい友人同士の間では、別れ際に
See you later, alligator. とよく言います。(じゃあね、またね)という感じで、この「アリゲイター」はとくに意味を持ちません。「レイター」との語呂合わせです。でも彼らの周囲にはアリゲイターが多いのかなとは思わせる言葉です。この挨拶のあとに時に
In the Nile, crocodile. というのが続きます。「でもね、ナイル河じゃクロコダイルだよ」と。これもナイルとダイルの語呂合わせです。

さてちょっとややこしい話。本当か嘘か知りません(たぶん嘘でしょう)。昔かなり真剣な顔をした先輩記者から聞いたのは「アラビア語にはヒツジ(羊)に当たる言葉がない。個々の羊の特徴を瞬時に見分けることができるので、これはOOO、あれはXXXというふうに、何十種類かの羊を全部別々の呼称で呼ぶからだ」ということでした。「その代わり、彼らは魚はアジとかサバというふうに個々の名で呼ばずに一括して「魚」と呼ぶ」とくると、なんだかこのアラブ通の先輩の話も眉唾ものになってきます。たぶん純情な若手記者をからかったのだと思いますが、「砂漠の民は何十種類ものヒツジを、我々が魚を識別できるように瞬時にして識別して個々の呼称で呼ぶ」という部分は正しいのではないかと思います。ワニはせいぜい二種類ですが、ヒツジとなるとそれこそ何十種類もあるのでしょうから。

ここで話はまた飛躍します。我々は「平和」という言葉をよく使います。鳩山総理は「友愛」をよく使います。しかし国や地域によっては、こうした概念が存在しないか、あるいは存在してもまったく違った意味で使われていることが多いのです。アリゲイターとクロコダイルの違いくらいではすみそうもないほど、複雑でむずかしい概念です。時には大きな誤解を生み、国の安全を脅かしかねない言葉です。そういうことも念頭に置きながら、思慮ぶかく世界の人々と付き合っていきたいものです。

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COMMENTS

1 : 悠々 : October 2, 2009 01:42 PM

鰐のお話、面白いです。
日本には鰐は居なかったから大雑把な概念で色んな種類がある鰐を単に鰐と言ったのでしょうね。
因幡の白ウサギに出てくる鰐(ウサギが八艘跳びをした)は鰐と言っているけど海豚?だったという事で、昔の日本人は海獣は皆鰐と言って済ませてしまったのでしょうね。
先生も鰐については二種類だけとお書きになっていますが、アリゲーター科とクロコダイル科、ガビアル科等があり、更にその下に亜科と属がありますから何十種類にも分かれているようです。
平和とか相互理解とかの言葉の無い場所(国)には住みたくないし行きたくもないですが、そんなところが存在しないように国際社会が機能して欲しいです。

2 : 湖の騎士 : October 2, 2009 09:25 PM

悠々様 鰐といっても二種類だけじゃないことを教えていただきありがとうございます。「ガビアル科」などという「科」があるとは知りませんでした。日本人やドイツ人は「多様なものの中に共通するものを見付ける」能力に秀でているそうです。つまりは具体的なものを「抽象化する」能力です。しかし他国の人もそうした抽象化、概念化ができるかというとそうではありません。韓国ではハングルばかり使って漢字を廃止した結果、抽象的な思考をする能力が極端に劣化しているそうです。これは前にも書いたと思います。そういう人々に向かって「日本語で語る理想論」が通じると思うのは錯覚です。鳩山外交への危惧はその点にあります。「ワニ」のことを語ったのは、話をそこまで持っていきたかったためでもあります。

3 : niraikanai : October 2, 2009 11:39 PM

ワニを英語で何と言うか?今まであまり気にもせずにaligatorかcrocodileを使い、生息地で分けていることを知りませんでした。さらに細かい「科」もあるのですね。生物の講義のようで面白く拝読しました。

国による、ものの抽象化・具体化、言葉の概念といった問題は
とても繊細で難しい問題だと私も思います。
鳩山首相は国連の演説でわざわざ「友愛」と日本語を使っていました。ニュースで見ていて、「?」と疑問に感じ、正直、いやだなと思ったのです。
私が通った中高では「友愛」を教育理念のひとつとして事あるごとに校長先生が使っていました。中学生相手に友愛といえば「友達やその周りの人も大切にすることだな」とわかりますが、全世界を相手に使うと、どうもそぐわない気がしたのです。
国内や政党内でよく使うから、好きだからという理由で、外交上「友愛」といったとても抽象的な言葉を多用するのは、避けたほうがいいと私は思いました。

4 : 湖の騎士 : October 3, 2009 10:10 AM

niraikanai様 抽象名詞をまったく使えない人(国)も困ったものですが、使いすぎの人はもっと困ったものです。第一、そういう概念のない人に何を訴えても通じません。友愛などという語は外交の現場にはなじまないもの。「教会で説教を聴いているんじゃない。もっと実のある言葉を!」と思っている人は多いはずです。