View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 06, 2009

ハリネズミのイメージ差 -

ハリネズミという小動物の名前を聞いたときに、あなたはどういうイメージをお持ちになりますか?
先のとがった針のような剛毛が体中に生えていて、自分に危害を加えそうな動物や人間が近づくと威嚇する。下手に手を出すとこわい。油断のならない危険な相手だーーといったものでしょうか?
それとも、名前の割にはコロコロっとしていて可愛い。たしかに体を丸めると、ボールのようになってしまい、外敵から身を守れるが、相手を倒せるような力はない。田舎ではどこにでもいそうな愛くるしい奴だーーといったイメージでしょうか?
日本語でハリネズミというと、なんだか恐ろしげな前者のイメージが強いようですが、これを英語でいうと「ヘッジホッグ(hedge hog)」となります。文字どおりに解釈すると「生垣のブタ」です。イギリスでは、最も親しまれている小動物です。どこの家にもありそうな生垣に棲んでいて、その発するにおいがブタに似ているので、こういう名前になったとか、姿形や歩き方がブタにそっくりだから、こう名付けられたといわれています。いずれにせよ、危険とか恐ろしいというイメージはまったくありません。
ところが今から二十数年前、時の中曽根康弘首相がアメリカを訪問しレーガン大統領と会談して帰国した際に、このハリネズミという言葉を使って日本中が大騒ぎになりました。中曽根さんは、日米の同盟を強化する必要を強調し、日本列島を「浮沈空母」としなければならないと説き、全土を「ハリネズミのように」要塞化しなければならない、と語ったのです。この場合の日本に侵略してくる可能性のある仮想敵国の筆頭はソ連でした。この「浮沈空母」および「ハリネズミ」という二つの言葉にマスコミは噛みつきました。いかにも好戦的・タカ派的であり、ソ連・中国に対して敵対的すぎるとの理由からでした。
私はこの時、「浮沈空母はともかくハリネズミじゃちっとも恐くもないし凄みもない。中曽根さんはたとえを間違ったな」と思いました。イギリス人が「ヘッジホッグ」という言葉で思い描く動物は、まったく平和的友好的な生き物なのです。だれかもう少し英語のイメージにくわしい知恵者が傍にいれば、「総理、ハリネズミでは凄みがありませんよ」くらいの進言はできたはずだと思いました。
この総理発言の英訳を読んだ米英ソ中のリーダーたちが、とっさにイングランドの生垣にいるヘッジホッグを思い浮かべたかどうかは分かりませんが、海外での反響は日本のメディアにくらべてだいぶ穏やかだったようです。日本のメディア人間が、もしハリネズミの本場でのイメージを知っていれば、「総理も凄んだつもりでまったく意図を達していないな」と、思わず苦笑したことでしょう。イギリスには「全英ハリネズミ保存協会」という任意団体があります。宅地化が進み、ハリネズミたちの生活環境が年々おびやかされています。車で引かれて死ぬハリネズミもふえています。長いあいだ人間の友であったハリネズミを保存しようとする人々の団体で、ネクタイやコースターを売って活動費に当てています。親友のジョンが日本にきたとき、焦茶色のネクタイをプレゼントしてくれましたが、目のクリクリッとしたハリネズミが何十匹もプリントされていて、本当に可愛いものでした。もし中曽根さんが、こうしたネクタイを持っておられたら、かの「ハリネズミ発言」はなかったろうと思います。
現役の日本のリーダーの皆さんにも「自分の哲学を語る場合は、よくよくその言葉が他国ではどういうイメージで見られているかを調べてからにしていただきたい」と思います。ご自分の思い描いているイメージとは、まったく違う解釈をする人々が世界には多いのです。大きな騒ぎになってから「いや、そういうつもりで言ったのではなかった」などということのないように、よろしくお願いします。

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COMMENTS

1 : alien : October 6, 2009 11:58 PM

意外と真意は伝わらないのもだな…という類の話を私もつい先日耳にしました。私は英語の発音をなんとかしなければと隔週に一度イギリス人の先生に個人レッスンを受けていますが、雑談の中で先生がおっしゃるには「藤原正彦氏の日本人論はイギリスの特に知識層の間ではすこぶる評判が悪い」のだそうです。たとえば「日本人は女・子供を迫害しない。なぜなら日本人だからである。」というような論調が苦々しく受け止められているというのです。ほとんどの日本人にとって惻隠の情や自己犠牲の精神や卑怯を憎む心などは「たてまえ」でも「絵に描いた餅」でもなく、本気で「そうありたい」と思う努力目標ですから藤原正彦氏のご本に大いに共感するわけですが、精神土壌が違う人々にとっては日本人を特別扱いした嫌味にしか聞こえないようです。日本を理解してもらおうと「国家の品格」を外国人にポンと手渡すとかえって誤解を招く恐れがあり、その背後の精神風土などを言葉を尽くして説明する一手間が必要なのだなとつくづく思いました。
イギリス人にも肯定的な受け止め方をしている人もいるかもしれませんが、一応、私が直接伺い、意外に思った話を書き込ませていただきました。

2 : Sako : October 7, 2009 06:59 AM

鳩山首相こそ、hedge hog外交ですね。


言語学者の西江雅之さんが、アフリカの何処だったかは忘れましたが、女性の美しさの喩えに「牛のフン」を使うと語られていたのを思い出しました。

言葉は、難しいけれど、面白いですね。

3 : 湖の騎士 : October 7, 2009 02:37 PM

alien様 藤原正彦教授の「国家の品格」の中に秋の虫のすだく音(ね)を聞いたイギリス人が「なんだあのノイズは?」と質問するというくだりがありました。これを藤原さんは、イギリス人はこういう鳴き声の微妙な味わいを聞き取る能力がないのだと断じていました。おそらくこういう断定の仕方が疎まれているのだと思います。「イギリス人は野蛮で洗練されていない。もののあはれを理解する繊細な感性がない」という見方が、藤原さんの精神の根底にあるのだと思う人は多いでしょう。でも藤原さんは、イギリスに行ってアメリカ人の足らざる点がよく目につくようになったとも書き、イギリス人に好意は持っているのです。「はるかなるケンブリッジ」は読んでいませんが、虫の音以外の個所はそれほどイギリス批判でもないと思います。ただ在日韓国人の二世が「あまり日本人を特殊ですぐれているとはいわないほうがいい。他のアジア人も反発を覚える」と言っていました。藤原さんほどの国際通でも、こうした反感を生んでいるとしたら、もっと素朴な民主党の重鎮たちは、この先どれほどの国際摩擦を引き起こすか分かりません。くれぐれも「自分の基準で物を言わない」ように願いたいものです。英語の発音を美しくするために隔週に一度英国人に個人レッスンを受けておられるのは、実に立派ですね。すばらしいことです。

4 : 湖の騎士 : October 7, 2009 02:42 PM

Sako様 美人を形容するのに牛の糞を用いるというのは、想像を絶する意外性があります。本当に面白い話をありがとうございます。鳩山さんも、これから本当に慎重に外国の要人と付き合ってほしいですね。どうも自分の基準で動いている印象で心配です。それはそうと本文の記事の「浮沈空母」は「不沈空母」の誤りでした。訂正しようとしているのですが、うまくいきません。不沈は unsinkable です。失礼しました。