View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 09, 2009

天国にはユーモアがない? -

「人間に関することはすべて悲しい。ユーモアそのものの隠れたる源は喜びではなくて悲しみである。天国にはユーモアがないのだ」。天国にいる人は喜びにあふれていて悲しみを感じない。だから天国にはユーモアがないーーとこの名文の筆者はいっています。筆者はアメリカでも最もユーモア感覚豊かな作家として知られるマーク・トゥエイン。 Everything human is pathetic. The secret source of Humor itself is not joy but sorrow. There is no humor in heaven. しかしこういう言い方には「異議あり!」という人が多いでしょうね。「天国にだって悲しみはあるに決まってる。ユーモアだってあるにちがいない!」ーー。さあ、だれも行ったことがない天国での悲しみの有無について、意見を戦わせますか? やや平凡ですが、私は「天国にも悲しみはある」という見方です。人間はどこに行っても憂いや悲しみから逃れることはできない。それが人間というものだーーと思っています。しかしこの文章の取り柄は、むしろ前半の部分です。「ユーモアそのものの知られざる源は喜びではなく悲しみである」という観察! 「トゥエインよ、お主するどい!」といいたいです。この文章を久しぶりに思い出させてくれた記事は、9日の産経新聞「早稲田の英語」でした。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : 泥田の落武者 : October 9, 2009 11:28 PM

湖の騎士様

極めて哲学的な課題、誠に恐れ入ります。落武者は哲学としての仏教に興味がございます。悟りとは、ご存じの通り、生老病死といった苦しみや、諸欲煩悩から解脱した状態を云うのだそうですが、そうしますと、少なくとも悲しみ、苦しみは無い、ということになるのではないでしょうか?

となった場合、ユーモアがあり得るのか?という話になりますね。

ユーモアとはある意味において、他者を貶める(程度とセンスによりますが)ことによって得られる、或いは何らかの悲劇的な状況を、自虐的、或いは他虐的に表現することによって作り出されるものかと存じます。

幸せな状態を笑いに変えるのは、この世では嫌味としか捉えられかねません。では悲劇的な状況が存在しない天国で、自分たちの状態を笑いに変えるのも、やはり嫌味な行為ととらえられるのか?(だとすると悲しみが発生する。)

イスラム教では天国では、いくら飲んでも酔わない酒を好きなだけ飲めるから、現世では酒は控えろと教えられるというような話を聞きましたが、たとえばこの状況をどうすれば笑いに変えられるか?

酒が飲めない、或いは酔っぱらう前に酒を止められるというのなら、その悲劇を笑いに変えられると思います。或いは酒が飲めない下戸がいれば笑いに変えられますが、好きなものを好きなだけ与えられる状況が、仮に天国であるなら、ユーモアというものの成立は前述の定義にしたがえば、難しいような気がいたしますが。

2 : Sako : October 10, 2009 10:08 AM

ユーモアは悲しみが源泉であるが故に、ロシア人とユダヤ人のジョークが発達したのかと思いました。

では、ユーモア大国であるイギリスの民の悲しみは、一体何か?とも考えます。

「早稲田の英語」早速読んでみます。

3 : 湖の騎士 : October 10, 2009 10:10 AM

泥田の落武者様 おかげさまで「天国」のイメージがだいぶ具体的に目に浮かんできました。順を追って天国での生活を示され、ユーモアの有無について説明していただいた思いです。ユーモアの本場とされるイギリスでは、ユーモアの神髄というのは「自らの愚行を笑えること」だそうで、self-deprecating
humour というのが本筋だそうです。この定義で行くと「自分(たち)の判断は間違っていない」と常に言い張っているような党や国家にはユーモアがないことになります。「ひょっとすると自分もずいぶん愚かなことをしているんじゃないか?」と思える人のみがすぐれたユーモアの持ち主となります。そういう人々の多い国では独裁者は生まれません。人間はたとえ天国に行けたとしても、後悔をしたり、自分の愚行に気付くのではないかというのが私の見方です。煩悩を去り解脱した人々がいる仏教的な浄土と一神教でいう天国とはだいぶ違っているのではないかというのが、信仰薄き私のイメージです。

4 : 湖の騎士 : October 10, 2009 10:53 AM

Sako様 ジョークとユーモアは重なる部分と重ならない部分があります。ロシア人にユーモア感覚があるのか? 当然あるでしょうし、ユダヤ人にもあるでしょう。ロシアでは「小咄(アネクドート)」が発達し、これで為政者をからかって憂さ晴らしをしてきました。ユダヤのジョーク集もずいぶん読んできましたが、イギリス風のユーモアとはだいぶ笑いの質が違うようです。English humour の本質は、3.のお礼の欄に書いたように self-deprecating というところが特徴です。自らの愚行を認められない人は、けっしてジェントルマン(レディ)とは見なされません。ジェントルマンというのは、いずれもすぐれたユーモア感覚の持ち主です。人間の愚かさや悲しみをよく知っている人です。

5 : 泥田の落武者 : October 11, 2009 09:45 PM

湖の騎士様

>ユーモアの本場とされるイギリスでは、ユーモアの神髄というのは「自らの愚行を笑えること」だそうで、self-deprecating humour というのが本筋だそうです。

実は落武者は関西人なのですが、関西人の最も好むユーモアは自分をネタにして笑いをとることです。東京に20数年前就職で東京に来た当時、まだ関西弁が市民権を得る前ですが、自分をネタにするという行為が、その当時の東京の人にはなかなか理解してもらえなかった記憶があります。(今は普通のことになりましたが。)

「自らの愚行を笑えること」とは少し違いますが、関西ではどこまで自分を落とせるか、自分をどれだけ愚かに見せられるかが勝負という部分もあります。これも、関西の商人文化の名残かもしれませんね。(関西人のユーモアが優れたものとは思いませんが。自分も含め少なからず下品です。)

イギリスがユーモアの本場というのは、一つにはあの気候があるような気がいたしますが、如何でしょう?イギリスの海洋文学が好きでしたが、天気に悪態をつく船乗りたちの話を多く見かけます。

さらにもう一つ考えられるのは、イギリスと言う階級社会もあるのではないかなという気もいたします。

自らの無謬性を無邪気に歌い上げる国家には正直頭痛がいたします。ある北の国家のアナウンサーの満身の力を込めてニュースを読み上げる姿を見て、うちの大阪のおかんの「あんなにきばってう●こちびれへんのかな~~~」というコメントには、ある意味独裁国家の本質を突いているような気がしたことがあります。(下品ですみません。)

騎士様のおっしゃる通り、自らの愚かさ、過ちに気付いた人間が天国に行けるのかもしれませんね。しかし、同時にソクラテスの「無知の知」の事例にある通り、どれだけの人間が天国にいるか、天国の人口調査を見てみたいところでもあります。

6 : 湖の騎士 : October 12, 2009 11:22 AM

泥田の落武者様 関西人が自分のことを笑える(嗤える)というのは、それだけ文化的に「先進地域」にいるということだと思います。河内の言葉はたしかにあまり上品ではありませんが、自らを卑下したり自分の愚行を意識しているというのは、大したものです。昔は企業が社員を採用する時に、ユーモア感覚があるかないかは問題にもされませんでした。まじめで学業成績優秀な若者だけを好んで採りました。しかしこういうタイプは乱世には通用しません。思い詰めたり悩みすぎたりする傾向があり、未知の局面に対処できないところがあります。そういう経験からか、今ではユーモアの有無が採用試験でかなりのウェイトを占めてきています。だが官僚の世界は遅れています。もっとユーモアを重視して官僚を採用すれば、日本の行政も相当よくなるだろうと思います。「北」の力みアナは、力むことで世界に恥をさらしているのだということに気付いていないのでしょう。しばらくはこれが続くと思います。イギリス人のユーモアと「気候」および「階級」の間には、たしかに相関関係があると思います。「気候」を言い出せば、「じゃ、北欧三国ではどうなんだ」とか「けっこう寒く暗い冬に見舞われるドイツでは、なぜイギリス並のユーモアが発達しなかったのか」などの疑問が出てくるでしょう。「海洋国家」と「大陸国家」の違いということもあるかも知れません。だんだん話が広がっていきますが、今日はこの辺で失礼いたします。いつも面白い視点からのコメントをありがとうございます。

7 : alien : October 13, 2009 06:03 PM

わたしは、ユーモアについての本は読んだことがない気がしますが、肌で感じた印象としてイギリス人のユーモアは「優れた危機管理能力」だなと思っています。イギリス人ははっきりと自分の考えを言うため、これが日本だったら気まずい…という場面でも、絶妙としか言いようのないユーモアでガラリと空気を変えて笑いの渦にしてしまいます。そんな場面に何度か居合わせて「さすが!」と思いました。それから、日本人が「人の悪口を言ってはいけない」という時には、悪口も、批評も、感想も一緒くたになっていて、とにかく人に対して批判的なコメントを述べると自分の人格が疑われるとばかりにストレスを抱え込んだまま我慢しますが、イギリス人はよく人の批判をします。しかし、これはジメジメした悪口ではなくて、感想をそのまま口にするだけで実にサラりとしています。こんな時もユーモア豊かに明るく話しますから聞いている方も悪い気持ちはせず、笑いながらも内心で「そうそう、そのとおり」と溜飲を下げて一緒になってストレス発散し、その場でその話はおしまいです。このように「ガス抜き」をこまめにしますから、職場でも特定の人に対して悶々とした悪感情が募るということもありません。
日本人は、仏教書などを読んだりして精神修養し、自分の寛容さを増して相手への批判的な気持ちそのものを呑みこんでしまおうとします。一方、イギリス人は、上のように対処療法です。ときどき、わたしは自分に「日本人とイギリス人、どちらのやり方が大人なんだろう?」と問うてみますが、答えはわかりません。

8 : 湖の騎士 : October 13, 2009 11:41 PM

alien様 「イギリス人のユーモアは優れた危機管理能力」というご指摘は、まさにそのとおりだと思います。実は明日、テレビ局のOB,OGを対象にユーモアについての講演をしますので、あまりイギリスのユーモアになじんでいない人たちに「もう一言」を付け加えたいと思っていた矢先でした。一言でずばりと本質を語っていただき、本当にありがとうございます。イギリス人が議論や会話の雰囲気を一言でガラリと変えてしまう場に私も何度か居合わせました。彼らの知恵に学ぶことは、たくさんあります。大人のユーモア感覚を備えた日本人がふえてほしいです。残念なのはマスコミです。「小沢ガールズ」の美醜ばかり伝えて彼女らのユーモア感覚などは問題にもせず、ましてや歴史についての見識などはなんら伝えることをしませんでした。それで報道の責務を果たしたと思っている人間が多すぎます。

9 : ベル : October 14, 2009 02:27 PM

先生、こんにちは!天国とユーモア、面白い組み合わせですね。トゥエイン氏の人間心理の洞察と作家らしい発想力には驚かされます。少し主観に頼るところもありますが(天国の定義など)とても明快で素敵な文章だなという印象を持ちました。
数年前ハワイ旅行から帰国し、義父母と食事をしていたときのことをふと思い出しました。旅の思い出話をひとしきり終え、「ホテルはどこに泊まったの?」と聞かれました。私は宿泊したホテルを思い浮かべ、「ホテルはリバービューでした」と言いました。するとアメリカ人の義母はとても楽しそうに「リバービュー!」と繰り返し「面白い(表現)ですね」と本当におかしそうに笑いました。ハワイのホテルといえばその設備や立地からしても「オーシャンビュー」がポピュラーです。ユーモアが悲しみからやってくるのであれば、「リバービュー」という悲しみ?(笑)から場の和みがやってきたのでしょうか。いずれにしても、そのとき私を含め誰一人としていやな気分になるどころか心から楽しめたことが今でも強く印象に残っています。
ある年配のお笑い芸人が「お客さんは自分はそうでないという優越感やみんな同じ失敗をするという安心感から笑う」というようなことを言っていました。まったく人の心というのは奥深く興味の尽きないものです。
私もさっそく「早稲田の英語」を読みたいと思います。今回も私一人では知り得ない貴重なお話をありがとうございました。^^

10 : 湖の騎士 : October 14, 2009 11:25 PM

ベル様 ハワイで「リバービュー」という表現の意外性、面白さを笑えるというのは、素敵なことですね。あなたのmother-in-law は本当にやさしく、ユーモア豊かで、繊細な神経をお持ちの方だと思います。ひとつひねった見方をしますと、カンヌやニースのあるあの紺碧海岸(コートダジュール)一帯は「リビエラ」と呼ばれているので、このホテルのオーナーはリビエラを気取ってハワイの海岸を「川」と見立て「リバービュー」と名付けたのかな? とも思います。邪推で、見当はずれかも知れませんが、20パーセントくらいの確率で当たっているかもーー。天国にはユーモアがないそうですが、では「川」はあるのでしょうか? イスラム教の天国では「泉」があり周囲は緑ゆたかで花がいっぱい咲いているそうですがーー。

11 : 泥田の落武者 : October 17, 2009 08:09 PM

湖の騎士様、

たびたび失礼いたします。

うちの嫁と話をしていた時に、嫁の友人の父親(関西人)が
家族のウケを狙って、しょうもないネタをやった時に、ろっ骨を折り、救急車で運ばれたそうです。ネタは全くウケなかったそうですが、この話は親族、友人の間で大ウケだそうです。

落武者はこの話を聞いたとき、父親の行動と精神を「偉い!」と思いましたが、騎士様や、その他の皆様にはどの様に映りますでしょうか?


12 : 湖の騎士 : October 18, 2009 10:56 AM

泥田の落武者様 「しょうもないネタをやって肋骨を折る」という状況がはっきりとは目に浮かんできませんが、おそらくご家族を笑わそうとして、はげしいアクション入りのネタを披露したのでしょうね。ネタのアイデア(着想)そのものは、あまり面白くなく、受けなかった。しかし家族に笑ってもらおうとしたのは、心からのサービス精神であり、その心がけは見上げたものだと思います。自分の体を犠牲にしてまで、人をハッピーな気分にさせようとする心は立派だと思います。