View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 18, 2009

粋なおまわりさん  シリーズ・ユーモア(2)  -

時  現在あるいは遠い昔。 所  ロンドン・ハイドパーク。 登場人物  若いおまわりさん  可愛い女の子 鳩一羽。
ロンドンの有名な公園ハイドパークには、年中きれいな花が咲く植え込みがいくつもあります。かわいらしい女の子(6,7歳くらい)が、花のあまりの美しさにひかれて、公園管理のおまわりさんに語りかけました。「このチューリップすごくきれい。ひとついただいていいかしら?」。するとこの若い巡査は急に空を見上げて、「ハトが飛んでいるねえ」と言ったきり、一度も下を見なかったそうです。「本官はいまハトを見るのに忙しい。地上で起こっていることに注意を払っている暇はない。お嬢ちゃん、自分の判断でどうぞ。私はなにも見ていない」。作り話かとお思いでしょうが、実際にある話で、この現場を写真に収めた本も出ています。ロンドンにはこういう粋なはからいをするおまわりさんがいる、という実例だという解説がついていました。こういうことを紹介すると、「君は花泥棒を奨励するのか?」とか「そんなことを黙認すれば、公園には花がなくなってしまうじゃないか!」と、お怒りになる方もいらっしゃるでしょう。しかしこれは遠い英京ロンドンでの話。その後、ハイドパークに花がなくなったとかいう話は聞きません。ユーモア、ゆとり、粋なはからいの一例としてご紹介しました。おまわりさんにかぎらず、日本の公務員にはこういう感覚が皆無です。みんな一様にきまじめで、律儀。それもいいですが、全般にもう少し余裕と融通がほしい気もします。

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COMMENTS

1 : 悠々 : October 18, 2009 02:20 PM

日本の警官(お巡りさんとは言い難い)が杓子定規で取り締まりに専念しているのは何故なのでしょう。
威張りたがり屋さんが警官を志望すると言うこともあるでしょうが、ご一新の時に薩長の下級武士が警官になって以来、お上が下々を監視すると言う図式が定着してしまったのかも知れません。下手にユーモアや融通を利かせたりしたら出世街道から外れる覚悟が必要な警察の風土もあるのでしょう。
フランスの警官が機転が利く、粋な計らいが上手というのは私も何回か経験しています。
韓国観光の際、北朝鮮を望む展望場所で白バイが止まっていたのでしげしげ眺めていたら、乗ってみるかい?と韓国の白バイ警官が言うのです。私が白バイに跨ったら、記念写真まで写してくれました。韓国でさえそうなのに・・・

2 : 湖の騎士 : October 18, 2009 03:19 PM

悠々様 日本の警官が威張る遠因についてのお考えは、正しいと思います。昔、川の堤に立て札があり「この土手に登るべからず 警視庁」と書いてあったというのは、「威張り」の典型例でしょう。フランスの警官も「野暮はいけない」という空気が職場に満ちているから、粋なはからいが出来るのだと思います。韓国の白バイ警官がこれほど粋だとは驚きです。まさか「日韓の感情のもつれに配慮し日本人観光客にサービスせよ」という命令が上から出ているというわけでもないでしょうがーー。

3 : Sako : October 19, 2009 05:42 AM

明治期に、日本の警察は公共の場で裸でいる事は野蛮だということで、市民が裸でいると次々としょっぴいたそうです。

明治期からの、官僚の悪しき習性なのでしょうね。

4 : 湖の騎士 : October 19, 2009 10:31 AM

Sako様 この話は聞いたことがあります。ひとつは欧米人に「野蛮国」と見られないための措置だったのでしょう。問題は民衆に協力を要請するという心がまったくなく、「取り締まる」「お上はえらいのだ」という態度だったことです。官僚のこのメンタリティは経済活動の規制を含むあらゆる面に及んでおり、「国民の公僕」という意識がきわめて乏しいことです。

5 : alien : October 23, 2009 12:55 AM

湖の騎士様
今回の話題とは関係のない書き込みで恐縮ですが、ご著書「スヌーピーたちのアメリカ」を読ませていただきました。感動的な映画を見た後に無口になるのに似て、今は静かに黙っていたい気持ちです。「アメリカと仲良くしたい、仲良くできる…と思いました」とだけお伝えすれば、ああ、わかったんだな、とお察しくださると思います。
私は、ここ数年の間に(ショックドクトリンのような)アメリカに関する政治的な本を何冊も読んで、アメリカに対して非常に疑い深くなり、時には憎々しく思い、日本の富が収奪されるのだと怒っていました。しかし、政治や外交といったそんな頭でっかちな問題の後ろに「ピーナッツ」に登場するような優しく気のいい普通のアメリカ人がいるということに「はっ」と気が付きました。そういう人達が1940年代,50年代、60年代……と現代に至るまで時代、時代をどういう気持ちで乗り越えてきたか、そして「ピーナッツ」が彼らにどれほど勇気や共感を与え愛されてきたかもよく分かりました。知らず知らず一方にぐーっと偏って不健康になっていた私のアメリカに対する感情が、今、バランスを取り戻したような安堵を感じています。著者のシュルツ氏が、もしご存命なら「あなたのピーナッツとMr Masuhiko Hirobuchiのご著書のおかげで、私のアメリカに対する誤解は解かれ、これからはスヌーピーたちのアメリカを好きになれます」とカードを送ることができましたのに、間に合わず残念でした。アメリカに対してだけでなく、周囲の人たちにも肩の力を抜いた優しい気持ちになれますね。ご著書「スヌーピーたちのアメリカ」に巡り会えて本当によかったです。
ありがとうございました。

6 : 湖の騎士 : October 23, 2009 10:36 AM

alien様 「スヌーピーたちのアメリカ」へのあたたかいお言葉をありがとうございました。この本が出版されてから5年後に、私は幸運にもシュルツさんにお会いできました。物静かで深い哀しみを湛えた目をしておられました。スヌーピーたちのユーモアの底に、どこか物悲しげなトーンがあるのは、シュルツさんのお人柄ゆえかも知れません。それから1年半後にシュルツさんは亡くなられました。「ピーナッツ」と私の本により、アメリカの庶民の心へのご理解が深まったとうかがい、本当に嬉しく思っています。