View of the World - Masuhiko Hirobuchi

October 23, 2009

国王という名のビジネス ーーシリーズ・ユーモア(3) -

第二次世界大戦のさなか、ロンドンは夜毎にナチス・ドイツの空爆を受けていました。こういう非常時にもパーティはときどき開かれていました。ロンドン・フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者サー・トーマス・ビーチャムは、いつもパーティーで見かける上品な婦人がだれだったか思い出せずに悩んでいました。「待てよ、たしかに会ったことのある顔だがだれだったかな?」と。どなたもいくぶん身に覚えがあるでしょうが、こういう場合には、親兄弟や友人のことなどを話題にして探りを入れてゆくと、「あ、そうだったのか!」と思いあたることがあるものです。サー・トーマスもこの手を用いました。かの貴婦人に近づくと「ところでご主人は今でも同じ仕事をしておられますか?」と尋ねたのです。このとき、かのレディは少しも騒がずにっこりとほほえんで、「はい、相変わらず国王という仕事をしております」と答えたのです。なんと彼女は時の国王ジョージ六世のお后エリザベスだったのです。質問するに事欠いて、日本風にいうと皇后陛下に対して「ご主人は昔のままの仕事をしていますか」、と尋ねる方も相当のものですが、その質問に「無礼な」と怒りもせず、にっこり笑って「はい、相変わらず国王という仕事をしております」と答えたお后のユーモア感覚は、どう表現してよいか分からぬほどの見事なものだと思います。独裁国家で、元首の奥方にこういう質問をしたら、命がいくつあっても足りないでしょう。しかし民主主義と王政がほどよくミックスしたイギリスでは、もちろんサー・トーマスに対してその後なんのおとがめもなく、ロンドン・フィルの指揮者を解任されることもなく、穏やかに日々は過ぎてゆきました。この貴婦人が現エリザス女王の母君であることはいうまでもありません。国王が亡くなられてからもずいぶん長くご健在でした。「クィーンマザー」として、全国民から慕われ、無私に徹した生涯を送った方です。

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COMMENTS

1 : alien : October 26, 2009 09:14 PM

湖の騎士様 素敵なユーモアのお話を発信し続けてくださりありがとうございます。
少し前の芸能ニュースの見出しに「負け犬返上・梨花結婚へ」というのがありました。「負け犬」や「勝ち組・負け組」なんていう剥き出しな感じの言葉はユーモアの対極にある表現だなとつくづく思います。こんな表現や考え方がマスメディアでいつまでも楽しそうに使われる日本ていったい何だろう???って情けなさも極まります。「負け犬」は一例ですが、こういうイジメと笑いを混同したような表現に反論でもしようものなら「受け流す度量もない。人間ができてない。」と更に叱責されるのがオチのようです。こんな時は黙ってニコニコするしかありませんが、鮮やかなユーモアで逆襲できたら、知的ゲームとしても楽しいでしょうね。そう発想を変えるだけでも気持ちに余裕ができた気がします。カリカリせずにユーモアで言いたいことも上手に言いながらいろいろな場面をチャーミングに切り抜けられたら…..それが憧れです。なかなかクイーンマザーのようにエレガントにはいきませんけれども。でも、上達をめざして練習あるのみですね。

2 : 湖の騎士 : October 26, 2009 10:25 PM

alien様 同胞のことは悪く言いたくありませんが、一部のマスコミ人間の品のなさ、ユーモアのなさには嘆きを通り越して怒りを覚えます。もう少し節度と教養のある表現ができないと人間として恥ずかしいということを自覚してもらいたいものです。上等のユーモアのセンスが日本に普及すれば、どんなに暮らしやすくなることか! 政治家、教育者、マスコミ人間にもっと努力してもらうように、乏しい力を振り絞っていきます。クイーンマザーのセンスのよさは、アスコットの競馬場で至近距離から拝見しました。本当に上品ですばらしい方でした。

3 : 泥田の落武者 : October 27, 2009 10:59 PM

湖の騎士様、

旧聞の類でしょうが、かつて森首相がクリントン大統領と会見した時に、「How are you?」と言うべきところ、「Who are you?」とやってしまい、クリントンに「私はヒラリーの夫です。」と返された話を思い出しました。

相手の間違いをユーモアで指摘し、恥をかかせないというのはやはりその人物の才能のなせる技なのでしょうね。(私は個人的にクリントンは好きではありませんが。)

逆の話で、チャーチルがあるパーティーで、彼を嫌っている御夫人から「私があなたの妻なら、あなたのお茶に毒を入れて差し上げますわ。」と言われたときに、チャーチルが「私があなたの夫ならそのお茶を飲み干しますな。」とやり返したそうですが、これはさすが毒舌家チャーチルの面目躍如、正面からやり返して赤っ恥をかかせるという、百戦錬磨の政治家ならではのユーモアなのでしょうね。

今の日本の政権にユーモアで人を唸らせられる人物が見当たらないのは残念です。麻生元総理は良くも悪くもユーモアを解する人物だったと思いますが、マスコミ総がかりで暴言扱いをされてしまいましたが。

勝海舟が晩年に屋敷に訪れてきた人物を、自分が玄関に出迎えて、相手はその貧相な小男の老人を使用人と思い、「勝様はおられますかな。」と言ったところ、相手を客間まで案内し、「しばらくお待ちください。」といい、しばらくしてから客間に現れて、「私が勝ですが。」といって相手をあわてさせたという話を聞いたことがあります。こういう人を食ったユーモアを効かせられる日本人が減ったのでしょうかね?

4 : 湖の騎士 : October 28, 2009 10:16 AM

泥田の落武者様 豊富なユーモアの実例をありがとうございました。チャーチルと勝海舟の話は聞いたことがあります。チャーチルのこの切り返しで思い出したのは、作家で劇作家のジョージ・バーナード・ショウとある有名女優との会話です。彼女がショウに「あなたの頭脳と私の肉体を備えた子供ができたらどんなに素晴らしいことでしょう」と言い寄ると、ショウは「やめておきましょう。あなたの頭脳と私の肉体を備えた子供ができたらみじめでしょうから」と、やんわりと求婚を断ったという話。一流人物の応答には味がありますね。森元総理はクリントン大統領とのこの会話のあと、大失言をしたとされています。この程度の政治家が、どれほど日本の国際的信用を失墜させているかを思うと情けなくなってきます。それに耐えるのもまたユーモアある紳士のたしなみなのでしょうがーー。