View of the World - Masuhiko Hirobuchi

December 24, 2009

「メリークリスマス」と言わない習慣 -

この季節になると、マスコミも街も「メリークリスマス」の氾濫です。日本人が何の深い考えもなしにこの言葉を使うことが、精神の劣化に繫がり、国際競争力をなくし、世界の人々との心の通い合いを悪化させているというのが、私の見方です。この一言をいうのにもっと慎重になれば、私たちの国際感覚は格段に進歩するでしょう。外国人(とくに白人)と見れば、やたらに「メリークリスマス」という人がいますが、相手の宗教を確かめずにこれを口にすることは、非常に危険です。中にはあきらかに不快感を感じる人もいます。とくに気をつけたいのは、「ユダヤ教徒」に対してです。彼らは今でもイエスを神の子キリストと認めておらず、本当の救い主(メシア)は最後の審判の前に出現して自分たちを救ってくれると信じています。我々がさりげなく使う「2009年」という年号も、彼らには強い違和感があります。2009年というのは、キリストの生誕から2009年目ということで、これは歴然たる「キリスト教暦」です。私の知り合いの知日派ユダヤ教徒はキリスト教暦で生まれ年を呼ばれるのを嫌い、「自分が生まれたのは昭和00年です」とわざわざ言い直すほどです。私は「メリークリスマスと簡単にいうのはやめよう」ということを、30年以上もテレビや雑誌で言い続けてきました。全くの孤立無援でしたが、最近ようやく理解者がふえてきました。大企業から届く年末のカードには「メリークリスマス & ハッピーニューイヤー」という文面が激減し、ほとんどが「シーズンズグリーティングス」となりました。外国の人々が経てきた精神的営みや文化、民族として味わった苦難などに少しでも繊細な理解を持っている人は、「メリークリスマス」という言葉を安易には使わないものです。この表現ひとつに気を配るだけで、私たちの国際理解はいちだんと深まることは間違いありません。「お! この人は繊細な神経をもっているな」と相手は思い、あなたの言葉の背後にある国際的な知識や教養に敬意を払うでしょう。こうした初歩的な常識が、なんとか日本中の小学校・中学校に行き渡ってほしいというのが、私の願望です。平和をしょっちゅう口にするくせに、言葉の使い方に無神経では、世界平和は訪れません。繊細な神経の持ち主がふえることが、今の日本にはどうしても必要です。国際感覚が向上すれば、今まで見えなかったことも見えてきます。外交における微妙な言い回しの裏も読めてきます。この不況に打ち克つ知恵も見つかると思います。

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COMMENTS

1 : Sako : December 26, 2009 09:50 AM

戦後教育の中で、国際化=アメリカ化という図式を刷り込まれた結果だと思います。

しばしば、国際化の訳として”グローバル”が使われますが、アメリカ一辺倒の呪縛から逃れる為に”インターナショナル”を好む事が良いと思います。


和暦を使われるユダヤ教徒の方の御話に、感化されました。私もなるべく相手の暦を使いたいと考えます。

2 : 湖の騎士 : December 26, 2009 10:23 AM

Sako様 やたらに「メリークリスマス」というのは恥ずかしいという意識がもっと広まってほしいです。少なくとも外交やビジネスの実務を行っている人々は、この挨拶の意味を少しは考えるべきです。「グローバル」よりも「インターナショナル」の方がよいというお考えに賛成です。どうも前者には「思い上がり」「傲慢」の陰がちらつきます。

3 : 連太郎 : December 26, 2009 10:53 AM

はじめまして。
湖の騎士様はすべて承知で発言されているのでしょうが、それでも私はそこまで気にすることはないと思います。
日常生活で考えればメリークリスマスという言葉を、親しい友人以外に使うことはまずありません。
メリークリスマスはメリークリスマスです。西洋人のそれとは違います。漢字は中国語ではなく、日本語の一部、我々の文化となったように、日本の文化となったと考えてもいいのではないでしょうか。浅はかな習慣に写るかもしれませんが。

私は湖の騎士様のファンです。読者を味方につけ、喚起するような記事をこれからも期待しています。

4 : 湖の騎士 : December 26, 2009 03:02 PM

連太郎様 初めてのコメントをありがとうございます。私は少し神経質すぎるかも知れませんが、ここに書いたのとは別の女性のユダヤ教徒から、一つの言葉について反論というか注意されたことがあります。何について話していた最中だったかは忘れましたが、彼女は「私はクリスチャンではありません。私はユダヤ教徒です」とはっきりと言いました。その時、私は「まだまだ修行が足りないな」と思ったものです。私の言いたいことはただ一つ「もっと神経質になろう」「もっと気配りをしよう」ということです。戦後64年の太平に慣れてしまい、私たちはいささか他国の人々や他文化の人々に対して「無神経・無思慮」になりすぎています。「メリークリスマス」という言葉一つに「しかるべき注意を払う」ということが徹底すれば、他国人も日本人を信頼し、「配慮の行き届いた人々だな」と思うことでしょう。平和を維持するために、それくらいの気配りはしようではないですかーーというのが私の提案です。

5 : 連太郎 : December 26, 2009 10:07 PM

湖の騎士様の仰るとおりです。
もっと気配りをしよう、発言の意味を知ろう というのが趣旨で、クリスマス云々は一例でしたね。こういうのを論理のすり替えというのでしょうか。すみません。

私を含めて多くの人は知恵、勉強不足なのです。ここのコラムを読んで、少しでも知恵をつけたいものです。嫌味ではなく、本当に湖の騎士様の話はためになります。私は一方的に情報をいただいているので、感謝しなければなりません。(本は買いましたよ~!)

また、気になるコラムがあれば、書き込みをさせていただくかもしれません。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

6 : 悠々 : December 27, 2009 04:36 PM

今、バスク地方にいます。
25日はマルセイユでした。ホテルマンからはメリークリスマス!といわれたから私もそういいましたが確かに誰彼なくクリスマスを祝う挨拶はやりませんでした。

7 : 湖の騎士 : December 27, 2009 09:19 PM

蓮太郎様 私が本当に言いたいことを分わかりいただき嬉しいです。とにかく上は総理大臣から下は小学生に至るまで、日本人は外国人に対して無神経すぎます。そのことを気付いていないことが非常に危険だと思います。少し神経質くらいの人間がふえてほしいというのが、私の願いです。

8 : 湖の騎士 : December 27, 2009 09:24 PM

悠々様 優雅な南仏(からスペイン方面へ?)のご旅行羨ましいです。遠くからのコメントをありがとうございます。先方から「メリークリスマス」と言われたら、これは社交辞令としてでも同じ言葉を返さないわけにはいかないでしょうが、こちらから言うときは「ハッピーホリデイズ!」と言うのが無難だそうです。悠々様さすがに旅慣れていらっしゃいます。

9 : niraikanai : December 30, 2009 11:36 PM

すっかりご無沙汰してしまいました。

メリークリスマス、これはもはや日本人(若い人)に
とってはイベント(習慣)になっていますね。
クリスチャンの友人はケーキも食べなければ、プレゼントを
あげたりということもないと言っていました。
商業的に扱われていることにもとても疑問を感じます。

「気配り」をすること、これは本当に現代の日本に必要なことだと私も思います。
電車内で堂々とお化粧をしたり、お菓子などを食べたり。
「内」と「外」の区別がなくなってきていることが
悲しいです。(話が逸れてしまい、申し訳ありません)

10 : 湖の騎士 : December 31, 2009 09:11 AM

niraikanai様 お元気そうでなによりです。この記事が言おうとすることを正確にご理解いただけて嬉しいです。「気配りは文化」です。相手の気持ちを考えず、こちらの言いたいことだけを言うのは、やはり野蛮なことです。電車の中でお化粧をしている人もまた「野蛮人」です。