View of the World - Masuhiko Hirobuchi

January 12, 2010

「スピーカーズ・コーナー」の国際版 -

ブログに自分の意見を書いて発信している人は、世界中にそれこそ何百万人もいることでしょう。誰もかれもが、ほぼ束縛なしに(中国などでは「危険」な記事は政府から差し止められますが)自分の意見を好きな時に好きなだけ発表できるというのは、すばらしい世の中だと思います。中にはどう考えても人さまにお読みいただける内容ではないものもありますが、それはおたがいさまで、こちらも大きなことは言えません。さて、これだけ自由に物が言える状態になる前の世界はどういう状況だったかを、ちょっと考えてみたいと思います。無名の個人が新聞や雑誌に意見を発表するというのは、非常にむずかしいことでした。それこそ「発表するに値する」内容でなければなりませんし、編集長の感性(好み)と合致しなければ採用されませんでした。インターネットが出現する前は、ほぼどこでも状況は同じでした。街頭に出て自分の意見を述べる人はいましたが、それとても規制があり、自治体の許可を必要としました。こうした状況の中で、世界中でただ一個所、自由に物が言えるコーナーがありました。これが有名なロンドンはハイドパークの「スピーカーズ・コーナー」です。直訳すると「話し手のコーナー」となります。王室に対する批判は例外的に禁じられていましたが、それを除けば誰でも何を語ってもよいことになっていました。毎週日曜日になると、腕に覚え(いや舌に覚え?)の雄弁家たちは、何週間も構想を練ってここにやってきました。彼らの主張を聞いてくれる聴衆というか野次馬もちゃんと集まってきました。耳が肥えていて、つまらないスピーチをすると寸鉄人を刺す痛烈な野次を浴びせ、弁士を立ち往生させました。話し手と聴き手の間には、適度の緊張感があり、ここにきて阿呆なスピーチをすることは恥でした。さすがは近代的な議会の発祥の地であり、言論の自由が保証されている国の公園でした。こういうコーナーを考え出した人は、本当にすばらしいと思えたものです。
思いをこらせば、今インターネットで自由に意見を発表している人は、このスピーカーズ・コーナーの弁士が発展したように見えてきます。ハイドパークが世界に広がったようなものです。しかしこれだけ意見を述べる人が世界にもイギリスにも増殖したからには、ハイドパークのかのコーナーはもはやその存在意義を失ったのではないか、という気もします。このコーナーが今も依然として健在なのかどうか、最新の情報は得ていません。しかし、世の中がどんなに変わろうとも、鋭いウィットで政治や社会を風刺し、自分の言いたいことを短い言葉に託して表現する「弁論の文化」は衰えていないだろうというのが、私の推測です。素人弁論の本家本元が健在ならば、その子孫たるブロガーも負けてはいられません。世のブロガーの皆さん、今年も大いに書きまくって、友人や知己を悩ませてください。それが民主主義の基礎であり、迷惑もまた社会に貢献する道ですから。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : alien : January 12, 2010 11:55 PM

あるニュースを目にして狼狽し、湖の騎士様のご意見を伺おうと思って貴ブログを開けましたら、何やらタイムリーな話題のようにも思われさっそく書き込ませていただいております。私が目にしましたのは「経営不振に記者クラブ問題 海外メディア続々「日本離れ」と題されたインターネット上のニュースです。ロスアンゼルスタイム紙やタイム誌、ニューズウィーク誌はすでに東京支局閉鎖、ニューヨークタイム紙、ワシントンポスト紙は人員削減で規模縮小だそうですね。その他の外国メディアも撤収しているようです。胸騒ぎがしましたのは、経済的不振を理由に東京支局を閉鎖した大手メディアは北京に支局を開設しているようで、しかも「一度出ていったメディアは戻ってこない」と解説されていました。私は、日‐米, あるいは日本と他の諸外国との関係にしても情報を通じて双方の国民の顔が見えれば大丈夫だと思っていましたので、これほど日本の情報価値が下がっていると知って焦りました。しかし、素人の私が大手メディア撤退の影響をあれこれ想像して焦っても仕方ありませんので湖の騎士様のご意見を伺うのが最も得策だと思った次第です。そして、今日のコラムでご提案なさっているとおり、いろいろな人がブログを通じて情報発信するのはとてもいいことですし、今後、特に国外に向けては個人のブログが趣味の域を超えて重要な役割を担うようになるのではないかと感じる次第です。たとえば、Baghdad burningというバグダッド発の一少女のブログがイラク戦争の印象をガラリと変えたように。

2 : 湖の騎士 : January 13, 2010 11:07 AM

alien様 まず日本からの外国メディアの撤退についてですが、今のような閉鎖的な政党や官庁の「記者クラブ制度」のある国では、外国人記者なら嫌気がさしてしまうことは確かです。大手メディアが続々と日本脱出を実行しているのに、それがいかに日本にとって大きなダメージであるかを理解しない政治家、官僚、日本の大手メディアの記者たちの感度の悪さはひどいものです。私は最近ある大新聞の政治部記者を務めたベテラン・ジャーナリストが書いた本をいただき、感想をまじえた礼状を書きました。その中で日本の記者クラブ制度の弊害について一言も言及されていないことへの不満をやんわりと申し上げたのですが、この方は記者クラブ制度の廃止までは考えておられないようです。やはり優秀な海外のメディアの特派員が東京にいて、官庁でも政党でも自由に取材できるようになり、庶民の暮らしも喜怒哀楽も外国に伝わるようにしないと、日本は孤立してしまいます。外国のメディアに門扉を開くことが、日本の大きな安全保障に繋がるのだという考えを、為政者は早く身につけてほしいです。さて個人のブログで外国へ有効な発信ができるかということですが、「望みはあるが相当にむずかしいだろう」というのが、私の見方です。中身があり、外国の人々の共感を得ることができる文章を外国語で書ける人がどのくらいいるのかが問題です。しかし alien 様のような方が、「成否はともかく、よし始めてみよう!」と決心されることには大賛成です。バグダッドの一少女をめざしてがんばってください。あるいはケネディ大統領の就任演説のように、Now, let
us begin. です。

3 : 悠々 : January 15, 2010 12:07 AM

ロンドンの街角で自由に意見を述べる、それもしっかりした論拠を持って語りかけるというのは、うらやましい光景でしたが、今では私のような者でもブログで勝手なことを言えるというのは時代の進歩だと感謝しています。
イギリスは今でも公報を大声で話して回るシステムが残されているそうですが、民に知らしめるシステムはチャンネル数が多い方が望ましいです。
私のブログで連載していた木曾街道シリーズでも往事の高札を紹介していますが、これも昔の公報の手段でした。
ハイドパークのスピカーズコーナーは今でも健在だと思います。これは民主主義の原点でもあるのですから無くして欲しくないですね。イギリス人の頑固さには良い意味で脱帽です。

4 : 湖の騎士 : January 15, 2010 10:03 AM

悠々様 コメントをありがとうございます。ハイドパークのスピーカーズ・コーナーというのは本当に楽しい場所で、こういうものを考え出したイギリス人というのは実に面白い人々です。政府批判などは当たり前で、自由に発言してもけっして咎められないというのはすばらしいことです。中国は軍事力でも経済力でも今や世界第二の国になろうとしていますが、「自由」とか「言論」「民主主義」といった面では、世界の尊敬と信頼を得るにはほど遠いものがあります。わずかな政府批判でもすぐに取り締まるなどということはやめて、少しはイギリスを見習ってほしいものです。木曾街道の「高札」の話は貴重ですね。このご投稿を機に多くの読者が悠々様のブログを訪れるようになってほしいと願っています。

5 : Sako : January 15, 2010 11:06 AM

グレアム・グリーンの「情事の終わり」に、小説の鍵となる人物がハイドパークでキリスト教批判をする描写が出て来た事を思い出しました。

また、カズオ・イシグロの「日の名残り」でも、スピーカーズ・コーナーではありませんが、飲み屋で政治的な演説を打つ場面がありました。

日本やその他の国の小説に出て来ない描写で興味深く感じます。

そこで、2点お伺いをしたいです。

イギリスでは、演説を遣りたがる人が多いのでしょうか?

ハイドパークでの演説を行う人の年齢層はやはり高いのでしょうか?

6 : 湖の騎士 : January 15, 2010 10:02 PM

Sako様 グレアム・グリーンの「情事の終わりに」は読んだはずですが、細部を思い出せません。私の学生時代は、この作家は「時代精神 Zeitgeist」の体現者のような扱いでしたから、若者たちは分かっても分からなくても夢中になって読んだものですがーー。カズオ・イシグロの本は、超有名ですが、私は恥ずかしいことにまだ読んでいません。貴方がグリーンとイシグロを共に読んでおられることを知り、本当に嬉しく思います。日本の未来に希望が持てる思いです。これはけっして大袈裟な言い方ではありません。心からそう思います。さてハイドパークでのスピーカーですが、イギリスで演説をしたがる人というのは、数でいえばそんなに多くはないと思います。しかし人材(?)の供給が途絶えることはなく、常に新人が登場し、聴衆を飽きさせないようになっています。ここでスピーチをするというのは、かなり厳しいことです。聴衆の耳が肥えていますからーー。そうした厳しい審査を乗り越えていくのが、スピーカーの生きる道です。もちろん中には、もっとくだらない、心構えもいい加減なスピーカーもいて、厳しさと気楽さが同居しています。しかし昼の12時近くになって演説している人はかなりの話し手であり、中身も濃いことを話しています。年齢ですが、私の見たところでは、47、8から50代半ばの人が多かったようです。週によって変わるかも知れません。若者に興味のある話題がマスコミを賑わした時などは、弁士も若くなるでしょうしーー。国際政治についてのスピーチもけっこう多く、外国人が聴いていても楽しめると感じました。1973年当時の傑作は「In America, they have Nixon and Bob
Hope. In Italy, they have Pope but no hope(Hope).」でした。